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*この記事は朝日新聞社の了解を得て転載しています。無断で転載、送信するなど朝日新聞社及びPRANJの権利を侵害する一切の行為を禁止します。 PRANJ(政策海外ネットワーク)リポート 「米国:NPOと会社の境界線」 村上博美:ESI(経済戦略研究所)上級研究員
小泉内閣が標榜する構造改革「特区」構想もあり、
「資金はどこから来ているの?」。NPOであるシンクタンクで働いているというと、開口一番とんでくる質問だ。つまり、誰が資金を提供し誰の意向が反映されているかという利害関係が、NPOの重要なポイントとなる。シンクタンクの他に大学、オーケストラ、病院、託児所、老人ホーム、博物館、住宅組合、青少年カウンセリングセンター、環境グループ、人権団体、シェルター、コミュニティーグループ、労働組合、政党、財団といった幅広い分野にわたってNPOは社会・経済・政治的なサービスを提供すると同時に、雇用も提供し主義主張を唱える役割も果たす。 日本では誤解されがちだが、NPOは「無料ボランティア」ではない。NPOで働いていれば生活が保証される、れっきとした経済活動の一つだ。NPOは「市場の失敗」という概念で説明されるサービス、利潤が少なく商業ベースとして企業が参入したがらないものや、「利益を追求しないNPOなら信用できる」と消費者が企業ではなくNPOを選ぶものを提供する。民間営利企業に比べて賃金は低いが、NPOは雇用の受け皿と、低くとも確実な成長の基礎を提供する。九八年時点でNPOは千百万人(全米労働者の一〇%)を雇用し、そのうち、五〇%が医療関係分野、二〇%が教育・研究機関、一五%が社会・福祉サービスである。 重要なのは、NPOで働く三人のうち二人は女性であり、マイノリティーの雇用の受け入れ先になっていることだ。米国では、NPOの存在意義は、社会参加を奨励することで地域のつながりを強化したり、生活の質の向上や社会的価値観の安定に貢献する上での役割としてとらえられている。それに対し日本では、NPOは既存の公益法人との差別化や小規模の市民グループ等への法人格付与といった限定的な姿勢にとどまる。つまり、政府の財源と政府機能を移譲したり、雇用の受け皿や経済成長への貢献というような経済的な観点が抜け落ちている。今回のリポートでは、既にGDPの八%を占める規模に成長し、その存在を確立した、米国のNPOセクターについて紹介したい。 営利と非営利の基本的な違い 建国以前から政府とNPOのパートナーシップという概念はあったようだ。最初のNPOは一六〇〇年代半ばにマサチューセッツ湾植民地州議会の法に基づいて設立されたハーバード・カレッジだ。植民地政府はカレッジを認可し四百ポンドの基金を与え、「カレッジ・コーン」と呼ばれる穀物税の税収を経常的な助成金として提供した。十九世紀末頃からNPOは今日のような社会的尊敬を得るようになった。 NPOが拡大したきっかけは、一九五〇年代から六〇年代にかけて貧困や失業などの社会的問題に連邦政府がNPOの力を積極的に活用しようとしたことだ。それが六〇年代半ばから七〇年代にかけて推進された、「偉大な社会(Great Society)」プログラムであり、連邦政府の財源を「援助」という形でNPOへ移譲し、民間の寄付金も歴史的な伸び率を記録し、NPOは飛躍的に拡大した。NPOの財源のうち三割から五割は政府からの補助で、寄付金の二倍近くを占めるようになった。一方、「何か社会のためによいことをしたいと考えている市民に対して、仕組みを用意すること」で、NPOは市民の社会参加を容易にし、需要も拡大した。しかし、八〇年代のレーガン政権からNPOへの政府支出が大幅に削減され、経済の悪化から寄付金も伸び悩み、NPOを取り巻く環境は厳しくなっている。 米国では営利団体と非営利団体の存在目的が明確であり、そのガバナンスや経営インセンティブに違いが見られる。そもそも株式会社などの営利企業活動は、モノやサービスを社会に提供して、経済的利益を最大化させるために考え出された仕組みである。つまり、リスクを分散し、コストを最小にし採算の合わない事業には手をださない。形態として、金融エクイティ市場から資金調達を行い、株主に配当を行う株式会社、パートナーシップ(合名会社)、Limited Liability Corporation(有限責任会社)などがある。 一方、NPOは連邦税制によって規定され、すべて税制優遇を受ける。クライアントではなく不特定多数をサービスの対象とし、活動で得られた利益を団体の理事へ配当してはいけない(株式会社のように株主へ利益の配当を行わない)。つまり、寄付者からの意向による影響はある程度無視できないとしても、外部の人間によって運営や活動が左右されることをできるだけ制限し、金銭的利益の追求を目的として掲げない。利益に上限はないが、利益を内部に再投資することが条件である。また、金融エクイティ市場での資金調達は行えず、教育、教会、科学、貧困救済など社会全体の広義の利益となる、連邦税制501(c)(3)項の慈善団体と認められれば、連邦税の免除及び寄付金の所得税控除(寄付金を拠出した人が寄付金分を所得税額から差し引くこと)が適用できる。 また、公的金融市場から借り入れを行う場合、債券発行が非課税となったり、州レベルでは、固定資産税や購入物品の消費税分が免除となる。その他、連邦税制504(c)(4)項で規定される公共奉仕団体や、会員の会費運営によるサービス提供を行う業界団体、遺族団体、墓地管理会社、労働組合、非営利生命保険協会などは、連邦所得税の免税対象となるが寄付金の所得税控除はない。 NPOとして認定されることは、営利目的の会社を設立するより手続きが煩雑であり、不動産など投資条件に制限が多いため営利目的の活動にはメリットが少ない。年間収入が五千ドルを超えるすべてのNPO(ただし、宗教団体は除く)は内国歳入庁(IRS)への登録が義務づけられている。NPOの会計報告は第三者である外部の会計士によってIRSへ提出される。抜き打ち検査も行われ、NPOの条件から外れるようなケースが見つかった場合は税制優遇特権を剥奪される。会計士にとっても信用や評価に傷がつくため、リスクを負って不正活動に加担するインセンティブは少ない。 ワシントンのシンクタンクもNPO ワシントンの多くのシンクタンクも連邦税制501(c)(3)を満たす団体として税制優遇を受ける。社会全体の利益となる「公共財」を提供するNPOシンクタンクとして認められるためには、ある特定の法案へ影響を与えるロビー活動、特定の候補者への肩入れや選挙運動への参加、個人や民間の“株主”への所得分配、ある特定の権益を利する活動はすべて禁止されている。これらの条件に違反した場合、税制優遇の特権は剥奪される。 また、シンクタンクがNPOという形態を選ぶもう一つの理由は「独立性」を保つためだ。産業政策や競争政策を得意とする当研究所の主な財源は、産業界に友人の多い所長が経営者を口説き落として募った寄付金だ。ある特定団体の利益を代弁していると見られないように、同じ産業から必ず二社以上の寄付金を募ることにしている。プロジェクトを進める人選でも業界の意向を反映することを避け、業種全般にプラスとなる提言を行うよう心がける。寄付者の意向が入った研究結果は、客観性に欠け、主義主張に色がついているとみなされる。そうなると、自身の評価にもかかわってくるため、どのシンクタンクも寄付金集めや提言の際には細心の注意を払う。 医療関連分野におけるNPOと営利企業 米国NPOの中でも大きな位置を占めるのが医療関連分野である。人の命を扱う分野は、企業がコスト削減をし利益をあげる市場経済モデルが必ずしも社会的価値観と合致しない。医療の市場化が進んでいる米国でさえ、無償医療や研究といった社会的目的を掲げるNPO病院が半数を占める。しかし、医療関連分野では八〇年代から営利企業の参入が相次ぎ、商業主義に追随せざるを得ないため、コスト削減分が患者へしわ寄せされ、NPO病院は経営難に陥り撤退が相次ぐなど社会問題化している。 日本で病院の株式会社経営をと唱える人が目立つが、NPOと営利病院が混在する米国の例を見る限り、競争の激化は必ずしも患者全体にとって好ましい結果とならない。営利目的で営業・経営を行う病院は、花形医師をスター選手のように高額給与で引き抜き、先端医療の提供、裕福層の顧客の囲い込みを行う。その結果、裕福層の顧客がついた医師のいる病院は利益をあげるが、裕福層のパイは限られているので皆が皆成功するとは限らない。例えば、サウジ王室御用達で、病院の屋上のヘリポートへ直接病人が運ばれてくるような病院はそういくつもない。 営利目的の病院は当然ながら、利幅の少ないメディケード(低所得者公的保険)・メディケア(高齢者公的保険)の患者を受け付けない等、利潤を追求した経営を行う。一方、NPO病院の場合、所得・固定資産税免除、及び無税債券の発行により資金調達のコストが低く抑えられる。得られた利益を低所得者への医療行為や医療研究に投資したり、営利病院よりも多くの割合の利益を職員の給料に割り当てるNPO病院は、経済利益以外のインセンティブがあるために営利へくら替えする比率が低いと言われている。 しかし、経営難からNPOの営利病院へのくら替えが起こると、一般に医療の質が下がるという統計が出ている。また、NPOと営利病院の競争が激しい地域では、撤退により地域の病院の数が減り、結果的に患者の待ち時間は増えることになる。 勤労世帯への国民皆保険制度が整備されていない米国では、企業の七割が民間医療管理機関(HMO)に加入している。診療時間や医師や薬の種類などを制限する管理医療だ。そのHMO市場でも営利会社とNPOが共存するが、競争が患者にとってばら色の結果をもたらすわけではない。HMOが生き残るためには、契約する企業へいかに低料金のサービスを提供できるかの競争となる。 その結果、NPOでも営利企業と同じ商業主義になる傾向がある。営利HMOは高いリスクが集中している地域や利益率の低いグループへはサービス提供を行わないなど、徹底して金銭的利益の最大化を追求する。そういった営利HMOと競争するために、非営利HMOも営利HMOが積極的に行っている“チェリー・ピッキング(加入者選別)”を行い、その結果選別した加入者のがんや心臓病などにかかる割合は、選別しなかった場合に比べ一五〜二〇%減るといわれている。その他、HMOは医者や診療内容を制限するため、貧しい人たちばかり診るなどコスト高の医師を保険がカバーするリストからはずすといった影響力を行使するため、患者が継続して同じ医師にかかることができなくなるケースもあり、医師からも適切な治療ができないとの批判が多い。 最近の例では、NPOの医療保険組織ブルークロス・ブルーシールド(三百二十万人加入)が、カリフォルニアの営利HMOに身売りをしようとして、子供の医療費をカバーしないと突然宣言したが、社会的に問題になり撤回した。 コンフリクト・オブ・インタレスト 日本の総合規制改革会議などの構成メンバーを見てみると、ある分野の規制に関して利害関係を持つ企業からのメンバーの参加が目立つ。これは、意思決定過程において、例えば病院の株式会社参入を考えている企業の意向が総合規制改革会議の主張の中へ盛りこまれ、ある特定の権益を利する構図になっていることを示す。米国で厳しく監視されるのは、コンフリクト・オブ・インタレスト(COI)と呼ばれる、利害衝突である。特に信用が傷つくことで致命的なダメージを受けるNPOでは、自身の掲げる「公的な利益」の追求が、経済的インセンティブのからむ個人や外部団体の利害関係によって阻害されないようCOIポリシーを設定している。 利害衝突を百パーセント避けることはできないが、適切な対処をすればある程度解決することが可能だ。そのために、多くの団体は、@利害関係を開示する(利害衝突による問題が起こった場合もすぐに開示する)、A利害関係を持つ人間は、その利害がからむ件に関して意思決定過程に参加できない、としている。自分の利害関係を隠して団体内の人事や経営判断にかかわることは倫理に反するのだ。 例えば、営利HMOによるブルークロス・ブルーシールド買収劇のケース。買収する側の会社は、親組織であるケア・ファーストの社長や役員らに一億二千万ドル(約百四十四億円)のボーナス支払いを約束し、顧問投資銀行に買収価格は妥当だと発言させ、買収が成功したら千三百万ドル(約十六億円)を報酬として手渡す約束だった。また、ケア・ファースト社長の顧問弁護士は、ボーナス額も含めた買収契約交渉で経営陣の意思決定に影響力を及ぼした。本拠のあるメリーランド州の政府は、設立当初多大な税補助を受けたNPOとしての規則(法人の財産を私的に流用する、あるいは過大に報酬を受けることへの制限)に違反するため、買収禁止を言い渡した。 このように、監視を行っても依然としてNPOの資金不足にからむ問題は多い。営利企業関連団体等が行う研究委託は、COIにルーズで研究結果にバイアスがかかり学術的に評価が低いばかりではなく、委託研究に携わった研究者のキャリアにも“お抱え研究者”というレッテルが張られマイナスになるのだが、一向に減る気配はない。それは、慢性資金不足のNPOはそういうひも付きの資金という選択肢をとらざるを得ない状況にあるためだ。 社会貢献のインセンティブ 医療や教育といった分野では、金銭的利益を最大化することを目的としないNPOが米国社会に果たす役割は大きい。NPOが機能する仕組みの一つに、一般市民が寄付をしやすい所得申告制度がある。日本のサラリーマンの多くは源泉徴収という形で自動的に税金が差し引かれてしまい、自分の税金がどう使われるのかといったところに関心が薄い。米国では、個人が慈善NPOへ寄付した金額を申告し、連邦税からその分を差し引くことができる。このことは、社会を構成する税の配分メカニズムの面で重要な意味を持つ。つまり、国民が連邦税として支払う税金のうち、一部については自分で税金の使い道を決められるという制度なのだ。 NPOのガバナンスについては利害衝突や内部の投資判断、資金集めについて問題が残されているが、NPOの定義が連邦税制により厳密にしかも一義的に行われ、利潤の分配や営利活動に従事すれば税制優遇特権が剥奪されるという懲罰もあり、NPOと営利団体の境界線は比較的明確である。一方、日本では、包括的に非営利団体を法人化する法律はなく、百八十を超える個別特別法がその公益と営利のすき間を埋める。非営利だけの法人法がないために、営利ではないけれども積極的に公益も目的としない、いわば公益と営利の中間に位置する団体(自称NPO)が市民を混乱させている。不況時においてもNPOセクターは着実な経済成長をもたらすと同時に雇用の受け皿にもなるため、今後医療に限らず教育や他の公共性の高い分野で政府の仕事をアウトソーシングするなどNPOセクターの拡大を進める必要がある。議論に参加する個々人の利益の確保ではなく、経済全体や雇用や地方分権の推進、そして政府機能の移譲といった大きなフレームワークの中でNPOセクターの発展をとらえることが重要だ。そのためにも公益活動全般の根本的な改革が望まれる。
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