2000年大統領選挙とアメリカの対日政策
戦略国際問題研究所研究員 渡部恒雄 大統領選挙もいよいよ本格的なスタートをきったこの2000年、ワシントンDCのシンクタンクに在籍する日本人の目から見た米国の動きと日米関係への影響を報告したい。現時点(2月10日)では、大統領選挙の緒戦であるアイオワとニューハンプシャーの党員集会および予備選の結果がでたばかりであり、民主党・共和党ともに、とりあえずブッシュ、マケイン、ゴア、ブラッドレーの4人の有力候補に絞られたものの、だれが大統領になってもおかしくない大変熾烈な接戦となっている。ここで、報告することは、この4者のうち誰が勝ちそうかという結果予想ではなく、この大統領選挙により、ワシントンDCの政策コミュニティーにどのような変化が起こり、その変化は、日米関係にどのような影響力を与えることになるのかという過程を見ていくための一つの側面を報告することにある。
シンクタンクのカラー: CSISの政策影響中心主義 まずは、著者の在籍するシンクタンク、CSIS(Center for Strategic & International Studies 戦略国際問題研究所)の紹介とその政策コミュニティーでの役割、最近の大統領選挙での動きを紹介することで、ワシントンにおける政策コミュニティーのダイナミズムの一端に触れてもらいたい。アメリカ社会におけるシンクタンクの組織運営や役割については、本誌1998年8月号に掲載された角家哲雄(現東芝アメリカ副社長)のブルッキングス研究所に関する秀逸な報告があるので、ぜひバックナンバーを手にされることをお勧めする。 ここでは、CSISの紹介を、読者にはおなじみのブルッキングス研究所との対比で紹介する。CSISは、ブルッキングス研究所と並び、組織の規模と、その外交・安全保障政策への影響力の強さの点で、ライバル関係と目される有力シンクタンクの一つである。とはいえ、CSISの組織のカラーは、ブルッキングスとは大分趣が異なる。その大きな違いは、ブルッキングスのアカデミックな姿勢に対比されるCSISの「政策影響中心主義」である。CSISは、研究所の使命として「政策への影響力」(ポリシーインパクト)を挙げているが、この使命が、CSISの研究姿勢に大きく反映することになる。例えば、研究所の研究結果は、常に、連邦議会、政府などの政策に関わる実務家に向けて、簡潔な政策提言の形をとることが基本であり、その影響力のために、ほぼ連日公式・非公式の政策コンファレンスを企画し、議会、政府、ビジネスとの頻繁な交流にその活動を当てている。 このようにCSISが、現実に政策影響力を行使するために、最も効果的と思われる短期的で、タイムリーな研究報告、言論活動を行っているのに対し、ブルッキングス研究所は、どちらかといえば、長期的で、学術的な内容のレポートを多く生み出している。私のイメージでいけば、CSISの学者が、まめにテレビ、ラジオに出演し、その時々の時事問題にコメントをし、頻繁に議員にブリーフィングをしている間に、ブルッキングスの学者は、研究室で執筆に専念し、最低でも1年から2年ぐらいかけて、長期的な観点から、一冊の本を書き上げるといった姿である。実際には、ブルッキングスもこのようなアカデミックな形から、もう少し現実に対応するように、アマコスト所長(元駐日大使)の下で、「迅速性」を掲げ、「本中心主義」からの脱却に取り組んでいるということであるが、良くも悪くも、定着した伝統というのは、一朝一夕に変えるのは難しいようである。(リンダマン中島香織 「米国シンクタンクのお家事情―ブルッキングス研究所」http://www.remus.dti.ne.jp/~anagashi/log2/log2-1.html 参照) また、CSISの政策影響力中心主義の一つは、そのメディア活動重視策である。研究員には、毎月一回、メディアレポートの提出義務があり、テレビラジオでの出演、本、新聞、雑誌のプリントメディアでの出版を提出し、その活動が、研究者の評価対象となる。しかも、誰がどこに出たかを、月に一度、一覧表にして、全員に配布している。この件については、経済学の大家ポール・クルーグマンが、メディアに迎合的な学者の態度として批判対象の例として取り上げているが、CSISでは、ある問題に対して、メディアから分析・意見を求められた場合、たらい回しや、拒否をせずに、優先的かつ迅速に、それぞれの分野の研究員が応える態勢をつくっている(日本経済新聞社刊「経済政策を売り歩く人々」参照)。 このような政策への影響力を看板に掲げるCSISであるが、団体としての姿勢は、超党派というラインを守っている。これは、政党への影響力という点で、一見矛盾するようだが、その意味は、研究所は研究員に特定の見方を押し付けずに、その個人の意見を尊重するということであり、CSISには、民主、共和党の経験と人脈を持つ専門家が両方とも出入りしている。そして、共和党政権のときは前民主党政権にいた専門家が、民主党政権のときは前共和党政権の専門家が、政府を離れCSISに籍を置き、より有効な政策を研究し、次期政権への参加を虎視眈々と狙うという構図となっているのである。 CSISとブルッキングス研究所とのカラーの違いでもわかるように、ひとくにちにシンクタンクといっても、それぞれに違った特徴がある。しかしながら、ワシントンのシンクタンクには、一つだけ大きな共通項がある。それは、シンクタンクが、大統領選挙による政権交代に伴い、政府の官僚への多くの人材を送り出す人材プールとなっていることである。そして政府への人材を供給するばかりでなく、反対に政府の人材をシンクタンクに迎え入れ、現実に即した政策研究に取り組むのである。日本では、官僚から民間へは、「天下り」という一方通行であるが、アメリカでは、双方向の交通であり、これを「リボルビング(回転)ドア」と呼び、アメリカ政治の一大特徴となっている。そして、この「リボルビングドア」が大きく動くのが、4年に一度の政権交代の年なのである。
大統領選挙・政権交代に向けてのシンクタンクの動き:CSISのケース CSISは、今年2000年の大統領選挙を前にして、もっとも大きな動きを見せたシンクタンクかもしれない。それは、ここ一年あまりの所長の交代劇が、大統領選挙をめぐる政治に見事に連動しており、上記の「回転ドア」の実に興味深い典型例を示しているからである。 1999年の1月、CSISは共和党のブッシュ政権で副主席補佐官を務めたボブ・ゼーリック元国務次官を所長として迎えた。この時点ですでにゼーリックは、次期大統領を狙うブッシュ前大統領の息子のジョージ・W・ブッシュの政策アドバイザーとして期待されており、ブッシュJr.政権成立後には国務長官級の職につくだろうという前評判で所長に就任した。また同時期に、CSISは理事会の会長に、上院議員を引退した上院軍事委員会の民主党の重鎮サム・ナンを迎え、政府だけでなく議会への影響力を念頭においた強力な布陣を敷いた。しかしながらこの布陣は、所長職とブッシュ州知事に対する応援活動を平行して行いたいというゼーリック本人の意向に、理事会が反対するという結果を招き、結果的に彼は所長職をあきらめ、ブッシュ大統領候補のアドバイザーとして、選挙運動に専念し現在に至っている。 その後CSISは、専務理事のリチャード・フェアバンクスをリリーフ役の所長に据え、影響力と指導力のある次期所長を探していたが、この4月から、現クリントン政権で国防省のナンバー2であるジョン・ハムレ国防副長官を、所長として迎えいれることとなった。ハムレ博士は議会の軍事委員会や議会予算局勤務という経歴も持ち、議会と政府の両者への影響力の点で、まさにCSISにはうってつけの人材である。また国防省からもう一人、アジア太平洋担当国防次官補代理のカート・キャンベルを上級副所長及び国際安全保障プログラム・ディレクターとして、5月から迎えることとなった。キャンベルは、後述するクリントン政権内の数少ないジャパンハンドの中で、実質的に日米の同盟関係を支えてきた一人である。そして、この人事も、既に先の見えたクリントン政権から民間への転職というアメリカの回転ドアにおける一つの典型を示しており、ルービン財務長官も、一足先に政権を離脱し、シティーコープの会長職に就いている。
アメリカの対日政策を大統領選挙からどう読むか? このように、大統領の交代によって、ワシントンの政府機関では、次官補代理、次官補レベルから長官まで、(日本でいえば、各省庁の次長、局長級から大臣までのほぼ全員)3000人ほどが入れ替わると言われている。従って、この人事交代劇をよく観察することにより、新しい政権の方向性が予想できるのである。現在、もっとも政権チームの内容の予想可能性が高いのが、テキサス州知事ジョージ・W・ブッシュのチームである。そこで、まずはブッシュチームの顔ぶれを見ながら、その対日政策の性格を探ってみよう。 最近のアメリカ大統領の中で、このクリントン政権ほど、日本軽視、中国重視のレッテルを貼られ批判された政権はないだろう。特にクリントン政権の日本軽視策は、政権当初に日米で激しく対立した半導体、自動車、そして最近では鉄鋼の貿易摩擦を巡るUSTRと商務省の日本への強硬な対応、バブル崩壊に苦しむ日本の経済運営に対する財務省の圧力、クリントンが訪中の際に日本を通過したジャパン・パッシングなどの外交配慮の欠如により、日本側だけでなく多くのアメリカの専門家からの不信を買うことになった。 このクリントンの対日政策軽視をワシントンでの人事レベルでみると、政府の重要な職に、日米関係の重要さを共有する人材を配置していないという事実が、その傾向を如実に裏打ちしている。例えば、国務省だけを例にとっても、共和党のブッシュ政権後期には日本専門家のウィリアム・クラークJr.(元CSIS日本部長、現ジャパンソサエティー理事長)が就いていたアジア太平洋担当国務次官補の席は、8年にも及ぶクリントン政権では、ウィンストン・ロードとスタンリー・ロスという、中国専門家がその職を占め、現在政権入りしている日本専門家の高官は、ラスト・デミング元駐日筆頭公使が、国務次官補代理に就いているのみである。同じことは、国防省(前述のキャンベル次官補代理のみ)、ホワイトハウス(特に国家安全保障会議)にもいえ、岡本行夫・元首相補佐官も、「以前には10人ぐらいいた人材が、大統領府、政府に2・3人の人材がいるに過ぎない」と語ってその問題点を指摘している。(1999年3月10日産経新聞参照) ブッシュ州知事陣営は既に錚々足る外交チームを組織しているが、その中にはリチャード・アーミテージ元国防次官補(レーガン政権)に代表される日米安保重視派が重要な地位を占め、ブッシュ候補の外交演説にも日米関係を軽視する現クリントン政権批判が入り、日米関係重視のシグナルを送ってきている。また、ハワイを本拠に活動するCSISのパシフィックフォーラムからも、長年日米安保関係の重要性とアジアの安全保障の政策研究に携わってきた重要な知日派の一人であるラルフ・コッサ専務理事が、安全保障分野の高官として政権入りの声が上がっている。 しかも、ブッシュチームにはこのような安保派だけでなく、有力シンクタンクの一つ、アメリカンエンタープライズ研究所に籍を置くローレンス・リンゼー元連銀理事のような経済アドバイザーからも、日米関係の重要さを強調するメッセージが発信されている。(毎日新聞社「エコノミスト」2月20日号参照) ブッシュ外交政策チームの一人、前述のゼーリック元CSIS所長も、クリントン政権の外交は日本などの同盟国に対する配慮が欠けていると批判している。一般的に、共和党の専門家には、グローバルな自由貿易の拡大こそがアメリカの国益であり、そのような自由貿易体制を保障しているのが、アメリカの世界に展開する軍事力とその同盟国であるという現実主義のコンセンサスがある。保護貿易主義に傾きがちな労働組合の影響が少ないこともあり、共和党は伝統的にこのような外交関与派かつ自由貿易派が多い。その意味ではマケイン上院議員の外交路線もこのラインからそれほど大きく乖離するものではなく、むしろ、アドバイザーの意見に頼るブッシュに比べ、マケイン自身がそのような外交観を持っていると言われている。しかも、政策的な人脈はブッシュチームと重複するところもある。 これに比べて民主党のゴア陣営は、やはりクリントンの政策を踏襲する傾向が強く、しかも拡大する一方の米国の貿易赤字を考えると、今後の景気次第では対日経済政策で強硬姿勢を打ち出す可能性を秘めている。例えば、ゴアチームに参加する可能性のあるローラ・タイソン元国家経済会議(NEC)議長(現カリフォルニア大学バークレー校ビジネススクール校長)などは、クリントン政権初期の戦略的通商政策派の代表であり、通商法301条やスーパー301条などの一方的な制裁措置の使用を提唱しており、日本や自由貿易派は警戒せざるを得ない。 これに関連して一つ重要な指摘をしておきたい。それは、今年のアメリカは大統領選だけでなく上下院選挙の年でもあり、特に下院では良好な経済を追い風に、民主党が支持を伸ばして、現在の過半数の共和党議席を逆転する可能性が高いことである。そうなると、日米貿易摩擦全盛時代に対日貿易強硬派でならしたゲッパート現下院院内総務(Minority Leader)が下院議長(Speaker)になり、同じく対日強硬派だったボニアー現下院院内幹事(Minority Whip)が、院内総務(Majority Leader)になることが予想され、直接に選挙区の産業の不満を反映する下院のコントロールが彼らの手に握られることになる。この事実は、日本人からだけではなく、アメリカの自由貿易派からも懸念されており、特に昨年シアトルでのWTO決裂以来、深刻な危機に陥っている世界の自由貿易体制の維持には少なからず脅威となろう。 ここで断っておきたいが、日本は伝統的に共和党との関係は強く、民主党との関係は弱いと言われているが、議会に関しては決してそうとばかりも言えない。例えば、現駐日大使のフォーリー元下院議長は、民主党の重鎮として長年日米議員交流に貢献し、その駐日大使就任の際には、日本との関係の近さを懸念する声が議会で上がったほどであり、そのアドバイザーを務めるプリンストン大教授(前CSIS日本部長)のケント・カルダーもアメリカ屈指の知日派である。 民主党のもう一人の有力候補、ビル・ブラッドレー上院議員も、長年日米の議員交流に貢献し、日本に友人が多い重要な知日派議員の一人でもある。しかもブラッドレーの政策アドバイザーとしては、日系アメリカ人で、日本政治経済研究の第一人者であり、プリンストン大時代からの親友である、スタンフォード大学のダニエル・オキモト教授の名前が挙がっている。従って、組合からの圧力はゴア同様にあるだろうが、ゴア陣営とは趣の異なった政権が予想できるし、日本にとって決して取り付きにくい政権とはならないだろう。 余談になるが、こうして見ると日本国際交流センターなどが中心となり、現在にいたるまで積極的に行われてきた日米の議員交流は、日本にとって大きな財産となっていることがわかる。現在CSISも、日本国際交流センターと共同で、日米議員交流プログラムを企画しているが、かつての日米貿易摩擦華やかなりし頃に比べて、アメリカ側議員の熱意はいま一つである。日本にとっては、この議員ルートとを暖め直すことは、次の大統領選挙後を睨む上でも、今後の長期的な対米関係の上でも重要であろう。 おわりに シンクタンクと政権との間の人の出入りを中心に、大統領選挙をめぐるワシントンDCのダイナミズムに触れてみた。官僚の人事が固定的な日本と違って、専門家が政権入りするためには客観的な実績とアピールが必要であり、それらはすべて公共にむけて発信されているということは、実にアメリカの民主主義らしい透明性といえるだろう。現時点では、ブッシュチームが最も早く政策チームを組み、その政策を発信しているが、今後大統領選挙が進むにつれ他陣営の政策チームの内容も徐々に明らかになっていくだろう。大統領候補自身の発言、見識に加え、このような政策アドバイザー、スタッフ達の発言や動きに着目することは、今後のアメリカの行方を占う大きなヒントとなるだろう。
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