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PRANJ(政策海外ネットワーク)リポート
ワシントン発 月刊論座2004年3月号掲載

「国土安保政策とテロとの戦い」

古川勝久:モントレー国際問題研究所主任研究員


 二〇〇三年十二月二十一日にテロ警戒レベルが引き上げられる
より前のこと。ロサンゼルスへの飛行機体当たり攻撃計画に関するア
ルカイダのテロ容疑者間のやりとりを米国家安全保障局(NSA)が
傍受していた。イギリス、フランス、メキシコなどから飛来する飛行機
の具体的な便名や飛行経路など、これまでにないほど具体的な情
報だった(ニューズウィーク誌、二〇〇四年一月十二日号)。さらに、
他の情報は、ニューヨーク、ワシントンDC、ロサンゼルス、ラスベガス、
ボルティモアにおけるテロ攻撃、アラスカなどの石油貯蔵施設に対する
攻撃、または放射性物質を用いた「汚れた爆弾」による攻撃などの
可能性を示唆していたという。

 人々が年末年始の休暇を楽しんでいた間、米国中の軍事基地で
は最高警戒レベルの態勢がとられていた。数百人の核・生物兵器科
学者がどこにでも飛べるよう待機し、生物兵器攻撃が発生した場合
に備えて、治療薬等は常時トラックに配備されていた。また、大都市
の警察には、数百台の放射線検知器が配給されていた。ロサンゼル
ス行きの航空便六便がキャンセルされ、ワシントンDC行きの英国航
空便はロンドンで二日にわたって検査が繰り返された。メキシコ発米
国行きの航空便は途中で引き返しを命じられ、いくつかの航空機に
は、米空軍のF16戦闘機がいつでも撃墜できるようにぴったりと追尾
していた。

 幸いにも米国内でテロは発生しなかった。これが努力の賜物なのか、
それともアルカイダは、米国の態勢をテストしようとデマ情報を流してい
たのか、真相は判断し難い。「米国政府は少し大げさすぎるのではな
いか」との批判的な声も聞かれる。たとえ不完全なテロ情報でも、大多
数の人々の生活に支障を来しかねない。テロの脅威は不鮮明で曖昧
だが、計り知れないコストを伴いかねない。誠にやっかいな脅威というべ
きであろう。

<「先制予防的な法執行」と市民的自由権>
 9・11同時多発テロ(以下、9・11テロと略)を巡り、米連邦捜査局
(FBI)も中央情報局(CIA)も、それぞれ様々な情報を入手しながら、
官僚制特有の縦割りの弊害で十分に情報を共有できず、さらにプライ
バシー及び市民的自由権を保護するための様々な捜査上の法的制
約を受けていたこともあいまって、テロ攻撃の予測に失敗した。

 この失敗を教訓に、ブッシュ政権は対テロ戦略や行政組織を抜本的
に変革した。もとよりクリントン政権はテロを犯罪行為とみなし、訴追手
続きに基づいてテロ実行犯を法廷で裁いていた。これに対して、ブッシュ
政権はテロを犯罪行為ではなく戦争行為とみなし、容疑者を訴追手
続きで立件するだけでなく、先制予防的な法執行にも重点を置く。また、
国土安全保障省を設立、パトリオット法を制定して司法部門・諜報
部門による捜査権限を拡大、両部門の連携体制を強化した。旧来の
司法活動では、捜査活動よりも市民的自由権が優先され、海外諜報
活動と国内犯罪捜査との間には厚い「壁」があったが、今やこの「壁」の
ほとんどが除去された。様々な政府組織が収集するテロ関連情報を
集約する新組織も設立され、軍の司法関連活動への関与を強化、
捜査機関との協力体制をも強化した。

 しかし、それでも予算不足による準備体制の不備や、市民的自由
権並びに外国人の人権の侵害が指摘されるなど、ブッシュ政権の国
土安保戦略は様々な批判を招いている。

 ブッシュ政権は、拘束したテロ容疑者の数多くを「敵側戦闘員
(enemy combatant)」と認定して米軍基地に拘束し、公開法廷に
持ちこむことはできるだけ避けてきた。この背景には一九九三年の世
界貿易センター爆破事件を巡る苦い経験がある。

 同事件の容疑者は、通常の手続きで訴追されたが、米政府側から
提出された情報がその後、9・11テロに利用された可能性が指摘さ
れる。公判に世界貿易センタービルの構造上の問題点などが提出
され、テロリストに弱点を曝け出した可能性があると政府のテロ専門
家は指摘する。また、一般犯罪として起訴すれば、米国憲法修正
第五条の下、公開法廷で被告は不利な証言を拒否できる。テロ容
疑者は黙秘し続ける一方、米政府が法廷で様々な情報を提出させ
られるはめとなる。さらに、政府が国家安全保障上の理由で明らかに
したくない情報は公開法廷に持ちこめず、証拠が不十分とみなされ
れば、立件が困難になる。そこで、テロ容疑者を犯罪で起訴するかわ
りに「敵側戦闘員」として拘束すれば、テロ容疑者から様々な情報を
直接聴取できる。またテロ容疑者がいかに拘束され、何を米政府に
提供したかといった情報の漏洩も防止できる。

 しかし最近、このブッシュ政権の方針を裁判所が批判し始めた。例え
ば、米国籍のホセ・パディヤ容疑者の場合、「汚れた爆弾」を仕掛けよ
うと企んだ容疑でシカゴ空港で拘束、「敵側戦闘員」と認定され、米海
軍基地に隔離、弁護士との面会も許されていない。二〇〇三年十二
月、ニューヨーク連邦控訴裁判所は、「米国内で拘束された米国市民
をこのように扱うのは大統領の権限を超えている」として、三十日以内の
釈放か他の罪に基づく新たな起訴を米政府に命じた。またブッシュ政
権は、アフガニスタンで約六百六十人のタリバーンやアルカイダの外国人
メンバーを捕捉、キューバ・グアンタナモ米海軍基地で拘束したが、これ
に対し、同日、サンフランシスコ連邦控訴裁判所は、「彼らに法的庇護
の権利を与えないのは憲法違反、国際法違反」との判決を下した。
いずれも、米政府は上訴する構えだ。

 米国籍のヤセル・エサム・ハムディ容疑者も、アフガニスタンで「敵側戦
闘員」として捕まり、弁護士との接見も認められず、米海軍基地内に拘
束中である(他方、ほとんど同様にアフガニスタンで拘束された米国籍の
ジョン・ウォーカー・リンドは、弁護士との接見も認められ、通常の裁判手
続きに則って二十年の禁固刑判決を受けている)。これに対して、二〇
〇四年一月、米最高裁はハムディの訴えを聞く機会を設ける裁決を下
し、ブッシュ大統領による認定の妥当性を最高裁が検証することになった。

 このように、拘束したテロ容疑者に対する米国政府の方針には様々な
問題があり、一貫性が欠けている点が特に目立つ。情報源や情報の保護
などのため、通常の犯罪と同じ公開法廷で裁くことにはたしかに限界がある。
しかも、テロ防止のための情報を聞き出す必要性もある。他方、通常の戦
争捕虜であれば戦争終結まで捕虜収容所で拘束したり、違法戦闘員で
あれば軍事法廷で裁けばよいのだが、テロとの戦いの場合、明確な戦闘地
域や期間が特定し難い上、テロリストは正規軍ではなく、そのまま軍事法
廷の論理を適用するのも問題がある。つまるところ、「敵側戦闘員」は、主
権国家間の戦争を前提とした既存の法体系では想定されておらず、裁判
所が明確な管轄権を持たない領域といえる。

 こうした現実を踏まえて、現在、テロに対応した新たな法整備が必要と
の議論が米国内で始まっている。例えば、ミネソタ大学ダルース校のトマス・
パワーズ教授は、テロ問題を専門とする裁判所の新設を提唱する。法廷
では、情報や情報源を守る仕組みを設けて、テロ容疑者に法的権利を
付与、弁護士との接見も認めるが、あくまでもセキュリティー・クリアランス
(機密保全許可)を有した弁護士のみに限定される。「敵側戦闘員」の
認定基準を明文化し、その認定手続きの妥当性を第三者に検証しても
らう必要もある。かつて日本でも、地下鉄サリン事件の後、公安調査庁が
オウム真理教に対する破壊活動防止法の適用を公安審査委員会に申
し入れた際、同様の問題に直面した。情報源秘匿のため、審査の場で
重要な情報を公開できず、結果的に説得力ある証拠を提出できないま
ま、同法の適用が見送られた経緯がある。日本国憲法は特別法廷を禁
止しているが、今後、テロの脅威に対応するために、何らかの新たな法的
枠組みが求められるのではないだろうか。

<諸外国の問題、国際協力の限界>
 これまで他の諸外国が逮捕したテロ容疑者は、ほとんど有罪判決
を受けていないどころか、釈放さえされている。ドイツでは、アブ
デルガニ・ムズワディがアルカイダのハンブルク市支部のメンバー
として米国攻撃を企んでいた容疑で逮捕された。彼の有罪を立証す
る証言は、グアンタナモ米海軍基地に拘束中のアルカイダ・メンバ
ーから得られ、米政府はドイツ連邦警察にこの尋問調書を見せたが
、情報源秘匿のため公開裁判での使用を禁じた。このため、ムズワ
ディは釈放となってしまった(ただし、裁判は継続中)。

 二〇〇四年一月、ノルウェー警察は、イラク国内にあったテログ
ループ、アンサール・イスラムの元指導者、ムラー・クレカルを逮
捕した。米情報機関は、彼が現在もイラク国内におけるテログルー
プの精神的支柱で、欧州でのテロ活動とも関係すると確信。またド
イツ情報機関は、クレカルとアンサール・イスラムが、ハンブルク
市近郊のドイツ軍病院に対するテロ攻撃の脅しをかけたと考えてい
る。しかし、彼の有罪を立証するためのクルド人テロリストの尋問
調書は法廷で却下され、証人等を連れてこない限り、立件は困難と
された。結局、オスロの法廷は証拠不十分を理由に彼の釈放を命じ
た次第である(ニューズウィーク誌ウェブサイト、二〇〇四年一月
八日号)。

 このように、米国の同盟諸国におけるテロ対策上の法的枠組みの
未整備は、米国の国土安全保障に直結する問題とみられている。今
や、諸外国の司法制度が米国の安全保障にも影響する時代と考えら
れている。

 テロとの戦いにおける国際協力も限界に直面している。国連の決
定を加盟国が実行しないからだ。9・11テロ以降、テロを支援し
た理由で、国連は様々な組織や二百七十二人の個人に対する経済制
裁を決めたが、いまだに制裁を科していない国が多い(ワシントン
・ポスト紙、二〇〇三年十二月十四日)。テロ支援者の居所を特定
できないどころか、彼らのリストを国境警備隊に配布した国は、百
九十一の国連加盟国のうち三十カ国に満たない。また国連は経済制
裁の実施状況の報告を加盟国に義務付けたが、実際に報告したのは
八十三カ国だけだ。国連によってテロ支援者に指定されたビジネス
マンでさえ、いまだに自由に海外へ渡航している。中でも注目され
るのが、スイス在住でエジプト国籍のユーセフ・ナダ、そしてイタ
リア在住でエリトリア国籍のイロリス・ナスレディンである。両名
とも自由に旅行を続け、パスポートも更新された。彼らの「ビジネ
ス帝国」は欧州からアフリカまで広がっている。

 これまで国際社会は、テロ支援組織や個人の銀行口座凍結にはあ
る程度成功してきた。しかしテロ組織は、会社・団体名を変更して
制裁の抜け道をくぐったり、現金をダイヤモンドや金に換えて資産
を隠したりしてきた。またテロ組織は、麻薬売買により莫大な収益
をあげているが取り締まりは不十分だ。国連加盟国は組織の強制閉
鎖、ビジネス活動の凍結、そして財産没収を合法化する法的枠組み
を整備しなければならないのに、ほとんどの国で未整備のままだ。
特に、欧州諸国とサウジアラビアの姿勢は問題とされている。欧州
連合は国連規制の履行状況を監視する組織を新設したが、スタッフ
は二人だけで何の権限もない。国連がテロ支援組織と認定したサウ
ジアラビアやパキスタンの「慈善団体」もいまだに自由に活動して
いるのが実態だ。

 アルカイダは以前より分散した組織形態で展開しているため、大
規模な資金を必ずしも必要としない。しかし、テロ資金の根絶は依
然、緊要の課題である。二〇〇三年十二月に公表された国連報告書
は、次のように警告する。「アルカイダはすでに生物・化学兵器テ
ロの実行を決断した。彼らが直面する問題は(もはや資金不足では
なく)単に技術的障害の克服にすぎない」

<米国の対テロ戦の今後>
 一方、米国内にも依然、問題は累積している。例えば、二〇〇三
年十二月、米会計検査院は、FBIはテロ資金に関する情報を十分
に分析しておらず、司法省と財務省のテロ資金根絶計画の遂行が一
年以上遅れていると指摘する。また、FBI、CIA、司法省、国
務省などが個別に作成した要注意人物リストは一本化されることに
なっているのだが、現在もまだできていない。そのため、例えば二
〇〇三年十二月には、運輸安全局の要注意人物リスト上の人物が、
欧州から米国へ飛行機で堂々と入国している始末だ。二〇〇三年十
二月一日、テロリスト選別センター(Terrorist        Screening
Center)が新設されたが、本格稼働までは時間がかかる見通しだし
、米国を飛ぶ無数の航空貨物便はほとんど未検査のままである。

 米連邦議会により設置された、大量破壊兵器テロ国内対応能力諮
問会議(Advisory   Panel   to   Assess   Domestic   Response
Capabilities  for  Terrorism  Involving  Weapons   of   Mass
Destruction)は、テロとの戦いに米国は十分な注意を払わなくなった
と指摘する。連邦政府は州・地方政府に対して明確な指示を出さず、
民間企業が原発や生物・化学関連施設、飛行機などを有している
のに、これら民間企業は政府のテロ対策立案作業にあまり関与して
いない。

 また官僚的障害の問題は米軍内にもある。二〇〇三年春、アフガ
ニスタンのカンダハルにあるモスクに、タリバーン最高指導者のオ
マールがいるという、信頼性の高い情報をCIAが入手した。グリ
ーンベレーのチームが、そのモスク近くに待機、即応態勢にあった
。しかし米軍ドクトリンでは、米陸海軍の特殊部隊、デルタフォー
スとシールズが対応すると決められていたため、グリーンベレーは
行動を許可されなかった。しかし、デルタフォースはカブールから
数百マイルも離れた地域に駐留、情報分析と計画立案に数時間をか
けた上で、現場に向かったが、すでにオマールの姿は消えていた(
ワシントン・ポスト紙、二〇〇四年一月五日)。米軍は同様に二〇
〇二年春、オサマ・ビンラディンの副官を務めるアイマン・ザワヒ
リをアフガニスタンのガルデスで取り逃がしたといわれる。

 米国本土におけるテロ攻撃を防止することは、再選を目指すブッ
シュ大統領にとって死活的に重要だ。民主党のハワード・ディーン
大統領候補が対イラク戦に反対した根拠は、「対テロ戦から注意が
それて、米国本土の安全を脅かしかねない」というものだ。実際、
米国本土におけるテロ対策は、予算・人員不足などが原因で遅れて
いる。ここで米国本土でテロ攻撃が一度でも実際に発生すると、ブ
ッシュ政権にとっては大きな痛手となりうる。

 対テロ戦の舞台は全世界に拡散している。あまり注目されていな
いが、特にパキスタンは要注意である。パキスタンの崩壊は悪夢の
シナリオであり、その社会・経済開発は急務だ。また東南アジア諸
国においても、例えばインドネシアでは、九〇年代後半のアジア経
Mマ危機を契機に、予算不足のために教育制度が崩壊し、マドラサと
いうイスラム原理主義の学校が影響力を拡張した経緯がある。この
ような社会基盤の再整備のために先進諸国が共同して対処すること
も火急の課題である。

 つまるところ、テロ根絶のためには、軍事だけでなく、経済、社
会、財政的手段でテロを追い詰めていくしかない。これは明確な終
着点が見えない、曖昧で息の長い戦いである。その過程で、米国が
今日直面する問題は、日本にとっても課題である点を認識しておか
ねばならない。

 

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