====質問:村上龍====================================================
Q:008
アメリカ政府は、日本の構造改革の成否をどこで確かめるつもりなのでしょうか?つまり、ブッシュ政権は小泉内閣の改革を支持しているわけですが、その成否の基準をどこに設定しているのでしょう?財政赤字の削減、規制緩和・外資参入障壁の撤廃、不良債権の処理、公共事業の削減、いろいろあると思いますが・・。
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■ 植田健一 :国際通貨基金(IMF)
エコノミスト
質問に必ずしもお答えしていないのですが、理想的には、日本の構造改革の成否はまず第一に日本人が決めるべきであり、米国政府の評価をあまり気にする必要はないと思います。なぜなら、どの政府も自国の利益を第一に考えており、一外国の評価はあくまでその国の日本に対する利害が暗に示されているだけですから。
しかしながら、各国経済が相互に依存するなかで、貿易相手国の参入障壁の低下及びGDPの増加は、それぞれの国民の経済厚生に直結することから、各国が相互に経済政策を評価し調整するインセンティブが生まれます。これが、現在ではIMFやWTO等での多国間での政策調整、また2国間の協議として日常的になされている訳です。
日本国民は、日本政府が、将来にわたる日本国民の利益を熟慮した上で、諸外国との政策調整に臨み、経済政策に関する目標とそのプロセスを明示し、実行していくかどうかを、評価せねばなりません。
このような理想論は、現実には通用しないと思われる方も多いでしょう。実際、現実には往々にして、個々の政策ごとの既得権益層と改革派との政治闘争に問題が矮小化されてしまい、将来にわたる日本国民にとっての利益がなかなか議論されません。
歴史的に改革派は(特に米国の)外圧を利用してきたこともあり、我々も米国の意向に目を向きがちです。これには一理あり、米国が日本に政策要求をする際、経済学の基本に基づき日本人全体にとっても利益となることを数多く提言してきたからです。
しかし、米国も自国の利益を第一に考えているとみるのが自然であり、過去の2国間協議で必ずしも日本経済にとって良いことばかりが提言されてきたわけではありません。その意味では、IMFやOECDは一年に一度日本経済の調査を行っており、比較的中立的な政策評価及び助言をしており、政策評価の参考になると思います。また、それ以上にPRANJのメンバーをはじめとする研究者によって、理論と実証に基づく地道な政策評価を推進していくことが必要でしょう。
このような中長期的な議論では、目の前にある構造改革の評価ができないと言われる向きもあるでしょう。私見では、国民から多くの支持を得た小泉総理の構造改革は、そのほとんどが経済学的に当然なすべきことだと思います。数量的に日本経済にどのような影響が出るのかは短期間では研究成果は出ませんが、方向として悪いものはないと考えます。この点では、研究者の多くはそれほど異なる評価を持っているとは思われません。個人的には御質問で挙げられているものに代表される経済構造改革に関する多数の公約を速やかに実行して頂きたいと、総理に期待しております。
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■ 和田絵里香 :国際経済研究所(IIE)客員研究員
アメリカ政府は日本の構造改革をどこで評価するのか?アメリカの評価は総合評価でしょう。つまり、不良債権処理とか、公共事業の削減とか一つ一つの項目で評価するというより、総合的にすべての分野において改革がなされたかどうかで評価することと思います。
これは、アメリカ政府が今日本に期待することを考えると当然のことと思えます。近年、アメリカ、特に経済における日本の重要性は徐々に低下してきています。現在、アメリカの最大の貿易赤字国は日本ではなく、中国であり、アメリカの貿易赤字がGDP比で記録を更新していても、日本に対して貿易黒字を削減するような注文はあまり見られません。また、アメリカの景気もまだ保たれているため、貿易赤字を攻撃する声もあまり聞かれません。それに、日本の貿易障壁、関税などは農業を除いてほとんど撤廃されており、あまり注文をつけるところもないというのもあるでしょう。
貿易だけでなく、日本は経済規模でも徐々にその地位を落としつつあります。日本はアメリカについで、世界第2位の経済大国ですが、ヨーロッパの通貨統合を受けて、EMU加盟国を一つの国をみなすと、日本の地位はもちろん3位に下がります。日本は経済大国という看板も失いつつあるということでしょう。
日本の重要性の低下にともなって、アメリカ政府は、日本を特別扱いするのではなく、ほかの主要国と同様の扱いをするようになるでしょう。もちろん、アメリカが日本を安全保障の面からも、経済の面からも、大切なパートナーであると認識していることはブッシュ大統領の演説などからも見て取れます。
そんなアメリカが今、日本に期待することは、これ以上の経済の悪化を防ぎ、一刻も早く、世界の経済を引っ張っていく原動力となってくれることだと思います。アメリカは現在、自国経済の下振れリスクを抱えており、もし、アメリカ経済が不況となったとき、日本、そしてヨーロッパが今のような状態だと世界恐慌の可能性も大きいと考えています。そのような事態を防ぐには、日本の一刻も早い景気回復が必要です。アメリカ政府は、小泉内閣の挙げる構造改革が日本の経済を上向きにさせる政策であると判断したからこそ支持しているのです。
そう考えると、アメリカの評価は最終的には景気回復に違いありません。もしある改革に成功したとしても、全般に景気が回復しないのであれば、アメリカ政府の評価は不成功。もちろん、景気回復にはある程度の時間がかかることは承知の上ですが、アメリカの評価は、構造改革を通して日本経済がどの様に再建されるかに最も注目しています。
そのために、個別の改革よりむしろ、総合的に、どの様に調和を取り優先順位を決め改革を進めて行くのかということに注目しているのではないでしょうか。というのも、アメリカの中では、日本経済は大変な危機であるとの認識から、構造改革もやり方、優先順位を間違うと壊滅的な状態を引き起こすことも有りうると見ています。たとえば、不良債権処理は迅速に行われなければいけないが、それと同時に生じる痛みを和らげるための方策―金融政策の一層の緩和、セーフティーネットの強化―を怠ると、あまりの痛みに国民が悲鳴を上げて、構造改革そのものを反古にする可能性もあると見ています。そのため、アメリカ政府は改革の内容だけでなく、改革の優先順位、タイミング、手法にも注目しています。
また、もし小泉内閣が改革の一部だけしか実現できなかった場合、あるいは、改革の優先順位、タイミングを間違えたため景気回復につながらなかった場合、アメリカの評価は辛いものとなるはずです。アメリカ政府は、小泉内閣の構造改革の目標は正しいと思っていますが、その目標に達するためには、改革の順番を間違えたり、タイミングを間違えるとすべてが水の泡になる可能性もあると見ているからです。当面は、今度の予算編成がどのぐらい従来と変わったものになるのか。不良債権はどのぐらいのスピードで処理されるのか。アメリカ政府はさまざまな方向から、総合的に小泉内閣の改革を見ています。
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■ 村上博美 :経済戦略研究所(ESI)研究員
ブッシュ政権は構造改革を支持しているのではなく、構造改革によって日本経済が自律回復軌道にのるという小泉内閣の説明に対して、支持しているというのが正しい認識ではないでしょうか。
小泉首相が支持をとりつけたブッシュ−小泉会談は6月30日ですから、支持といっても外交上の意味合いが濃いものでしょう。前政権との違いを強調するために、ブッシュ政権は日米関係を重視し日本経済(金融・財政政策)についての干渉はしない、と明言したわけですから漠然とした「支持」はするでしょう。しかし、ブッシュ政権が支持したからといって日本の国内政策にどれほど影響があるのでしょうか。
ワシントンでは、小泉氏が「支持」を欲しがったのは、今後日本経済が更に傾いてもアメリカに口出しさせないためという見方もありましたが、それよりも小泉氏自身がアメリカの支持を御旗にたて国内対抗勢力と戦うために必要だったのではないでしょうか。
成否の基準は植田さんがいうように日本人が決める問題です。日本が将来に渡って高コストの経済構造を維持し、経済が下降する国となる道を選ぶのかは日本の自由です。経済大国である日本に、これ以上世界経済の重荷になってくれるなという心境で、アメリカが何を望んでいるかといえば日本経済が自律回復することであり、基準はそれを示す経済指標がでること及び経済成長率2%以上の達成でしょう。
現在アメリカ政府(の日本経済部門)が重要視しているのはやはり不良債権の処理です。不良債権が日本経済回復の大きな足かせとなっているという認識があり、金融システムが健全にならなければお金が滞って流れないと考えています。そのため、(発展途上国のようで情けないですが)9月にも不良債券処理専門家による民間の対日助言チームを日本へ派遣するそうです。
皮肉ですが「日米関係重視」という割にブッシュ政権は、日本が思っている(願っている)ほど日本についての関心があるわけではありません。貿易にしても、21世紀貿易アジェンダには「日本」という言葉は一回も出てきませんでした。アメリカが懸念することは日本の不況が続くことによって世界経済もしくはアメリカ経済にどう悪影響があるかということです。
その視点からいくと、財政赤字の削減は全く日本国内の問題です。国債のほとんどは日本人によって保持されており、日本国債が暴落した場合でもアメリカや世界経済に与える影響はあまりないと判断されています。公共事業の削減も、日本の政府支出の配分の問題―つまり、GDP成長のためにどこに投資したら最も経済効果があるかの配分を決めることですから、これも日本の問題です。皆さんもご存知のように、C(消費)、I(投資)、G(政府支出)の伸びがGDP成長へ寄与するといわれています。
過去の日本経済は政府支出による公共事業等(公的需要)や輸出頼みの民間投資で支えられてきました。つまり、消費が主要因となってGDP成長を牽引したことはかつてありませんでした。現在、雇用不安で消費は伸び悩み、民間投資も冷えている状態では政府支出のみが救いの綱です。確かに公共事業の経済効果は相当低くなってきていますが、ただそれをカットするのではなく経済効果の高い社会保障等にその分をシフトすることが必要でしょう。また、社会保障を充実することは、国民の将来に対する不安を軽減し消費を刺激する効果も期待できます。
規制緩和・外資参入障壁の撤廃についてですが、これは日米貿易摩擦がピークだった1980年代と比べれば、企業の国境を超えての連携が進み現在では自動車の部品など日米通商交渉の議題にも上がりません。外国企業の参入障壁は相対的には低くなりましたが、国内の新規参入企業にとっても市場参入障壁があることを忘れてはいけません、規制改革は日本の新規産業の活性化のために行う日本の国内政策として捉えた方がいいと考えます。
アメリカは1980年代90年代始めにかけて日本の経済構造改革を目的とした日米構造協議(Structural
Impediment Initiative: SII)の交渉を続けてきました。しかし、前川レポートで謳われた内需拡大(消費を増やす)という掛け声とは裏はらに日本経済の構造を改革するような動きは1996年の橋本改革で若干ありましたが、それ以降ほとんどありませんでした。日本のように成熟期の経済では,他の先進国と同じように消費を押し上げることにより経済成長を続けていくしかありません。
今回も小泉さんが首相に就任してから「いったいどういう改革が実行されているのか?」という質問をよく受けますが、消費拡大の足かせとなっている、高コスト構造を変えるような改革はまだ始まっていないと認識しています。例えば、日米新経済協議の中で日本の電力が高いのは独占形態によるからだとして、競争政策の推進について交渉が行われています。
アメリカ政府は競争が進んでいるかどうかをチェックする1年半毎の中間報告を出すよう要求しましたが、日本は業界の反対で3年先にしか調査しないとはねつけています。しかも、大口電力供給のみの参入を許しただけで、小口(つまり消費者)への電力供給は独占状態のままです。明らかに既存の企業優先/消費者冷遇の政策が取られている日本では消費拡大といっても空々しく聞こえます。日本のGDP成長が本当に内需(消費)拡大によって支えられる日が来れば、構造改革が相当進んだとみていいのではないでしょうか。
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■ 松本千賀子 :米州開発銀行(IDB)上級財務官
ブッシュ政権は小泉内閣の構造改革を支持しているといわれており、それは間違い無いと思いますが、現時点では単なる外交辞令的な支持であると思います。逆に言えば、日本の構造改革の成否やどの分野での改革という問題は、今のアメリカにとってブッシュ政権を動かすほどの強い経済利益、政治利害は無いといえるのではないでしょうか。
アメリカ政権の日本経済への政治圧力が一番強かったのは、80年代から90年代の始め、アメリカが不況に苦しみ日本が空前の長期好景気を享受していた頃です。当時は、好景気の日本の市場を開放させることと、不況下にあったアメリカ市場では日本からの輸出品の進出と日本企業による大大的な買収を阻止することに、アメリカの死活的な経済利益があり、国内圧力団体からの強力な政治圧力があったわけです。
そのような背景の中で、日本経済とその経済行動はアメリカの当時の政権にとって重要であったわけです。ところが90年代より現在までは、ニューエコノミー現象によりアメリカは逆に歴史的な好況期に入り、自己完結的に経済発展を遂げてきました。過去10年以上におよぶ日本の大不況も、アメリカの経済発展にとってはさほどの影響も及ぼさなかったわけです。ですから、端的に言えば自国経済に悪影響が無い限り、ブッシュ政権が日本の経済構造改革に対して政治キャピタルを使う理由は無いと言えると思います。
現在のブッシュ政権にとって経済面での一番の関心は、国際面では経済危機にあるアルゼンチンへの対策をどのように行うのか、国内では急速に収縮しつつある経済をいかに調整し、また経済活動の収縮によって予想される財政収入の大幅な減少を、秋の国会予算審議を控えてどのように対応するかという点にあり、これらの問題に比べれば、日本の構造改革問題は、政治経済的に非常に影が薄いと思われます。
しかしグローバル経済の視点からは1997年のアジア危機が象徴的に示したように、経済金融システムのグローバル化によって一国の経済危機からコンテイジョンエフェクト(contagion
effect)の急速かつ広範な波及が案じられます。同様の理由でアルゼンチンの経済危機をアメリカが見過ごしにできない様に(ブッシュ政権成立当時、財務省長官オニールは公共資金を使っての経済危機救済のオペレーションには強く反対していたが)、もしも日本の大手銀行がデフォルトし日本の銀行システムがメルトダウンするようなことが案じられれば、それはアジア始め世界経済、アメリカにとっても死活的な利益に関わる為、ブッシュ政権も当然外交辞令的支持以上のものを出してくると思われます。また90年代以降の経済危機とそのコンテイジョンエフェクトの波及が金融システムを通して起きていることからも、日本の不良債権問題、金融システムの健全化は、特に現時点では目下の危機感はありませんが、重要案件として注視(close
watch)していると思われます。