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*この記事は朝日新聞社の了解を得て転載しています。無断で転載、送信するなど朝日新聞社及びPRANJの権利を侵害する一切の行為を禁止します。 PRANJ(政策海外ネットワーク)リポート これに比べ、米連邦議会では、日本の秘書にあたる議員スタッフなしには政策立案は機能しない。議院内閣制の日本と大統領制のアメリカという違いがあるとはいえ、この大きな差はどこから出てくるのだろうか。アメリカの議員スタッフの現状を紹介しつつ、日米の議会政治のあり方を比較してみたい。
質・量ともに充実したスタッフ 議員スタッフはいくつかの職種に分かれている。まず首席補佐官は、議員の片腕となって事務所全体を監督する。立法ディレクターは立法アシスタントを監督し、立法活動全体について議員とやりとりする。立法アシスタントは、国防や外交問題、ヘルスケアなど特定の専門分野を担当し、専門家、圧力団体やロビイストなどと会い、立法活動を担当する。ほかにも、地元民の問い合わせに応対する立法コレポン担当者、議員の本会議、委員会、地元民との会合などのスケジュールを作成するスケジュール担当者、プレスリリースを用意し、メディアと地元民に議員のポジションを伝えたり、売り込んだりする報道官などがいる。 スタッフの平均勤続年数は上院が五・四年、下院が三・七年と上院のほうが長く、平均年齢は上院が三三・八歳、下院が三四・七歳である。上院スタッフの二〇%、下院スタッフの一六%が修士号か博士号の持ち主だ。 議員スタッフ以外にも、議会のさまざまな委員会に政策専門のスタッフが計二千五百人ほどおり、重要な役割を果たしている。委員会スタッフは共和党スタッフと民主党スタッフに分かれており、多数党(現在、上院は民主党、下院は共和党)のほうが予算が多い分スタッフも多く、委員長はこのスタッフを自由に活用できる。
議員スタッフの仕事と報酬
両院とも、議員事務所の運営予算のうち人件費に充てる割合や、ワシントンと地元の事務所にスタッフをどう配置するかは各議員の自由だ。議員事務所がスタッフを上院や下院の総務に登録すると、運営予算からスタッフの給与が天引きされ、財務省の小切手でスタッフ本人に支払われる。 議員スタッフ自身が権力を乱用するケースも稀だ。有名なのは、リンドン・ジョンソン元大統領が上院院内総務を務めていたころの補佐官ロバート・ベーカーが、賄賂を受け取ったり、高級売春ネットワークを運営していた事件である。その後、議会が倫理規則を強化したため、スタッフの汚職問題はほとんど耳にしない。 議員スタッフがおごられてもよい食事や、受け取ってもよいプレゼントは、議員同様、一件五十ドル以下。しかも同じ相手からは年百ドル以下と規定されている。外国政府や諸団体からの招待旅行に参加する場合は、事前に倫理委員会に相談することになっている。 また、連邦予算で雇われているスタッフが選挙活動にかかわることは禁止されている。やむをえず事務所で献金を受理した場合は、一週間以内に選挙担当者に渡すことが義務づけられている。選挙時期になって、スタッフが選挙の応援をする場合には、休暇をとらねばならない。 議員が家族や親族を有給で雇用することも禁じられている。家族が無給で議員事務所で働いていた例としては、トーマス・フォーリー元下院議長(前駐日アメリカ大使)のヘザー夫人が首席補佐官を務めていた例が有名である。一方、議員が有給のスタッフと結婚した場合は、そのスタッフは辞任するのが通例だ。
スタッフたちの転身先 ジャーナリストに転身するケースもある。有名な例はジョージ・ステファノプロスだ。もともとリチャード・ゲッパート下院議員(民主党・ミズーリ州選出)のスタッフだったが、九二年の大統領選挙でクリントンの選挙本部副本部長を務め、ホワイトハウス報道官になった。その後ABCニュースのジャーナリストになり、「ディス・ウイーク」という日曜政治番組の司会を務めている。また、ニュート・ギングリッチ前下院議長の首席補佐官を務めたトニー・ブランクリーはコラムニストになり、テレビで政治評論をしたり、講演活動や政治コンサルタントとして稼いでいる。
ここで、実際に議員スタッフを経験し、その後別の道に転身したケースを三つほど紹介しよう。アメリカの議員スタッフがどんなキャリアを歩むのかがおわかりいただけるだろう。 「上院には六十人ぐらいの『スーパースタッフ』がいる。彼らが議員を代表して議会を動かしており、彼らと話をすれば物事が動く。自分もそのスーパースタッフの一人になろうと思った。実際になれたと思う」。ニクソン・センターを通じて共和党の議員やスタッフとのパイプがあったため、共和党が支配していた上院で民主党議員のスタッフになっても、スムーズに仕事ができ、影響力を発揮できた。「あまり目立たなかったビンガマン議員の存在感を高めることに成功したが、自分が去ってからは元どおりの目立たない存在に戻ってしまった。議員はスタッフしだいなんだ」。 大学で日本政治を学んでいたクレモンスは、八五年に日本を訪れ、三カ月ほど毎日、国会に顔を出した。そのうち自民党幹部の知遇を得て、いっしょに料亭に行ったり、政治家の地元で冠婚葬祭に同行するなどして、日本政治の裏表を熟知するようになる。だが日本の政治については、「日本には質のよい政策スタッフがいない。一人だけの政策秘書という高い給与のポジションに、家族を雇ったりして給与を搾取しているのは犯罪行為だ。イギリスやフランスのように政党がしっかりしている議院内閣制でも、活発に議員独自の政策提案がなされているのに、日本では独自の政策提案がほとんどない」と批判的だ。
現在、クレモンスは中道のシンクタンク「ニュー・アメリカ・ファウンデーション」のエクゼクティブ・ディレクターとしてさまざまな政策をプロモートしているが、ここでもスタッフ時代に培った議会との太いコネを活用している。
最初は国際通商、予算、マクロ経済問題などを担当し、やがて社会福祉や環境問題などあらゆる政策についてアドバイスするようになる。法案やスピーチを書いたり、利益団体などの関係者と会ったりと忙しい毎日だったが、週一回はジョンズ・ホプキンズ大学大学院での授業を続けた。日本関係では、九八年に日本の経済回復を求める上院決議案を起草し、可決させた。 「行政府で仕事をするにあたっては、議会での体験がとても役立っている。議員スタッフは年齢と経験のわりに大変な権力を行使できる。特に上院では、政権が推進している法案を一人の議員スタッフが阻止することも可能なので、行政府の人間は議員スタッフから問い合わせや要請があった場合には迅速に対応しなければならない。
アメリカの議員スタッフも日本の議員秘書も、ボスを守るという点では共通している。だが、日本の秘書は政策づくりなどの普遍性のある仕事をあまりしていないから、その技能を別の仕事に応用できない。その点、アメリカの議員スタッフは、自分の仕事を次のキャリアの踏み台ととらえている。そこが最大の違いだ」とマツカタは語っている。 ロス議員落選後、ボブはロスとともに法律事務所でロビー活動に携わっている。日本の政治事情にも詳しいボブは、「日本の国会議員の政策活動は最低限のもので、スタッフもいない。政策秘書も含めて、政治活動に追われている。アメリカでは議会と行政府は同等の立場にあり、議員スタッフが法律の草案を練ったり、行政府と交渉したりといった重要な仕事をしている。議員はスタッフに依存している状態だ」と語る。
「知的インフラ」の整備こそ必要
日本では政策秘書制度を見直すべきだという声が高まっている。ほかの公設秘書と違って専門性を求めて雇用しているのだから、しかるべき給与を事務所を経由せず直接本人に支払い、秘書からの献金、秘書の選挙運動や接待は禁止すべきだし、親族の採用も禁止すべきだろう。
下院(2000年): |