「 『労働者・失業者の保護について』(2001年11月18日投稿)
伊藤宏之:大学院生労働者保護を考える場合に、所得保障などの労働者の生活保障からの観点と、労働
者の再就職に向けた労働者再教育の観点とは別々に考える必要があると思います。一
律な失業者、労働者の保護は、労働者側のモラルハザードを引き起こし、かえって労
働の流動性を妨げる危険性があります。したがって、経済の効率性の観点から国の労
働政策を考えるのであれば、失業者の生活保障的な労働者保護政策は生活レベルの最
低限の保障に抑えるべきであり、再教育という観点からは、国の再就職援助政策の強
化が必要となると思います。
そもそも労働の流動化を考えるのであれば、労働政策として大切なことは、より早
く労働者を労働市場へ返すこと、そしてその際に労働者が更なる付加価値を身につけ
る支援を政府ができるかが一番重要な問題であり、それが労働の流動化につながりま
す。
非自発的失業者を日本政府が自発的失業者より手厚く保護するのは、今まで日本が
社会民主主義的な経済政策をとってきたことや、先進国が福祉国家的な発展を遂げて
いる歴史などを考えれば、当然の帰結であるともいえます。また景気の変動によるリ
ストラなどから発生する非自発的失業者は、景気停滞の原因そのものが政府の政策に
あり、政府は、景気変動によって生じる過剰労働者の生活をある程度保護する義務を
負うという主張も存在ます。
しかし、本当に労働者の自主性を尊重するのであれば、政府による自発的失業者の
保護は、憲法の記す最低限の生活レベルとその労働者の失業までの所得レベルに応じ
たある程度の所得の保障にとどめるべきであり、それ以上の保護はかえって労働者が
労働市場へ回帰することへの妨げになると思われます。非自発的失業者にしても、政
府による過剰な保護が労働者の再就職のインセンティブ低下につながると指摘されて
います。
したがって、政府として最も重要な役割は、労働者がより好条件、あるいは少なく
とも現状を維持することのできる労働環境へ戻してやることだと思います。先進国は
先進国であるがためにより高い付加価値のある産業へ産業重心をシフトすることを要
求されます。それは、高付加価値への産業重心のシフトが実現されない場合に、すぐ
にでも産業的地位を脅かす新興工業国の存在があるためであります。この意味では、
個々の労働者が国の内外にかかわらず他の労働者と付加価値(教育レベル、技術習得
レベル)の点で直接的にしろ間接的にしろ競争を強いられていることを意味します。
したがって、労働者にはそれぞれの付加価値を高める努力が常に求められているので
あり、もしその付加価値の不十分さが原因で失業をしている場合(リストラに遭う、
あるいは自発的に学習トレーニングを受けるために職から離れる)は、さらに高い付
加価値を自分につけてから労働市場に戻らないと、現状維持あるいは前回の職よりも
より好環境にある職につくことが不可能になります。そこで国家の政府ができること
は、労働者の再教育、再トレーニングの努力にバックアップしてあげることです。
クリントン政権時の労働政策がある程度評価されている理由は、クリントン政権の
労働政策が、インフォメーションハイウェーを中心とした新たな産業構造に労働者が
順応できるような労働者の再教育プログラム(具体的には情報通信関連の技術の向上
をめざしたもの)を構築し、その結果産業革命以来の産業構造の変化といわれたイン
ターネット革命の中で、「機械が職を奪う」ということなく、生産性の成長を遂げな
がらも比較的低失業率を遂げるという実績をあげてきたことにあります。
また所得保障の点では、アメリカの労働政策は所得保障が失業者にとってあまりに
不十分であるがために、労働者は労働市場への復帰以外の選択がなかったことがここ
最近までの低失業率につながったというのが、経済学者の間でのコンセンサスであり
ます。その反面、労働者への所得保障が手厚く、労働組合の力がとても強く、法的に
労働者や失業者の権利が確立しているヨーロッパ大陸諸国では、労働者保護がかえっ
て90年代の慢性的な高失業率につながっていると指摘されています。一般的に労働保
護が手厚い経済では、労働者が失業した場合、新しい職を求めることでかえって生活
環境が悪化するよりは、失業保険である程度保障された生活を送ったほうがよい、あ
るいは失業保険が長期にわたって支給されるがために再就職へのインセンティブが下
がる、というようなことが起こり、慢性的に失業者が多い状態が続いてしまうので
す。つまり、皮肉なことに、手薄な労働者政策が労働者の流動性を生み、手厚い労働
者保護政策が、労働者の間にモラルハザードを引き起こし、労働の流動性を低下させ
てしまうのです。
したがって、これから日本がとるべき労働政策という意味では、労働者の付加価値
を上げるための再教育プログラムを強化するという方向性は私は大賛成です。特にイ
ンターネット革命などにより、労働者に要求される技能の質などが大転換を求められ
る今の日本にとっては、そのような政策は、日本が先進国として世界の産業競争の中
で勝ち残っていくために不可欠なものと考えます。しかし、所得保障をはじめとする
失業者の生活保障の面から労働者保護を考えると、これからの日本が国民の自主性や
自己責任をより強く求める方向へ行くのであれば、アメリカ的な最低限の生活保障の
みを保障する失業者保護政策をとるのが妥当と考えます。いずれにせよ、労働の流動
性の向上と失業者の生活保障の質の向上を両方確立するのは不可能であります。
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