「生保セーフティーネットの抜本的改革を」

菱川摩貴デューイ・バレンタイン法律事務所 日本情報室長

愛知和男氏ポリシーペーパー2002年12月号掲載

 

日本国内の経済政策論議が銀行の不良債権処理問題、デフレ対策に集中する中、国民に関わる重大な問題がなおざりにされている。生保破綻時のセーフティーネットである生命保険契約者保護機構(以下、保護機構)の財源問題である。

 保護機構は、生命保険会社が破綻した場合に保険契約者を保護するため、199812月に設立された法人だ。保険業法の下、日本国内で事業を営む生命保険会社は全社加入を義務づけられている機構の財源は生保各社の負担金から成り、業界全体の負担限度額は当初4600億円に設定された。ところが19996月に東邦生命が破綻、その処理に3660億円が拠出されたため、保護機構の財源枯渇が決定的となった。これを受け、政府は2000年、業界全体の負担額をさらに1,000億円追加。さらに20033月までの特例措置として、破綻処理に必要な資金が業界負担総額の5,600億円を超える場合は国会審議を得た上、4,000億円まで公的資金が投入できる仕組みを用意した。しかしその後の相次ぐ破綻処理で、業界負担分の財源はわずか約220億円しか残されていない。一方、特例措置が当初予定通り来年三月末で終了すれば、公的資金枠は期限切れ、新たな財源が必要になる。

 生保世帯加入率が九割を超える日本で、生保は国民の貴重な財産の一部だ。海外の保険事情と比較すると、例えば世界人口のうち2%強の日本人が支払っている保険料は全世界の約26%。国民所得に対する生保保有契約高の割合を見ても、12倍程度である欧米諸国に比し、日本は5倍超と突出している。20033月の公的資金枠期限切れを控え、これだけ国民に身近な生保のセーフティーネットに関し、活発な議論が展開されるべきなのだが、その兆候は今のところ見られない。

 同問題について早急に政策論議が活性化することを期待しながら、議論の材料として保護機構の在り方を提案する。

 

公的資金枠の延長を

まず4,000億円の公的資金枠を延長し、契約者の不安感を和らげることだ。予定通り来年三月末で公的資金枠が終了すると、業界はまた追加負担を強いられる。しかし特例措置を決めた3年前に比べて、日本の生保業界を取り巻く環境は一段と厳しさを増している。長引く不況と政府の超低金利政策で、国内生保は契約者に約束した利回りに実際の資産運用が下回る、いわゆる逆ザヤに苦しみ、体力を消耗してきている。昨今の株価下落も生保の経営状況を一層圧迫している。

 こうした状況で20034月以降も業界にだけ負担を強いることが、果たして長期的に生保契約者の保護につながるのだろうか。保護機構の前身で1996年に設立した生命保険契約者保護基金までさかのぼれば、生保業界全体の負担はこれまで7,600億円にのぼる。本来、保護機構に拠出する負担金は健全な生保の契約者が受け取るはずだった配当だ。今後もし生保の破綻が続けば、業界負担は増加する一方で、健全な生保のバランスシートさえ圧迫しかねない。破綻生保の契約者並びに健全な生保の契約者にかかる負担まで増大するのだ。

 また銀行と比べて決済機能のない生保では、破綻による金融システム全体への影響が軽視されがちだ。しかし国内生保は、銀行との間で資本の持ち合いを近年強めている。生保の破綻は、すでに脆弱な銀行の経営をさらに揺るがしかねない。

 日本の保険行政は、1996年の新保険業法のもと、裁量的な事前規制で競争を抑制する護送船団方式から「ソルベンシー・マージン規制を通じた経営の事後的監視と契約者保護」へと大きくシフトした。金融庁による保険監督行政については、米国の保険業界関係者からもポジティブな評価を耳にする。しかし、1997年の日産生命を皮切りに始まった生保の破綻は、過去の護送船団行政のレガシー(遺産)といえないか。現行の公的資金枠4,000億円は過去一度も活用されていない。行政のレガシーコストを民間生保だけ今後も押し付けるべきなのか、大きな疑問が残るところだ。

 米国でも生保各社は、各州ベースで設けられている生保セーフティーネット、Insurance Guaranty  Association (保険保証協会)に加盟、負担金拠出が義務づけられている。しかしほとんどの州で、拠出金負担と引き換えに保険金収入税を控除するなど、生保各社が負担の一部を長期間にわたって回収できるしくみを整えている。

 一方日本では、世界最大の規模を誇る簡易生命保険事業(以下、簡保)に比べ、民間生保が競争上不利な条件を強いられている点も見逃せない。簡保の契約には100%の政府支払保証がつき、セーフティーネットに対する負担もゼロ。こうした簡保に対する政府の優遇措置は世界貿易機関(WTO)のサービス貿易一般協定(GATS)違反と指摘するレポートが、今年夏ワシントンで米国生命保険協会(ACLI)から公表された。ACLI側では、WTOでの係争にまで行き着かないことを望みながらも、競争条件を是正する取組みが日本政府側に見られない場合「GATSのもとで求めていくほか選択肢がない」と語る。

 

抜本的な改革を

政府は公的資金枠を延長した上で、さらに保護機構の抜本的改革に取り組むことを提案する。

 具体的には、例えば保護機構への民間拠出方式を、「事前」から「事後」へと移行してはどうか。現在、保護機構への負担金は生保破綻の有無にかかわらず、一定の金額になるまで積み立てる、いわゆる事前拠出の方式をとる。しかし2000年の保険業法等の改正により倒産法制が整備されたため、破綻が起きても保護機構の資金援助が不要なケースが増えてきた。実際、最近破綻した生保三社(千代田、協栄、東京)の会社更生は、保護機構からの資金援助を受けず、実行されている。生保破綻後、保護機構の資金援助が必要と判明して初めて拠出する「事後拠出」方式へ移行すれば、加盟各社は有無も問わず機構に積み立てることもなくなり、資金をより効率的に運用できる。海外でも事後拠出方式は珍しくない。2002OECDによる報告書によると、事前拠出方式を採用しているのは日本と韓国の二カ国で、米国をはじめとした四カ国は事後拠出方式を、フランスは両方式を採用しているという。

 また金融庁は早期是正措置の基準となる生保のソルベンシーマージン(支払い余力)比率の計算方法を不断に見直し、モニタリングを厳格に運用、経営難に陥った生保を早めに発見するべきである。金融庁は、ソルベンシ―マージンが200%を下回る保険会社には早期是正措置を発動し、経営破綻を未然に防止する義務がある。しかし過去には数値が200%以上あった生保でも破綻した。迅速に早期是正措置を発動、生保会社を早めに再建に向かわせ、債務超過額を抑えることで、結果的に各社が保護機構に追加拠出するリスク、ひいては契約者の負担も軽減できる。

 米国でも1990年代初め、ジャンクボンドや不動産市場の崩壊で不良債権を抱え込んだ主要生保が破綻。生保の経営危機が問題になり、州ベースで行われている保険監督規制の有効性に対する批判が米連邦議会で高まった。これを受け、全米各州の保険監督官で組織するNational Association of Insurance Commissioners (全米保険監督協会)は、1991年から1992年にかけて、ジャンク・ボンド投資規制を制定、最低責任準備金法を改正し、米国版ソルベンシーマージン基準(リスクベース自己資本比率)規制を導入するなど、生保会社のソルベンシー確保の枠組みを早急に整備していった。以後、複数の州にまたがる大規模な生保の破綻は1991年の23件をピークに2001年は1件と急激に減っている。

 「傷口に絆創膏をあてるように場当たり的な応急処置を講じ続けるのではなく、今こそ抜本的な改革に取り組むべきではないだろうか」とある米保険業界関係者は語る。長期的に日本の生保契約者を保護する政策に向けて、政府の英断が強く望まれる。

 

         


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