政策空間Vol.28−29 2005年11-12月号連載

 

 「グローバル・エイジング―

高齢化によって一変する世界と日本の長期国際戦略」(前編後編)

 

 中嶋 圭介(CSIS戦略国際問題研究所・世界高齢化研究部・研究員)

 

1. はじめに

  今日の世界は、グローバル・エイジング(世界的高齢化、以下、エイジングと略)という歴史的な人口革命の入口に立たされている。これによって今後半世紀の世界は、政治・経済・社会などあらゆる面で多大な影響を受けるであろう。気候変動やテロリズムと並んで、エイジングもまた、国際協調による対策が求められる世界的な課題である。先月中国で開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議や、今年夏のAPEC財相会議など、近年多数の国際会議で主要議題に上っていることからもわかるように、この新しい課題への問題(危機)意識の共有と、対策の主導権争いがすでに始まっている。

  ここで、日本にとってよい知らせと悪い知らせがある。良い知らせとは、日本では、いわゆる高齢化問題に対する認識は、一般の人々にまで広く浸透しているということである。これは今後、対策のためのコンセンサス作りやリソースの動員にあたって、大きなプラス要因となろう。一方、悪いニュースとは、この問題が世界的文脈で理解されておらず、国内課題の一つとして過小評価されていることである。このままでは、今後の政策的対応に整合性や有効性が失われるばかりか、日本がこの危機を好機に変えて国際的に生き延びる道もまた閉ざされてしまうであろう。本稿は、このような問題意識に立ったエイジング対策のすすめである。前編では、エイジングについて概観しながら、派生する諸課題について整理する。


2. 世界的傾向としての高齢化

  エイジングは、アフリカや中東など一部の地域を除けば、今や世界的傾向である。産業革命以前、65歳以上の高齢者率は、いかなる国においてもせいぜい2〜3%程度であった。しかし、過去半世紀の間に、先進国で8%から15%に、途上国でも4%から6%に上昇している。さらに今後半世紀で、それぞれ26%、15%に達すると予想されている。先頭集団を走る日本、イタリア、スペインでは35%以上、すなわち、3人に1人が高齢者の社会を迎えているであろう(国連人口推計2004年改訂版)。

  要因は二つ、出生率低下と寿命延長である。日本では、前者による影響を「少子化」、後者による影響を「高齢化」と区別する傾向があるが、ここで述べる「(人口の)高齢化」とは、この二つの要因が相まって、人口のピラミッド構造が上層に傾き、結果的に高齢者数が絶対的・相対的に増加することである。

  さて、出生率低下は、多くの国で急速に進行している。最も低い出生率がみられるのは、ウクライナ(1.0)、チェコ(1.1)、スロバキア(1.2)、韓国(1.2)など、旧東欧やアジア諸国である。都市レベルで見れば、人口の集中する東京、北京、香港などの出生率は、既に1.0を下回っている。日本の出生率(1.3)は、世界で十数番目である。一方、先進国の寿命をみると、過去半世紀、年平均2.5ヶ月伸びている。中でも日本は、同期間中、毎年平均4.3ヶ月の延長を重ねて、世界一の長寿国となった。こうした改善傾向は、途上国でもみられ、20年ほどもすれば、今日の先進国並みに達する国が、多数現れるだろう。多くの人口学者は、バイオテクノロジーの発達で人体老齢化の過程が明かされるにつれて、この傾向は、むしろ加速するであろうとみている。

  こうして、今後十数年のうちに、世界は、先進諸国のベビー・ブーマーの退職ラッシュによって、「エイジングの第一波」にことごとく飲まれることだろう。アジア、旧東欧、ラテン・アメリカ諸国で加速している高齢化をみると、「第二波」は、こうした地域を震源地に、2030年代後半〜2040年代にかけて到来すると予想される。

3. グローバル・エイジングの課題

  経済のグローバル化が進む今日、こうしたエイジングの影響は、ヒト・モノ・カネのストックやフローの変化を通じて世界へ伝播する。すなわち、日本の高齢化は、周辺国へ影響を与える一方、逆も真なりで、日本自身も、他国からの影響と無縁ではいられないだろう。これを考慮した上での対策議論でなければ、効果を相殺し合う政策の導入や、重要な分野での対応の遅れといった事態に陥る可能性がある。以下、これを踏まえて、エイジングの五つの課題について検討する。

  エイジングは第一に、各国の財政課題である。高齢者の絶対数の増加は、年金・医療・介護などの社会保障支出を拡大させる。また、高齢者数の相対的増加によって、現役世代一人当たりの社会保障負担は、増加の一途をたどるであろう。さらに、社会保障支出が、他の政策事業予算を圧迫するため、教育費・公共事業費・防衛費・国際援助費などは、予算カットを余儀なくされるだろう。

  第二に、労働力と経済成長への課題がある。労働力人口の減少によって、あらゆるセクターで慢性的な人手不足に陥り、女性や高齢者の活用が必要となる。また、産業界からの移民受け入れの圧力と一般国民の政治的反発の仲裁が緊急課題となるだろう。移民の調達が難しければ、企業は、国際的なアウトソーシングを進め、仕事自体を輸出しようとするであろう。

  また、労働者の高齢化も進行する。人件費の高騰ばかりでなく、技術革新、人材の流動性、企業家精神など、ニューエコノミーに不可欠な要因が損なわれる可能性がある。経済成長とは、要するに、(労働力増加)×(生産性向上)であるので、労働力減少のペースを上回る生産性向上がなければ、やがて経済は、ゼロ成長か縮小へ向かうだろう。

需要面への影響も忘れてはならない。経済(社会)インフラから消費者市場に至るまで、あらゆる需要が縮小に向かい、企業は、新たな需要の創出と、より積極的な海外市場の開拓に迫られるだろう。

  第三に、金融への課題がある。個人貯蓄のライフサイクルは、消費や借入の盛んな若年期、借金返済や貯蓄の盛んな中高年期、そして、貯蓄を取り崩して生活する退職期の三つに分けられる。ベビー・ブーマーの一斉退職は、これまで最も貯蓄が盛んであった巨大な年齢層が、これを取り崩す側に回ることを意味する。経済学者の中には、これによる世界的な資本の欠乏や市場暴落の可能性を指摘する者もいる。さらに、このような民間貯蓄の減少と、政府の財政バランスの悪化が相まって、国際的資本移動の様相は大きく変わるであろう。日本やドイツが債務国となり、中国やそれに続く新興経済諸国が債権国となるような、逆転現象が生じる可能性は十分にある。

  第四に、エイジングによる地政学的課題がある。20世紀の世界は、イデオロギーや経済格差によって分断されたが、21世紀は、「高齢化の格差」、すなわち、高齢化のタイミングやマグニチュードの差によって、国や地域間に新たな摩擦や協力関係が生まれるかもしれない。アフリカや中東諸国が、「若者層の膨張」を社会や政治の不安定要素として抱える紛争の火薬庫となる一方で、アジアやラテン・アメリカ諸国から、「人口学的ボーナス」を高度経済成長に転化することで、将来のグローバル・リーダシップを担う国が出現するかもしれない。先進国では、経済が停滞し、軍事面では人手不足と緊縮予算に窮するだろう。また、選挙民の高齢化が、政治的決断に与える影響によって、より平和的解決が好まれるようになるかもしれない。要するに、将来の先進国が、有事の際に、財政的・軍事的国際公共財を提供するキャパシティを有するか、仮にそうだとして、それを提供する意思を有するかという、二つの問題が存在するわけである。

  最後に、「エイジングの第二波」による人道的課題がある。中国など、やがて高齢化が加速し始める「後進高齢化諸国」では、社会保障制度の不備のため、高齢化が財政問題に直結せず、むしろ、高齢者の深刻な貧困が問題となるであろう。このような国では、加速を始めてからの高齢化のスピードが速過ぎて、ある程度の経済発展を遂げて、個人や経済全体が、高齢化を耐えしのぐ富を蓄積する前に、「第二波」を受けてしまう可能性がある。
 

後編

 先月号(前編)では、世界的高齢化(エイジング)が、財政、経済、金融、地政学、人道面に与える影響と課題について述べた。引き続き本稿では、これらの対策について検討する。ここで強調したいのは、第一に、エイジングの対策に特効薬はないため、おのずと多面的アプローチによる最適政策パッケージが求められるということ。第二に、抜本的な対策には、エイジングのグローバルな本質が考慮されるべきであるということ。第三に、こうしたパッケージは、日本の長期的国際戦略と整合性を持って作成されるべきであるということである。

4. 高齢化対策の再考
 

  前編でも述べたように、エイジングの最も直接的影響は、高齢者社会保障給付(特に年金)の増加によって生じる財政悪化である。これに対処するには、現行の賦課方式制度を縮小する一方で、積立方式による補完制度を強化することが必要となる。積立方式導入のメリットは、年金制度を、人口学的リスクから切り離すことができる上、将来の退職者に対して、現行制度をそのまま維持した場合より、高いリターンと給付水準を可能にすることである。近年の市場動向や世界各国の同方式導入の経験をみると、積立方式にも、積立金管理・運用コストや市場変動リスクが伴うのは確かだが、長期的にみれば、明らかな利点を持っている。オーストラリア、ドイツ、イギリスを始めとして、世界各国が次々に同方式導入に踏み切っているのは、まさにこのためである。
 

  第二の直接的影響である労働力減少と経済成長への課題に対しては、女性、高齢者、移民、ニートなどの積極的な活用によって、就業者人口の減少に歯止めを掛けることである。女性の就業促進に関しては次の段で述べるとして、ここでは、日本の政策議論の場で依然タブーとされている、移民受け入れについて要点を述べる。


  筆者の経験から言わせていただくと、日本関係者からよく受ける質問のうち年金問題に続いて多いのが、「移民受け入れは、高齢化による労働力減少の解決策になり得るのか」である。日本の労働力人口は、2050年までに、少なくとも現在の3分の1は減少すると予想されるため、国内で女性や高齢者を最大限に活用したとしても、この減少分を相殺するには程遠く、移民が果たす役割に期待が寄せられるのは、ごく当然と言える。しかし、移民受け入れの経済的利益と犯罪増加などの「社会的コスト」のバランスが、最大の懸念事項であろう。これを決定付ける重要な要因は、OECD(経済協力開発機構)チーフ・エコノミストのジャンフィリップ・コティス氏の言葉を借りれば、「受け入れ国が、事前にどれだけきちんと宿題をやったか」である。つまり、移民労働者が国内経済で期待されるだけの貢献を果たすために、日本が、労働者の権利や社会統合など経済社会環境の整備をどれ程しっかりやったかによって、受け入れの利益は、正とも負とも出る可能性がある、ということである。


  この点について言えば、つい先日移民二世にまで及ぶ根強い経済社会的差別が大規模暴動にまで発展したフランスは、準備を怠った「ツケ」を払わされたと言っていいだろう。日本のなすべき宿題の例として佐藤晶氏(『政策空間』2004年17号・20号)は、フィリピンやタイとのFTA交渉で争点となった看護士受け入れの問題で、日本の「労働市場の歪み」の是正と「日本市場の魅力作り」の必要性を指摘しており、筆者も、これに全く同感である。
 

  第三に、少子化対策がある。最初に断っておくと、仮に政策的劇薬によって短期で出生率を引き上げることができたとしても、まもなく退職する団塊世代とこの人工的「第三次ベビーブーム世代」に挟まれた現役世代に養育費の二重負担を与えることになり、財政や経済状況は、むしろ悪化するものと考えられる。従って、出生率を人口置換水準(2.1)で安定させるのが理想的とは言っても、実際には、30〜40年以上の長期プロジェクトになるであろう。
 

  これを踏まえて、現行の税控除、教育費補助、託児所整備、産休制度の充実は継続すべきとしても、効果をより発揮するには、もっと大きな発想転換が必要である。例えば、子供をつくる予定のない夫婦も含めて満遍なく対策を講じるのではなく、既に第一子を育てている夫婦の、第二子・第三子の出産・養育補助にリソースを集中すべきである。また、少子化対策の要点は、女性の仕事と家庭のバランスだと思われがちであるが、日本の場合むしろ、男性を家庭生活にシフトさせる政策的工夫と職場環境作りが必要である。特に後者を可能にするには、こうした男女の働き方の再考が、企業への負担になるとの考え方から脱却が必要である。このために、日本企業がモノ作りで効率と質を追求したように、他のセクターでも意思決定の迅速化や業務の効率化を徹底的に図り、職場での不必要な長時間拘束とストレスを取り除くことによって、魅力ある職場作りと競争力ある企業を同時に実現すべきである。

 
  
最後に、エイジングは既に世界的な課題であり、国際的取り組みの必要性が認識されなければならない。先進国と途上国の「高齢化の格差」は、世界の平和と安定に新たな課題を提示する一方で、国や地域間に新たな協力関係を構築する歴史的な機会を与えている。すなわち、人口が若くダイナミックな新興経済諸国の豊富な労働力、拡大する市場、投資機会と、高齢先進諸国の雇用機会、資本、科学技術をより緊密に結ぶ可能性があるということである。


  このようなグローバル化した経済における双方両得関係の提唱は、決して目新しいものではないが、その重要性が一層増し、戦略的マッチングが求められるのには、人口学的な理由がある。第一に、先進高齢諸国に、ベビー・ブーマーの退職を目前にして、そのショックを緩和したい思惑があること。第二に、これと時期を等しくして、新興経済諸国の多くは、「人口学的ボーナス」の時代を迎えており、史上最大の労働力と、人口学的にみて経済発展の機会に恵まれていること。第三に、このボーナス期を過ぎた2030〜2040年代にかけて、こうした新興経済諸国でも、「エイジングの第二波」を受けると予想されることである。前者にとっては目前の危機の回避、後者にとっては、後にやって来る危機に耐え凌ぐために、ボーナス期を最大限に活用して、何がなんでもある程度の経済水準に達しておく必要があるのだ。
このような中、アジアの高齢先進国である日本は、自国内での団塊世代の退職のショックの緩和はもとより、中長期的にこの地域での影響力を維持し続けるために、エイジングが提供する機会を逃すわけにはいかない。「高齢化の格差」を利用した双方両得の関係は、アジア諸国と日本の間で大きなポテンシャルを持つ。


  中でも最も重要となる日本と中国、韓国とのバイ、マルチの関係において、歴史教科書や靖国神社参拝などの問題で関係進展に行き詰まりが見られるだけに、エイジング問題の危機感と新鮮さによって、対策と協力関係構築のためのダイアローグをスタートさせるべきである。こうした新しい分野で協力実績と信頼を作り、その上で、改めて長年の因縁の問題に再訪問するのが、アプローチとしてよいのではなかろうか。

5.おわりに

  本稿は、エイジングを懸念して日本の将来を悲観しているのでは、決してない。「悲観主義は気分、楽観主義は意志による」とは、フランスの哲学者アランの言葉であるが、日本がアジアの周辺諸国と、より緊密な関係を築きながら「高齢化経済」と「高齢化外交」で成功を収めることができれば、日本は、ユニークな影響力を、国際コミュニティの中で維持し続けるであろう。
 


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