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*この記事は朝日新聞社の了解を得て転載しています。無断で転載、送信するなど朝日新聞社及びPRANJの権利を侵害する一切の行為を禁止します。 PRANJ(政策海外ネットワーク)リポート まず最初に理解しておくべきなのは、日本とアメリカは、それぞれ発達した市場経済を抱える民主主義国であり、それゆえに政治と資金にまつわる問題にこれまでも直面し、今後も抱えていくだろうという厳然たる事実である。この事実に対する日本とアメリカの姿勢の違いは、一言でいえば性善説と性悪説の差だ。日本の世論の根底には、民主主義が発達すれば、いつかは腐敗とは無縁なクリーンな政治が達成される、あるいは地上のどこか(たとえばアメリカやイギリス)にはそのような政治パラダイスが存在するという、きわめて楽観的な誤解があるようだ。そのような建前が本気で流通しているがゆえに、政治家は有権者や政治的ライバルの批判を恐れ、金銭スキャンダルの原因となっている政治の構造的な問題を提起できない。そして本質的な議論を行わないまま、一部のスケープゴートに責任をすべて負わせて一時をしのぎ、ほとぼりが冷めたころにまたスキャンダルが発生するという悪循環を繰り返しているように見える。 アメリカの民主主義が日本よりましなのは、民主主義にはカネがかかり、権力は腐敗するという現実を、有権者と世論が幻想を持たずに受け入れている点だ。だからこそ、建国当初から権力を分散して、チェック・アンド・バランスという三権分立のシステムをつくり、国民も定期的に発生する政治スキャンダルに対し、虚無的にならずに現実的に対応して、政府や政治を機能させているのだろう。 選挙資金規制を進めるアメリカ
アメリカでは、「ソフトマネー」といわれる政党向け政治献金が、ここ数年、大きな問題となってきた。「ソフトマネー」とは、直接の選挙資金として規制される「ハードマネー」とは異なり、選挙ではなく政党の政治活動全般に関する寄付金のことで、七八年の連邦選挙管理委員会の裁定により許可された。九〇年代になって、この規制が緩いソフトマネーが選挙運動に大量に投入され、その額が膨張してきた。九一〜九二年の献金総額におけるソフトマネーの割合は民主党で一七%、共和党で一六%にすぎなかったが、二〇〇一〜〇二年には民主党で五四%、共和党で四三%にまで膨れ上がっている。 さらに今回、選挙資金の抜け穴になっている政治広告を、予備選挙の三十日以内、本選挙の六十日以内に限って禁止した。この政治広告とは、法定の選挙広告とは別のものである。選挙が近づいてくると、税制、環境などさまざまな政策課題の中から問題を一つに絞ったテレビCMが流される。そして一般の政治広告ではなく、特定候補や政党の了解のもとに流される「イシュー広告」というものが存在し、大量のソフトマネーの投入先になってきたが、これまでは一般の選挙資金の規制対象外だった。 たとえば、州知事選挙の直前に、「A州の財政はB知事が仕事を始めてから悪化しています。この問題の解決のために、皆さんB知事に手紙を書きましょう」という広告が、「A州の財政健全化を考える市民の会」といった政治団体から流される。これは現職B知事に対抗して出馬するC候補のための応援に使われているのだが、直接選挙に関連する表現や当落を問う表現を使わない場合は、「イシュー広告」として処理され、連邦選挙委員会にも報告しなくてもよかった。しかし、このような広告は選挙に直接影響を与えており、費用も数十万ドルから数百万ドルに膨れ上がるため、今回の法案で禁止されたのである。 エンロン事件が規制法を生んだ 今回の選挙資金改正法は、共和党のマケイン上院議員と民主党のファインゴールド上院議員の二人が中心となり、九五年に最初の法案を出して以来、超党派で進めてきたものだった。成立までの七年の歳月が物語るように、自らの選挙資金の調達手段を制限するような改革には、共和党、民主党双方から反対の声が大きかった。マケイン上院議員は二〇〇〇年の共和党の大統領予備選でブッシュ候補には負けたが、「マケイン旋風」を起こし、選挙資金規制法の必要性を強く訴えた。ファインゴールド上院議員は同じ二〇〇〇年に上院選挙に臨み、自らの再選を賭けた選挙で、ソフトマネーの寄付をあえて断って再選を果たし、自身の主張を全米にアピールした。 このような関係議員の努力に加え、今回の法案成立の大きな後押しになったのは、大手エネルギー会社エンロンの破綻だった。エンロンは、ブッシュ政権や共和、民主両党に幅広く巨額の政治献金を行い、その不透明な経営と影響力行使に米国民から大きな疑惑が持たれている。アメリカでは、議会で可決した法案も、大統領が拒否権を行使して署名しなければ成立しない。しかしブッシュ大統領は、エンロンとの極めて親密な関係に対して米国民の疑惑が晴れていないうえに、史上最高額の選挙資金を集めて選挙戦に勝利した経緯があり、この法案への署名を拒否するわけにはいかない政治状況にあった。 普通、大きな法案に大統領が署名する際には、ホワイトハウスの中庭にカメラを入れて、議会の主要メンバーとともに鳴り物入りで行う。しかし今回、ブッシュ大統領は、カメラを入れずに署名式を行うことで、ライバル・マケインの勝利を全国に宣伝する機会を奪った。 規制と自由のバランスこそ重要 日本の読者のなかには、このような訴訟は、憲法にこじつけたごり押しのように感じられる方もいるかもしれない。しかし、彼らの政治的な意図はどうであれ、これは立派な憲法上の議論であるし、最高裁には彼らの主張のもとになる判例がある。一九七四年にアメリカでは大規模な選挙資金の規制が行われたが、政治資金の規制は憲法違反であるという訴訟が起こされた。七六年に最高裁は、選挙の際に候補者への献金に制限を設けることは認めたが、政治資金を制限することは言論の自由制限にあたるという見解を出している。 今回の選挙資金改正法をめぐる法廷闘争においても、七六年の議論が再燃するかもしれない。つまり、政治資金を通じて自分たちの主張をする人々の言論の自由と、そのような巨額の資金を持てない人々の言論の自由の対立をどう考えるのかという問題である。
米ブルッキングス研究所のトマス・マン上席研究員は、今年三月二十五日付のクリスチャン・サイエンス・モニター紙上で、このような選挙資金規制と言論の自由の対立という問題について、民主主義の本質を的確にとらえた、バランスのとれたコメントをしている。 建前のルールより透明性の確保を 現行制度のこのような欠陥ゆえに、民主、自由、共産、社民の野党四党は、公共事業の受注業者の献金禁止、寄付を受領できる政党支部の制限などを盛り込んだ政治資金規正法改正案を今国会に提出することで合意しているようだ。このように抜け穴を地道に潰していくのは意味のあることだが、その一方で、建前に走りすぎて、現実的な資金集めの必要性を無視してはならない。 たとえば日本では、アメリカ以上に選挙資金と政治資金の垣根は曖昧なままである。法律で定められている一回当たりの選挙費用の上限額が、現実的に必要とされている最低額に比べてあまりにも少額(衆議院小選挙区で二千万円前後)であるため、どうしても法定の選挙費用で足りない部分を政治資金に頼らざるを得ない事情がある。何もかもアメリカに倣う必要はないが、建前にすぎない小選挙区での選挙費用の上限は廃止し、その代わりに政治資金と選挙資金の垣根を見直して内容の透明化を図ることが、より公正な選挙のために必要になるだろう。 さらに今回の鈴木、加藤、鹿野の各議員のケースが示唆する日本の問題点は、彼らが特定の利益のためにとった行動が国民から見えるところで行われていたか、という政策過程の透明性に行きつく。前出のカーティス教授も指摘しているが、族議員といっても、特定の有権者の利益を代表する議員は、民主主義にとって必要な存在である。しかし、全体のバランスを損なわないために、彼らの行きすぎた行動をチェックすることが必要となる。そして政治家の行動が見えなければ、国民は彼らの行動に対して総合的に判断して投票できない。この点で、岩井奉信教授が提言しているように、族議員を中心として、非公開の密室で法案の修正や取捨選択が行われている現在の政策過程の不透明性こそが、政治資金の問題と同時に改善されなくてはならない(本誌一月号「与党審査を廃止せよ」)。 この点、アメリカ政治の政策過程と選挙資金の透明性の確保への努力は、日本に比べ格段に進んでいる。たとえば、連邦議員は選挙資金への寄付も含めて、収入の内容をすべて、上院、下院に報告する義務があり、その情報はネット上で簡単にアクセスできるようになっている。下院のホームページ(http://clerkweb.house.gov/pd/fds.htm)では一九七八年に定められた政府の倫理規定法に基づき、議員の収入が公開されているし、選挙費用に関しても、連邦選挙委員会のホームページ(http://www.fec.gov/1996/sdrindex.htm)ですべての候補者とその選挙団体の収入源と金額を簡単に閲覧できる。選挙費用は、ほかにもオープンシークレット・ドット・オーグ(http://www.open‐secrets.org)などのNGOの運営するウエブで閲覧可能。投票行動に関しても、各議員のウエブサイトに加え、プロジェクト・ボート・スマート(http://www.vote‐smart.org/index.phtml)のようなNGOが運営するホームページで、検索できるようになっている。 とはいえ、アメリカでも、すべての政治家が透明度を高めるために、もろ手を挙げて協力しているわけではない。たとえば、これまで議会所属の会計検査院(GAO)は、現ブッシュ政権に対して、エネルギー政策に関する閣僚とエンロン社やほかのエネルギー企業とのやり取りの開示を請求してきたが、ブッシュ政権はこれを拒否し続けてきた。 そこでGAOは、その五十年の歴史で初めて、政権を相手どって訴訟に踏み切った。このような行為が政治の中で機能しているアメリカは、民主主義の技術としては日本より一歩進んでいるといわざるを得ない。
アメリカから学べる日本政治への最良の処方箋は、建前上の厳しいルールを政治家に押しつけて、開示努力に水を差すのではなく、むしろ現実にあったルールを適用して、透明性の確保を図ることにある。さらに、一部の政治勢力による情報の独占に風穴を開け、情報開示を大きく促進するためにも、政権交代の定着が望ましいことはいうまでもないだろう。 © 2002 Policy Research & Analysis Network All Rights Reserved 無断転載を禁じます。 |