移民コスト

移民コスト」をめぐる米国での政策論争
遠藤 十亜希 

 1990年代のアメリカの空前の好景気と海外での移民の「自由化」を背景に、アメリカ経済の繁栄を享受しようと世界各地からさまざまなかたちで移民が押し寄せた。特に、NAFTA発動以来メキシコからの労働移民が激増し、中国大陸からも当局の制御しきれない規模、手段で不法移民が密入国するようになった。こうした海外での“アメリカ移民フィーバー”とは裏腹に、アメリカの世論はこれ以上の移民増加は国益を損なうとの懸念から移民弊害論、移民抑制論に傾斜しつつある。他方で未曾有のIT産業ブームに乗って、インドなどから知的労働者がドット・コム(.com)企業に積極的に雇用されるという選別的移民受け入れも見られる。果たして移民はアメリカにとって弊害なのか、有益なのか。移民の受入上の福祉、教育、経済社会面でのコスト、いわゆる「移民コスト」に関してアメリカでは研究、議論がさかんになっている。

「移民コスト」の一つ、福祉教育政策上のコストとはセーフティ・ネット、教育等に関するコストで移民とその家族を支援するために連邦および地方政府が提供する諸々の公共プログラムの総費用である。移民にかかる財政インパクトを「科学的」に算出評価しているとして、移民制限論者の論拠となってきた「移民コスト」だが、その科学的、理論的正当性にはさまざまな疑問が残る。アーバン・インスティテュートのFix、Passel 等は移民関連の政策コストを過大評価する移民弊害論派の研究を批判分析し、移民が国家全体にもたらす経済効果(特に諸々の税収入)は政策コストを大きく上回るとの結論を出した。移民弊害論が犯した「計算ミス」を是正した場合、1992年での移民に関する費用・便益計算は、425億ドルの純「赤字」から、250億ドル以上の純「余剰」になるという。また、Wall Street Journal誌のMillmanが報告するように、移民は「アメリカ国民の職を喰う」脅威的存在ではなく、地域に雇用・産業を創り出し、コミュニティを活性化させるダイナミズムを有しているという便益もコスト分析で見逃されがちである(Joel Millman,The Other Americans)。

 移民のマクロ経済への負の影響、特にアメリカ国内の雇用や賃金レベルへの影響については研究がなされてきたが、その相関関係を確定する証拠はなく、移民が国内労働市場に与えるダメージは総体的にほとんどないと考えられる。

 移民コストの分析評価の「科学的」アプローチには、移民の経済活動の複雑さや定着過程のダイナミズムを長期・包括的に理解する必要がある。そのうえで移民の有益効果を考慮し、費用・便益の「総体的」評価を行なうことが適切である。

 アメリカでは社会保障制度の将来が危ぶまれている。ベビーブーム世代が定年退職する2010年までに赤字化する同制度は既存の「アメリカ市民」だけでは負担しきれないからだ。そこで、労働年齢にあり勤労意欲のある移民を積極的に導入し福祉サービスと税収のバランスをとることで社会保障制度を救済しようという政策提案も出されている。高齢化するアメリカ社会における「新しい社会の担い手」としての移民の意義、役割の再解釈が今後、活発に議論されることになろう。

これらの論文は東京財団とPRANJとの共同プロジェクトです.
(C) 2001 Policy Research & Analysis Network All Rights Reserved 無断転載を禁じます。


これらの論文は1999年度東京財団とPRANJとの共同プロジェクトです.
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