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PRANJ(政策海外ネットワーク)リポート
ワシントン発 朝日新聞社「論座」2002年8月号掲載

「政治を変えた議会中継TV」

中村美千代 ジャーナリスト

議会や記者会見の映像を二十四時間放送する
政治専門チャンネル「C‐SPAN」。
全米で三千万もの人が見ているのはなぜか。

 日本では、ニュース番組のキャスターのコメントが世論を左右すると言われてきた。また最近は「ワイドショー内閣」と呼ばれるように、ワイドショーが政治を取り上げ、主婦など、これまであまり政治に関心を持たなかった層が興味を持ち始めたともいわれる。

 それはそれでよいことではあるが、一方で政治を「白か黒か」で判定する単純化しすぎた見方が蔓延し、センセーショナルな週刊誌の報道がこれに追い討ちをかけているように思える。政治家をスタジオに呼ぶ討論番組も人気を呼んでいるが、内容の質は高いものの、政治家より司会者が目立ってしまう場合が少なくない。

 米国でも、メディアが世論を一定の方向に操作する「スピン・コントロール」の影響は大きい。しかし、コントロールを嫌い、自分の頭で判断したいと考える人々のために、主要メディアとは異なる「もう一つのメディア」が存在する。議会の本会議や公聴会を最初から最後まで、無編集、キャスターのコメントなしで伝えるC‐SPANである。

三千万人が見ている議会中継専門テレビ
 C‐SPANとは、Cable Satellite Public Affairs Networkの頭文字をとったもので、一九七九年、世界初の民間による議会中継専門テレビとして誕生した。議会の本会議や、ホワイトハウスやペンタゴン、国務省の定例記者会見、公聴会やシンクタンクのシンポジウムなどを、まったく編集しないかたちで、ケーブルと衛星放送のテレビ、ラジオで二十四時間放送している。

 テレビのC‐SPANには下院本会議を中継するC‐SPAN、上院本会議を中継するC‐SPAN2、公聴会を中継するC‐SPAN3の三種類がある。アクセスできる世帯数はC‐SPANが八千六百十万世帯、2が六千九百六十万世帯、3が六百万世帯である。ケーブル放送会社や衛星放送会社によって、C‐SPANのみを流しているところ、C‐SPANとC‐SPAN2を流しているところ、三つ全部を流しているところがあるために、視聴可能な世帯数が異なってくる。

 二〇〇一年の年間予算は三千六百二十万ドルだが、予算捻出にはユニークな方法がとられている。ケーブルテレビ会社と衛星放送会社が、加入一世帯につき毎月平均五セントを払うことで賄われているのだ。この方法により、政府からの補助金をいっさい受けずにすむため、国から干渉されることもない。またケーブルテレビや衛星放送に加入すると自動的に視聴できる「ベーシック・サービス」に組み込まれているため、加入者数をまったく気にすることなく放送できる。従業員は二百八十二人。編集のためのスタッフが要らないので少人数ですむ。

 ほかの商業メディアが行うような視聴率調査はしていないが、四年に一回、大統領選挙の年だけ、視聴者に関する調査を行っている。二〇〇〇年にランダム・サンプルによる調査を行ったところ、C‐SPANを少なくとも週一回は見る人が二千八百五十万人いることがわかった。これは全人口の一四%であり、C‐SPANにアクセスできる世帯数の三分の一にあたる。

どんな層が見ているのか
 C‐SPANの視聴者像は次のようなものだ。年齢的には、五三%が十八歳から四十九歳。男性と女性は約半々、また年収五万ドル以下が約半数を占める。意外に収入が少なく感じるが、C‐SPAN広報マネジャーのロビン・スカリンは「C‐SPANを見ているのは、高齢の裕福な引退者ではなく、働く世代だからです」と説明する。

 当然ながら、C‐SPANの視聴者は政治への参加意欲が強く、社会に対しての関心も強い。たとえば二〇〇〇年の大統領選では、過去一週間にC‐SPANを見た人のうち九〇%が投票に行ったという。また、毎日、新聞を読んだり、ニュース番組を見る割合も平均より高い。

 C‐SPAN視聴者の政治的志向は、三六%が中道、三六%が保守、二三%がリベラルとなっている。このようにあらゆる立場の人々から同じように支持されているのは、その中立的な報道姿勢のおかげだろう。C‐SPANは、共和党と民主党、リベラルと保守などの間のバランスをとるように、細心の注意を払っている。共和党議員の演説の後には民主党議員の記者会見を流したり、番組の出演者が偏らないように、過去の出演者の政治的志向を記録にとっているほどだ。

 議会や記者会見だけでなく、反政府デモや市民運動などを報道するのも、そのバランス感覚の表れだろう。毎日、担当者が百以上の候補を検討し、編成会議では、どのイベントを報道するかで白熱した議論になることもあるという。

 C‐SPANを好んで見る視聴者には、ニュースキャスターによるスピン・コントロールを嫌う人が多いという。「たとえばブッシュ大統領とイスラエルのシャロン首相が記者会見を行った場合、普通のメディアなら会見の途中でキャスターが画面に現れて、コメントを加えるでしょう。でもC‐SPANは、会見が終わり、二人が会見場を後にするまで映し続けます。記者から重要な質問が飛び出すかもしれないし、何が起こるかわからないから」スカリンはこう言う。

 こうした視聴者に人気が高いのが、C‐SPANで毎朝七時から十時まで放送される「ワシントン・ジャーナル」だ。この番組は、視聴者が電話で議員や官僚、学者などに直接質問したり、意見を伝えることができることが特徴だ。キャスターはあくまで電話の質問の取り次ぎ役に徹しており、自分のコメントをはさまない。
 ジョージ・ワシントン大学の助教授で、コンピューター・サイエンスを教えているロバート・リンダマン(37)も、C‐SPANファンの一人だ。C‐SPANのラジオを週三回、大学に行く途中の車の中で聴き、週一回はC‐SPANのテレビを見る。「客観的に事実を伝えるところが気に入っている。誰からも指図されずに、自分自身の頭で判断できるのがいい」。

 特に、エネルギー対策など自分が関心のある分野について本会議で審議される時には熱心に見るという。「ほかの主要メディアは商業主義で、殺人事件などセンセーショナルな事件ばかりに時間を割いて、政治や社会問題を深く取材したものが少ない。その点、C‐SPANと公共放送ラジオのNPRなら、政治について詳しくわかるので、よく視聴している」と話す。

編集は要らない
 テレビのコメディアンに「カメラを一台しか持っていないのではないか」とからかわれるほど、C‐SPANの映像は静止画に近く、無愛想だ。スタートした当初は、「編集していない退屈な番組を誰が見るのか」という批判もあった。しかし、大方の予想を裏切り、C‐SPANは見事に成功した。

 すべてを無編集で流す、という画期的なコンセプトを思いついたのは、設立者で現在C‐SPANのCEOを務めるブライアン・ラムである。インディアナ州出身で、最初海軍に入り、国防総省の広報担当としてワシントンに来たラムは、しだいに従来のメディア報道のありかたに疑問を抱きはじめた。

 C‐SPANの歴史を詳述した本『C‐SPAN革命』(ステファン・フランジック、ジョン・サリバン共著)は、ラムにC‐SPANのアイディアをもたらした決定的な出来事を紹介している。ある日ラムは、黒人のバプティスト教会で公民権運動家のスピーチを聞いた。三十分のスピーチのうち、二、三分は扇動的だったが、ほとんどの部分は理知的で説得力のある内容だった。しかし、その晩のNBCのニュースで取り上げたのは扇動的な部分だけで、実際のスピーチとはまったく別の印象を与えてしまっていたのだ。こんな体験から彼は、健全な民主主義を維持するためには、編集の手が入っていない、ありのままの情報を国民に伝えることこそが必要だと考えるようになった。

 その後、UPIオーディオのレポーターなどを経て、七四年にケーブル放送業界紙「ケーブルヴィジョン」のワシントン支局長になったが、これがC‐SPANを実現する大きな転機になった。最初、ラムがC‐SPANの構想を持ちかけたとき、ケーブル放送会社の反応はよくなかった。C‐SPANには、他の商業メディアと違って広告収入がないので、ケーブル会社はC‐SPANの放映権に金を払わなければならない。儲けよりコストのほうがかかりそうなC‐SPANに、将来性があると思う経営者はほとんどいなかった。

 しかし、ケーブル放送業界のロビイストから「公共問題を放送することは、ケーブル放送に正当性を与えることになり、将来の規制やフランチャイズの際に有利になる」と聞かされて、多くの経営者が説得された。当時、ケーブル業界は急成長していたが、低俗な番組が多く、イメージはけっしてよくなかった。「ケーブル業界は、低俗なイメージを飛躍的に改善するための手段として、C‐SPAN構想を買った」と『C‐SPAN革命』は書いている。

 こうしてラムは五十万ドルの資金を集めることに成功し、七九年、わずか三人のスタッフでC‐SPANがスタートした。当時、下院が院内向けのテレビ放送を開始しており、C‐SPANはその映像を、いっさい編集せずに一般市民に向けて放送したのである。

 下院でのテレビ中継が決まるまでには紆余曲折があった。古株の議員の多くは、明るい照明にさらされ続けることを不快に感じ、「テレビカメラが入ると議員はパフォーマンスに走り、扇動的になる」「放送人が、議会をフェアかつ正確に扱うという保証はない」などと反対した。しかし、当時の下院議長ティップ・オニールが賛成に回ったこともあって、下院は賛成二三五、反対一五〇でC‐SPANによるテレビ中継を認めた。

 オニールを動かしたのは、アル・ゴアをはじめとする若手議員たちだった。後に、クリントン政権の副大統領として「情報ハイウェイ」構想を推進するゴアは、C‐SPANの可能性にも早くから目をつけていた。七九年三月、下院本会議のC‐SPAN中継が開始された時、ゴアは最初にカメラの前でこう演説した。「テレビは下院を変えるでしょう。そのメリットはデメリットをはるかにしのぐものです。メディアと公開討論との『結婚』は、議会制民主主義を活性化させるはずです」。

政治家やジャーナリストも活用
 C‐SPANをうまく利用した政治家に、「C‐SPANの申し子」とまで呼ばれたニュート・ギングリッチ前下院議長や、クリントン前大統領がいる。ギングリッチはC‐SPANを利用して、当時民主党に支配されていた下院で民主党批判を続けた。それを主要メディアが取り上げたおかげで、共和党内での地歩を築いた。

 クリントンはまだ州知事だったころに、ブライアン・ラムからインタビューを受けた。当時、クリントンの報道官だったマイク・ゴールディンは、そのインタビューを見て、クリントンのような政策通には、九十秒程度の細切れの報道しかしない従来のメディアよりも、発言内容をすべて伝えるC‐SPANこそふさわしいと感じた。以後、ゴールディンは、クリントンの演説の予定をC‐SPANに事前に知らせ、できるだけ取材してもらうことにした。大統領に選ばれてからも、クリントンは、C‐SPANにホワイトハウスで開かれる社交行事や政策会議の放映許可を与えたり、一対一のインタビューを受けるなど厚遇した。
 C‐SPANは無名の人物をスターに育てあげることもある。大統領選に出馬し「ペロー現象」を巻き起こしたロス・ペローもその一人だ。ペローは、自分にほとんど関心を示さない主要メディアのかわりに、トークショーなど亜流と見なされている「代替メディア」を徹底的に利用し、C‐SPANにも数多く登場した。視聴者は、ペローに熱狂的に反応し、番組には電話が殺到した。ペローがC‐SPANをはじめとする代替メディアで人気を確立したことで、ようやく主要メディアも彼を取り上げるようになった。

 C‐SPANを利用して有名になったのは政治家だけではない。CNNで活躍しているラリー・キングやウルフ・ブリッツァーなどのジャーナリストも、C‐SPANでキャリアを築いてきた。キングが有名になったきっかけは、八三年、彼のラジオのトーク・ショーをC‐SPANのテレビが初めて同時放送したことだった。

日本でC‐SPANは可能か
 日本でも、ラムの哲学に共鳴した元TBSディレクターの田中良紹氏が、C‐SPANのように国会審議を無編集、コメントなしで伝えるテレビ局を作ろうと奔走し、九八年にCSデジタル放送で、政治専門チャンネル「国会TV」の放送が開始された。田中氏は、政治専門テレビの意義について、「C‐SPANの存在で、議会が国民の目を無視できなくなり、議会に緊張感が生まれた。地味でも実力のある政治家が正当な評価を受け、大衆迎合型の政治家は逆に淘汰されていった」と語っている。

 しかし、現在、国会TVの放送は停止され、インターネット放送でしか視聴できなくなっている。C‐SPANは、ケーブルテレビや衛星放送の加入者が自動的に見ることができるベーシック・サービスに組み込まれているため、加入者数を気にせず運営することができる。これに対し、国会TVを放送していたスカイパーフェクTVは、チャンネルが事実上自由選択制で、ベーシック・サービスがない。このため、娯楽性の少ない国会TVの加入者数は低迷し、ついに放送停止に追い込まれてしまったのである。

 ニュースキャスターの意見に左右されるのではなく、自分の頭で考え、判断する機会を視聴者に提供したという点で、C‐SPANは画期的だった。また、クリントンのような政策に精通した政治家を世に出す一助にもなった。日本でも「主要メディアとは違う角度で見ることのできる、もう一つのメディア」がそろそろ必要ではないか。

 C‐SPANのような議会中継専門テレビを日本にも根づかせるためには、まず視聴率や加入者数を気にしなくてよいビジネスモデルを確立させなければならない。C‐SPANの場合は、ケーブル放送業界が「ケーブル放送のイメージを飛躍的にアップさせる」と長い視野で判断したことで構想が実現した。日本でも放送業界が、近視眼的な商業主義のみにとらわれず、そうした長期的な視点で考えるべきではないだろうか。

 日本人は「付和雷同型で自分の頭で考えようとせず、メディアにコントロールされやすい」というステレオタイプな見方がある。だが、それは、これまで情報受信の選択肢が少なかったことも大きな原因ではないだろうか。インターネットの普及によって、人々が主要メディア以外の情報を発信、受信し始めたように、選択肢さえあれば人々の思考様式は変わる。そして、米国でC‐SPANが大統領選に影響を与えるなど、政治そのものを変えたように、日本の政治も変わっていくことだろう。

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