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PRANJ(政策海外ネットワーク)リポート
ワシントン発 月刊論座2002年9月号掲載

「米議会を動かす議員スタッフ」

池原麻里子 ジャーナリスト

雑用に忙殺される日本の議員秘書と違い、
アメリカの議員スタッフは政策立案の主役だ。
この違いはどこから生じているのか。

 日本では、政策秘書給与流用問題で衆議院議員の辻元清美が辞任したことで、政策秘書の存在が注目された。一九九四年一月に新設された政策秘書になるには資格試験に合格するか、選考採用審査で認定される必要があるが、現実的には、公設秘書や私設秘書の経験者が選考採用で政策秘書の肩書を持つようになるケースが多い。現在、実際に政策立案の方面で活躍している政策秘書は、全体で五十人前後にすぎないと言われている。

 これに比べ、米連邦議会では、日本の秘書にあたる議員スタッフなしには政策立案は機能しない。議院内閣制の日本と大統領制のアメリカという違いがあるとはいえ、この大きな差はどこから出てくるのだろうか。アメリカの議員スタッフの現状を紹介しつつ、日米の議会政治のあり方を比較してみたい。

質・量ともに充実したスタッフ
 現在、米連邦議会には、上院議員百人、下院議員四百三十五人に対して一万一千人以上のスタッフがいる。上院議員はひとり平均三十四人、下院議員は平均十四人のスタッフを抱えている。下院議員は雇用できるスタッフの上限がフルタイム十八人、パート四人までと定められているが、上院議員は予算内であれば、有能なベテランを高給で少人数雇おうと、若手を安めの給料で多く雇おうと自由だ。

 議員スタッフはいくつかの職種に分かれている。まず首席補佐官は、議員の片腕となって事務所全体を監督する。立法ディレクターは立法アシスタントを監督し、立法活動全体について議員とやりとりする。立法アシスタントは、国防や外交問題、ヘルスケアなど特定の専門分野を担当し、専門家、圧力団体やロビイストなどと会い、立法活動を担当する。ほかにも、地元民の問い合わせに応対する立法コレポン担当者、議員の本会議、委員会、地元民との会合などのスケジュールを作成するスケジュール担当者、プレスリリースを用意し、メディアと地元民に議員のポジションを伝えたり、売り込んだりする報道官などがいる。

 スタッフの平均勤続年数は上院が五・四年、下院が三・七年と上院のほうが長く、平均年齢は上院が三三・八歳、下院が三四・七歳である。上院スタッフの二〇%、下院スタッフの一六%が修士号か博士号の持ち主だ。

 議員スタッフ以外にも、議会のさまざまな委員会に政策専門のスタッフが計二千五百人ほどおり、重要な役割を果たしている。委員会スタッフは共和党スタッフと民主党スタッフに分かれており、多数党(現在、上院は民主党、下院は共和党)のほうが予算が多い分スタッフも多く、委員長はこのスタッフを自由に活用できる。

議員スタッフの仕事と報酬
 では、ワシントンの議員スタッフたちは、どれくらいの報酬をもらっているのだろうか。院別、職種別に平均給与を一覧表にしてみた(表)。職種によってかなり差があるが、上院議員の首席補佐官になると、平均給与は十一万六千ドルに達する。ちなみに二〇〇二年の議員給与は両院とも十五万ドルである。

 両院とも、議員事務所の運営予算のうち人件費に充てる割合や、ワシントンと地元の事務所にスタッフをどう配置するかは各議員の自由だ。議員事務所がスタッフを上院や下院の総務に登録すると、運営予算からスタッフの給与が天引きされ、財務省の小切手でスタッフ本人に支払われる。
 議員がスタッフに自分への献金を求めることは禁じられている。また、スタッフにプライベートな仕事を命じることも禁止されている。今年の四月に、ジェームズ・トラフィカント下院議員(民主党・オハイオ州選出)が、スタッフに飼っている馬の世話やボートの管理を命じたり、給与から毎月二千五百ドルを上納させていたことで有罪判決を受けたが、これはきわめて稀なケースである。

 議員スタッフ自身が権力を乱用するケースも稀だ。有名なのは、リンドン・ジョンソン元大統領が上院院内総務を務めていたころの補佐官ロバート・ベーカーが、賄賂を受け取ったり、高級売春ネットワークを運営していた事件である。その後、議会が倫理規則を強化したため、スタッフの汚職問題はほとんど耳にしない。

 議員スタッフがおごられてもよい食事や、受け取ってもよいプレゼントは、議員同様、一件五十ドル以下。しかも同じ相手からは年百ドル以下と規定されている。外国政府や諸団体からの招待旅行に参加する場合は、事前に倫理委員会に相談することになっている。

 また、連邦予算で雇われているスタッフが選挙活動にかかわることは禁止されている。やむをえず事務所で献金を受理した場合は、一週間以内に選挙担当者に渡すことが義務づけられている。選挙時期になって、スタッフが選挙の応援をする場合には、休暇をとらねばならない。

 議員が家族や親族を有給で雇用することも禁じられている。家族が無給で議員事務所で働いていた例としては、トーマス・フォーリー元下院議長(前駐日アメリカ大使)のヘザー夫人が首席補佐官を務めていた例が有名である。一方、議員が有給のスタッフと結婚した場合は、そのスタッフは辞任するのが通例だ。

スタッフたちの転身先
 では、議員スタッフたちはどうやってスタッフになり、その後どんなキャリアをたどるのだろうか。
 まず、もともと政治家をめざしていた人が、議員スタッフを務めた後に自ら政治家になるケースがある。たとえば、スーザン・コリンズ上院議員(共和党・メーン州選出)は、ウィリアム・コーエン元上院議員のスタッフを十二年務めた経験の持ち主だ。また議員スタッフを経て行政府入りしたり、仕えていた議員と一緒にロビイストになることも多い。博士号をもっていれば学者になったり、シンクタンクの研究者になる場合もある。

 ジャーナリストに転身するケースもある。有名な例はジョージ・ステファノプロスだ。もともとリチャード・ゲッパート下院議員(民主党・ミズーリ州選出)のスタッフだったが、九二年の大統領選挙でクリントンの選挙本部副本部長を務め、ホワイトハウス報道官になった。その後ABCニュースのジャーナリストになり、「ディス・ウイーク」という日曜政治番組の司会を務めている。また、ニュート・ギングリッチ前下院議長の首席補佐官を務めたトニー・ブランクリーはコラムニストになり、テレビで政治評論をしたり、講演活動や政治コンサルタントとして稼いでいる。

 ここで、実際に議員スタッフを経験し、その後別の道に転身したケースを三つほど紹介しよう。アメリカの議員スタッフがどんなキャリアを歩むのかがおわかりいただけるだろう。

【議員スタッフ→シンクタンク】
 スティーブ・クレモンスは、シンクタンクの研究員から議員スタッフになり、その後またシンクタンクに戻ったケースだ。共和党系のシンクタンク、ニクソン・センターに在籍中に、ジェフ・ビンガマン上院議員(民主党・ニューメキシコ州選出)からリクルートされて、九五年から九七年のあいだスタッフを務めた。

「上院には六十人ぐらいの『スーパースタッフ』がいる。彼らが議員を代表して議会を動かしており、彼らと話をすれば物事が動く。自分もそのスーパースタッフの一人になろうと思った。実際になれたと思う」。ニクソン・センターを通じて共和党の議員やスタッフとのパイプがあったため、共和党が支配していた上院で民主党議員のスタッフになっても、スムーズに仕事ができ、影響力を発揮できた。「あまり目立たなかったビンガマン議員の存在感を高めることに成功したが、自分が去ってからは元どおりの目立たない存在に戻ってしまった。議員はスタッフしだいなんだ」。

 大学で日本政治を学んでいたクレモンスは、八五年に日本を訪れ、三カ月ほど毎日、国会に顔を出した。そのうち自民党幹部の知遇を得て、いっしょに料亭に行ったり、政治家の地元で冠婚葬祭に同行するなどして、日本政治の裏表を熟知するようになる。だが日本の政治については、「日本には質のよい政策スタッフがいない。一人だけの政策秘書という高い給与のポジションに、家族を雇ったりして給与を搾取しているのは犯罪行為だ。イギリスやフランスのように政党がしっかりしている議院内閣制でも、活発に議員独自の政策提案がなされているのに、日本では独自の政策提案がほとんどない」と批判的だ。

 現在、クレモンスは中道のシンクタンク「ニュー・アメリカ・ファウンデーション」のエクゼクティブ・ディレクターとしてさまざまな政策をプロモートしているが、ここでもスタッフ時代に培った議会との太いコネを活用している。

【議員スタッフ→政府職員】
 同じく研究者出身だが、議員スタッフを経て行政府の職員となったのがナオタカ・マツカタ(松方正義の曽孫)だ。ハーバード大学で日本現代史の博士号を取得したマツカタは、もともと議会にはあまり興味がなかったが、ジョンズ・ホプキンズ大学大学院で教鞭をとっている時、たまたま故郷のコネティカット州選出のジョセフ・リーバーマン上院議員(民主党)がスタッフを探していることを知り、四年間スタッフを務めた。

 最初は国際通商、予算、マクロ経済問題などを担当し、やがて社会福祉や環境問題などあらゆる政策についてアドバイスするようになる。法案やスピーチを書いたり、利益団体などの関係者と会ったりと忙しい毎日だったが、週一回はジョンズ・ホプキンズ大学大学院での授業を続けた。日本関係では、九八年に日本の経済回復を求める上院決議案を起草し、可決させた。
 二〇〇〇年の大統領選で、リーバーマンが民主党の副大統領候補になったために、選挙本部に移籍して四カ月間、選挙参謀となった。「全米一の選挙専門家たちの手腕を目の当たりにできたのはとてもよい体験になった」とマツカタは言う。その後、以前から知り合いだったロバート・ゼーリックが米通商代表部(USTR)代表に就任した際、上級政策顧問になるように要請され、大統領選挙では民主党陣営で活動していたにもかかわらず、共和党政権の通商代表部に勤務するという異色の存在となった。

「行政府で仕事をするにあたっては、議会での体験がとても役立っている。議員スタッフは年齢と経験のわりに大変な権力を行使できる。特に上院では、政権が推進している法案を一人の議員スタッフが阻止することも可能なので、行政府の人間は議員スタッフから問い合わせや要請があった場合には迅速に対応しなければならない。

 アメリカの議員スタッフも日本の議員秘書も、ボスを守るという点では共通している。だが、日本の秘書は政策づくりなどの普遍性のある仕事をあまりしていないから、その技能を別の仕事に応用できない。その点、アメリカの議員スタッフは、自分の仕事を次のキャリアの踏み台ととらえている。そこが最大の違いだ」とマツカタは語っている。

【議員スタッフ→ロビイスト】
 東アジア問題専門の議員スタッフとして活躍したあと、ロビイストに転身したのがダニエル・ボブだ。ハーバード大学で公共政策の修士を取得し、NYのジャパン・ソサエティーなどに勤務した後、九一年から二〇〇〇年までウィリアム・ロス上院議員(共和党・デラウェア州選出)のアジア・太平洋担当のスタッフを務めた。ロス議員自身がGHQで日本に駐在した経験があり、日本に対する関心をもち続けたために、ボブはアジア・太平洋専任のスタッフという珍しい存在になった。
 その間、九三年には、日本を国連常任理事国にするために憲法九条の見直しを求める上院決議案を起草した。また九五年には、連邦政府職員が日本語を一年学び、日本政府で一年研修し、帰国後、日本分野に二年勤務する「マンスフィールド・フェローシップ・プログラム」を提案した。このプログラムには二〇〇一年までに二十一人の政府職員が参加しており、重要なプログラムとなっている。有名なアーミテージ・リポートの作成にも参加している。

 ロス議員落選後、ボブはロスとともに法律事務所でロビー活動に携わっている。日本の政治事情にも詳しいボブは、「日本の国会議員の政策活動は最低限のもので、スタッフもいない。政策秘書も含めて、政治活動に追われている。アメリカでは議会と行政府は同等の立場にあり、議員スタッフが法律の草案を練ったり、行政府と交渉したりといった重要な仕事をしている。議員はスタッフに依存している状態だ」と語る。

「知的インフラ」の整備こそ必要
 アメリカの議員が有意義な活動をできるか否かは、まさにスタッフしだいといえる。とはいえ、ワシントンにおける政策形成には、議員スタッフだけでなく、シンクタンクをはじめ、さまざまな利益団体、NPO、数多くのロビイストも大きく関与している。また、紹介した三人の例を見てもわかるように、議員スタッフと、シンクタンクやNPO、ロビイストとの人的交流も盛んだ。つまり、政策形成のためのしっかりした知的インフラが存在するのだ。その結果、政策形成が時間のかかる効率の悪いプロセスになっている面もあるが、その過程で政策は徹底的に議論され、吟味される。

 日本では政策秘書制度を見直すべきだという声が高まっている。ほかの公設秘書と違って専門性を求めて雇用しているのだから、しかるべき給与を事務所を経由せず直接本人に支払い、秘書からの献金、秘書の選挙運動や接待は禁止すべきだし、親族の採用も禁止すべきだろう。
 しかし、議員が議員立法をはじめもっと活発な政策立案を行うためには、まず政策形成のための知的インフラの整備こそが必要ではないか。政策秘書問題はその一部にすぎない。


::平均給与(ドル):平均年齢:平均現職勤続年数:平均議会勤続年数
上院(1999年):
首席補佐官:116,000:44:5.8:11.1
立法ディレクター:91,000:38:3.0:11.0
立法アシスタント:48,000:32:2.2:4.4
立法コレポン担当者:36,000:35:1.0:1.6
スケジュール担当者:44,000:32:3.0:6.1
報道官:65,000:34:2.2:4.9

下院(2000年):
首席補佐官:97,000:40:4.5:10.0
立法ディレクター:61,000:33:2.6:7.8
立法アシスタント:33,000:28:1.5:2.7
立法コレポン担当者:26,000:25:1.1:1.8
スケジュール担当者:41,000:34:3.5:6.1
報道官:45,000:31:2.2:3.8
(Congressional Management Foundation調査)

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