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*この記事は朝日新聞社の了解を得て転載しています。無断で転載、送信するなど朝日新聞社及びPRANJの権利を侵害する一切の行為を禁止します。 PRANJ(政策海外ネットワーク)リポート 実際、政権関係者は短期的な経済刺激を念頭に置いてないことを内々に認めている。目玉である株式配当に対する二重課税の撤廃にしても、その株価浮揚効果を疑問視する声が多く、ウォールストリート・ジャーナル紙は、政権が喧伝する一〇%の株価押し上げ効果はなく、五〜六%にすぎないと述べている。では、なぜ景気刺激、株価浮揚が念頭にないのか? 湾岸戦争に勝利し、一時は八〇%を超える支持率を獲得しつつも、一九九二年の大統領選でクリントンに敗北した父親の元大統領の教訓はないのか? バブル処理の難しさを肌身で知っている日本人には、息子のブッシュも再選を考えれば経済刺激をして当然、との先入観がある。これは日本人に限らず、たとえばウォール街にも同じ先入観があり、減税案が景気刺激的でないことに驚いている。
ブッシュ政権は何を考えているのか? 結論から言うと、一つには経済認識に対する違いがある。ホワイトハウスは来年までに経済が安定成長に戻ると考えており、短期的な景気刺激の必要性を感じていない(この見解はグリーンスパンFRB議長も共有しており、ワシントンのコンセンサスである)。 さらに今回のブッシュ減税を見ていくと、共和党支持者の資本主義、さらには民主主義に対する考え方が見えてきて非常に興味深い。
金持ち優遇減税? 恥ずかしげもない金持ち優遇であるが、ここでブッシュ案の主要項目を見てみよう。 株式配当への二重課税の撤廃。減税総額の半分以上を占める三千六百四十億ドルがこれに費やされている。株式配当を所得に含めている世帯の約六五%は、年収が十万ドル(トップ一〇%)を超えている。高額所得者になればなるほど、減税一ドル当たりの消費還元率が低く、低所得者ほど、受け取った減税を消費に回す傾向がある。短期的な経済刺激の観点から言えば、二重課税の撤廃は極めて非効率である。しかも、株式配当減税が実現するのは来年の四月のことであり、即効性もない。 では、株価の押し上げ効果はどうか? ホワイトハウスは元々その効果を二〇%と喧伝していたが、民間エコノミストが良くても五%程度の効果しかないと反論したため、何の説明もなしに一〇%に引き下げている。しかも減税案は素案にすぎず、このままで議会を通過する確率は皆無に等しい。共和党の上院でのリードは一議席にすぎず、九人の民主党議員が寝返らない限り、力で押し通すことはできない。共和党のグラスリー財政委員長は既に妥協の余地があることを示唆しているが、仮に二重課税の五〇%控除となれば、株価浮揚効果も二・五%程度にすぎなくなる。 二〇〇一年減税の前倒し実行。これには養育費減税を筆頭に、所得税率の引き下げと結婚税の撤廃が当たる。養育費の減免は、年収が十一万ドル未満の世帯を対象に、子供一人当たりの税額減免分(四百ドル)が、小切手の形で納税者に還付される形式を取り、ブッシュ案の中では景気刺激効果が比較的高い。それでもGDPの押し上げ効果は〇・一五%程度にすぎない。 小企業を対象とした、設備投資支出の税額控除の引き上げ。従来は二万五千ドルまでであった税額控除を七万五千ドルまで引き上げる。しかし米国の設備投資支出の六〇%は大手五百社で担っており、小企業向けの五万ドルがマクロ経済に与える効果は低い。その他にも失業支援策と銘打って、失業手当延長の継続と再雇用勘定の設立があげられているが、雀の涙ほどである。
減税教条主義 あまりに当たり前なので忘れられることも多いが、減税とは納税が前提であり、払った税金が少なければ、当然減税額も少ない。ここでブッシュ減税の受益者層とその配分を見直してみると、納税額とおおむね等しいことに気づく。ブッシュ案は納税者優遇策とも言える。税制を含んだ財政政策とは富の再分配の手段である。市民から徴税した政府は、道路や下水といった社会資本を整備したり、治安や災害復興といった各種サービスを提供するなりして税金を使っている。しかし納税額にかかわらず、市民が受け取るサービスに本質的な違いはない。同じ道路を使い、同じ警察や軍に守られている以上、累進税制とは持つ者から持たざる者への富の再分配である。 富の再分配に関する議論はすべて、「何が公平なのか?」に帰結する。ブッシュは外交だけでなく、経済政策についても教条主義的であり、累進課税を「悪の枢軸」の一部のようにみなしている。共和党が「小さな政府」を唱えていることは日本でもよく知られている。共和党を支持する保守派層は、民主党や東部のリベラル・メディアに任せておけば、一生懸命働いた者から多くの税金を取り上げ、その税金で焼け太った「大きな政府」が様々な福祉プログラムを通じて働かない者にお金を回すという、欧州型の機能不全に陥ってしまうと考えている。逆に、税金を減らせば政府機能は必然的に小さくなる。「政府を飢餓状態に追い込め」という発想で、共和党支持者は平然とこれを口にする。 共和党の保守派にとって、株式配当の二重課税撤廃は経済問題ではなく、正邪に関する哲学的命題なのだ。がんばった企業からも、リスクを取って株式投資した個人からも税金を二重取りするシステムは、まさに「悪の枢軸」である。
ただし、ホワイトハウスでさえこの二重課税撤廃がそのまま議会を通過するとは考えていない。当初ホワイトハウスは二重課税の五〇%削減を狙っていた。しかし五〇%でも一〇〇%でも民主党が大反対するのは目に見えており、民主党がこれを潰す気なら潰すだろう。その場合、サプライサイド減税を信奉する共和党支持者は、民主党に対する怒りを募らせ、その怒りは共和党支持者を投票所へと運ぶ原動力になる。完全撤廃を潰された方が、怒りも大きい。同時に、完全撤廃から交渉を始め、当初の狙い通り五〇%で妥協できれば、これもまた大勝利である。政治的には巧妙な作戦と言えよう。 もし短期的な経済刺激の強い減税を実施しようとするなら、低所得者層に的を絞った減税をするべきなのだが、それは政治的には民主党の支持基盤が潤うことを意味している。雇用支援策に中身がないのも偶然ではない。
共和党にとっての資本主義 それはアメリカの建国の父たちの原点である。アメリカには建国当時の価値観をいまだに踏襲している人が多い。共和党支持者の多くは誇りを持って自らを保守主義者と呼ぶが、ここでいう保守とは伝統的価値観を守ることである。彼らの大半は富裕層ではないが、共和党にこそアメリカ的伝統を守る気概があると見ているのだ。
資本主義は元来、「神の見えざる手」と呼ばれる市場価格形成プロセスが最も有効に、そして公平に皆の納得する均衡点を見つける手段であるとの考えに成り立っているが、共和党支持者はそれを信奉している。 一方、建国当時のアメリカには社会主義的思想はもちろん、ルソーの唱える協調組合主義的な民主主義も見られない。日欧の知識層には肌でピンとくるルソー的な社会民主主義は、非アメリカ的な価値観であった。 ただしアメリカも大恐慌を経験したことで、社会主義こそ標榜しないものの、ルーズベルト大統領のニュー・ディール政策や、ジョンソン大統領の偉大な社会計画に表れているように、民主党が旗振り役となって革新勢力の世界観を熱心に吸収していった時期がある。 それに対する揺り戻しがレーガン革命であった。その功績については様々な評価が可能であるが、レーガンの面白さは、右と左の対立軸を保守対革新という構図からアメリカ的価値観と福祉国家的(欧州的)価値観という対立軸に転換した点である。「大草原の小さな家」を愛したレーガンの「小さな政府」というレトリックは、民主党の祖であるジェファーソン大統領の世界観である。アメリカの良心のように言われるジェファーソンであるが、「大きな政府」を通じた優しい福祉社会を意図したことはない。むしろ彼の理想の人間像とは、厳しい自己責任を生活の中枢に据え、食から身の安全まですべて自給自足できる人間である。 ジェファーソンは中央政府に対する不信感が強く、そこに巨大な権力が集中することを非民主的だと見ていた。この感性を財政政策に当てはめてみよう。財政政策が富の再分配である以上、その分配を行う者は大きな権力を持つことになる。古い社会である日欧では、中央政府がその大権を握ることを当然として受け入れるが、ジェファーソンであれば、そうした特権階級を作ることを危惧しただろう。「神の見えざる手」と呼ばれる市場価格形成プロセスに任せる方がずっと民主的だということになる。日欧では進歩的と見られる累進課税を通じた富の再分配は、中央政府という特権階級を介するがゆえに、非民主的なのだ。 アメリカ二大政党史を振り返ってみると、中央政府に一定の権力を与えることを是とした世界観の持ち主の集まりが共和党のもとであり、北部の工業州にその傾向が強かった。一方の民主党は、各州の独立を重視する世界観を共有する者の集まりで、これは南部の農業州に多く見られた。レーガンの「小さな政府」の概念は系譜的に言えば、オリジナルは民主党の物である。 レーガンは、ルーズベルト以前の民主党的価値観を共和党的価値観と融合させることで、アメリカ的価値観を再現して広く国民に訴えた。レーガン以降、南部州の多くが共和党支持に移行したのはそのためである。彼らは共和党に魅了されたのではなく、伝統的価値観への回帰に魅了されたのである。 アメリカは元々、旧大陸での敗者が、大西洋を渡るという大きなリスクを取って作った国である。当時の人々にとって、貧富の格差は旧大陸にも存在しており、それ自体は歴然とした事実にすぎなかった。しかも旧大陸では日本同様、支配者層の交代期にだけ、のし上がるチャンスはあるが、いったん支配階級ができると、それが汲々として体制維持のために社会を固定化する。一方の広大なアメリカでは、たとえ東部では持たざる者でも、西へ向かうことでリスクを取り続けることができた。この歴史的背景は、リスクを取った者が報われるのは当然との考え方と、敗者復活を可能にする流動的社会維持の尊重を生んだ。この二点の歴史的経験が日欧にはない。 レーガンが指摘したように、ルーズベルト以降の民主党政策は確かに非アメリカ的である。レーガンのメッセージは、欧州的な福祉国家思想を追い出し、リスク・テイクを中心に据えた建国当時の発想に戻ろう、というものである。それゆえに、共和党は民主党に比べて規制緩和に熱心である。規制緩和とは、既存権益が社会を固定化することを排除することであり、挑戦者を生み出す流動的な環境作りである。これは日欧の保守勢力には微塵も見られない。
さすがのアメリカでも今回のブッシュ減税案への評価は著しく低い。しかしこれだけ露骨に「資本主義的」な減税案が議論の俎上に上ること自体が日欧では考えられないだろう。ブッシュがなぜこの減税案で共和党支持者を惹きつけられると考えているかを理解しようとすると、少なくとも国民の半数に近いアメリカ人がどのように資本主義、また民主主義を捉えているかが見えてくる。
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