政策評価:「考える政府」への道筋:新規事業資金の一%を政策研究評価にまわすこと
(2000年11月、大阪大学NPO公開講座のための講義に加筆修正)

アーバン・インスティテュート研究員 上野真城子

要旨

 民主主義国家には投票と分権の上に、政治的リーダーシップと政策リーダーシップ、そして良く知らされた国民の存在が必要である。民主主義国家の政策が、計画的全体主義的国家の政策と異なるのは、その政策の「決定」が国民にあることである。より民主的な国家は、考える国民が、より良い「決定」をするという信念の上にある。省庁改編と「政策評価」の導入はより良い政策「決定」のための体制が造れるかがかけられているのであって、単に効率的な政府をつくることではない。国の行方を決める政策代替を作り、その選択が出来る、「考える政府」と国民を生み出すための体制づくりなのである。「1% 政策評価使途留保金」を設け、考える政府と政策の代替と選択肢を生み出す政策産業の振興をはかることは今日本にとって不可欠の課題である。

 

政策研究分析と議論の重要性

 米国の四年に一度の国家行事である大統領選挙の最大の効用は、人々が生活と経済と政治を考える機会を与えることである。大統領選の期間中、家庭で、教室で、新聞で、ラジオで、列車の中で、人々は今、自分にとって何が問題か、社会には国にはどのような問題があり、どのような解決の道があるのか、そしてリーダーに何を望むのかを喧喧諤諤と議論をした。しかしまた民主主義の発展は大変なものであり騒々しくも、完璧にほど遠い難関に満ちた道筋であることをこの選挙は見事に見せた。民主主義は終りない行進・マーチといわれるが、この行進過程には()統治の方向と方法を示す、政策と代替案が提示されること、(二)良く知らされ考える市民の存在と合意形成、() 統治の理念と政策の優先性を判断できる政治家の存在、すなわち政策リーダーシップ、良く考える市民、政治リーダーシップが必要である。

 この十年、米国の政府は財政赤字の削減と債務の減少にあらゆる努力を払ってきた。支出削減と増税、経済刺激策と減税、そしてミクロ、マクロの経済効果を、極めて微妙な調整を測りつつ、かつ貧困の減少と個人と家族の福祉の向上を目指しながら、五十年ぶりに財政均衡を達成し、さらにここ三年財政黒字を拡大している。これは単に一律の歳出削減や、ニューエコノミーによる好況とかの、魔法の杖の一振りによるものではない。膨大な政策と代替政策の形成と検討議論がなされ、選択と決定がなされてきた。ここには政治リーダーシップとそれを支える政策リーダーシップの存在がありそして政策の成功があった。

 新政権はその上で今後十年に予測される大幅黒字をどう扱うかをめぐって、政策オプションを議論するという近年まれに見る恵まれた立場にある。しかし経済成長の鈍化の兆しの中でこの黒字予測による公約の実現ができるかは疑問である。政策は将来予測が重要な要素であるにも関わらず、またITの普及によって驚くべき情報処理能力が向上したにもかかわらず、あらゆる予測はまだ極めて不確実なもので、今回のもとにある政府の黒字予測値自体、過去四年でマイナスからプラスへと四分の三兆ドルという激変をした。ことに長期予測がいかに間違うか、政策形成がいかに困難な作業であるか、この不確実性と変化の速度の極めて高い時代の現実である。この正解のない混迷、不確実な、かつ理念の等分化した社会政治においては、政策は統治にますます重要な役割を果たさなければならず、政策の適切性、妥当性、代替政策の厳しい検討と考察、議論が必須となる。米国の政治と政策のリーダーシップは、新たな挑戦を受けている。

 

日本の政策と政策決定

 日本は膨大な財政赤字をかかえながら、急激な高齢化と人口縮小、経済の停滞という極めて困難な状況に直面している。この中で2001年の行政改革は、内閣官房機能を強化、縦割り的な行政の弊害を廃し高位の組織「内閣府」の設定などを通じて政策調整を図る新たな仕組みを構築し、ここに政府内外から優秀な人材を集め、総理を補佐しそのリーダーシップを支え強化することを掲げて実施される。同時に政策評価システムの導入がうたわれている。これまで行政は「政策の立案―施策・事業の実施」をしてきたが、省庁再編後は、政策評価システムの導入により「政策の立案―施策・事業等の実施―施策・事業等の評価と見直し」をすることとなる。これにより行政機関が主体になって政策を総合的客観的に評価し、国民のニーズを把握し「行政サービスのユーザー」としての国民の視野に立った成果重視の行政を実現し、情報公開することにより政策の立案、実施、評価過程の透明化と国民への説明責任(アカウンタビリティー)を徹底出来ると考えられているのである。すなわち行政改革は効率的政府と国民本位の政府を目標とし、そのために横並びの行政体制から縦型の上位機構を設置し、政策評価の導入によって政策の質と政府のアカウンタビリティーを高めることを目指すものである。

 この省庁再編と政策評価の導入は、日本が持たなければならない、政治リーダーシップと政策リーダーシップを生み出す唯一の機会として期待される。この改革によって日本は時代に対応する政府と政策を持てるか否かの極めて重大な岐路にあるといっていいだろう。私は政策産業の中枢にある米国のシンクタンクに働く政策研究者としてここ十年余、日本に民間独立ノンプロフィットのシンクタンクの必要性を主張してきた。この立場から、米国をひとつの事例として、この改革と政策評価導入にいくつかの認識と必要な事柄が見落されていることに議論を喚起したい。

 

「政策決定」認識の欠如

 戦後五十五年、日本の今日の問題の根源には、政策の企画形成、執行が行政の機能として官僚に独占的に所有され執行されてきたこと、政治()は官僚の作った政策を利権分配の道具としてのみ利用し、国民は自らを治める政策の決定への方途を絶たれてきたことがある。すなわち政策と政治が切り離され、政策の所有者であるはずの国民が、その声を政策に反映する道を持てず、それを繋ぐ政策リーダーシップと、その声を選び取る政治リーダーシップが出来なかったこと、そしてその結果には、政府自身がより良い政策を形成する能力を失い、国民の政府への信頼を失ったことが、現在の社会の無力無関心と閉塞感の根本にある。

 政策の企画立案、実施を官僚行政が独占することによって日本は社会主義国家に近いある意味では「効率的」な政府を作ってきた。政策評価の導入でさらに無駄と怠慢をそり落とすのは悪いことではない。しかし効率のみでよいならば効率良い官僚制の復権になりかねず、もとより政策の形成力も質も上げることにはならない。民主主義国家の政策形成において、何が一党独裁国家の政策形成と異なるのかといえば、政策の選択と決定を、国民が依託した政治が行うことにある。この政治制度を通じて「決定」に国民が関与できることが基本の理念なのである。この「決定」を国民の権利と責任として認識し、この「決定」をいかに明瞭に合理的なものとできるか、そしていかにより良い選択が出来るかということにこそ、民主主義政治の命題がある。日本の官僚行政は政策決定過程の存在を無視、ないしは軽視し、政策企画計画と実施を実質的に行政の権利として執行してきた。また政治は政策を自己の利益配分の道具としてしか考えず政策形成を官僚に任せ、自己利益においてのみ決定に関わってきた。政策と政治の乖離はこの「決定」の重要性に対する認識の欠落を意味する。これが日本の戦後の政策形成における最大の欠陥といえるだろう。

 しかしこの決定過程の重要性を認識すると、民主主義統治における政策決定は相当に効率的でないといえる。公共体と民間の企業との違いはここにある。だがこの「決定」が本来国民にあること、国民本位とか参加といったことをどう実質化していくかという基本的課題の存在によって、民主主義統治は、効率的ではないし完璧ではないが、より適切な代替政策を生み出し、それを有効に機能させ、社会によりよい変化と成果をもたらすことが出来るのである。

 

政策分析評価局の誕生

 米国は「決定」をいかにより良きものとし合理化できるかということに膨大なエネルギーを割いてきた。この契機は一九六〇年代、ケネディー政権がエコノミストを中心とした社会科学者や民間人を行政の合理的運営に動員したことが大きい。その端緒となるのがロバート・マクナマラによる国防省の改革で、彼は国防省の使命を国の外交政策と防衛支出の調整統合にあるとし、省の防衛予算の管理にシステマティックな思考を導入した。これは計画事業予算システム(PPBS)と称されるものだが、基本的には兵器の購入に関わる費用効果分析を行ったもので、これに多くの専門技術者を投入し、省の機能の合理化を図った。ジョンソン大統領はこのシステム分析の思考を軍事外の国内社会政策機関全般に応用することとした。六〇年代後半から七〇年代前半、ほとんどの省庁に政策分析、評価といった名称を持つ次官級の局が作られ、外部から多くの政策アナリスト、研究者、専門家が入り、各省庁の中枢に、計画、分析、評価という思考機能が整備されたのである。米国の「考える政府」の優れた先達となったのが、健康教育医療省(HEW現在の健康ヒューマン・サービス省)に一九六六年に出来た計画評価局(ASPE)であった。初期には四〇名ほどで最盛期には三〇〇名近い多数の政府外からの研究者が集められ、多くの評価研究が実施された。ここから米国の政策分析の最前線を切り開く人材:政策アナリストが輩出され今日の米国の政策リーダーシップが生み出されたといって過言ではない。しかし分析手法としてのPPBSは、社会の人々と組織の行動に変化を与えることを目的とする社会政策の分析には限界があり、行政の経営にコモンセンスをもたらしたものと解釈されるものである。

 

政策評価の出発:公正と効率

 一九六十年代、米国は国内において公民権法を頂点として「貧困との闘い」という、ニューディール以来の大規模な福祉国家政策を実施した。この事業は米国の時代の思潮と価値観、理念に深く関わっている。米国は個人の自由と平等の追求を基本的理念として成立した国家であり、かつ効率を最大限に追求する市場中心の資本主義経済で発展する国である。民主主義の政治的原則:平等と、資本主義の経済原則:効率との間の葛藤矛盾との取引の上に成立する国なのである。社会は人間の尊厳と公正(フェアネス)を求める価値を持つ故にこれを乱すような効率経済のもたらす問題を和らげようと努力する。このことが、累進課税、所得分配、就業訓練、機会の平等、公共教育、人種、性差別の解消などを目指す多様な政策を創り出す。それが公民権法であり偉大な社会の貧困解消ための様々な政策であった。しかし宇宙開発、ベトナム戦争と合わせて、国家の財政負担を増大させたこの社会政策が都市暴動に結果するという状況に至って、政府は政策の効果を検証する必要に迫られた。人権と平等を保障し福祉向上を目指す政策がなぜ期待した効果を生まないのか。国家資源(税金)を社会の合意を得る「公正性」にかなう配分に出来たのか。社会の価値観と国家の所得再配分に関わり、個人や組織の社会行動に影響を与える政策の効果をどう測定し評価するか。新しく出来た省庁の分析評価局の課題はここに出てきた。

 一九七〇年代には経済機会法による貧困政策全般にあたって事業評価が政府会計監査院を含め多くの政府内機関で行われた。評価は初期の予測を改良し、施策事業の企画立案を練り直し、そして比較的に効果のない代替を取り除き、結果として予算配分の合理性を説明するための知識を得る手段といえる。それゆえに評価には、施策の特定目的と一般価値や理念との関係、政策の実施と施行後の成果の比較測定、経済的効果や影響の範囲の測定などが含まれる。そして良くデザインされた業績測定システムの存在が不可欠である。業績測定は事業の進捗を測り、適切な調整をすることを可能にし、政策形成者にサービスが公正に配られていることを明らかにすることを助け、より不適切な要因を取り除くことが出来、それによって信頼を築づくことが出来る。しかし完璧な測定の基準などはない。評価を始めてすぐに明らかになったことは、情報と予測、シミュレーション、そして社会政策の実験の重要性、すなわち政策の形成時点からのシステマティックな分析と事前評価が必要なことである。政策形成には問題の認識、政策と目標理念と課題の形成、政策分析、予測、シミュレーション・モデルの開発、指標開発、実験を経て企画立案され、代替案も含めて選択、決定される。実施を経てその成果は業績測定され評価され、さらに決定を修正するという過程が展開される(図)。評価はこの政策過程を創り出す始動力となった。このような政策分析と評価研究が政府の国家運営をするために不可欠であるという認識がこの時期に確立したといえる。

 その後三十年余、盛衰がありながら、政策分析評価の研究蓄積が米国の政策形成力をつけ、そして政策の決定過程を支え強固なものとしてきた。そして政策という、正解のないしかし社会への基本的な働きかけと改革の方法を、実際的合理的なものとしそのオプションを作りつづけてきた。評価はより良い決定にとって不可欠な情報であり思考の道具である。当然ながら評価は、万能型完璧なものなどはなく、また決して決定の判断に置き代わるものではない。評価を特定の政策の擁護やマネジメントの道具として意味なく精緻化したり、役人が身内で新しいテクノクラートをつくることに矮小化してはならない。

 

一%保留による評価産業の形成を

  現在の米国の政策リーダーシップと政策形成産業の創出に最大の貢献をしたのは、一九六六年に前述のHEWが造った一パーセント評価保留の条項であると思う。当初これは児童健康医療関連の新規事業法に入れられ条文で、事業の予算化にあたってはその事業費用の一パーセントを評価のために保留するとした。この資金は、省の当該政策の担当局ではなく、省の長官の自由裁量のもので、その使途を評価研究に限った。これはその後他の省にも普及施行された。この条項の導入によって、評価研究と資金が必然的に政府外部に流れ、政策分析研究を振興し、なかでも民間独立ノンプロフィット・シンクタンクの繁栄につながった。(この条項の導入は当時ASPEの長であった、ウィリアム・ゴーラムによる。彼はその後アーバン・インスティテュートを作り30年近く、その所長として、政策評価研究産業の振興に寄与した。)米国の政策リーダーシップの形成と保持には、ノンプロフィット・セクターの存在と膨大な民間財団のフィランソロピーがあることが決定的な要因であるが、政府が自ら資金を提供していることと政府のイニシャティブがあったこと、ことに資金を確保したことの意味は非常に大きい。

 ここから学べることとして、今回の行政改革に機構として分析評価局を設置すること、ここに少なくとも半数以上を外部から専門家、研究者を入れて、本格的な政策分析評価を行うことを提言したい。そこでは中長期的に執行担当部局から離れて、独立的な政策評価を行うことが出来るようにする。そして同時に新事業にはその一%資金を評価のために保留することとする。また既存の政策については国会の主導で五年ごとなどの見なおし評価を定めるべきであるだろう。この思考の過程を作らなければ、よりよい政策は生まれて来ない。この資金をもとに、外部の力を動員して政策分析評価力を強化し、政策代替を生み出し、「考える政府」になるために、政府自らが内部と外部にその人材と産業の普及を率先するべきではないだろうか。これが出来なければ、日本の将来は危うい。

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