| ソーシャルワーク・アプローチの重要性 森友かおり(Graham-Windham Beacon TIES) 青木和佳子(コロンビア大学) アメリカの大都市が抱える特徴的かつ深刻な問題の一つが、ホームレス世帯の子どもの教育問題である。さまざまな困難を抱えるホームレス世帯の子どもは、精神的に不安定な生活を強いられ、集中力不足から多動症や学習障害であることが多く、一般の子どもに比べて留年率が9倍、退学率も4倍にのぼる。このような子どもたちへの対策の柱として、アメリカではスクール・ソーシャルワーカーが重要な役割を果たしている。 ソーシャルワーク介入の第一歩は、「サイコソシアル・アセスメント」とよばれる、クライアントの心理的精神的現状、過去・現在の生活状況、家族関係などの査定である。ソーシャルワーク理念に基づくアセスメントは、カウンセラーが、一般に個人の発達レベルや性格、特定の対人関係のみに焦点をあてるのに対し、問題をできるかぎり環境全体との関わりのなかで理解しようとする点で大きく異なる。たとえば、エコマップ(生態系図)を用いて環境からの影響を明確にするのも重要な分析のひとつである。そのうえで子どもの場合なら家庭・学校など周囲の関係者の共通認識も深めながらクライアントをサポートしていくのが、ソーシャルワーク的アプローチである。アメリカにおけるソーシャルワークは元来、富裕層による貧民層救済という社会改革運動に端を発している経緯から、問題の原因を個人の資質のみに求めるべきではないという認識が定着しているので ある。 日本における学級崩壊等も、問題を起こす子ども個人にとどまらず、家庭をはじめとする広い意味での生活環境の問題として捉えられよう。最近注目されているスクール・カウンセラー制度は、ともすれば閉鎖的だった教育現場へ教師以外の専門家の参入が受け入れられつつある点において大きな意味があろうが、臨床心理士のアプローチの焦点はあくまでも個人の病理性であり、心の問題を解決したかに見えても、その子どもが元の環境に戻れば再発する場合も多いという点で問題が残る。これに対し、個人とその環境を焦点に据えたソーシャルワーク的手法は、アメリカでは教育を含むさまざまなプログラムや政策評価に広く導入されている。ソーシャルワーカーは同時に心理療法の訓練も積んでおり、そうした個人救済のテクニックと、社会改革というマクロの視点とを臨機応変に組み合わせていく手法は、多様化・複雑化する今日の社会福祉問題に有効に対応するために注目されるべきだろう。 |
| 教育バウチャー・システムの評価と課題 渡邊 聡 (American Institutes for Research リサーチ・アソシエート) ミルトン・フリードマンが『資本主義と自由』のなかで、バウチャーの重要性を唱えてから約40年。そのアイディアはさまざまな形で少しずつ現実味を帯びたものとなりつつある。彼が主張しているバウチャーは教育政策の枠のなかに限定されていたわけではないが、特に大都市にある公立校に対する不満への苛立ちから近年、教育バウチャー(教育券)の重要性の指摘が再浮上している。教育バウチャー・システムは、所得差や社会層の違いから生じる教育機会の不平等を解決する手段であり、各家族が公立、私立を問わず自由に教育投資機会を追求できるという観念に基づいたものといえる。 教育バウチャー効果を正しく評価するには、生徒の能力を正確に測定することが要件となる。しかし、学費の高い私立校に通う生徒の潜在的学力が高いという傾向は否めない事実である。また、学校側が生徒の学力や親の所得、教育水準、あるいは居住地区といった要素で入学者を選り好みする可能性も考慮すると、公・私立校の生徒の学力にはすでに「選択のバイアス」が存在していると考えられる。その結果、教育バウチャーの導入は教育機会の均等性をかえって悪化させる危険性をはらんでおり、学力ギャップがさらにひろがる恐れさえある。 バウチャー効率の測定や費用便益分析などの政策評価に不可欠なものとして、バウチャー導入後の公・私立校のコスト比較と、そのシステムを支える全体のインフラと現行システムのコスト比較も考えねばならない。試験的にバウチャーを導入した経験のあるミルウォーキー州の事例から、現行システムとバウチャー・システムにおける公・私立校のコスト分析を公平に行なうためには、各学校の教育内容やサービスの違いによる生徒1人当りのコスト差を正確に知る必要があることがわかる。またインフラにかかる費用としては、@バウチャー・システムの維持とモニタリング、A交通費、B情報コスト、Cその他費用に大別され、総額約730億ドル、年間生徒1人当り1,500ドルで、現行システムにおける公立校の費用の25%増と想定されている。 さまざまな理論に基づく論争や研究結果が数多く出てはいるものの、バウチャー・システムに関する情報や知識は発展途上の段階にあり、まだコンセンサスを得られるまでには至っていない。乗り越えるべき問題点は数多くあるが、教育バウチャー・システムの目的は子どもたちへ均等な教育投資の機会を与えることであり、またそれに伴い公平な選択に基づく社会を作ることである。選択のバイアスやコスト問題といったバウチャー・システムが持つさまざまな問題点を解決することがその第一歩となろう。 |
| 2000年アメリカ大統領選にみる教育政策 スティーブン・プロヴァズニク/渡邉 聡 アメリカ大統領選の重要な見所のひとつとして、共和党、民主党それぞれの候補者の、政党理念にもとづいた政策方針の違いが挙げられる。政策の違いを明確に国民に示すことによって、どちらの政党が政権を握るかで、まったく異なった結果が期待されることを有権者にアピールしているのである。 共和党のブッシュ候補と民主党のゴア候補が対立する今回の大統領選も、そういった意味ではこれまでのものと変わりはない。しかしながら、両候補が、これまでは州や市といった地方自治の分野とされてきた教育問題に政策重点をおいていることは過去の大統領選と大きく異なる点である。現在のアメリカの国内政策として、国民の多くが教育の改善を大きな課題として考えていること、両候補が政党間における政策の違いを論じるうえで、これが格好の題材と捉えていることがその理由である。 共和党が掲げる政策の根底にあるものは、連邦政府の重要な役割は国家としての目標を設定することにあり、社会として最善の結果を生み出す活力は自由な創造性にもとづいた国民や社会の自由な選択である、という理念である。ブッシュ候補は、@州政府あるいは各学区等による連邦資金の自由な活用、A教育バウチャー・システムを導入した個人による自由な学校選択、という政策プランを掲げているが、これらはまさにその政治理念を反映したものといえる。 一方、民主党が示す政策理念は、連邦政府の役割は社会の中の弱者を守り、社会に貢献しつづけるメンバーを育て上げるというものである。つまり、社会はそれを構成する一個人と同様に弱いものであり、だからこそ政府は社会の中の最も弱い者たちへ手を差し伸べ、援助を与え、健全な社会づくりをする必要があるというわけである。ゴア候補が1140億ドルをかけて目指す教育改革とは、@公立教育システムが強い社会づくりの基盤として弱者の「親代わり」となり、A健全な家庭を築き上げ、Bすべての子どもと大人たちが高い教育水準を達成することである。 2001年1月にどちらの候補者が次期大統領になるにしても、新政権の下で、教育政策がさらに政治と強く関連したものになることは間違いない。 ブッシュ候補が大統領となり、彼が掲げる市場原則にもとづいた個人の自由な選択の教育プランが実施されることになれば、アメリカの公立教育システムのあり方が再び議論されることになるだろう。また、ゴア候補が政権を握り、彼の教育プランを実行することになれば、公立教育における連邦政府の役割と費用は莫大なものとなり、再び共和党から批判の的となることが予想される。 これらの論文は1999年度東京財団とPRANJとの共同プロジェクトです. |