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■日本外交、仲間はずれの構図
―北朝鮮をめぐるシミュレーションが警告するもの
PRANJニュースレター掲載(2003年8月2日)
■ 奥村信幸:米ジョンズ・ホプキンス大学客員研究員
ブッシュ政権は絶対に北朝鮮に妥協しない。しかし世界中から批判を浴びて、平壌との
直接交渉を余儀なくされる。その裏でお膳立てをするのは中国で、日本は結局、その動
きに取り残される・・・イラクとの戦争が終わった後の北朝鮮の核問題をめぐる世界を
予想する実験でこんな答えが出た。
ワシントンDCにある、ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)で三
月下旬に行われた東アジア危機のシミュレーションの結果である。アメリカが圧倒的な
軍事力を見せつけ、フセイン政権の追い落としに成功した後、世界が関心をやっと北朝
鮮に向けてからの二ヶ月半余りを1日に凝縮するという設定だ。参加者は米、北朝鮮、
日本、韓国、中国、ロシアの六カ国とメディアに分かれ、各国は四人から八人ぐらいの
チームを編成し、大統領や首相から外務次官や国連大使に至るまで役割が与えられる。
この大学院でアメリカの外交政策やアジアの国際関係を専攻する学生が主役だ。筆者は
メディア・チームのアドバイザーとして参加した。
四月初旬までにイラクの国家再建にも国連安保理の「お墨付き」が与えられ、アメリカ
は仏ロ独との関係修復にも成功したというシナリオだ。そして安保理では北朝鮮がただ
ちに核開発をやめるべきだという決議が成立し、アメリカは経済制裁も匂わせる。また、
韓国の盧武鉉新大統領の初訪米は、共同会見も行われないほどの冷たい関係で終始し、
北朝鮮国内は食料不足が深刻化し、日本が初めて自前で打ち上げに成功した偵察衛星と
米第七艦隊の空母キティホークがペルシャ湾岸から日本海周辺地域に帰還したことも
併せて、周辺の軍事包囲網の強化に神経を尖らせるという状況設定だ。また、北朝鮮が
昨秋以来アメリカとの直接交渉を繰り返し要求しているが、ブッシュ政権は多国間交渉
の枠組みを主張して譲らない[@]という外交姿勢をとるようにと、それぞれのチーム
に指示が出された。
結局は中ロが頼りなのか
午前九時にゲーム開始。指導したブラウン教授らのコントロール・グループは、韓国チ
ームにも外交のインセンティブを与えるため、ちょっとした「仕掛け」を用意していた。
「金正日総書記に近い北朝鮮軍の将校の一人が、一週間前に、密かに亡命していた。彼
は核開発がすでに爆弾を製造する段階にまで進んでおり、地下核実験場も準備している
という情報を明らかにした」という設定を密かに伝授していたのだ。この情報は当然
日・米チームに伝えられたが、アメリカチームは、脅威に屈する形で北朝鮮との直接交
渉には乗り出さなかった。日本チームは拉致問題を抱え、韓国チームも「太陽政策」の
手前、いたずらに平壌を刺激したくないとして、この情報はメディアグループにも明ら
かにされなかった。ここは核問題の深刻さを世界にアピールしてアメリカを交渉のテー
ブルに着かせるという戦略も可能ではなかったか。しかし日米韓の三チームは身動きが
とれなかった。
積極的な外交に動いたのはロシアと中国の両チームだ。ロシアチームには「北朝鮮はす
でに三個の核爆弾を実用化できる段階にある」という秘密情報が授けられていたからだ。
朝鮮半島での核拡散も、中国の影響力が高まることも避けたいと考えたロシアチームは、
ロシア、日本、韓国の三チームを「保証国」とする、多国間の枠組みの中で解決を図る
べくアメリカチームに働きかけを始める。日本チームにはもし、北朝鮮が核開発を断念
したときの代償として行う経済援助についての打診がすでに行われていた。
これに対して、朝鮮半島でロシアの影響力が高まるのは避けたいと考えていた中国チー
ムは別の戦略をとった。水面下で北朝鮮チームとアメリカチームの仲介を始めたのであ
る。「北朝鮮がアメリカとの直接交渉に固執している以上、問題解決に向けて一歩を踏
み出すには、何とか直接交渉のテーブルにつけるしかない」という現実的なアプローチ
である。北朝鮮チームに特使を送った中国チームは、「金正日総書記」から、「アメリカ
との交渉が実現するなら、見返りとして、寧辺の核再処理施設の稼動を停止してもよい」
という合意を取り付けた。
しかし、アメリカチームは依然として多国間交渉の枠組みを主張して譲らない。中国チ
ームは件の「北朝鮮が一方的に寧辺の核施設を停止する」という条件をメディアにリー
クして、国際的な支持をとりつけようとするが、アメリカチームは譲らない。そんな中
で日本チームはロシアからもたらされた構想をもとに、北朝鮮チームとの具体的な相談
もないままに「人道的及び経済的な援助問題を考える国際会議を五カ国チームで開催し、
北朝鮮チームを招待する」という枠組みをアメリカに持ちかけ、「多国間の枠組み構想
が進行中」という楽観的な情報をメディアに発表するという、お粗末な「外交」を繰り
広げてしまった。
アメリカは世界から嫌われている
中国チームはなおも米朝の直接交渉を実現すべく北朝鮮チームとの条件交渉を進める。
そして燃料と食糧を援助する条件で、「金総書記」の北京訪問が実現する。しかし、こ
の時点では、中国、ロシア、日本の三チームは、それぞれ個別にアメリカチームにアプ
ローチしていたようだ。「中国チームを仲介として、アメリカチームと北朝鮮チームの
直接交渉へ」、「人道問題を考える枠組みで、北朝鮮チームを交えた多国間交渉の枠組み
が進行中」などの情報が乱れ飛んだ。
しかし、アメリカチームはその全ての努力を打ち消すかのように、「ウラニウム濃縮と
寧辺の再処理施設の停止に加え、IAEA(国際原子力機関)の保障措置を回復しなけれ
ば、交渉はあり得ない。その前提の下で開かれるのは六カ国による会議」との公式声明
を発表して牽制した。皮肉にも、アメリカチームの声明とほぼ同時に、「中国チームを
『サイレント・オブザーバー(もの言わぬ仲介者)』にして、米朝両チームの直接交渉
が実現」というニュースが発表された。後に参加者が振り返って口々に漏らした感想は、
「何をやってもアメリカチームに拒否され、外交手段が尽きてしまう」という愚痴であ
り、いら立ちであった。ブッシュ政権がこのまま、北朝鮮問題でも単独主義的な行動様
式に終始するのなら、国際的な支持を失ってしまうという証左であろう。「多国間の枠
組みで、連携して北朝鮮を孤立させる」はずのアメリカが、結局は世界から孤立してし
まうことが現実的に起こり得るということだ。
コントロール・グループは、北朝鮮の危機を煽るために、様々な機密情報をプレーヤー
に提供していた。しかし、レバノンのテロ組織ヒズボラとのミサイル取引疑惑、ハワイ
沖の漁船に偽装したスパイ船の発見なども、アメリカチームには決定的な危機とは認識
されなかった。「いざとなったら軍事攻撃のオプションも辞さず」という態度で圧倒的
なパワーを背景にした強硬姿勢の前には、どんな外交努力も実らないまま午前中が過ぎ
た。
情報収集すらおぼつかない日本
午後一時すぎになって、「金正日総書記の消息が途絶え、総書記の住居の周辺に軍が『家
族の警護のために』出動している」という情報が流された。事態を動かすためにコント
ロール・グループが用意した「最大の仕掛け」である。金正日政権の転覆を望むアメリ
カチームが早速反応した。国連の安全保障理事会で「北朝鮮はすでに核兵器を所有して
いる恐れがある」という警告を発信し、全てのチームが一致して北朝鮮チームに圧力を
かけるように求めた。さらに北朝鮮チームが安保理で「核兵器の保有」を明らかにし、
危機は一気に深刻となった。
ここで韓国チームが動いた。在韓米軍を安全のためにソウル近郊から撤退させると警告
するアメリカチームの圧力に押されて「北朝鮮が核保有をするなら、こちらも核武装し、
予防的な攻撃も含む敵対関係に入る」という強いメッセージを発する一方、中国チーム
に接近し、米中韓と北朝鮮の4チームによる「四国間協議」の枠組みを提案したのだ。
国内世論に根強い反米主義を抱える盧武鉉政権がここまで強硬な対北政策をとるとは
現実的には考えにくいが、少なくとも南北対話のチャンネルが生きている韓国には、北
朝鮮内の「クーデター」の感触は少なくとも伝わっていたであろうし、ここぞという時
に、強いメッセージも発信できる立場にはあるのは確かだ。
韓国チームの四カ国交渉の構想は孤立を恐れたロシアチームの必死の巻き返しもあっ
て六カ国の話し合いの枠組みに代わるが、特筆すべきはこの間、日本チームがまたも各
国の交渉の谷間で取り残されてしまったことだ。当初ロシアチームは日・ロ二チームの
リーダーシップによる各国間交渉の枠組みを模索していたが、立ち消えとなっている。
北朝鮮との正規の外交ルートが途絶えてしまっている日本チームは、「クーデター情
報」の確認に奔走し、対外的なメッセージの発信がまったくできなかった。「平壌にお
ける軍事衝突の恐れという未確認情報を懸念する」「北朝鮮の核保有の表明を憂慮す
る」という形式的で、誰に向けたのかもはっきりしない声明が出されたのみであった。
プレーヤーは終了後に「完全にその瞬間は各国の動きについていけなかった。不確実な
情報で、アメリカも裏切れない、北朝鮮もいたずらに刺激できないと思うと、強い表現
をとることができなかった」と現在の日本が置かれた立場の限界を象徴的に語った。
米朝双方の顔を立てる「妙案」あり?
ここで「金正日総書記」がメディアグループの独占インタビューに応じ、平壌で政権の
安定を強調し、「核兵器の保有を発表したのではなく、核兵器の保有の権利を主張した
までで、『国連大使』の表現がまずかったのだ」とのメッセージを発信した。このメッ
セージの「混信」について、北朝鮮チームが編み出した戦略なのかは定かではないが、
最大に高まりかけた緊張を緩和して、話し合いの機運を生むのに絶好のタイミングであ
った。そしてその十分後、午後二時前になって、「六カ国協議が二時十五分からクアラ
ルンプールで開催される」という合意が国連で成立した。
これは中国チームが編み出した「ウルトラC」であった。アメリカチームと北朝鮮チー
ムの両方に、国連安保理の裏で以下の条件を双方に打診していたのだ。一)六カ国の多
国間交渉の枠組みを開催し、その中で別個に中国の仲立ちで米朝の非公式な直接協議を
行う、二)直接交渉に合わせて、北朝鮮はIAEAの査察を受け入れる、というものだ。
外向きには「六カ国交渉」の体裁をとってアメリカ側の主張を受け入れながら、実は中
で直接交渉をこっそり実現して北朝鮮側の要求にも応えようという企てで、これはメデ
ィア・チームも「してやられた」というのが正直な感想だった。結局シミュレーション
では、査察開始のタイミングを巡り、会議の開催が四十分以上も遅れた挙句にお流れに
なり、結局米朝中の三チームが別の場所で集まることになったうえ、代表のレベルにつ
いての詰めが甘かったため、交渉の席で北朝鮮チームが「そんな低位の相手とは交渉で
きない」と突っぱねて実現しなかった。北朝鮮チームは外務大臣以下の代表団を送り込
んだのに対し、アメリカチームは様子を見るために、国務次官一人が来ていたアンバラ
ンスが生じていた。
北朝鮮チームは交渉相手にパウエル国務長官かラムズフェルド国防長官を要求し、テポ
ドンIIの発射実験を予告して、ハワイ沖の艦船に警告を発した。残された2枚の切り
札のうちの弱いほうのカードであった。もうひとつはもちろん核実験である。アメリカ
チームもさすがに危機と感じたのか、「ライス補佐官」が「北朝鮮に対する不可侵を公
式声明にする用意がある」とやや態度を軟化させたところで午後四時半のゲームオーバ
ーとなった。
日本外交が生き残る道
四月二十三日、北京でアメリカ、北朝鮮、中国の三者協議が始まった。日朝の正式な顔
合わせは約半年振りである。中国の「お膳立て」で米朝が交渉のテーブルについたとい
うところまでは、シミュレーションの流れ通りになっている。
あるワシントンの北朝鮮研究者によれば、北朝鮮側に交渉に臨む気運が生まれたのは、
アメリカがイラクでの戦争で見せた圧倒的な軍事力もさることながら、中国自身の「警
告」が原動力になった可能性が大きいということだ。つまり、遅くとも三月中旬にパウ
エル国務長官が中国の李肇星外相と電話会談をした時までに、中国政府はアメリカの強
硬さを察知したうえで、「これ以上、北朝鮮が国際的に孤立するなら、もう中国は守り
きれない」と強いメッセージを送ったのではないかとのことだ。米中の外相電話会談が
行われたのは北京時間で三月十七日の深夜だが、その二日後には中国政府の「特使」が
平壌入りしているのだという。国際社会で一番頼れる国である中国から見放される危惧
から、北朝鮮は従わざるを得なかったのではないかという見方だ。そして翌二十日にア
メリカはイラク攻撃を開始している・・・
今回のシミュレーションでは登場人物の人数や時間など、かなりの制限があったが、私
を含めた参加者がかなりのリアリティを感じたのもまた事実である。各国の間には、同
盟国とはいえども不信感が根底にあることがわかった。日韓の間には小泉総理の靖国神
社参拝をめぐるしこりが残っているし、日本国内では「北朝鮮が攻撃してきたら、アメ
リカは本当に守ってくれるのか、自前の防衛能力を強化した方がいいのではないか」と
いう議論が現実味を増している。そして、アメリカが北朝鮮との直接対話を拒否し続け
れば、中国やロシアが、イラクのときのフランスやドイツ以上に世界的な反米感情をリ
ードしかねないということに注意しなければならないということも、参加者の間で異論
のない教訓であった。
今回は時間切れで北朝鮮は幸いミサイルを発射しないで終わったが、時間があと一時間
残っていたら、北朝鮮チームはミサイル実験を強行していただろう。事態がエスカレー
トしていけば、ちょっとした行き違いで、ミサイル発射、核実験、北朝鮮領内への予防
的な空爆などの危険性もはらんでいるのも事実だ。意思疎通の難しさは絶えずつきまと
う問題である。
実は日本チームにも密かな課題が託されていた。裏の外交ルートで帰国している五人の
拉致被害者が残してきた家族を全員日本に行かせても良いという打診が北朝鮮側から
来ていた、さてどうする?という問題だ。しかし、これをテコとして北朝鮮チームと交
渉を進めることができなかった。
「北京での米朝中の三者協議の動きに、今、日本は取り残されているのではないです
か?」という問いに対して、ある外務省高官は色をなして「そんなことを感じたことは
一度もない」と反論した。しかし、ある米議会関係者は「日本政府は国際的に拉致問題
が核問題より優先順位が低いということを理性的に国民に理解させなければならない。
そして拉致問題を将来的にどのように具体的に解決したいのか、五人の家族をどうした
いのか、他の被害者の拉致や死亡の事実関係をどのような形で立証させることを条件と
するのかなど詳細で具体的な『ロードマップ』を準備するのが先決だ」と指摘していた。
まず、この問題について国内で明確なコンセンサスを形成しない以上、そのほかの交渉
に日本が積極的に関与できないのは自明であろう。そしてこの発言は、直ちにこの問題
に答えを出さなければ、日本外交は6月に世界から取り残されてしまうという警鐘でも
あるのだ。
(脚注)
[@] アメリカの北朝鮮認識とそれに対する態度については、二〇〇三年三月六日、
ホワイトハウスでのブッシュ大統領の記者会見などを参考にした。
米国務省国際情報プログラムウェブサイト(北朝鮮関連)などを参照のこと
http://usinfo.state.gov/regoinal/ea/easec/bushnk0306.htm
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