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PRANJ(政策海外ネットワーク)リポート
「歴史的転換点での大統領選挙で問われるもの」
そして、ケリーの指摘する「雇用なき景気回復」の問題は、ある意味では七〇年代から八〇年代にかけて自動車や半導体業界で起きたような日米貿易摩擦とそれへの措置に類似すると捉えることができる。しかも、従来は、他国に追い上げられた分野から、よりハイテクな分野、より知識集約型産業へのシフトや、輸入規制等の保護政策によって解決できたほか、日米貿易摩擦の時のように相手国企業からの一方的な輸出であれば、為替水準の是正など採るべき方法はかなり明快で、且つ米国の力を持ってすれば比較的容易であった。しかし、中国などは、国としては貿易不均衡・競争の相手ではあっても、その国にある企業の多くは米国企業の子会社で、それらからの米国への逆輸出が相当のウエイトを占めるようになっており、問題が「国家」としての枠組み、産官共同での国際競争というような従来型の米国の対応を超えたものとなっている。これは、政府として、グローバルな競争力を武器とする自国企業のバックアップをしてきた結果が、自国内の雇用や生産活動に影響を与えるという新たな問題の発生であり、これまで同一視できたグローバル化を進めた企業と国民のどちらを優先するかのジレンマの発生でもあるのだ。 米国経済は、景気拡大が確かなものになりつつあるとは言え、現時点では不確実性が少なくなく、あるクリントン時代の政府高官が「国民は天気予報を見せられているようなものだ」と指摘するような状況である。すなわち、六月のFRBによる利上げ後も経済指標が意外と振るわなかったため、債券・株式市場等では、これまで織り込んだ利上げ水準を調整する動きが見られるなど、七月は今後の選挙投票日までの波乱を予想させるような展開であった。 「雇用なき景気回復」についても、雇用も今後は本格的に回復するとの見方が強まっているとはいえ、未だその足取りが固まったと言い切れる状況には無い。
今回の景気回復が始まった二〇〇一年十一月と昨年末の非農業部門雇用者数を比較すると、企業調査ベースでは減少しているが、家計調査ベースでは八万六千人/月増加している。一時、雇用が回復していないとのケリーの批判に対し、共和党サイドでは、大企業から離職しても、零細企業に雇われたり、自己営業を始めた者もかなりいるため、むしろ経済構造の変化の中ではこうした点を含めて見ることのできる家計調査ベースを併用すべしとの意見があったが、このデータは、この意見を裏付けるように見て取れる。ところが、今年の家計調査ベースの計数をみると、八万二千人/月と昨年までと同様の増加ペースであり、しかも、フルタイムの純減をパートタイム等の増加で補っており、常識的に考えれば、雇用が質を伴った回復をしているというのも早計であることがわかる。一方、本年四月以降の雇用者数の動きをみると、企業調査ベースで二十二万三千人/月の増加だ。この数字をみて、今度は共和党陣営を中心に多くのエコノミストが雇用の本格回復が始まったと判断したが、これを家計調査ベースでみると、十八万四千人/月の増加に止まり、この間、フルタイムは月によって増減を繰り返している。家計調査ベースはデータの信憑性の問題が残るものの、現段階で雇用が本格的に回復に向かい始めたと判断することの難しさがわかる。しかも、企業調査ベースで業種別の雇用の動きをみると、建設、人材派遣、飲食店、ヘルスケア等、どちらかといえば低賃金で、パートを多く雇う業種で増えており、仮に雇用の拡大が本物になりつつあるとしても、まだ米国人が望むような形ではないとの判断も可能である。雇用統計に見られるまだら模様は、仮にその背景に経済構造の変化があるとしても、国民が肌で感じる景気回復が未だ本格的には始まっていないということを意味しているのかも知れない。 これに対して、マクロ的な景気回復の恩恵が一部の勝ち組企業と個人富裕層に偏って享受されており、その裾野が国民全般まで広がっていないという点を問題としているのが、ケリーである。極端な言い方をすれば、四年かけて国民の負担を前提とした大幅な財政赤字を作ってまでの政策の結果なのに、その利益の享受が公平に行われていない、というものである。そして、その証左の一つが、雇用の回復が景気拡大に伴わない、という主張なのだ。
米国民は、対テロ戦争で家族の尊い命を犠牲にし、その戦争の費用を(将来まで含めれば)自分達の税金で賄い、それでいて、景気回復の恩恵も受けられない。こうした複合的な批判が、基本的な民主党支持者の見解であり、これがイラク戦争の泥沼化や、自分達への恩恵が少ない景気回復への不満となっている。そして、ケリー、エドワーズの演説は、こうしたブッシュ政権批判を強めている。
こうした問題は、既に一九八〇年前後、特に共和党系シンクタンクを中心に議論された「戦争の経済的技術の変化」の延長線上にあり、テロリスト国家のような敵と戦うためには、一撃にして全てを消滅させる兵器を使うか、自国の経済成長を維持することで勝利までの持久戦を戦い抜くか、のどちらかしかない。後者の場合、日本などの同盟国の援助も必要となる。ケリーが提案する国連への主導的役割の委譲とは、その方法が現時点での米国にとって最適の選択肢であるかどうかという議論を除けば、泥沼化したイラク情勢と膨らみ続ける軍事予算の二つの問題を、より低コストで解決する糸口を見出そうとするものであるとの解釈もできる。イラク問題は、米国にとって、重要な経済問題ともなっているのである。 ブッシュ・ケリー両陣営とも、紫の州、中でも前回接戦となったフロリダ、ウィスコンシン、ニューメキシコ等のほか、ミシガンなど五大湖周辺から東部の州に向けて重点的な宣伝を行っている。一方、テキサス、アラスカ、ユタ、アイダホなどブッシュ大統領が前回圧倒的な勝利を挙げ、知事も上院議員も共和党のような州、逆にカリフォルニアやニューヨーク、ワシントンDCなど民主党が圧倒している州では、ほとんど宣伝活動を行っていない。そして、選挙資金とキャンペーン活動だけみると、ブッシュは、七月時点で二億三千万ドル超を集めており、年初の五倍近い差はないものの、引き続き民主党候補としては過去最高額を集めているケリーの一億八千万ドルを大きく上回っている。ブッシュは、既に一億六千万ドルを費やしてキャンペーンを行っており、従来からの優位を一段と確かなものにしようとしている。 しかし、これらの州の景気状況は、鉄鋼、自動車など産業構造として厳しい国際競争などにさらされ、必ずしも米国全体のマクロ景気指標が示すほど順調とは言えない。こうした状況下、紫の州ではケリー陣営の保護主義的政策案を支持する層が底固く推移しており、これが、現在まで両候補の支持率が均衡している一因とも言われている。「雇用なき景気回復」の背景には、ある意味で頂点に達した米国のグローバル企業による国家の枠組みを超えた利益追求がある。これが自国民の生活を脅かすレベルになったとき、従来の対日政策のような強硬な措置をもってしても対応しなければならないというのが、ケリーである。一方、ブッシュも、エドワーズの功績が大と言われる繊維三品目のセーフガード発動だけでなく、農産品輸出の保護、失業保険給付期間の延長など、これらの州を意識するような政策も行っている。また、紫州の一部や東部に多いと言われる高齢者などを意識したメディケア改革も実施した。 このように、ブッシュ・ケリー両陣営の戦いは、金銭面等において圧倒的に優位であるブッシュ大統領が、景気拡大が確かなものに近づきつつある現状においても、ケリー候補を引き離せないというのが実情である。そして、その根底にあるのは、米国が、現象面に現れる問題の裏にある、新たな変化を始めたグローバル経済の中でどのような道を選択していくかという問題である。勿論、一部には日本の自動車産業との競争など、従来通りの経済問題もあるが、基本的には、海外の米国企業からの逆輸入の問題である。これには、米国において比較的低賃金での労働が多いヒスパニックの割合が急速に増えているという事情も実は加わっている。また、対テロ戦争という国民に人的犠牲だけでなく経済的犠牲を強いるような戦争への対処の問題もある。これらは、従来にはなかった問題といえる。 米国は第二次世界大戦後、幾度となく国際経済秩序を作り上げてきた。その時の経済とは、政治・軍事・法律との密接な関連の中で営まれる利益追求活動である。そして、今回も、従来型のより高度な産業へのシフトだけでは解決するのは容易ではない問題に当たって、世界をリードして新秩序を作り上げることが米国には要求されている。しかし、その過程は、日本やEUだけでなく、新たな大国である中国や、経済的に拡大する潜在力の高いロシアとの調整も必要となるため、従来以上に険しくなっており、ちょっとした失敗が米国を発信源とした世界経済の混乱となるリスクさえあり得る。また、イラク(対テロ)問題も、米国の財政に引き続き大きな負担を及ぼす可能性がある一方、社会的にテロの存在を許せない以上、グローバルな枠組みでの新たな方法を考えなければならない。それが、米国が世界をリードし続けるための課題なのである。 © 2004 Policy Research & Analysis Network All Rights Reserved 無断転載・部分転載を禁じます。 |