WTOにおけるインターンシップ制度

弁護士    牧 原 秀 樹

 

1 はじめに

19951月1日に発足したWorld Trade Organization(WTO)は、中国/台湾の加盟や昨年11月のドーハ閣僚会議における新ラウンド立ち上げ等々によって、その存在感をますます強めつつあることにあまり異論はないと思われる。既に加盟国も144の国・地域に達している。しかしながら、その実態となるとまだまだ十分に知られていないというのが現状であろう。そこで、内部においてWTOを知り、また経験する機会としてのインターンシップ制度をこの場において紹介したい。ここに言うインターンとは、一定の短期間、組織内部において研修をできる立場のことを指す。なお、筆者は公式に同インターンシップ制度を紹介する立場には全くないが、2001年の夏の2か月間、これを経験する機会に恵まれたのでこれを紹介する次第である。

 

2 インターン制度について

WTO発足後、インターンシップ制度はしばらく慣習的なものにすぎず、正式なものではなかったようである。しかしながら、現在では公式の制度として確立しており、WTOのウェブサイトにても紹介されている。[1]それによれば、インターンになるための形式的要件は次のとおりである。(1)WTO加盟国か加盟申請中の国民であること。(2)関係する学問(経済学、法律学、政治学、国際関係学等)について学部レベルを卒業していること、そしてできれば大学院レベルの学問を開始していること。この点については、具体的に実務を開始する予定があるような場合はこれが考慮される。(3)年齢要件として、21才以上30才以下であること。そして、申込者については候補者名簿が作成され、1年間の登録期間内にこの名簿からインターンが選任される。ただし、これらの要件を満たす通常のインターン以外にも、特定の需要がWTO側にある場合には、通常よりも急な通知により採用されることがある。

  次に、インターンの労働条件としては、(1)1か月1500スイスフラン(12万円[2])でジュネーブまでの交通費その他は一切無支給。(2)各種保険は基本的に各個人の責任。ただし、筆者の場合には月25.94USドルの源泉徴収によりWTO職員としての同じ健康保険の適用があった。(3)期間は通常12週間以内。(4)その他特に秘密保持義務を負う等々である。この点、実際には、インターン開始初日にこれらのことが記載された契約書を締結することになる。なお、担当部署部長の承認を得ることによって、1か月につき2日半の有給休暇を取ることが可能である。

 

筆者は6月末から8月末までの2か月間を法律部(Legal Affairs Division) で過ごしたのだが、その間少しでも時期が重なったインターンは総勢約30名である。その経験で言えば、まず、要件に関しては、(1)の国籍要件は在籍インターン全員が満たしており(ロシアや台湾など加盟申請国を含む)、また(2)の学問要件は一人の例外を除いて満たしていたため、ほぼ必須要件と考えてもいいと思われる。しかし、(3)の年齢要件は必ずしもそうではなく、31才以上のインターンが少なくとも3人はいた。この要件に関しては、ある程度の学問実績などがあれば、インターンとして受け入れられるのにそれほど障害とはならないような感じであった。また、年齢が21才以下でも、スロバキア出身の19才の女性がいたため、不可能ではないのであろうが、他のインターンの選考からしても、彼女はむしろ極めて例外的であるようであった。

 

さらに言語については、英語もしくはフランス語ができることが必須であろう。もっとも、現実には英語ができれば、それで十分であるといえる。ジュネーブはフランス語圏であるため、WTO内部では日常会話としてフランス語も相当とびかっていることは事実である。しかしながら、内部の代表団会議やスタッフ会議は基本的に英語で行われるし[3]、スタッフの中にはフランス語はできないという者も結構いる。また、インターン仲間の会話は英語が中心となる。ただし、両方ともできる、あるいはスペイン語ができるというのは、選考にあたって有利なポイントであることは間違いない。

 

3 願書提出について

アプリケーションについては、筆者の場合には、もともとが弁護士であり、願書提出時にジョージタウン大学ロースクールのLL.Mコース(International Legal Studies)に在籍中でもあったこともあって、興味対象は法律部に絞られていた。したがって、法律部の部長宛に直接アプリケーションを送った。ただし、同時期のインターンに聞いた限りでは、人事部に複数部署[4]を希望して送付している例が多かった。また、具体的な手続きとしては、筆者の場合には前記ウェブサイトでダウンロードができるアプリケーションフォーム、レジュメ、なぜ自分がインターンを希望し、そしてふさわしいかを書いたアプリケーションレター、及びジョージタウン大学の卒業論文をインターン希望時期の半年前に提出した。後で担当者に聞いてみると、関係学問の大学での成績や卒業論文が結果的には選考の大きな理由となったとのことである。同時期にインターンをしていた他の2(オランダ人及びチュニジア人)も、PhDを取得あるいは取得間近であり、やはり論文を書いていたとのことであった。ただし、以前のインターンの例などを聞くと、論文や成績などはあればそれに越したことはないが、必ずしも絶対要件ではないようであり、それらがないからといって躊躇する必要はないと思われる。また、インターンの時期については、学生が時間をとりやすい夏期期間は通常よりも希望者が多くて競争が厳しいようであり、夏期期間はあまりWTO自体が機能していない状況を考えても、夏期期間以外に時間を取れるのであれば、その方がよいように思う。

 

なお、WTOのインターン選考や競争が他の国際機関より厳しいかどうかは不明だが、対象領域が、物品貿易、知的所有権、サービス(金融、テレコム、電子商取引等)、発展途上国問題、環境、投資、競争法、人権(エイズ問題)などと広いこと、まだまだ新しく発展中の国際機関であること、強制力ある紛争解決手続を備えた初めての国際機関であること等々の理由により、人気が高いのは間違いないようである。

 

4 インターンの仕事

インターンの仕事であるが、これは部署によっても時期によってもまちまちであり、一概には言えない。ただし、ある特定プロジェクトのための採用者はやはり当該プロジェクトが仕事の中心であるといえる。筆者が聞いたところでは、TRIPS(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)を担当する知的財産部のインターンは、加盟各国のTRIPS履行状況の調査というプロジェクトにほぼ全ての時間を費やしていた。概してインターンの仲間の話では、現実に内部にいる者と似たような仕事をさせてもらっているという認識をもっていた。したがって、一旦インターンとして採用されれば、十分WTO内部において「働く」という実体験は得られるといえる。さらに、インターンは、よほど非公式な内輪の会議ではない限り、所属部署を越えてあらゆる会議に出席することができる。つまり、法律部所属であった筆者の場合でも、紛争解決処理機関の会議だけでなく、中国やロシアの加盟会議、ドーハの閣僚会議のスタッフ準備会議、理事会、サービス、競争法、電子商取引、貿易と環境など数多くの会議に出席することに恵まれた。また、所属部署のスタッフ会議にも参加することができ、内部においてどのようなことがなされているのかも知ることが可能であった。また、7月には事務局長とインターンとの会議が設定され、インターンの目から見たインターン制度やWTO組織の改革点などの意見を述べる機会があった。

 

法律部に限って言えば、実際の紛争に関する法律問題の調査、出版が予定されているアナリティカル・インデックス(WTO協定の逐条解説)のチェック、実際の紛争解決機関によるリポート(判決に近い)を題材にした教育用のモデルケース・Q&Aの作成、最近のケースについての法律問題の整理などが仕事の中心であった。中国の加盟問題についても、加盟に当たっての中国の約束事項のチェックなどに関わることができた。また、私の場合にはタイミングが悪くて機会に恵まれなかったのだが、実際の紛争の口頭弁論手続きにも、両当事者の了承があれば出席することができるとのことである。実際、上級審のインターン達は、口頭弁論にも出席し、最終リポートのドラフトを書かせてもらっていた。仕事面でのインターンの醍醐味は、外にいては見ることができない内部の書類を見たり、実際の紛争を判断する側の者との議論をする機会を通じて、単なる勉強の域を越えた生の勉強をしたりすることができることにある。なお、WTOに持ち込まれるほとんどの紛争案件について、各国の能力不足からか、実際にはアメリカかEUの弁護士が関与しているとのことである。すなわち、アメリカとEU以外のほとんどすべての国(日本を含む)が、アメリカかEUの弁護士を雇って、紛争解決手続を行っているとのことである。このような状況に対して、法律部のあるスタッフが、その膨大化する一方の準備書面の多くは、みかけはあっても、内容にはほとんど意味がないと随分と厳しい意見を述べていたのが印象的であった。

 

5 WTOという組織 

WTOという組織自体はスタッフ数わずか500人強[5]と小さな組織であり、しかもそのうち半数強は翻訳、総務・管理、情報部門なので[6]、いわゆるWTOプロパーの仕事をする専門スタッフの数はごくごく限られている。私の所属していた法律部はスタッフ12名(部長、有期契約職員を含む)、秘書2名とあれだけの紛争を処理するにしてはびっくりするくらい小さな部である。また、それだけ小さい部なだけに内部にいるスタッフは選りすぐりの精鋭という感じであった。実際、WTO1つの空席には200人を越える応募者が集まることがしばしばあるということであった。インターン自体は、ウェブサイトにも出ているように必ずしも内部のスタッフとしての採用につながるものではないが、スタッフの中にはインターン経験者が結構おり、また私と同時期にインターンをやっていた者でも、そのことを希望して来たという人が数人いた。少なくとも、自分が希望する職場環境がどのような所かを事前に見ることができるという点では大きな意味があることは間違いない。

 

WTO内では、夏期休暇期間中の8月を除き、ほぼ毎日何かについて会議が開かれている。このような会議での主役は加盟国政府の代表団であり、スタッフ自体は論点の整理や資料の準備など裏方の仕事をしている。加盟国の代表団にも国ごとの個性があり、それら会議に参加するだけでも、いろいろな意味でも勉強になる。特にドーハの閣僚会議へ向けての理事会については、6月末には主に発展途上国からの不満が延々と続き、とてもこれはまとまらないという感じであったのが、議長と事務局の論点整理のメモ作成によって、7月末には随分議論が絞られ、前進したというのが印象的であった。ただ、この時点では、どの論点についても、加盟国のコンセンサスを取るということは相当厳しいのではないかと感じた。その後、11月に合意に至ったことを見ると、加盟国間において、WTOを前進させなければならないという強い意思があったこと、そして議長及び事務局が相当に努力したことが伺われる。また、中国の加盟交渉についても、事務局のプレッシャーと苦労には相当のものがあるというのをつくづく感じた。中国の加盟交渉がほぼ決着がついてから、担当者がすっかり明るくなって人格が変わったという話を聞いたくらいである。

 

また、他に印象的だった部署にトレーニング部がある。トレーニング部は主として発展途上国や加盟申請国に対するWTOの啓蒙のため、非常に優れた教育用資料を作っており、これらはWTOのウェブサイトでもプリントアウトできる。そして、同部は2か月程度のWTO教育プログラムを組んでおり、かなりの卒業生が自国政府の担当官僚として活躍しているとのことであった。WTOでは、これ以外にも発展途上国に対するアドバイザリーセンターの設立などを行っていて[7]、発展途上国に対する配慮には特に腐心していた。

 

また、その他にWTOが特に配慮していたのがいわゆる市民社会(Civil Society)と自らを呼んでいるNGOなどの民間団体の存在である。シアトルでの暴動が繰り広げられて以来、NGO等はいろいろな意味で存在感を強めつつあり、私が在籍中も、WTOにおいて多くのNGOやその他の団体を招待して、WTOにおいてNGOに関係して何が必要かという3日間の会議が開かれていた。紛争解決手続きへのこれらの団体からの直接の書面提出(アミカス ブリーフ)も大きな問題となっており[8]、今後避けて通ることはできない問題になっていくと思われる。なお、インターンの仲間にもアンチグローバリズム的な思考の持ち主もおり、こういうインターンの動機は、むしろ逆説的にWTOの内部において何が行われているかを見てやろうということだったりもした。

 

6 ジュネーブでの生活

これは、WTOでのインターンそのものとは直接の関係はないが、経験という意味では特筆すべきものであると思われる。というのもジュネーブは非常に小さな町でありながら、国際機関が200近くもあるという世界的にも極めて特殊な所である。したがって、WTOだけではなく、国連、ILOUNCTADWIPO、赤十字、WMO等々の他の国際機関を見たり、話を聞く機会を作ったりすることもそんなに難しいことではない。また、ジュネーブは様々な種類のNGOの活動拠点でもあり、これらの人によるデモや演説を聞く機会にも恵まれる可能性が高い。こうした人との議論のほとんどに人権や南北問題といったことが絡むことから、これらの問題についてはつくづく考えさせられる。さらに、筆者の場合には、たまたまジュネーブの日本政府代表部に友人がいたこともあって、日本のために最前線で働かれている同部の方々にも話をうかがう機会に恵まれ、それは自分にとってものすごく貴重な財産となっている。

 

WTOは、ジュネーブでの生活ということには何も関与しないため、生活は滞在場所も含めて自分で探し、手配することになる。ジュネーブは物価が高く、金銭的な意味ではWTO支給分では足りないと感じるインターンがほとんどである。ただし、学生専門の長期宿泊施設がいくつかあるので、これらに滞在することによって何とかやりくりすることも可能である。宿泊施設については、ジュネーブ観光局の公式ホームページが参考となる[9]

 

7 インターンシップという経験

インターンシップという経験は人によって感じ方が違うとは思うが、筆者個人の意見では、次のような利点があると思われる。まず、第一に内部の様子を知ることができることである。国際機関というものがどのように運営され、内部にいる者がどのような仕事をしているかということは、実際に見てみないとなかなか見えにくいものである。また、内部の秘密文書などはそうでもなければ目に触れることはできない。さらに、自分の国が国際社会の中でどのように見られているか、そして日本政府の代表団がどのような様子であるのかを客観的に知ることができるのも、大きな利点であろう。もちろん、実際の経験を通じて自分の専門分野の研究を深めることができることも間違いがない。そして、どのインターンも共通して最大の利点としてあげるのは、多くの人たちとの出会いである。これだけ短期に世界中からのいろいろな人々と出会い、そして語らうという機会はなかなか少ないと思われる。特に、WTO内部の日本人スタッフの方、法律部のスタッフ、インターンの同期との出会い及び議論は、自分にとっては何よりも貴重なものであった。

 

8 最後に

インターンの多くは欧米、ロシア、インドからの学生であり、日本人の経験者は未だ数人にすぎないようである。実際、日本人よりも韓国や台湾からのインターンの方が多いという話を聞いた。この一つの大きな理由は、そういう制度があること自体知られていないことにあると思う。それが、ここでの紹介の一つの動機である。

また、EUやアメリカ、あるいは韓国やコスタリカなど通商に力を入れている国と比べても、世界第二位の貿易大国である日本の通商分野における専門家は少なすぎる。これが、現在日本人職員が3人しかいないという現状にもつながっているのだろう。日本にとって、通商の大切さはいうまでもないところであり、関係官庁だけでなく政治家・学者そして民間をも含めて幅広い通商戦略がますます必要となると思われる。そのためには、まずは折角用意されているインターンシップ制度でWTOという機関をより多くの人が経験してみるということが、日本の通商分野における裾野の拡大、そして強化につながるのではないだろうか。そう信じてここに同インターンシップ制度を紹介させて頂いた次第である。

 


[1] WTO Internship Programme, available at  http://www.wto.org/english/thewto_e/vacan_e/intern_e.htm

[2]平成1344日時点の為替レートは、1スイスフラン=81.060円、日経ホームページ参照、available at http://markets.nikkei.co.jp/rate/crsrate/index.cfm?ref=2

[3]WTOの公式言語は英語、フランス語、スペイン語であるため、代表団の公式会議には3言語の同時通訳がつく。しかしながら、その他のスタッフ会議等の非公式会議は、基本的に英語で行われる。   

[4]ほとんど全ての部署においてインターンを受け入れているようである。例えば理事会部(Council Division)や情報部などにもインターンがいた。組織図については、 http://www.wto.org/english/thewto_e/whatis_e/tif_e/org2_e.htm Annual Report 2001, p.139など。

[5] 2001年のAnnual Reportによれば、552人である(World Trade Organization, Annual Report 2001, 138)

[6] Id.

[7]平成13105日に無事設立された。詳しくは、WTOウェブサイト、http://www.wto.org/english/news_e/spmm_e/spmm71_e.htm      

[8] Appellate Bodyは、European Communities-Measures Affecting Asbestos and Products Containing Asbestos (WT/DS135)において、アミカスブリーフに対するガイドラインを出したが(WT/DS135/9)、これに対して参加国の多くが強い反対意見を表明した (WT/GC/M/60)    

[9] available at http://www.geneva-tourism.ch/eng/gastronomie.php3?edTemp=visiter#rub4          


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