|
*この記事は朝日新聞社の了解を得て転載しています。無断で転載、送信するなど朝日新聞社及びPRANJの権利を侵害する一切の行為を禁止します。 PRANJ(政策海外ネットワーク)リポート 粉飾決算を行う企業とこれを監視する者の関係は、不正の発覚と監視機能強化の繰り返しの歴史であった。また、クルーグマン教授等が指摘しているように、以前は企業のロビイスト活動を受けて監視強化に反対した政治家たちが今になって行動しているための遅れや不整合性があるほか、企業自体の改革に踏み込んでいないとの批判もある。ただ、今回は、ニューエコノミーを支えた制度の悪用が発覚したうえ、テロ事件等の影響もあって低迷気味だった米国景気(ひいては世界景気)に深刻な影響を与えるほどの株価下落を招いたため、米国としては、企業から厳しすぎるとの批判を受けようとも、信頼回復のために必要な対策を取ったと考えるべきである。 今回の不正防止対策は、米国で培われてきた資本主義システムを基本的には維持しつつ、問題の根幹は「米国経済の構造・仕組みにあるわけではなく、それを利用する者(企業=プレーヤー)、および監視する者(当局、監査法人など=レフェリー)の悪意と怠慢にある」との考えに基づいており、罰則規定を含めて監視機能を強化することで、米国経済の基盤だけでなく、資本主義経済の基盤を守ろうとする姿勢が貫かれている。このことは、対症療法を繰り返すと同時に、個別事象を社会問題として大げさに取り上げても、当事者を温存し、最終的解決を先送りする日本とは反対であり、不良債権問題の処理をはじめとして経済構造を改革しようにも思い切った決断ができない日本にとって大きな示唆となる。
不正は全関与者による人災
しかし、「エンロンに対する財務監視について」は、エンロンの取締役会と監査法人(アーサー・アンダーセン)だけでなく、エンロン発行の金融商品を売ったインベストメントバンク、不正取引を認めた弁護士のほか、エンロン株の買い推奨を続けたアナリスト、破綻の直前まで投資適格としていた格付け機関をも強く非難し、それぞれに改善を求めている。また、市場では、企業アナリストに厳しい批判がおこり、各インベストメントバンクで疑惑払拭の組織改善が行われているほか、エンロンのSPE(特別目的会社)に融資したシティグループなどの銀行にも疑いの目が及び、株価急落につながっている。
米国経済を支える魔法のランプ 結局、米国では、ストックオプションの取り扱いを市場の判断に任せ、正当な方法で使う場合には引き続きそのメリットを享受できるようにした結果、市場の自浄作用が働いて不正へのチェック機能が高まってきているのである。 一方、今回の不正会計事件に悪用されたもう一つの仕組みで、これまで日本であまり話題となっていないのが、SPEを使った「シンセティックリース」である。これは、「SPEの三%以上の株式を第三者が保有すれば連結対象とする必要がなくなる」とのルールを利用するもの。八〇年代頃から不動産を多く所有する企業を中心に活用されており、米国で営業している日本企業も利用している。それが、九九年以降、IPO(株式公開)や公募増資というエクイティ市場での資金調達が不調となり、銀行からの借り入れを維持・拡大できない企業による利用が拡大。さらには、SPEに在庫を持ち込めば形式上の売り上げが立つので、これを利用した単純な売り上げの嵩上げも急増した。そして、エンロンのように、約三千ものSPEを利用して次から次へと見かけ上の売り上げの嵩上げを行う企業が現れたのである。 日本的に考えれば、この仕組みを壊すことが不正会計事件の再発防止に向けた第一歩ということになる。しかし、米国のFASBは、改正案においても、基本的にSPEは現状通り存続とし、第三者の出資割合を一〇%程度に引き上げることを提案している。これは、SPEが、親会社との信用遮断を行うことで、貸手や他の投資家の利益を守ることを目的としており、ほとんどのSPEがこの当初の目的のために使われているためである。例えば、ややルールは異なるものの不動産やカード債権などの証券化商品でも、SPEで親会社との関係を遮断することによって原資産からの収益を親会社に影響されることなく債権者への支払いに回すことを売り物として発展しており、既に数十兆円の市場となっている。もし、連結対象外扱いのSPEが認められなくなれば、これらが破壊される可能性があるのである。 すなわち、SPEは、約二十年の間に米国で進化した金融・商品市場の一つの根幹をなす仕組みであるため、FASBは、エンロンなどのケースはむしろ悪意のある犯罪者のせいであるとの立場を取ったと考えられる。まさに、SPEは利用者によって素晴らしい成果も信じられない犯罪も可能とする魔法のランプなのである。 しかし、このSPEを使った粉飾決算に対する市場の目も非常に厳しくなっており、法的には今後も利用可能でも、よほど明快な目的があり、利用状況もきちんと開示しなければ、SPEを保有しているだけで粉飾をしているのではないかと疑いをかけられる状況になりつつある。実際に、クリスピー・クリーム・ドーナツなど多くの企業が特に不正行為をやっているわけではないにもかかわらず、整理を進めている。
コーポレートガバナンスと規制機関 これらは、「性悪説」に立った米国のリスク管理の原点を徹底しようとするもので、最長二十年の禁固刑や上場企業の取締役からの永久追放など、違反者に対する厳しい罰則規定も盛り込まれている。しかし、このことは、日本でも称賛されていた米国のコーポレートガバナンスも、不正を抑制する強い規則がない限り機能しないということを示している。すなわち、バブル末期の日本がそうであったように、米国でも好景気の終わりに不正行為による粉飾決算が行われたことは、「世界中のどの経営者も、自分たちを規定するルールを破ってでも収益の維持を図ろうとする」ことが日米において確認され、また、そのような状況下ではコーポレートガバナンスも無力化することを示しただけにすぎない。このため米国の対応は、少々見方を変えると、規制当局による厳しいチェックが入らなければ不正を防げないことを認識し、監視機能を強化し、不正行為に対する罰則を強化するものである。 今回の新たな規制の中核をなすサーベンス・オックスレイ法が、米国の証券取引所にADR(米国預託証券)を上場している日本などの外国企業をも対象としたため、現在、日欧の業界団体などから米国当局に対して適用除外や緩和を求める意見が寄せられている。自国において規制がある外国企業としては極めて妥当なリアクションだが、上述のような米国市場でゲームを行う者に対する監視の強化という観点からすると、了解を得るのは容易ではない。もちろん、米国で資金調達したい外国企業と、外国企業の参加で自国市場を繁栄させ続けたい米国とは、基本的に利害が一致するため、なにがしかの政治的妥協点が見いだされるだろうが、日本側はかなり新法案を受け入れざるを得ないかもしれない。
日本における類似性と相違 一方、銀行の不良債権問題も銀行が不良貸出額を適切に査定しないため、長年にわたり先送りされているという前提に立てば、たとえそれが金融検査マニュアル通りの資産査定の結果であったとしても、今回のエンロン事件への米国の対応に照らすと、自己査定を行った銀行のほか、実際に銀行の検査を行ってきた金融庁・日本銀行、また監査法人が、悪意か怠慢かは別として、エンロンのケースと同様に監視機能をまひさせていたこととなる。昨年のマイカル破綻時に見られたように、格付けが下がっていたのに気づかなかったというような言い訳は通じない。このような状況を早く脱出しないと、米国市場にADRを上場している日本企業等へのサーベンス・オックスレイ法のフル適用がやむを得ないことになる。不良企業の延命を看過しているように見える日本の規制当局、コーポレートガバナンスなどのすべてが信頼を失い、結局、優良企業のコスト負担増につながって、日本経済全体の足を引っ張るのである。
日本の今後の対応 銀行と企業、公認会計士、規制当局の関係は、長年にわたるウエットな付き合いのため、日本的な「人情」が入る余地は確かにあるし、こうした何でも話せる関係の構築が不正を未然に防止し、また万一の場合にも迅速な発見と対処につながるのも事実である。このため、米国の金融機関なども、日本的な「相手の顔色の変化で不正の存在を察知する」とのリスク管理手法を取り入れている。しかしながら、いや応なしにアメリカナイズが進み、米国の良いところを吸収して構造改革につなげなければならないという現在、従来の慣れ親しんだやり方を主張しても始まらないし、日本的な内部管理や監査慣行に沿った対応は、深刻な不良債権問題が長期化していることなどに鑑みれば、とても日本で機能すると主張できるものではない。日本もリスク管理の原点に返って、徹底した「性悪説」に立脚した監視体制を整えるべき時が来ているのである。
|