北朝鮮への対応は外交に基づく現状維持政策を」

「政策空間」Vol.2 (2003年5月)掲載 

■ 片桐範之:ブルッキングス研究所

  北朝鮮問題が再び停滞し始めて半年以上が経つ。最近のイラク戦ではアメリカ追随外交を批判された小泉政権だが、国益の直接絡む北朝鮮に対しては、イラクでの協調主義と引き換えに得たクレジットを使い、問題が悪化する前に利害国に対し日本の立場を明確にするべきであろう。「論座」5月号で戦略国際問題研究所の渡部恒雄氏が指摘する通り、ワシントンの対朝政策がタカ派と現実派の間で揺れ動く間、日本は対米支援の形による利害国の政策の誘導をすべきである。本稿の目的はここでどう誘導するかの提言である。

  現在の北朝鮮は戦前のイラクと類似している面が多く、悪の枢軸の一部として「次のイラク」となりかねない。北朝鮮はアル・カイーダなどの国際反米テロ組織との直接的関与の証拠はないが、事実イラクの様に大量破壊兵器所持の疑いが強く、長距離ミサイルを持ち、数々の国際規約を破り、非人道的な行為を重ねてきた。更にブッシュ大統領は今年始めのインタビューで金成日総書記に対する個人的嫌悪を表している。

  昨年発行された国家安全保障戦略によると、ブッシュ大統領は先制攻撃による予防戦争も必要なら辞さないという事である。一般的に武力とは外交で問題を解決できない時に政策の道具として使われる。現在進行中の多国間協議という形の対北外交努力が実らない場合には最後の手段として武力の使用も考えられる。

  確かに、金総書記の狂人説、大量破壊兵器の開発、保有とその拡散問題などは外交のみで解決し難く、防衛の為なら武力の行使も一見適切に思われる。更に、東アジア全体を不安定化させるクーデターなどを未然に防ぐ為には先制攻撃も妥当かもしれない。しかし、より大きく長期的なレンズで金政権の言動を分析してみると、現時点での武力行為は不必要で、仮に多国間交渉が暗礁に乗り上げても、外交による現状維持が最適だとの結論が得られる。本稿では日本の対北朝鮮現状維持論を以下の4点を用いて説明する。

  第一に、国際社会かつ北を囲む日米韓の政治・経済・軍事的抑止力によって金政権からの先制攻撃は既に非現実化されており、それに基づく安定した勢力均衡状態をこちら側からの戦争によって変える必要は無い。金書記長が時折見せる一時的な瀬戸際戦術はさておき、彼が自制の効く理性的な戦略家であると言うのは、かつてのイラクがした様に紛争レベルでの物理攻撃を近辺諸国に対してしていない事から明白であり、1994年の核危機時を含め彼自身狂気に満ちた政策は履行しておらず、将来起こす徴候も見られない。もちろん、抑止継続の為に通常兵器の配備と改良を続けるのは言うまでもないが、逆にこちらからの攻撃で金政権が自暴自棄になる可能性は高い。

  次に、大量破壊兵器問題は北朝鮮一国のみでは止められず、金政権との不法輸出入を繰り返すイエメン、パキスタン、ロシア、中国各国まで及び、長期的にも軍事手段は不適正である。現代の地球化により加速する武器市場における経済原理は一時的な武力行使では減速せず、もっとも拡散が問題ならそれに対する反応は軍事行動ではなく従来の非拡散政策に基づく外交になるはずである。最近再稼動されたという北朝鮮の核施設も、限定爆撃という一時的な武力では永久に閉鎖する事はなく、より大きな反核要素を世界レベルでの非拡散政策に基づく外交で求め続けるべきである。仮に外交が進歩せず北が核武装する場合でも前述の抑止の為、金政権は莫大なリスク無しでの狂気はないと自ずから認識しているはずである。

  第三に、こちら側からの先制攻撃は己の抑止力を無効化してしまい、本来なら不必要な損害を出し、そして戦後はそれが悪化しかねない。ブルッキングス研究所のオハンロン氏によると戦争の場合米側は北朝鮮に余裕の勝利を収めると言う。が、日本にとってはそれに関わる経済的出費や犠牲者などの問題だけでなく、金政権支持者からの将来の軍事的報復も脅威であり、拉致問題も深刻化する。金書記長に死を迫るような状況下においては絶大なる反撃を予想せねばならず、更に北朝鮮崩壊後には日本国内の親朝組織によるテロの可能性が強まってしまう。

  最後に、現段階で武力行使する場合、日本は法的問題かつ対朝軍事戦略の欠陥だけでなく、戦争後のビジョンが設定されていない。確かに朝鮮半島での民主化に基づく平和と安定を夢見るのに越した事は無いが、現実的には北崩壊後の不確定変数が多すぎ、必ずしも日本の国益を満たす保証はない。例えば、北朝鮮の韓国との統合が半島を日本よりも経済・軍事的に強くする場合は日本に対する新たな脅威の誕生に過ぎない。それよりも逆に経済的に弱く軍事的に封じ込められた北朝鮮がある現状を維持する方が得策なのではないか。

  上記の点を考慮してみると、現在の勢力均衡が続く限り、日本は外交による現状維持を唱え、更に日米同盟、米韓同盟を通した合同的な対北政策に影響を与えるよう、TCOG(日米韓三ヶ国調整グループ会合)などの多国間協議の場で主張するべきである。

  しかし現状維持を唱える場合、経済危機などから北朝鮮が己と崩壊すると同時に暴発し、日本に危害を加える可能性がある。典型的な説では、クーデターの混乱に乗じて核ミサイルを日本に向けて発射するというのがある。が、その成功率や命中率などの技術的な問題だけでなく、非核国である日本に対し、そして更に強力な在日米軍の存在に対し、北朝鮮がわざわざ核攻撃をする理由はない。例えば1999年に核武装国パキスタンで軍事クーデターが起きたが、それも無血に終わり、隣国の核ライバル・インドに対しても攻撃は行われなかった。事実パキスタンよりも国内統制の厳しい北朝鮮からは、混乱時と言えど通常兵器でさえ他国攻撃用に使われるのは想像し難い。

  しばし北朝鮮の崩壊は難民問題を出すと恐れられる。が実際は、1990年代後半以降朝鮮半島には飢餓などの大災害は少なく、最小限ですむ可能性が高い。仮に発生しても多くは地理・政治的に都合の良い中国、ロシア、韓国の方に向かい、日本への被害は最小限に留まるであろう。

  本稿では外交による対北現状維持政策を唱えるが、それの意味する所は軍事手段の放棄、国際社会もしくは他国への依存などの提言ではない。日本は現段階での武力行使は勢力均衡の視点からは不適切である事を留意する事であり、そして現状維持の為の外交に基づく対北政策を誘導するべきである。


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