私はこうしてアメリカの政界に飛び込んだ
(
ワシントン日本商工会会報 2001年2月号)

元・ヒラリー・クリントン選挙陣営 渡辺将人

 ヒラリー・クリントン前大統領夫人が上院議員に就任して数ヶ月が過ぎましたが、昨年のニューヨーク州での選挙戦では日本人の若い方がスタッフとして活躍されたのはあまり知られていないようです。ヒラリー陣営にいた渡辺将人さん(26)に、日本人としてどうやってアメリカの政界に潜り込んだのか、その辺の経緯を語って頂きました。

 元々、アメリカ議会のジャン・シャコースキー下院議員事務所(イリノイ州9区)で国務省などの国際関係担当、報道官補佐を兼務していました。クリントン政権や省庁の担当者から法案化の陳情を受けて、それを政策提言にまとめて議員に提出する仕事です。ヒラリー陣営には、議員の個人的な推薦で電話一本で送り出されました。ヒラリー陣営は大統領選ゴア陣営ニューヨーク支部との合同事務所で、フルタイムのスタッフだけで130人以上の大組織でしたから、スタッフもニューヨーク州外からの寄せ集めでした。ホワイトハウスからヒラリーの側近を引き抜いたり、民主党系のヒラリーが信用している議員の元スタッフなどを集めたりです。私は、民主党のユダヤ系女性議員の事務所にいた人間ということで、面接なしのフリーパスでした。

よく聞かれるのですが私はいわゆる帰国子女ではありません。英語は日本で勉強しました。映画が好きだったのでよく観ました。日本では学在学中に学術誌の編集などを手伝っていました。卒業後渡米しウィスコンシン州のローカルラジオ局で取材補佐をやっていた時にアナウンサー代役でいきなりニュースを読まされたんですが、これはさすがに焦りました。田舎町だったので苦情はありませんでしたが、私の英語が公共の電波に何度も流れてしまって。これ以上のオンザジョブトレーニングはありませんから、妙な自信はつきました。その後シカゴ大学院に進んだのですが、99年に国際関係論修士号の単位を取得してからワシントンに進出しました。アメリカ人の仲間内でもワシントンの政府組織やシンクタンクは人気でした。「マサはどうするんだ」って言うので、「ホワイトハウスで働きたいんだけど」なんて平気な顔で答えたら、「あのなあ、モニカの真似事がしたいならいいけど、ホワイトハウスは勧めないぜ。どうせ小間使いだよ。それに、省庁と大統領府は外国人は無理だよ」と。がっかりしていた時、アメリカ議会で上級インターンをしていたというアメリカ人女性とキャンパスで知合いました。無知な私は、インターンは学生アルバイトに毛の生えたものだと思っていたので、「アルバイトじゃなくて正規の仕事を探している」って言ったら、議会インターン(フェロー)は色々とからくりがあってその限りでないと詳しく教えてくれました。何をやっていたかを聞いて驚きました。法案を書いていたというのです。しかも、外国人もいるというではないですか。それで迷わず議会を目指しました。

外国人である日本人がアメリカ議会に採用される構造は、国連などの国際機関に日本人が入るそれと酷似しています。周知の様に、国際機関に入る場合、外務省など政府の後押しで日本が既に持っているポストに押し込んでもらう落下傘的方法と、競争試験を受けたり外国経由の個人的コネで海外から単独でゲリラ的に割り込む方法に二分されますが、アメリカ議会の場合も同じです。日本の議員など国内の有力者の後押しで、交流のあるアメリカの議員事務所に入れてもらう日本経由方式と、アメリカから単独で入り込む現地方式に分かれます。後者の現地叩き上げの方法の場合、「人物保証」が弱いだけに実力の証明が厳しく求められます。近年米議会の日本軽視傾向は強まり、日米議員交流も以前に比べると下火。日本に何の政治関係のコネもない私は現地叩き上げ方式(シカゴ・コネクション)しかありませんでした。

アメリカ議会のインターンスタッフは、アメリカの一般企業、政府組織、国連などの国際機関のインターンと比べると、職務の幅の広さにおいて際立って特異です。永久スタッフの補佐官以上に高度な仕事を任される準補佐官待遇のインターン(フェローともいいます)から、本当にコピー取りのような雑用しかしない学生インターンまで存在します。一概に議会インターンといっても一体その人が何をしているのかまでは、名刺を見ただけでは理解不能です。議会インターンの採用は議会内の人事部のような部署が行うわけではなく、他のスタッフ同様、採用は各議員の個人裁量に任されており、上下両議員事務所、委員会の数だけインターンの使い方、処遇が存在します。私はいったんインターンとして潜りこんで、後に高度な仕事を得るという筋書きを狙いました。

 

@「義理」によるやむを得ず型

議員の個人的知り合い、有力後援者などが子弟を「議会体験」の目的で押し込んでくるのを受け入れます。あるいは、選挙区へのサービス活動の一環として、地元の高校、大学の学生を定期的に受け入れます。この社会科見学の延長のような、高校、大学生の議会体験は、アメリカでは政治学や社会のクラスの単位として認められることが多く、生徒にも大人気です。議員も選挙区の教育振興のためとあらば、引き受けざるを得ないので、「学校の単位のために必要なんです」は、議会体験を希望する高校生、大学生の応募での殺し文句です。当然ながら、義理で引き受けたこの手の学生が実務面で使い物になるはずはありません。必然的に彼等の役割は、コピー取り、電話番、手紙の封を開けたりといった「使い走り」になります。周囲への「義理」も多いであろう大物議員ほど、こういった使い走り系のインターンを定期的に大量に採用しており、人口の多い州の上院議員ともなれば、十数人抱えていることもあります。

 

A高学歴の人間を特定の分野の専門調査スタッフとして雇う知的用心棒型

日本の在外公館にいる外務省の専門調査員に少し似ています。周知の様に、専門調査員というのは、忙しくてまとまった現地調査ができない外交官の代わりに、現地国に留学している日本人大学院生や研究者など外部の人間に調査スタッフとしての地位と金銭的報酬を与えて専門的研究を行ってもらう制度です。アメリカ議会の場合も、人手不足が深刻で、下院議員の事務所では常任スタッフの人数制限があり慢性的に政策スタッフが足りません。スタッフ数の豊富な上院はともかく、下院では少ない補佐官で各分野をカバーするとなると、どうしても専門の兼務が増えます。そうなると、奥まで手が回らない分野が必ず出てくる。そこを補完するのが調査補佐の議会インターン・フェローなのです。したがって、この手のパターンの採用は、立法補佐官不足で困りがちの下院に集中しています。このパターンの採用の場合、大学院修士課程以上が暗黙の了解であり、博士課程の者や特定の研究業績をあげている専門家も多いため、補佐官以上に特定の問題、法案に精通していることが珍しくなく、立法面でも影の立役者として活躍します。このタイプの人材を議会インターンとして採用するか、客員調査員Fellowという肩書きで採用するかは、各事務所の方針でバラバラです。客員調査員は常任の職種ではなく、採用しないという事務所が多く、私のいたシャコウスキー事務所でもフェローは一人も採用しない方針だったので、私が議会インターンのタイトルのままでその役割を兼務していました。

 

B外国人などの特殊なバックグラウンドを持つ者を採用する抜け道としての訳あり型

外国人がアメリカ議会で常任スタッフである補佐官になるのはかなり難しいです。それは英語や能力の問題ではなく、連邦政府職員という国家公務員の立場の特殊性ゆえです。機密の点でも、選挙区からの目という点でも、議員は外国人をストレートに雇いにくい状況にあります。しかし、議員は何らかの理由で外国人や特殊技能を持った人材を事務所に取り込みたい場合もあります。特定の国との関係を強化したい場合、海外の情報を外国語を使って収集したい場合、外国人スタッフも役に立つことがあります。「本当は補佐官として採用して使いたいが予算も限られている。しかし、インターンとして雇えば選挙区の納税者や行政府も文句を言うまい」という訳です。インターン職で雇った外国人を上手く活かしているアメリカの議員は意外と多いです。アジア系インターンの受け入れに熱心だった知日派ののウィリアム・ロス共和党上院議員(デラウェア州選出)もその一人でしたが、先の選挙を最後に引退されました。

 

このように、一口に議会インターンといっても様々な目的で採用されており、首から下げているIDカード(ブルー・常任スタッフ、オレンジ・インターン)の色の差は仕事の内容や実際の立場とまったく比例しません。週一日出勤のパートタイマーで電話番だけをし、議員に直接会ったこともない常任スタッフ(ブルーID)もいれば、議員代理として会議出席と法案の執筆まで任され、議員のブレーンを務めるインターン(オレンジID)もいます。元国会図書館専門調査員の中村泰男氏が『アメリカ議会論』(勁草社)で解説されているように、「両院協議会議事手続き改正決議案」「老齢者の需要に対応する決議案」などは議会インターンが作成した決議案として有名でありますし、私の元同僚でも、法案そのものを多数手掛けている議会インターンはかなりいました。どうしても名刺の肩書きですべてを判断しがちな日本人は、議会関係者の実際の仕事や重要度を判断する際に、留意すべき点かもしれません。私も自戒しています。

 この3つのパターン以外にも採用目的、採用後の処遇に各選挙区、各議員の利害が複雑に絡み、議会インターン・フェローの実態の共通項は掴みにくいのですが、大まかに言えば、この3つの分類のどれかに当てはまります。ちなみに私は外国人であることを主眼に採用されたわけではないので(日系人だと勘違いしている事務所が多かったです)、第2パターンでした。

「どうせなら、ちゃんと政策をやらせてくれる所に行くべきだ」という教授や同期の声援を受けて、私は国際関係の専門を活かした政策案件に携わるべく、アメリカの対日政策に関する論文を、共和、民主両党の10に及ぶ上下院議員事務所にゲリラ的に送りつけました。当然、最初めの数週間は採用お断りの手紙がどっと押し寄せ、かなり落ち込みました。

「ニューヨーク州民以外は採用しません(チャック・シューマー上院議員)」

「外国人は機密上採用しないようにと勧告されている(ジェシー・ヘルムズ上院議員)」

「今年は人が一杯で採用しません(ジェン・D・ロックフェラー上院議員)」

「お問い合わせ有難う。残念でした(マイク・マクナルティー下院議員)」

やっぱりコネなしの外国人は無理なのかと諦めかけていた頃、矢継ぎ早に朗報が入り合計5つの事務所に合格しましたが、待遇はまちまちでした。印象的だったのは、結局は辞退したピーター・フィツジェラルド上院議員(共和党・イリノイ州選出)事務所です。新人議員でスタッフが揃いきっておらず、海外関係のリサーチ要員が手薄だったことで、首席補佐官室が私に興味を持ち、シカゴのアパートまで電話をしてきました。面接に呼びつけられた私はワシントンに飛び、首席補佐官室付きの女性アシスタントに一時間以上にわたり採用試験としての尋問を受けました。どうもフィッツジェラルド事務所は私の「人物」ではなく、サンプルの論文から判断される「リサーチ能力」に興味を持ったようで、私が最後まで日本人であるという点は話題になりませんでした。

アンダーラインで真っ赤に読み込まれた私の論文を小脇に抱えて現れた担当官は、「アメリカの保守主義について」「効率的税制について」「シカゴ大学での研究テーマ」「アメリカの対アジア政策」「提出した論文の主旨」を矢継ぎ早に質問。私の答えは及第だったらしく、その場で「是非リサーチスタッフに加わっていただきたい」というリクルートを受けました。そこからが強引です。まだ返事もしていないのに、「早速、スタッフに紹介しなきゃ」と言って事務所内を連れまわし、事務所の補佐官全員に「新任だ」と勝手に紹介して断りにくくしてしまうのです。「シカゴ大学院のマサMasaよ。新しいチームの一員だから顔覚えておいて」と紹介して回るだけで、誰にも私が日本人であることを伝えてくれません。スタッフは誰も新入りの国籍など気に留めていないようで、この事務所で私は終始「シカゴ在住のアジア系アメリカ人」の扱いでした。

論文が気に入られたという、たったそれだけの理由で私は明らかに特別扱いを受けたのはたしかでした。先の分類でいけば、明確な第2パターンの採用ですが、フィッツジェラルド事務所ではその採用パターン別の差別があまりにもあからさまでした。事務所入り口付近の出っ張ったスペースに小学生が座るような木製の簡易机をあてがわれ、タイプライターで手紙の宛名をポチポチ打っている女子大生風の子がいました。私が「あの子は?」と尋ねると、担当官は「インターンの子よ。貴方にはああいう惨じめったらしい仕事はさせないわ。貴方専用のキュービクルとデスクトップパソコンを奥の部屋に用意するし。選挙区向けの議員の投票行動説明の手紙を書くのに慣れてもらったら、その後は議会図書館通いで外交関係の法案リサーチをしてもらうわ。楽をして議会在籍の肩書きだけが欲しいなら他あたってちょうだい。うちではそういう使い方はしないから」と乱暴に言い放ちました。徹底した実力主義に感心すると同時に、ある種の寒気を感じなかったといったら嘘になります。「使えない」と判断されたらすぐ捨てられるに違いないからです。

例外もありますが、一般的に民主党と共和党でインターンの使い方には差があるといいます。民主党のカール・レヴィン上院議員の地元事務所と共和党系シンクタンクの両方でインターンした経験のあるNさん(現・三菱重工)は、共和党は人種差別を身に感じても真の実力主義だと言います。ちょっとしたチャンスでも生かせばもっと大きなチャンスが巡ってくると。Nさんの熱心な売り込みを買って高度な仕事を与えてくれたのは、意外にも共和党系シンクタンクの方だったというのです。民主党は政策的にマイノリティーの保護を主張しているだけに、入り口は一見オープンだが、見かけだけやらせておけばいいという考えが根底にあり、結局マイノリティーの立場は良くならないという面もあるのでは、と言っておられました。たしかに共和党系の事務所では、人種を超えた自由競争主義を感じたのは事実でした。

もちろん例外もあります。私が仕えたジャン・シャコースキー議員とヒラリー・クリントン上院議員(前大統領夫人)は民主党です。シャコウスキー議員は新人議員でした。98年にアメリカ議会最年長であったイリノイ州第9区のシドニー・イェイツ下院議員(歳出委員会・内務小委員会委員長)が辞任して、その後釜です。イリノイ州議会議員を経ていますが、職業は教師で消費者問題専門家としては乳製品への品質期限表示を義務化させる消費者運動で実績を作っていました。白人女性、50代、民主党リベラル派、生まれ育ちがイリノイ州、長老議員の引退で生じた空席に出馬、一年生議員。一見してヒラリーとそっくりな特徴ですが、私との相性はバッチリでした。

まず第一に、日本人であることに多少興味を持ってくれた唯一の事務所でした。他の事務所はすべて、アメリカ人としての採用で、私の持つ日本のバックグラウンドには何の関心も寄せてくれませんでた。特に共和党でその傾向が強く、実力だけで私を買ってくれるのは嬉しくても、まったく日本人であることに注目してくれないのもアイデンティティーを放棄するかのようで何かつまらないと感じたのです。この辺は議員の好みもあります。シャコースキーは個人的に外国文化に好奇心旺盛だったことが幸いしました(海外視察も旺盛にやっていますが、まだ日本には来たことがありません。補佐官は台湾出張などもしていてアジアへの関心はあります)。

第二に、下院にこだわりました。下院の方が上院よりもスタッフ数が少なく、議員との距離も近いので、重要な仕事がまわってきますし、異なる職種のスタッフ全員と親しくなれます。これは大所帯の上院では得られない特権です。専門スタッフごとに部屋も別れている上院では、目の前の自分の担当法案を黙々とこなすことが求められる傾向にあります。立法補佐官にとっては担当が細かく分かれていて専門を活かせる面で上院は最高の職場ですが、議員への進言の機会、別の分野のリサーチ・法案に携わる者とのチーム作業、選挙区対応へ関与の多い下院は、私にとっては魅力的でした。

第三に、民主党議員としては珍しく、徹底した実力主義でした。実力・実績の名の下の平等を与えるのが「ファイター」の異名をとるシャコースキーの主義。民主党系事務所でサンプル論文を真面目に読み、評価してくれたのはシャコースキーの事務所だけでした。外国人なのでビザの関係もあり、政府と選挙区への手前、表面的には一応インターンスタッフとしての採用にせざるを得ないが、実際の仕事は、立場的にも内容的にもインターン以上のものを準補佐官待遇で与えると約束してくれました。お陰で私は、事務所内のすべてのスタッフミーティングへの出席、発言権を補佐官と同等に与えられ、外では議員代理として単独でクリントン政権担当者主催の非公開の議会内会議への出席を許されました。「議員に政策提言があったらどんどん意見せよ」「マサMasa法案を出せ」といった要求に私は面喰らいました。シャコウスキー事務所は、「民主党は実力主義よりも表面的な平等優先で事勿れ」という定説を覆す例外的な事務所だったのです。

ヒラリー夫人の事務所も徹底した実力主義でした。マンハッタンの選挙本部にアウトリーチ局という民族・宗教票の獲得戦略をやる部署があって、そこに配属されました。アジア太平洋系の統括責任者として、集票戦略・メディア操作戦略などを全面的に任せてもらえました。日系のミネタ商務長官(現・運輸長官)をヒラリー夫人の応援にニューヨークに呼ぶアジア系の集票イベント(記者会見)を開いたんですが、陣営が私を信用して権限を与えてくれたので、私もかなりはりきって根回ししました。

私のケースはかなり例外的で参考にはならないかもしれませんが、人材の活用が上手い政治家はどこの国にもいるもので、本当にいいキャリアを積ませてもらったとシャコウスキー、ヒラリー・クリントン両議員に感謝しています。

 

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