■PRANJ(政策海外ネットワーク)リポート) 8月26日PRANJNL配信

寄稿文 競争社会と「ウチ社会」による学術研究への弊害

■西澤真理子:ドイツ在住研究者(シュテュットガルト大学)

 

国連の子供の権利条約の最新のレポートは、日本の教育制度の
「過度に競争的な性質」を大きな問題と指摘しています。さて、
私は欧州での生活が10年になり、その大半が研究生活です。
その海外研究生活を踏まえ、日本の教育、行動規範がどのよう
に日本での学術研究に弊害を起こしているかをここでは考察し
てみました。

日本での研究の困難な点は、応用は得意でも基礎が苦手という
ところです。欧米では、ある現象のベースとなっている根本的
な問題の解明に取り組むというやり方に対し、日本での研究は、
事実をまとめるが、その分析がレポート的になりがちだという
ことです。

なぜでしょうか。そのひとつの原因が、日本人の「ウチ社会」
構造・ルールです。私が思う日本社会の強固なウチ的構造とは
自分たちのつくりあげたルールに従い行動し、そのルールに従
わない他者を排除もしくは無視することです。既存のテーマと
は異なる大胆な研究、それもその分野の重鎮が認めないような
研究にはなかなか研究費が回らないというのがよい例で、これ
は日本の若手の研究が発展しづらい要因です。民間の研究助成
団体でさえ、応募者の条件を、国立大学所属の研究者、とか、
指定機関に所属の者のみ、と、絞っている特殊な事情がそれを
物語ります。また、海外で学位を取ったり、活動した研究者、
もしくは国内でも学閥以外の研究者に門戸を開かないというの
も、ウチ社会のルールを固守するための手段と思います。欧米
での研究は、ごく実務的で、互いの利害関係で動く、「恩」な
ど、感情的なルールはあまり通用しません。ですからウチ社会
にとっては、冷淡なプラクティカルなルール、「ソト」的やり方
をもちこまれてはウチのルールが崩れてしまうので、門戸は
閉ざしておいたほうが得策です。

ヨーロッパからアメリカへの頭脳流出が懸念されていますが、
特に自然科学の分野では欧州の研究費不足による現象です。一
方日本から欧米への流出は、研究費の不足ではなく、ウチ社会
のルールに捕らわれない、自由な研究環境を求めての動きとも
説明できるでしょう。

 さて現在のこのような日本の閉鎖的な研究環境を改善するため
に何が必要なのでしょうか。そのひとつは、日本でのつめこみ・
暗記式受験教育の問題の解決です.日本の教育は、与えられた
問題に対し正確にかたちの決まった答えを出すことを良しとし
ており、新しい概念や奇抜なアイデアは必ずしも喜ばれないケ
ースが、欧米に比べて決定的に多いと思います。「ウチ社会」
は同族維持、他者排除の社会と考えれば、この状況はしかるべ
くして生み出されていると言えるでしょう。しかしながら、こ
のやり方では、これからの研究において、欧米の研究者の強み
である、深い考察、新たな発想という、研究者に必要な資質が
まったく育ちません。ウチ的やり方ではコピーはできても斬新
的なアイディアを生み出せない。いくら研究費が多くても、い
くら労働時間が長くても、この欧米における基本的な、子供時
代からのトレーニングの産物には到底及びません。つめこみ暗
記教育の産物は、特に人文分野に限っていえば、できるだけ科
学の手法に近く、冷静な分析によりある現象を普遍化すること
に長けた研究者を養成する、というより、少々言い方は乱暴で
すが、レポート書きの上手な物書きを生み出す傾向であろうと
思います。ドイツでは学力の低下が問題になっておりますが、
いまだに良く遊び、良く学ぶというバランスが保たれており、
それが研究の底力と強く感じます。  


(C) 2004 Policy Research & Analysis Network All Rights Reserved 無断転載を禁じます。