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「自分たちの生活は民間組織が守る 社会的地位を確立した米国のNPO」 世界週報 10月29日号 掲載 中村美千代:フリーランス・ジャーナリスト
日本では1998年にNPO法ができてから、さまざまなNPOが活動をしている。しかしまだボランティア的な要素が大きく、社会的影響力も小さい。政府や自治体の下請け的存在のNPOも少なくない。NPO先進国の米国では、NPOが経済に与える影響力は大きい。NPOセクターが生み出した国民所得は、全体の約6.7%を占めている(1998年、インディペンデント・セクター調べ)。法律を改正するロビー活動も積極的である。社会的に大きな力を持つ米国のNPOについて具体例をあげて紹介したい。
1.ガン協会―健康NPO
まずボランティアの健康NPOとして最大組織の一つであるガン協会(American
Cancer Society)を紹介したい。ボランティアのメンバーは全米に200万人以上おり、年間 教育やアドボカシー活動を通してガン予防や治療の痛みの軽減を図っているが、特に注目すべき活動は研究支援である。米国では研究者に対してNIH(国立健康研究所)が研究資金(グラント)を提供するが、研究をスタートしたばかりで実績がない研究者はグラントを獲得するのが容易でない。そこでこれらの実績はないが将来有望な若いガンの研究者にガン協会が資金を提供している。提供額は五万ドルから八十万ドルまでと幅がある。ガン協会は創立以来、22億ドルの資金援助を行い、30人のノーベル賞受賞者の初期のキャリアを支援してきた。このように国の機関の援助を受けにくい研究者に対する資金提供をNPOが行っていることに着目すべきであろう。
2.チェサピーク湾財団(CBF)―環境NPO 米国東部にある広大なチェサピーク湾の環境を保護しようと1983年に、連邦政府、流域の自治体、NPO、大学などがパートナーシップを組んだチェサピーク湾環境保全計画ができて、環境問題に取り組んでいる。しかしすでに十六年前の1967年に、チェサピーク湾の環境保護を目的にするNPOができていた。これが地域環境のNPOとしては全米最大規模のチェサピーク湾財団(CBF)である。ボルチモアのビジネスマンや釣り師らのグループが「湾の環境問題は政府だけに任せておけない」として設立した。現在200人の専従職員と1万人の登録ボランティアがいる。年間予算は千七百万ドルで、パートナーシップを組んでいるチェサピーク湾環境保全計画の年間予算にほぼ匹敵する。財源はほとんどが財団や民間団体、会員からの寄付である。いわゆるアドボカシー(問題提起)型のNPOで、連邦環境保護局(EPA)のウォッチドッグとして、法律の改正や環境関係の訴訟などのロビー活動にも熱心である。 非常に興味深いことは、このチェサピーク湾財団のメリーランド州オフィスのディレクターだったジェーン・ニシダ氏がメリーランド州知事によって同州環境省の長官に抜擢されていることである。米国では州政府は連邦政府同様、高官は政治任命(political appointee)である、という背景があるものの、このようにNPOから自治体政府のトップに「天上がり」するのは日本ではちょっと考えられない。州知事が環境問題に強い関心を持っていたことがニシダ氏が抜擢された主な理由である。財団にいる時は主に州政府に対する訴訟活動に携わっていたニシダ氏が、州の環境省のトップに起用されたのである。「通常州政府や州の長官は企業寄りと見られがちだが、私はNPO出身ということで企業と環境団体の中立の交渉者として信頼された」とニシダ氏は語る。八年間の長官の在任期間中、チェサピーク湾の保全に積極的に取り組んだ。NPOと政府間での人材交流は日本も参考にすべきではないだろうか。
3.PBS、NPR ―放送NPO 今秋、調査報道として定評のあったテレビ朝日の「ザ・スクープ」が視聴率低迷のため打ち切られた。米国では、視聴率競争にさらされずに高品質の番組を提供するNPOの放送会社がある。有名なのが公共放送ラジオのNPR (National Public Radio)と公共放送テレビのPBS(Public Broadcasting Service)である。 1970年に設立されたNPRは深く取材した良質のニュース番組や記者会見、シンクタンクでのシンポジウムの中継などを流している。 1920年代、多くのラジオ局は大学に設置され、コマーシャルなしで教育的な内容を放送する公共放送だった。しかし大恐慌と商業的圧力から公共放送は伸び悩むようになった。公共放送が本格的に復活したのは1967年に公共放送法が設立し、CPB(公共放送法人)が作られて以降のことである。CPBとは、議会によって作られた民間非営利法人で、公共放送に資金援助やサービスを提供する。連邦税がCPBに配分されている。NPRの加盟局は全米に685あるが、すべて非営利団体で、三分の二が大学、三分の一が市民グループなどのコミュニティー・グループである。NPRの2001年の年間予算は1億1千万ドル。50−60%が加盟局からの会費やプログラムのライセンス料、40−50%が民間の財団や企業からの寄付、1−2%がCPBからの資金である。 PBSは、子供の教育番組セサミ・ストリートや質の高いニュース番組「ニュースアワー・ウィズ・ジム・レーラー」などを放映している。PBSでは実は全く番組を作っておらず、すべて外部発注である。建物内にはスタジオもなければ記者、カメラマンは一切いない。フリーランスのジャーナリストやドキュメンタリーのフィルムメーカーと契約を結び、彼らが作った作品を放映している。600人の従業員はプロモーションや寄付金集め、広報、HP製作などの仕事をしている。午後8時から11時までのプライム・タイムの番組の視聴率は1.8%。ほかの商業メディアに比べると格段に低いが、公共放送なので広告収入に一切頼らないために、視聴率を気にせずに質の高い番組を作ることができる。
4.Center for Public Integrity―調査報道NPO 調査報道そのものを目的にしたNPOもある。Center for Public Integrity(以下「センター」と略)である。質の高いTVドキュメンタリーとして有名なCBSの60 Minutesのプロデューサーを五年間務めたチャールズ・ルイス氏がセンターを1990年に設立した。「「時間や空間の制約なしに調査報道を極めたい」という動機もあったが、非常に仕事がきつく、時には訴訟を起こされることもある調査報道記者を米国のメディア業界がきちんとサポートする雰囲気がない、というのも業界を去った理由だ」とルイス氏は説明する。これまで10冊の本、100以上の調査報道レポートを出し、多くの賞を受賞した。ワシントンポストやニューヨーク・タイムズなどのメディアに無料で情報を提供し、ウェブサイトでもレポートを発表している。センターの記事を引用したメディアの記事はこれまでで7000以上にものぼる。 最近センターの評判を新たに高めたのが、ブッシュ大統領の株のインサイダー疑惑のスクープだ。7月3日にワシントン・ポストが、大統領が、エネルギー会社ハーケン・エナジーの役員だった1990年に、同社の株価が下落する前に持ち株を売り抜けた問題を報じたが、この記事はセンターが入手した証券取引委員会の資料に基づくものだった。実はセンターは2000年に出版した本”The Buying of the President”の中でインサイダー疑惑について触れていた。しかし当時はどのメディアもほとんど関心を持たなかった。今年に入ってエンロンなど相次ぐ企業不祥事が問題になり、ポール・クルーグマンが7月2日にニューヨーク・タイムズのコラムでセンターの報道を取り上げたのをきっかけに、ワシントン・ポストを含む多くのメディアがこの疑惑に注目し始めた。 センターの常勤スタッフは35人で年間予算は400万ドル。主な収入源は慈善団体や個人からの寄付である。政府からの資金援助や企業の広告などは一切受け取っていない。 日本でも今後NPOが大きな役割を果たすことになるだろうが、課題もある。NPO法の問題はNPOの免税措置がないことである。NPOが事業を通じて得た剰余に課税をしない「非課税」措置を早急に取る必要がある。NPOに寄付をした個人や法人に対して所得税や法人税の控除を行う「税控除」もまだ不十分である。日本では寄付の習慣がないので、税控除があっても個人の寄付がすぐに増えることはないだろう。しかし税控除を手厚くすれば、企業が自社の宣伝と税金対策を兼ねて大口寄付をする可能性はある。 また、「非営利」という言葉が正確に認識されていないのも問題である。「非営利」とは「利益を追求しないこと」ではなく「利益をNPOの運営者に配分しない非配当の原則」である。NPOサポートセンターの山岸秀雄理事長は「「NPOはボランティアで無料」という社会の認識はいまだに強く、行政もNPOをただ同然で使おうとするケースもある」と言う。 日本のNPOは、低い賃金でも「やりがいがある」と従業員が滅私奉公的に働いているケースが多い。米国でもNPOのサラリーは営利企業に比べて平均的に低い。(1998年の統計でNPOの従業員の平均年収は24160ドルで、全体の平均年収の32410ドルより低くなっている。)しかし事業規模の大きいNPOでは民間企業に匹敵する給料を出しているところもある。例えばチェサピーク湾財団のニシダ氏がディレクターの時にもらっていた給与は年収六万ドルだった。優秀な人材を引きつけるためには、財政経営をしっかり行い、給与も魅力的なものにしていく必要があるだろう。 また雇用対策の面からもNPOの果たす役割は大きい。米国では1998年のNPOの就業人口は1166万人で、全体の9.3%を占めている。フリーターの若者の受け皿としてNPOはもっと注目されるべきだろう。 米国のシンクタンク、アーバン・インスティテュートの研究員でNPO研究の第一人者である上野真城子さんは「米国では大きな貧富の差があり、大金持ちがNPOに寄付しているという実情から決して米国がよいわけではない。しかし政府に頼らず自分たちの力で社会を変えていく、という米国人の気概は日本人も学ぶべきである」と語る。「どんなに優秀な人材がそろっていても権力は必ず肥大化し腐敗する。自民党が代替勢力がないために腐敗してしまったように、官は、官を監視し拮抗し得る勢力がなければ腐敗する。そのためには影響力のあるNPOが必要」と強調している。
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