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*この記事は朝日新聞社の了解を得て転載しています。無断で転載、送信するなど朝日新聞社及びPRANJの権利を侵害する一切の行為を禁止します。 PRANJ(政策海外ネットワーク)リポート 9・11委員会報告書は、米国が二〇〇一年九月十一日の同時多発テロ事件を防ぐことができなかった理由として、米政府が@脅威の質や深刻さを把握する想像力A脅威を回避するための政策を政府全体として形成する能力B脅威に対応するために必要な組織力C脅威に効果的に対応するための組織の機動力、の四点で問題があったと指摘した。同時に、情報機関もこのような機能不全の責任の一端を担っているとしている。 情報機関の責任は、国際テロの脅威を一九九〇年代半ばから認識していながら徹底的に解明する努力を怠ったことにより、政府の指導層がテロに対する脅威の重大性を認識する機会を提供できなかったことにあるというものだ。報告書はさらに、情報機関が機能不全を起こした原因を主に@情報機関内の省庁の縦割りA中央情報長官の活動・予算・人事に関する権限の弱さ、の二点に求めている。 米国の情報機関の構造を考えると、9・11委員会の指摘は問題の核心を突いている。日本では「米国の情報機関」といえば中央情報局(CIA)が最大で大きな影響力を持っているというイメージを持つ人が多いのではないだろうか。しかし、実情は大きく異なる。米国の情報機関は国家安全保障法(一九四七年に成立した後、随時改正)に基づき計十五の省庁・機関で成り立っている。CIAの他に情報機関に含まれるのは、国防情報庁、国家安全保障局、国務省の情報調査局などで、CIAはその一つに過ぎない。また、形式的にはCIA長官がCIAの運営責任者であると同時に、中央情報長官(米国内ではDCIという略称で呼ばれることが多い)として情報機関全体に目配りし、さらに大統領の情報担当首席アドバイザーとして、情報機関に入ってくる情報を分析する責任者としての役割も担う。しかし、実際は各省庁がそれぞれ独立したガイドラインに基づいて情報収集や分析などの活動を行っており、CIA長官の影響力は極めて限られている。特に人事や予算など役所にとって重要な問題については、CIA長官がCIA以外の省庁に持つ影響力はほとんどないのが実情だ。 中でもCIAと国防総省の関係は特に複雑である。米国の情報機関の人員・予算の大部分(約八〇〜八五%と言われる)は国防総省が握っている。つまり、形の上ではCIA長官が情報機関の長でも、実質的に機関の大部分の予算と人員をコントロールしているのは国防長官なのである。これは「戦闘に必要な情報をタイムリーに軍に提供する」という理由で国防総省が自前の情報機関を多く抱えているためだ。これでは中央情報長官たるCIA長官であっても、国防総省に対してはなかなか物が言いにくい。 これらの点を顕著に表す例として9・11委員会報告書は、一九九八年に当時のテネットCIA長官がテロ情報を重点的に扱うよう指示したにもかかわらず、情報機関の中でその指示に従って情報収集活動や分析の優先順位を調整した省庁がほとんどなかったことや、国防総省傘下の情報機関である国家安全保障局のミニハン長官がテネット長官による指示を「CIAだけが対象だと思っていた」ため何の対応も取らなかったと語ったことなどを紹介している。これは、CIA長官が情報機関に対して持っている影響力の小ささだけではなく、テネットCIA長官が国防総省の下部組織との間でさえも「こちらからの指示を守るように」と強く言えない関係が存在していたことも示唆する事例だ。 また、省庁の縦割りが情報の共有や情報交換を妨げて情報機関の機能不全をもたらしたことも、9・11委員会報告書は指摘している。冷戦時代を通じて米国の情報機関では「この情報を知る必要がある人だけに、情報へのアクセスを認める」という、いわゆる「ニード・トゥー・ノウの原則」にのっとって情報の共有や交換を行ってきた。その大前提としてあるのは「基本的には情報共有や交換をする必要はなく、ケース・バイ・ケースで考えれば良い」という考え方である。報告書では二〇〇〇年以降、CIAが9・11テロ実行犯の動きをつかんでいながら情報を連邦捜査局(FBI)に伝えなかったケースが何度もあることや、そのためFBIが外部から通報されたテロ実行犯の情報に関する重要性に気づかなかったことなどを紹介している。
情報機関の改革案 このような提言を受け、改革に向けた動きが本格化した。報告書の発表から十日後にはブッシュ大統領が国家情報官のポストと国家テロ対策センターを新設する決定を発表し、議会に対して必要な立法措置を取るよう求めた。さらに、ブッシュ大統領は八月下旬、改革の全容が決まるまでの移行期間はCIA長官が中央情報長官を兼任する現体制を維持し、中央情報長官が情報活動予算について持つ権限を強化するという暫定措置を取ることも決定した。 しかし、どのような形で改革が行われるべきかについては、まだ議論に幅がある。改革案の大きなポイントとして議論されているのは@情報機関全体の構造を変えるか現在の体制の改善かA国家情報官はどの程度の権限を持つのか、の二点である。 改革の規模については、CIA解体を含む抜本的な改革を行うというロバーツ上院情報特別委員会委員長に代表されるような考え方から、既存の組織を強化することで情報機関の運営状況の改善を目指すことが先だというキッシンジャー元国務長官の見解まで、意見にバラツキがある。国防総省傘下の情報機関の取り扱いについても、スコウクロフト元大統領補佐官(国家安全保障問題担当)のように、主要な機関は国家情報官の直属機関にすべきだという考え方がある一方で、国防総省の「戦闘に必要な情報を提供する役割を持つ機関については、引き続き国防総省が主管であるべきだ」という意見に同調するものまで様々である。 国家情報官が持つべき権限についての意見の相違は、議会で上下両院がそれぞれ可決した法案の内容によく表れている。上院で可決された法案では、国家情報長官を副長官級ポストとして情報機関全体の活動を統括する存在として位置づけている。これに対し、下院で可決された国家情報官の地位は、単にCIA長官が中央情報官を兼務する現状を改めるために国家情報官のポストを追加的に作るものにすぎない。人事や予算についても下院の法案では、国防総省傘下の情報機関に関しては国防総省が引き続き一定の予算・人事権を行使できるようになっている。
しかし、これらの改革法案が実現するには「時間」という障害が存在する。法律を成立させるためには二つの法案をすり合わせて統一した内容の法案を上下両院の本会議で可決し直し、それに大統領が署名をする手続きを踏まなければならない。連邦議会の会期は今年末までだが、それまでにすべてが終了しない限り、立法のプロセスは振り出しに戻ってしまう。 その一方で、立案に向けた動きが急ぎ過ぎだという批判の声が民主、共和両党の支持者の間で存在することも忘れてはならない。上院情報特別委員会の委員を長く務め情報や安全保障の分野で影響力を持つ共和党のヘーゲル上院議員は、情報機関の改革は後世に与える影響が極めて大きいため時間をかけてじっくりと議論した上で慎重に行うべきだと主張している。キッシンジャー元国務長官、シュルツ元国務長官などの閣僚経験者ら十一名の有識者からなるグループも九月に「選挙の年は論議には適しているが重要な決定をする年ではない。二〇〇五年から新たに始まる会期の中でより包括的に取り組むべきだ」という声明を発表した。 国家情報官が活動・予算・人員などについて大きな権限を持つ中央集権型のヒエラルキーを形成することに対する懸念を持つ人々もいる。クリントン政権時代に国防副長官を務めたジョン・ハムレ戦略国際問題研究所長は七月に上院情報特別委員会の公聴会で行った証言の中で「情報の質を改善するためには複数の機関がそれぞれの視点から分析し意見を戦わせることが欠かせない」と証言し、情報機関を中央集権型にすることにより情報の単一化を招くことへの疑問を示した。また、国家情報官の権限強化を支持する人々の間でも、推定で年間四百億ドルとも言われる情報機関全体の活動予算、人事や活動内容に関して強大な権限を持つ国家情報官がホワイトハウス内で執務することには抵抗があり、「情報機関は政治的中立性を保つべきである」という観点から反対を唱える人も多い。 また改革が人権の抑圧やプライバシーの侵害につながることに対する懸念も根強い。米国では9・11テロの後に「愛国法」が成立した。テロ対策強化のためにFBIや司法省が捜査の際に電話の盗聴や電子メールのやりとりを監視する権限を強化するもので、米国で生活する外国人の人権や国民のプライバシーへの侵害であるという批判が市民の間から出ている。実際、愛国法が成立して以来、留学生がビザの切り替えなどに移民局に赴いた際に突然逮捕・拘束される事件があちこちで起きているため、移民局に行く際には必ず大学の職員に同行してもらうよう呼びかける大学もあるほどだ。下院が可決した情報機関改革の法案は、公共の治安維持を名目に市民の権利を規制することを認めるような規定など、情報機関改革とはまったく無関係の規定を多く含んでいる。こうしたことも「愛国法の裏口強化ではないか」という懸念を呼び、市民団体や非政府組織(NGO)から強い不満の声が上がっている。
さらに、連邦議会における情報機関の活動の監視体制を議論することなく情報機関の改革のみを実施してよいのかという疑問も残っている。現在、情報機関の活動の監視役は上下両院の軍事委員会、情報特別委員会、予算委員会など複数の委員会にまたがっており、どの委員会が情報機関のどの部分を監視するのかという役割分担が非常に分かりにくい。上下両院でそれぞれ成立した改革法案のいずれも、この問題について真正面から取り組んではいない。 実は9・11委員会報告書が発表される一年半以上前の二〇〇二年三月、スコウクロフト元国家安全保障担当大統領補佐官が座長を務める大統領諮問委員会が情報機関改革案を取りまとめて大統領に提出した。ところが、この改革案が国防総省傘下の主要な情報機関を国防総省から切り離す提案を含んでいたため、国防総省は猛反発し、数カ月後、二〇〇三年度の国防総省歳出法案の中でさっさと情報担当国防次官というポストを新設し「実質的に情報機関の中に中央情報官が二人いる」(ある情報関係者)状態を作ってしまった。この結果、この改革案は注目を集めることもなく、たなざらしとなった。スコウクロフト氏のような共和党の外交政策の重鎮が取りまとめた報告書さえこのような扱いを受けた前例があるのだ。
何といっても一九四七年にCIAが設置されて以来、半世紀以上も続いてきた現在の体制を変えるのは容易ではない。「国家安全保障法が成立して以来の大規模な改革」と評される情報機関の改革だが、過去約五十年の間に計十二もの諮問委員会が情報機関の改革の必要性を訴えてきたがどれも実現せず、9・11テロのような大惨事が起きてようやく改革実現に向けた勢いが生まれたのだ。この事実を考えただけでも情報機関改革は大規模かつ複雑で厄介な仕事だというのが分かる。
これまでの情報機関改革を巡る議論の中で今ひとつすっきりしないのは、情報機関の改革だけを実現させれば9・11のようなテロの再発防止に結びつくのか、という点が十分議論されていないことである。「米国の安全のための情報収集・分析」を強調するあまり、外国人が次々と米国への入国を拒否されたり強制送還されたりして世界における米国のイメージが悪化した場合、それは米国に対するテロの脅威を低下させることにつながるのか。あるいは情報機関は改革したものの米国が相変わらず一国主義的な外交政策を続ける場合、米国に対するテロの脅威は低下するのだろうか。答えはどちらの場合も「否」ではないだろうか。米国で情報機関改革をめぐる議論は当分続くと思われるが、それが米国の外交・安保政策の包括的見直しの議論にまで結びついていくのかどうかを見守りたい。 |