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PRANJ(政策海外ネットワーク)リポート
ワシントン発 月刊論座2003年9月号掲載

グリーンスパンの独立と信認」

斎藤 毅:G7グループ・バイス・プレジデント

 

歴代政権との確執の末、いかにしてFRBとそのトップが
現在の立場を勝ち取ったのか。政権との取引、自らの後継に
腹心を推す動きなど、内部情報を盛り込んで報告する。

 

 中央銀行について語るとき、独立とか信認という言葉が使われる。グリーンスパン議長率いるFRB(米連邦準備制度理事会)の持つそれは、ECB(欧州中央銀行)や日本銀行にとっては羨ましい限りだろう。しかし、基本的人権などとは異なり、中央銀行の独立や信認は天賦の権ではない。

 中央銀行が適切な経済運営で結果を出せば、独立と信認はおのずとついてくる。グリーンスパンほどそれを知っている中央銀行トップはいない。政治からの独立と市場の信認を勝ち取り、一九九〇年代アメリカの経済繁栄のシンボルとなった。しかし、バブル崩壊でグリーンスパン神話には翳りが差しつつあり、アメリカ経済がこの先も自律回復に戻れなければ、議長はやがて市場の信認を失い、議会はFRBの裁量を狭めようとするだろう。

政治とFRB

 第二次大戦以来のFRB史を見てみよう。エッケルス議長は戦費調達のため、政府から国債を買い支えるよう命ぜられ、財務省が設定した金利水準になるまで機械的に国債を買い続けている。FRBは戦後、過剰流動性がインフレにつながることを恐れ、買い支えの継続を望むトルーマン政権と対立。大統領はエッケルスの再任を拒否した。 

 朝鮮戦争が勃発するとインフレ懸念から、後任のマッケーブ議長は利上げを決定したが、財務省は激怒。翌日にはFRBの決定を無視して、従来通りの低金利で国債を発行すると宣言し、全面戦争に突入する。双方がメディア操作をしたことで、さながら泥仕合の実況中継の観を呈したが、最後は世論がFRBの肩を持ち、五一年三月四日、「財務省‐FRBアコード」が締結。金融政策が国債管理政策から独立した瞬間である。中央銀行史における転換点であるが、我々が驚くのは、それまでの政治への従属である。トルーマンは十日とたたずにマッケーブを辞任に追い込んだ。

 トルーマンは財務省次官補のマーチンを送り込み、アコードの骨抜きを図る。初代証券取引委員長を務めたジョセフ・ケネディ(大統領の父親)も似た例だが、アメリカでは時々、立場が変わると新職務の権限拡大に尽力する傑物が出てくる。マーチンは議長になるや、中長期債の買い入れを拒否し、財務省と反目する。オペの対象を短期債に絞ることで、FRBは国債発行を安定化するための道具ではない、というメッセージを発信した。マーチンがFRBの独立に貢献したのは事実だが、制度としての独立であり、政策の中身の自由はまた別の話である。ジョンソン大統領がベトナム戦争遂行のための経済刺激を要求すると、マーチンは必要以上の流動性を供給している。

 次のニクソン大統領は六九年、マーチンの任期が切れる前年に後任人事を発表し、彼をレームダック状態に追い込んだ。その昔選挙でケネディに敗れたニクソンは、敗北理由の一つにマーチンの不十分な金融緩和を含めており、報復人事であった。ニクソンの経済顧問であったグリーンスパンが最初に目撃した政治とFRBの力関係である。

 ニクソンは自分の子飼いであるバーンズを後任に据え、バーンズはニクソン再選のために過剰な経済刺激に踏み切った。経済の過熱懸念が高まったが、選挙が終わるまでバーンズは利上げを避け続けた。過剰流動性とオイルショックが重なり、七〇年代はインフレが猛威を振るう結果となり、金融市場と歴史における彼の評価は回復しなかった。

 カーター大統領も自分の手下のミラーを送り込んだが、インフレ沈静化に失敗したミラーは一年で解任された。後任のボルカーにも、レーガン政権から横槍が入り、ホワイトハウスは積極緩和論者を次々とFRB理事に送り込んできた。彼らは「四人組」とあだ名され、ボルカーの金融引き締めを覆そうと、クーデターまがいのこともしている。試行錯誤を繰り返しながらもインフレ退治に成功し、現在のFRBの基盤を作り上げたのはボルカーだが、ほんの二十年前にすぎない。

 ボルカーも最後は政治に斬られた。レーガン政権で強大な権限を振るったベーカー財務長官がボルカーを退任に追い込み、グリーンスパンがその後任となった。八七年のことである。ボルカー退任の経緯から、金融市場は新任議長に猜疑心を抱いた。同時にベーカーは稀有の寝業師で、敵に回したくない。自分を疑っている市場と、自分を引き立てたベーカー。グリーンスパンは優先順位を間違えなかった。ボルカーに倣って利上げを断行する。選挙を翌年に控えた九一年、ブッシュ政権から金融緩和が不十分だという批判が噴出したが、圧力に屈しなかったことで、グリーンスパンの市場での信認は高まった。

グリーンスパン神話

 市場は結果主義だ。ボルカーとグリーンスパンの任期の前半、それはインフレ退治を意味していた。中央銀行のなすべきことはハッキリしていた。しかし、九〇年代になってインフレが落ち着きだすと、適切な経済運営の意味は曖昧になった。独善的に利上げをしても結果は出ない。

 市場がECBに抱く不信感はまさにそれで、ありもしないインフレに突き進むドン・キホーテに映る。ECBの反インフレ志向は、その精神的な前身であるドイツ連邦銀行に遡る。物価の乱高下にさらされたドイツ国民が戦後、物価の安定を渇望し、連合軍が国内政治を無視してその原形を作り、ドイツ連銀はインフレ退治を使命として生まれた。七〇年代にインフレが世界を席巻すると、政治圧力に屈せず利上げを断行したことで、いち早く市場の信認を確立するが、九〇年代の新しい経済環境への適応ができなかった。そのドイツ連銀の組織的遺伝子からECBは生まれた。

 日銀にとって、ドイツ連銀は「果たせなかった自己実現」の理想像であった。プラザ合意に基づいてバブルを煽るような金融政策を強要されたことも、日銀の政治不信を一層強めた。九八年に悲願の独立を与えられると、積年の不満の発散か、中央銀行の独立と政治との対立を混同した政策を採った。二〇〇〇年八月の利上げはその極みである。ドイツ連銀やグリーンスパンも政治圧力に屈せず利上げを断行したが、適切な経済運営が主眼にあった。デフレ下の日本での利上げは、政治の介入を強め、市場の信認を失う結果となった。

 ここでECBと日銀は、金融政策だけで結果を出すのは無理だ、と反論するだろうし、もっともである。しかし、このジレンマはFRBにも当てはまる。金融政策の効果が限定的なら、市場がいつ批判に回るかわからないし、FRB議長は誰でもよいことになる。

 九二年、クリントンが大統領になると、グリーンスパンは政治との取引に出た。政治が財政均衡に向けて努力する見返りに、議長は金利を緩和気味に運営する、という内容である。予算編成を要する財政政策に比べ、金融政策は小回りがきく。一回の幅も〇・二五%から調節できる。しかし赤字財政下では長期金利が高止まりし、金融政策の真価は発揮されない。議長は両者に整合性を持たせようとした。

 やがてルービンが財務長官に就任すると、議長はルービンとも取引した。ルービンの「強いドル政策」は有名だが、その裏にあった合意は知られていない。財務省が強いドルを現出する代わりに、グリーンスパンはできる限り利上げを避ける、という趣旨である。強いドルは海外からの資本流入をもたらすと同時にインフレ予防になる。

 議長と政治の間には、漠然とした相互理解などではなく、内容をつめたディールがあった。逆説的だが、グリーンスパンは政治の胸倉に飛び込み、金融政策を取引材料に使うことで中央銀行の独立を勝ち取ろうとした。FRBには、進駐軍が独立を裏書きしてくれた経験はない。九六年、景気過熱を心配したFRB理事たちが利上げを勧めたが、議長は抵抗した。議長再任を狙った動きとの批判があるが、適切ではない。議長はずっと広範に政治と取引していたのだ。

 健全財政、強いドル、緩めの金融政策の組み合わせは、力強い経済を現出する一助となった。すべてを議長の功績に帰すのは非現実的だし、八〇年代以来の規制緩和や企業リストラの効果の方が大きいのかもしれないが、金融市場は急騰し、グリーンスパンはそのシンボルとなった。

おごる平家?

 バブルを生み出す要因として、独り歩きする世界観がある。グリーンスパンいわく、バブルは「根拠なき熱狂」だが、根拠もなしに熱狂するほど人間、馬鹿ではない。バブルの裏には、それを正当化する世界観があり、その世界観に基づいた投資行動がある。

 日本の経験を振り返ると、プラザ合意は円の価値を急騰させ、ただでさえ土地本位制と揶揄された国に東京神話が生まれた。「二十一世紀は東京にプレゼンスのない企業は世界で競争していく力がない」といった世界観が信じられ、地価が高騰した。地価の高騰は資産効果となり、需要が拡大し、それに応じて更なる投資が行われた。

 九六年に「根拠なき熱狂」という警鐘を鳴らしたグリーンスパンだが、徐々にニューエコノミー論という世界観に傾斜していった。ハイテク革命の結果、オンタイムの在庫・生産管理が可能となり、生産性が飛躍的に向上する。構造的な生産性の向上は企業収益を押し上げるため、従来のモノサシでは企業価値や株価は測れない。同時にリアルタイムでヒト・モノ・カネが動く社会は経済循環への対応も素早く、景気変動を自律的に調整できるため、金融調節もいらなくなる……。

 覚めてみると夢物語だが、高速成長と低インフレという、従来であれば二者択一であるはずの組み合わせを経験したことで、新しい世界の予兆を感じたグリーンスパンは少しずつこの実験を進めた。しかし、時間の経過と共に、ニューエコノミーを世紀に一度の地殻変動とうたうようになり、金融調節の頻度も落ちていった。神格化されたグリーンスパンの説くニューエコノミー論と過剰な流動性はバブルを増長した。

 二〇〇〇年春、米国の株式市場が音を立てて崩れた時、事の重大さに真っ先に気付いたのは、バブル処理の難しさを肌身で知っている日本人であった。アメリカ人には慢心が滲んでおり、日本との比較論は一蹴された。アメリカは二千三百六十億ドルを超える財政黒字があり、金融政策発動余地(六・五%)も多大であると豪語した。

 そんなアメリカも四千億ドルを超える財政赤字に転落し、政策金利も一%しか残っていない。三年たった今も、三・五%程度といわれる潜在成長に戻れない。以前アメリカ人から散々馬鹿にされた憂さ晴らしもあり、日本のメディアは、FRBでデフレが議論されていることを大きく報道しているが、FRBのデフレ論は日本で一般的に語られるデフレ論とは異質なものである。日本では単なる物価下落ではなく、不動産価格の暴落に端を発した不良債権問題や構造的なバランスシート調整も含めた負のスパイラル全体を指していることが多く、アメリカも同じ道を辿るのか否かに関心が集中している。

 FRBの議論はずっと狭義な経済の循環論に基づくものである。すなわち、潜在成長率以下の成長が続くと、経済の不均衡の調整役として物価は下落する。実際、消費者物価上昇率はジワジワと一・六%まで下落してきた。どの程度の金融緩和を実行すれば、潜在成長より速い経済成長を促すことになり、物価上昇率の下落(アメリカの物価はマイナス圏にない)に歯止めがかかるのか、その程度の議論である。もちろん、こうした現状認識は誤りであると論ずることもできるが、それはまた別の次元の議論である。

岐路に立つFRB

 FRBでも非伝統的な政策手段についての議論が活発となっている。インフレ目標、外債購入、リスク資産(株式や不動産など)購入まで、学術的には柔軟な姿勢を示しているが、デフレ先進国の日銀でさえ躊躇しているこうした政策を、FRBが採用する可能性は当面ゼロに近い。

 現実的な選択として議論されているのは、既に日銀が採用している@期待形成、A長期国債購入、B量的緩和の三点であり、採用されるとすれば、この順番であろう。

 期待形成とは、政策金利を一定期間据え置くと約束することで、将来の金利上昇期待を抑え、長期金利を低位安定させることである。長期国債の買い入れは、期待形成を強めるために、長期債を購入して力ずくで長期金利を押し下げる政策を指す。日銀は消費者物価がゼロになるまで現行の政策を継続すると約束しているし、毎月一兆二千億円相当の長期債を購入している。量的緩和は、準備預金量を政策目標とする措置を指すが、日銀は二年前に採用した。

 日本の経験から明らかなように、一度デフレ期待が定着してしまうと、こうした政策をとってもその効果は薄い。デフレに陥る前に経済が自律回復するかどうかが勝負だが、FRBのチャレンジはそこの政策判断である。実施済みの金融緩和で自律回復が達成できるのか、それともバブル崩壊後十年たってから日銀が採用した政策を現段階で保険的に採用すべきか。

 日銀の行動は遅いと批判してきたFRBだが、日銀の苦労を遠くから眺めているのと、自分のオプションとして検討するのでは勝手が違う。六月の政策決定会合において、市場は期待形成や長期債購入を期待したが、FRBは躊躇した。日本のような負のスパイラルに落ち込んでいないことも判断を難しくしている。日本の物価上昇率はバブル崩壊から急降下、三年でゼロに落ちたが、アメリカでは一・六%。不動産価格も上昇しており、不良債権問題もない。

 足元の経済回復も、FRBの決断を鈍らせている。回復の兆しが一時的な上ブレにすぎなかったことが度重なり、市場も痺れを切らしているが、来年に向けて自律成長につながれば、グリーンスパンは適切な経済運営をしたことになる。翳りの出ている神話も回復するだろう。

 事実、正面切ったグリーンスパン批判はいまだに少ない。議長任期は来年切れるが、ブッシュ大統領はすでに再任を表明している。父親が再選されなかったことで、ブッシュ家とグリーンスパンの関係は良くない。それでも再任を表明したのは、選挙の年にグリーンスパンの後継問題で金融市場が動揺する可能性を封印するためだ。

 自律回復の行方はグリーンスパンの後任問題にも影響する。議長は昨年、事務方トップのコーンを理事に昇格させたが、自分の後継者としてブッシュ政権に売り込んでいることは知られていない。議長就任以来十六年、二人三脚でFRBを運営してきた両者の世界観はすでに同一化しており、コーンはグリーンスパンのクローンともいえる。引退後もクローンを後任に残そうとするところにグリーンスパンのFRBへのこだわりを見ることができる。

 その反対に、自律回復に失敗すれば、グリーンスパンの評価は暴落し、FRBは非伝統的な政策の採用に追い込まれるだろう。現在では政治的な揺さぶりの域を出ないが、議会にはインフレ目標といった数値化したルールでFRBを縛る動きや、莫大なFRB予算にケチをつける声も出てきており、回復に失敗すれば一気に勢いを得るだろう。結果を求められる中央銀行と政治のせめぎ合いは続く。


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