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PRANJ(政策海外ネットワーク)リポート
ワシントン発 月刊論座2002年12月号掲載

「エンロン事件と日本への教訓」

酒井吉廣 戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員

資本主義経済の基盤を守ろうとする
エンロン事件への米国の対応は、対症療法に頼って
思い切った改革のできない日本には、学ぶべき点が多い。

 十月八日、民主党のリーバーマン議員率いる上院政府業務委員会は「エンロンに対する財務監視について」と題した調査結果を公表、エンロン事件に関与した者すべてを強く非難し、今後の提案を行った。これは、七月三十日に制定された、企業の経営管理や報告手続きの整備を厳しく求める「サーベンス・オックスレイ法」とともに、昨年のエンロン破綻以来、グローバル・クロッシングやワールドコムなど、次々と明るみに出た企業の不正会計問題で大きく傷ついた米国経済への信頼を取り戻そうとする米国政府・議会の強い意志を示している。

 粉飾決算を行う企業とこれを監視する者の関係は、不正の発覚と監視機能強化の繰り返しの歴史であった。また、クルーグマン教授等が指摘しているように、以前は企業のロビイスト活動を受けて監視強化に反対した政治家たちが今になって行動しているための遅れや不整合性があるほか、企業自体の改革に踏み込んでいないとの批判もある。ただ、今回は、ニューエコノミーを支えた制度の悪用が発覚したうえ、テロ事件等の影響もあって低迷気味だった米国景気(ひいては世界景気)に深刻な影響を与えるほどの株価下落を招いたため、米国としては、企業から厳しすぎるとの批判を受けようとも、信頼回復のために必要な対策を取ったと考えるべきである。

 今回の不正防止対策は、米国で培われてきた資本主義システムを基本的には維持しつつ、問題の根幹は「米国経済の構造・仕組みにあるわけではなく、それを利用する者(企業=プレーヤー)、および監視する者(当局、監査法人など=レフェリー)の悪意と怠慢にある」との考えに基づいており、罰則規定を含めて監視機能を強化することで、米国経済の基盤だけでなく、資本主義経済の基盤を守ろうとする姿勢が貫かれている。このことは、対症療法を繰り返すと同時に、個別事象を社会問題として大げさに取り上げても、当事者を温存し、最終的解決を先送りする日本とは反対であり、不良債権問題の処理をはじめとして経済構造を改革しようにも思い切った決断ができない日本にとって大きな示唆となる。

不正は全関与者による人災
 米国企業に不正会計を行わせた原因は、「株価でインセンティブを高める仕組みを組み込んだ米国型企業経営」にあり、これがITバブル崩壊後に、「不正をしてでも企業収益をあげることで株高を維持する行動に走らせた」というのが世間一般の理解である。確かにこれは正しい。株高を継続することは、企業の信頼を高めて資金調達や営業活動を容易にするほか、ストックオプションをもらっている経営陣や従業員のやる気も高める。しかし、その一方で、株主と経営陣の相互牽制を前提とした米国お得意のコーポレートガバナンスの機能をまひさせ、結局、エンロン等は破綻するまでその不正を隠し続けたのである。日本であれば、これで問題の核心と筋書きが掴めたとして、有識者などからなる審議会が欧米の例を参考にしつつ一年ほどかけて答申を行い、ルールを変えるよう法制化して終了である。その意味では、問題の核心を、「株高追求主義」を体現するストックオプションとコーポレートガバナンスとし、不正に関連した当事者は当該企業の一部役員を除けばおとがめなしとする日本的な対応、すなわち、問題の温床となった制度や仕組み、問題を醸成した環境の批判に終始し、その修正で終わるかと思われた。このため、日本でも、米国へのヤッカミや本来一つしかない資本主義に対する誤解もあって、一部マスコミなどが「米国経済の墜落」や「米国型資本主義の終焉」などと書きたてた。

 しかし、「エンロンに対する財務監視について」は、エンロンの取締役会と監査法人(アーサー・アンダーセン)だけでなく、エンロン発行の金融商品を売ったインベストメントバンク、不正取引を認めた弁護士のほか、エンロン株の買い推奨を続けたアナリスト、破綻の直前まで投資適格としていた格付け機関をも強く非難し、それぞれに改善を求めている。また、市場では、企業アナリストに厳しい批判がおこり、各インベストメントバンクで疑惑払拭の組織改善が行われているほか、エンロンのSPE(特別目的会社)に融資したシティグループなどの銀行にも疑いの目が及び、株価急落につながっている。
 すなわち、エンロンに端を発する米国不正会計事件について、米国は、事件に関与した人間たちの悪意、不十分な監視・調査、または問題を看過せざるを得なくする職場環境などが原因の「人災」であったとし、これらに対する批判・制裁が市場で行われる一方、ニューエコノミーを支えた重要な二つの要素、ストックオプションとSPEについては、基本的に問題はないとの判断を下したのである。

米国経済を支える魔法のランプ
 ストックオプションについては、企業の経費とすべきとの意見が米国議会で議論され、GMやコカ・コーラ、アマゾン・ドット・コムなど、かなりの企業が経費とすることを発表した。しかし、最終的な判断は、制度自体には問題がなく、また米国経済の活力源の一つである新興企業にとっては負担が大きすぎるとして、経費化を義務づける法の制定には至らなかった。一方、すでにディスクロージャー資料にストックオプションの株数などを記載することとなっていたことから、法制化とは無関係に、エンロン事件発覚後は、多くの投資家がこれを加味してEPS(一株当たり収益)等を分析し直すようになっている。さらに、十月四日に出たFASB(米財務会計基準審議会)の改正案は、経費化していない企業も経費化した場合の見積もりを投資家のために開示するよう求めている。

 結局、米国では、ストックオプションの取り扱いを市場の判断に任せ、正当な方法で使う場合には引き続きそのメリットを享受できるようにした結果、市場の自浄作用が働いて不正へのチェック機能が高まってきているのである。

 一方、今回の不正会計事件に悪用されたもう一つの仕組みで、これまで日本であまり話題となっていないのが、SPEを使った「シンセティックリース」である。これは、「SPEの三%以上の株式を第三者が保有すれば連結対象とする必要がなくなる」とのルールを利用するもの。八〇年代頃から不動産を多く所有する企業を中心に活用されており、米国で営業している日本企業も利用している。それが、九九年以降、IPO(株式公開)や公募増資というエクイティ市場での資金調達が不調となり、銀行からの借り入れを維持・拡大できない企業による利用が拡大。さらには、SPEに在庫を持ち込めば形式上の売り上げが立つので、これを利用した単純な売り上げの嵩上げも急増した。そして、エンロンのように、約三千ものSPEを利用して次から次へと見かけ上の売り上げの嵩上げを行う企業が現れたのである。

 日本的に考えれば、この仕組みを壊すことが不正会計事件の再発防止に向けた第一歩ということになる。しかし、米国のFASBは、改正案においても、基本的にSPEは現状通り存続とし、第三者の出資割合を一〇%程度に引き上げることを提案している。これは、SPEが、親会社との信用遮断を行うことで、貸手や他の投資家の利益を守ることを目的としており、ほとんどのSPEがこの当初の目的のために使われているためである。例えば、ややルールは異なるものの不動産やカード債権などの証券化商品でも、SPEで親会社との関係を遮断することによって原資産からの収益を親会社に影響されることなく債権者への支払いに回すことを売り物として発展しており、既に数十兆円の市場となっている。もし、連結対象外扱いのSPEが認められなくなれば、これらが破壊される可能性があるのである。

 すなわち、SPEは、約二十年の間に米国で進化した金融・商品市場の一つの根幹をなす仕組みであるため、FASBは、エンロンなどのケースはむしろ悪意のある犯罪者のせいであるとの立場を取ったと考えられる。まさに、SPEは利用者によって素晴らしい成果も信じられない犯罪も可能とする魔法のランプなのである。

 しかし、このSPEを使った粉飾決算に対する市場の目も非常に厳しくなっており、法的には今後も利用可能でも、よほど明快な目的があり、利用状況もきちんと開示しなければ、SPEを保有しているだけで粉飾をしているのではないかと疑いをかけられる状況になりつつある。実際に、クリスピー・クリーム・ドーナツなど多くの企業が特に不正行為をやっているわけではないにもかかわらず、整理を進めている。

コーポレートガバナンスと規制機関
 今回のエンロン等の不正会計事件は、企業のコーポレートガバナンス、SEC(証券取引委員会)などの公的規制機関、また会計監査法人や格付け機関などの私的規制組織のすべてに問題があったことを露呈した。そして、この問題の根幹が、資本主義経済の旗手である米国の市場メカニズムの中ではなく、不正監視の立場にあった各人が適切なチェックを怠ったことにあると批判された。しかしながら、問題の再発防止に向けた準備は着々と進められている。SECは、会計監査業界から独立した公的監督責任評議会(Public Accountability Board)を設置して、これまで米国公認会計士協会が担ってきた会計監査人を監督・処分する役割の移管を提案し、NYSEとNASDAQに上場規制の強化を要請。これを受けて、両取引所も、社外取締役の独立性に関する資格要件等の強化や監査委員会の権限強化、ストックオプションの株主総会承認、行為規範の開示など、コーポレートガバナンスに関する改正を提案した。そして、その要となる法律としてサーベンス・オックスレイ法が成立したのである。

 これらは、「性悪説」に立った米国のリスク管理の原点を徹底しようとするもので、最長二十年の禁固刑や上場企業の取締役からの永久追放など、違反者に対する厳しい罰則規定も盛り込まれている。しかし、このことは、日本でも称賛されていた米国のコーポレートガバナンスも、不正を抑制する強い規則がない限り機能しないということを示している。すなわち、バブル末期の日本がそうであったように、米国でも好景気の終わりに不正行為による粉飾決算が行われたことは、「世界中のどの経営者も、自分たちを規定するルールを破ってでも収益の維持を図ろうとする」ことが日米において確認され、また、そのような状況下ではコーポレートガバナンスも無力化することを示しただけにすぎない。このため米国の対応は、少々見方を変えると、規制当局による厳しいチェックが入らなければ不正を防げないことを認識し、監視機能を強化し、不正行為に対する罰則を強化するものである。

 今回の新たな規制の中核をなすサーベンス・オックスレイ法が、米国の証券取引所にADR(米国預託証券)を上場している日本などの外国企業をも対象としたため、現在、日欧の業界団体などから米国当局に対して適用除外や緩和を求める意見が寄せられている。自国において規制がある外国企業としては極めて妥当なリアクションだが、上述のような米国市場でゲームを行う者に対する監視の強化という観点からすると、了解を得るのは容易ではない。もちろん、米国で資金調達したい外国企業と、外国企業の参加で自国市場を繁栄させ続けたい米国とは、基本的に利害が一致するため、なにがしかの政治的妥協点が見いだされるだろうが、日本側はかなり新法案を受け入れざるを得ないかもしれない。

日本における類似性と相違
 過去および現在の日本の問題をみると、バブル末期頃から多く見られた粉飾決算は、その多くが債券市場や為替市場を使ってのものであったが、中には手口などが今回の米国とかなり似通っているケースも散見された。日本の場合には、例えば、不正会計の典型ツールであった「飛ばし」(含み損を抱える企業の資産を他企業へ一時的に退避させたり、連結対象外の子会社へ移管すること)を根絶するために、九〇年代半ばまでに、債券取引の値幅制限や為替先物予約、通貨オプション等を使った損失の先送り禁止、現先取引を会計上の売買取引と認めないようにするなど、さまざまな市場規制強化や会計原則の見直しが行われた。一方、当事者や監視する側への対応はほとんどといっていいほどなかった。このため、日本国内での監視が強まった結果、含み損を抱えた企業は、米国やケイマン諸島などにSPEを作って損失の本体からの切り離しを続けた。不正体質の染みついた経営陣は、懲りずに場所や手口を変えて不正を継続したのである。そして、結局は、山一證券のようにすべてが明るみに出て破綻した企業もあれば、銀行借り入れに振り替えて今も定期約定弁済を続けている企業もある。

 一方、銀行の不良債権問題も銀行が不良貸出額を適切に査定しないため、長年にわたり先送りされているという前提に立てば、たとえそれが金融検査マニュアル通りの資産査定の結果であったとしても、今回のエンロン事件への米国の対応に照らすと、自己査定を行った銀行のほか、実際に銀行の検査を行ってきた金融庁・日本銀行、また監査法人が、悪意か怠慢かは別として、エンロンのケースと同様に監視機能をまひさせていたこととなる。昨年のマイカル破綻時に見られたように、格付けが下がっていたのに気づかなかったというような言い訳は通じない。このような状況を早く脱出しないと、米国市場にADRを上場している日本企業等へのサーベンス・オックスレイ法のフル適用がやむを得ないことになる。不良企業の延命を看過しているように見える日本の規制当局、コーポレートガバナンスなどのすべてが信頼を失い、結局、優良企業のコスト負担増につながって、日本経済全体の足を引っ張るのである。

日本の今後の対応
 山一證券が破綻する前の九七年七月、日本から会計監査のために山一のNY現地法人に出張した人間が、山一の接待でヤンキースの伊良部投手(当時)のメジャー第一戦を見るために、午後早めに帰ってしまったという話がある。また、日本の検査当局は、大和銀行の井口事件を発見できなかったのみならず、本人の自白後に米国当局への報告を意図的に遅らせたと疑われた。この頃を境に、米国には、どこか日本を完全に信用し切れないような雰囲気が出てきた。

 銀行と企業、公認会計士、規制当局の関係は、長年にわたるウエットな付き合いのため、日本的な「人情」が入る余地は確かにあるし、こうした何でも話せる関係の構築が不正を未然に防止し、また万一の場合にも迅速な発見と対処につながるのも事実である。このため、米国の金融機関なども、日本的な「相手の顔色の変化で不正の存在を察知する」とのリスク管理手法を取り入れている。しかしながら、いや応なしにアメリカナイズが進み、米国の良いところを吸収して構造改革につなげなければならないという現在、従来の慣れ親しんだやり方を主張しても始まらないし、日本的な内部管理や監査慣行に沿った対応は、深刻な不良債権問題が長期化していることなどに鑑みれば、とても日本で機能すると主張できるものではない。日本もリスク管理の原点に返って、徹底した「性悪説」に立脚した監視体制を整えるべき時が来ているのである。


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