明暗分けた3月4日のミニ・チューズデー
指名確定の共和、民主に体力消耗の恐れ

時事トップ・コンフィデンシャル』 2008年4月4日号掲載

 三井物産戦略研究所主任研究員 渡部恒雄

 

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 激戦が繰り広げられている米大統領予備選挙は、2月5日のスーパーチューズデーで結果が出なかったため、カギとなる大票田、テキサスとオハイオを含む4州で予備選が行われた3月4日のミニ・チューズデーに大きな関心が集まった。民主、共和両党の全候補者の中で勝者となったのは、共和党のマケイン候補だ。彼にとっては、11月の本選をにらむ上でも極めて重要な勝利となった。マケイン候補は、4州すべてで圧倒的な票数を得て、最後まで粘った保守派のライバル、ハッカビー前アーカンソー州知事は撤退とマケインへの支持を表明した。しかも、マケイン候補は、予備選勝利後、ブッシュ大統領をホワイトハウスに訪ね、大統領からの支持も正式に取り付けた。これはいまだに保守派の心をつかみきれていないマケイン候補にとって、大変大きな意味を持つ。


 さらにマケイン候補にとっては、民主党のオバマ候補とヒラリー・クリントン候補の激戦が、自らに有利に働きだしている。ミニ・チューズデーでは、クリントン候補が3勝1敗と健闘してオバマの勝利を阻み、民主党同士の泥仕合が続くことが明らかになったからだ。しかも、追い詰められたクリントン候補は苦し紛れに「禁じ手」を使い、結果的には共和党を利することとなった。


 クリントン候補は直前まで、大票田のテキサス、オハイオの2州で勝利できなければ、予備選撤退かという瀬戸際まで追い詰められていた。そのことをよく理解していたのが、ほかならぬ、夫のビル・クリントン前大統領だった。彼は事前に、「テキサスとオハイオの2州で勝利できなければ、ヒラリーが選挙を続けるのは困難」と発言し、勝敗ラインを明確にしていた。


 結果は、クリントン候補が2勝して選挙が継続することになった。指名をオバマ候補に確定させ、一刻も早く共和党候補に対抗してキャンペーンを始めたい民主党支持者は、戦いが延長されてうんざりしたようだ。


 もちろん、有力候補同士が接戦を繰り広げることで世の中の関心を集め、民主党の存在感をアピールするプラスの面もある。しかし、民主党の予備選は、共和党のような勝者総取りではなく、比例配分で選挙人を配分する仕組みであり、そもそも勝敗が付きにくい。今後も泥仕合が継続するようだと、むしろ民主党候補の体力を消耗し、党内を分裂させるようなマイナスの展開をたどる可能性も充分あるだろう。

禁じ手使ったクリントン

 3月4日のミニ・チューズデーに向けてクリントン候補は、次のような禁じ手を用いた。ホワイトハウスでの8年間の経験がある彼女は、若いオバマ候補の安全保障上の経験のなさを強調する思い切ったネガティブキャンペーンを展開したのだ。


 テレビ広告で子供が寝ている姿を映し、「夜中の3時にホワイトハウスに電話が鳴る。世界で何かが起こっている。あなたは誰に電話に出てほしいですか?」と問い掛けるものだ。これは、ブッシュ大統領の陣営が過去の選挙で多用してきた、人々のテロなどへの恐怖心に訴え掛ける手法と全く同じで、これまで民主党が強く批判してきたものだ。これは当然のことながら、民主党の有権者に対してはもろ刃の剣の恐れがあったのだが、結果的には功を奏した。


 こうした展開の中で、それまで破竹の勢いで勝ち進んできたオバマ候補の弱点が明らかになった。米国の有権者はいまだにテロへの恐怖を抱いており、安全保障に強い米軍の最高指揮官としての大統領を渇望していることが再認識された。これは共和党のマケイン候補にとっては朗報だ。職業軍人としてベトナム戦争に従軍し、上院議員として長らく安全保障政策に携わってきたマケイン候補は、クリントン候補によってオバマ候補の攻略法を教えてもらったことになる。


 事実、それまで「オバマ対マケイン」という組み合わせで大統領本選を想定した世論調査では、70歳を超えるマケイン候補は、46歳の若くて新鮮なオバマ候補にずっと負けてきた。しかし、3月16日から20日にかけて行われたギャラップ社の世論調査では、支持率がマケイン候補47%対オバマ候補44%とマケインがついに逆転した。 


 ちなみに、同世論調査では、「マケイン対クリントン」も48%対45%という結果で、マケイン候補はクリントン候補に対しても優位にある。クリントン候補は、オバマ候補に対して自らの安全保障の経験をアピールしているが、海千山千のマケイン候補に比べれば、アマチュアに過ぎないことは明らかだ。しかも、これまで民主党がブッシュ政権に対して批判してきた、人々の恐怖に訴え掛ける選挙手法を、クリントン候補自らが行ってしまった。もし、本選で共和党が同じようなキャンペーンを展開しても、クリントン陣営はそれを批判する資格を失ったということだ。


 オハイオ、テキサス州の出口調査によれば、クリントン候補の支持層である女性、年収5万ドル以下の低所得層、大学卒の資格を持たない低学歴層のすべてで、オバマ候補を上回った。また、ヒスパニック(中南米系)人口の多いテキサス州では、ヒスパニック層の60%以上がクリントン候補に投票した。クリントン候補にとっては、これらの層に効果的に選挙キャンペーンを行うことが勝利のカギとなるということが、再確認されたわけだ。

民主、泥仕合に突入

 3月4日にオバマ候補が、指名を確定させることができなかったことで、ヒラリー候補との泥仕合が運命付けられた。その後、同11日のミシシッピ州での予備選でオバマ候補が勝利し、オバマ候補対クリントン候補の獲得代議員数は1415人対1245人となっている(Real Clear Politicsより。報道機関によって計算方法に幅があり代議員数が異なる)。この代議員数では、最後の予備選となる6月3日のモンタナ州とサウスダコタ州までに、どちらかの候補が、過半数の2025票を獲得するのは不可能だ。ただ、選挙戦に生き残ったとはいえ、今後、クリントン候補が代議員獲得数でオバマ候補を逆転するのは難しい。


 しかも、クリントン陣営が期待していたフロリダ州とミシガン州での再投票の可能性もほとんどなくなった。フロリダ州とミシガン州は、民主党全国委員会の指示に逆らい、予備選日を前倒ししたため、ペナルティーとして代議員数がカウントされていない。この大票田の非公式な予備選で勝利したクリントン陣営は、オバマ候補との差を縮めようと再投票を強く求めてきたが、費用もかさむため異論も多く、結局、両州で再投票は行われないことになった。


 こうなると、今後は予備選の結果に左右されず投票できる796人のスーパーデリゲート(特別代議員)の支持が焦点となる。それでも政治的な調停がない限りは、8月25日から始まる民主党大会まで指名候補が決まらない可能性が大きい。


 ワシントン・ポスト紙の報道によれば、予備選がすべて終了した時点で両候補に明確な票差の開きがない場合は、8月後半の党大会まで候補者をじっくりと見定めて決めようと考えている特別代議員が多いようだ。ある特別代議員は「予備選挙の票差が100票あれば、予備選で多数を獲得した勝者に投票するが、100票以内であれば誤差の範囲だから、自らの意思で好ましい候補に投票する」と語っている。この100票という数字はあくまでも個人的なもので、特に決められたガイドラインがあるわけではないので、問題はますます厄介だ。


 そうなると、オバマ、クリントン両陣営は自らの優位性をアピールするために、相手陣営のあら探しをせざるを得ない。3月前半から中盤にかけて、既に両陣営による激しい中傷合戦が始まり、不適切な発言をしたスタッフは、責任を取って選対を辞任している。かつてビル・クリントン陣営を勝利に導いた民主党ストラテジストのジェームズ・カービル氏は、3月14日付のフィナンシャル・タイムズ紙に寄稿して、政治的な「ハラキリ」をやめよう、と訴えているほどだ。


 この「ハラキリ」競争、まずはオバマ陣営でピュリツァー賞受賞の著名女性ジャーナリストでマサチューセッツ工科大学(MIT)のサマンサ・パワー教授が、クリントン候補を「政治的なモンスター」と呼んだことがクリントン陣営に問題視され、3月7日に発言を謝罪し外交顧問を辞任した。パワー発言から一週間もたたないうちに、今度はクリントン陣営のジェラルディン・フェラーロ元下院議員が黒人のオバマ上院議員について「白人男性や女性だったら今の地位はなかった」と発言。これにオバマ陣営が「黒人差別的」と猛反発し、クリントン陣営の財政委員会のメンバーを辞任した。フェラーロ氏は1984年の大統領選挙でモンデール候補と組み、史上初の女性副大統領候補となった人物である。 

ピンチをチャンスに変えたオバマ
 
 この泥仕合は、「どっちもどっち」という互角の戦いだったが、その後、オバマ候補にとって致命傷になりかねない大問題が発生した。オバマ候補自身が通うシカゴの教会に在籍していたジェレミア・ライト牧師の反白人の説教が問題視され、その過激な演説がテレビやインターネット上で流されだしたのである。ライト牧師の説教は、白人を人種差別主義者と決めつけ、「クリントン候補には黒人の気持ちがわからない」「『9.11』米同時多発テロは米国人の当然の報い」「米国政府は黒人の間でエイズが感染することを許している」など、独断に満ちた過激なものだ。ライト牧師は、オバマ候補の結婚式の司祭を務めるなど、長年にわたり付き合いを持っていた人物であり、その影響は「ただの」選挙アドバイザーとは重みが異なる。オバマ候補は3月14日、ライト牧師の一連の発言は「全く受け入れられず弁解の余地はない」と批判し、ライト牧師もオバマ氏を支持する宗教指導者組織を辞任した。


 先に紹介したギャラップ社の世論調査で、これまで共和党のマケイン候補に優位を保っていたオバマ候補が逆転されたのは、このスキャンダルの影響もあろう。これまで右肩上がりに勢いを拡大してきたオバマ候補にとって、最大の試練となったと言って過言ではない。そもそも、オバマ候補が全米で支持を拡大してきたのは、人種や党派などの米国内の対立を乗り越え、「米国人は『団結』しなければならない」と訴えてきた彼のメッセージに、白人も黒人も共鳴してきたからだ。


 しかしオバマ候補は、この危機に正攻法で向き合いピンチをチャンスに変えた。3月18日、米国社会における人種差別の克服がいかに重要であるか、という真摯(しんし)な演説を行ったのである。オバマ候補は、問題となっているライト牧師の反白人演説を批判しながらも、彼のような黒人の怒りは現実に根強く存在するもので、そのルーツを理解しない限り米国は人種間の誤解による亀裂を拡大するだけだと主張した。そしてオバマ候補は、黒人の父親と白人の母親の混血として生まれた自分の経験から、特に白人の祖母の黒人に対する態度などで自らが傷ついたことなどを例に挙げ、「すべての米国人が分断を超え『団結』を完結させるために私は立候補した」と訴えた。

 
 主要テレビ局はこの演説を生中継し、有識者の多くから「難しい問題を勇敢に取り上げた」と好意的な反響を呼んだ。ライバルのクリントン候補も、「人種問題に正面から取り組んだことは非常に喜ばしい」と歓迎するコメントを発表せざるを得なかった。これは、オバマ候補の一連の演説の中でも、最も重要な演説に数えられることになるだろう。もし、オバマ候補が大統領になったとすれば、マーチン・ルーサー・キング牧師の「アイ・ハブ・ア・ドリーム」演説のような歴史上の出来事として残るかもしれない。

オバマ陣営に有力支持者登場

 オバマ候補が、自らの能力で難局を切り開いたことで結果的に一人の重要な人物が、オバマへ候補への支持を表明することになった。ビル・クリントン政権でエネルギー長官や国連大使を歴任し、クリントン夫妻と近い関係にあり、クリントン陣営の副大統領候補の一人と目されていたビル・リチャードソン・ニューメキシコ州知事である。彼は、「自らのクリントン夫妻への敬意は変わらない」と断りながらも、米国は新世代の指導者が率いるべきで、民主党は秋に共和党のライバル、マケイン候補との厳しい戦いに備えるためにも、今こそ内輪の争いを集結させる時期だと語った。


 そして、自身もヒスパニックというマイナリティー(少数派)であるリチャードソン知事は、オバマ候補の演説についてこう話した。


 「オバマ候補は、人種問題という難しい問題から逃げなかった。口あたりのいい真実の半分でごまかしたりもしなかった。むしろ、(人種差別という)恐ろしい存在を思い出させ、責任を持って取り組むべきことだと、我々を鼓舞してくれた」


 リチャードソン知事のオバマ候補支援は、民主党の予備選では重要な分水嶺(れい)となるだろう。それは、リチャードソン知事がオバマ候補のライバルのクリントン夫妻の友人であり、オバマ候補が支持を固め切れていないヒスパニック出身であるという選挙戦術上の話だけではない。むしろ、オバマ候補がこれまで多くの支持者に訴え掛けてきた「米国民の『団結』」というメッセージが、厳しい選挙の中でより明確な形で提示され、リチャードソン知事の心をつかんだことの方が重要だ。オバマ候補のメッセージが一時のブームに終わらず、むしろ彼の人格に裏打ちされた強固なものだということが、米国の有権者に浸透しつつある。


 民主党の予備選の結末はまだ予断を許さない。ただし、オバマ候補は獲得した代議員数でヒラリー候補に対して優位にあり、800人ほどの特別代議員を除けば、今後も数で逆転されることはまずあり得ない。そのような優位なポジションにある彼が、安全策に走らずに、今回の人種問題という難しい球を正攻法で打ち返したことは、今後の展開に非常に優位に働くことは間違いない。米国の世界におけるリーダーシップの低下、景気後退、基軸通貨のドルの揺らぎなど、米国の苦境は明らかだ。しかしそれ故に、変化を求める米国の強いリーダーシップがまさに生み出されようとしているのではないか。