日本の防衛ー当事者意識

PRANJレポート第12回「当事者としての安全保障」についてご意見を頂きました.

匿名希望 (JMM 2001年7月17日号掲載)

 核戦略を巡る欧州諸国と米国の関係を歴史的に展望し、同盟関係の信頼性を如何に高めていくかという加瀬氏の視点は有意義であると思います。ソ連の脅威が消滅し、冷戦構造が崩壊した今、改めて同盟関係のあり方を問うことも重要です。しかしながら、冷戦時代の欧州と米国の安全保障関係を単純に現在そして未来に投影することはできませんし、日米の安全保障関係に対比することもそれだけではあまり意味がないと思います。

 日米の安全保障関係も歴史的な経緯をたどれば、決して米国が一方的にすべてを決定してきたわけではありませんし、現在、日本が自国の防衛をアメリカに一方的に依存しているわけでもありません。日米同盟は日本の防衛政策あるいは戦略にとってきわめて重要な柱ではありますが、重要な柱は他にもあります。そして、そのような政策あるいは戦略は、日本政府の「当事者」によって真剣に検討され、また米国の当事者と議論や交渉を重ねてきた歴史的産物であると思います。加瀬氏が指摘されるように、一般国民のレベルで、あるいは憲法問題に集約される国会の議論において、様々な安全保障に関わる問題についてプラグマティックな、より現実的な検討が十分でなかったことは事実だと思います。「当事者」の説明責任が十分果たされていなかったこともその通りでしょう。しかしながら、日本の現状を見た場合、いきなり一般国民に当事者として日本の防衛を考えろと言っても難しいのではないでしょうか。

 日本の軍事に対する姿勢は米国や欧州諸国、さらにはアジアの近隣諸国とも大きく違います。それには歴史的な理由、地政学的な理由、さらには日本の国家としてのあり方に対する国民一般の意志というものが底流として存在します。それは決して欧米と比べて劣っているわけでも、不十分なわけでもないと思います。少なくとも冷戦時代は、結果論として言えば、日本のとってきた安全保障戦略は成功しきたわけです。問題は、今後、同じ様な姿勢のままで日本の安全を、そして日本国民の福祉と幸福を維持していくことができるかどうかと言うことだと思います。核戦略一つをとってみても、当事者たる米国が未だにポスト冷戦構造における明確な核戦略を打ち出せずにいるわけです。ミサイル防衛にしても軍需産業の生き残りという彼らにとって死活的に重要な国内問題が背景にあるわけです。そのような現状において、まず日本が米国の同盟国として検討すべきことは、日本の非核政策、武器輸出三原則等の意義を将来的な安全保障の観点から明らかにし、米国の政策によい意味で影響を及ぼしていくことではないでしょうか。

 日本が取り組むべき安全保障上の課題はたくさんあります。米国と関連するものもあれば、日本の国内的な手続きや枠組みに関連するものあります。そのような課題に対する国民の関心が大いに高まり、国会において意味のある議論が行われることを期待せざるを得ません。小泉内閣が果たした大きな役割の一つは、国民の支持が政治の活性化には不可欠であることを示したことでしょう。加瀬氏の言われる「当事者としての安全保障」もそのような文脈であると理解しています。加瀬氏のように米国で活躍されている方が、積極的に世論をリードされることが、何より当事者意識を高揚させるためには有効だと思います。次回は、日本の将来的な安全保障の課題と進むべき方向について是非、氏のご意見を伺いたいと思います。

 蛇足ながら、『いわゆる純粋な自国の防衛、さらには集団的自衛権の行使、ミサイル防衛、いずれにしてもアメリカとの行動を前提としている以上、日本が戦略策定や意志決定にいかに関わるかということを考えるのは法律、技術論と同じく、あるいはそれ以上に重要である。自分の運命を左右する行動に予めどれだけ自国が係り、行動をコントロールできるかという根本的な問題である。』との視点は、日本の防衛を当事者意識を持って考えろと言う主張と矛盾しませんか。なぜアメリカとの行動を前提とするのでしょうか。必要であれば、アメリカと対立しても自国の行動を貫くことが必要なのではないでしょうか。(集団的自衛権の行使は現状において違憲との政府解釈であり、アメリカとの行動を前提としていないことはご承知の通りです。大きな課題であることは間違いありませんが。)

                                  匿名希望

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 ■ 回答
  ■ 加瀬みき  :アメリカン・エンタープライズ政策研究所 客員研究員

 おっしゃるように欧米の経験をそのまま日米関係に投影することはできません。NATOの経験を紹介したのは、同盟関係を結んでいる国としてアメリカをどのように捉え、日本の国益に見合うべくアメリカとどのように付き合うかという観点からの参考事項です。つまりアメリカと同盟関係を結んでいる国として自国の安全に係わるアメリカの判断や行動にどれだけ影響を与えられるかということです。例えば日本が攻撃された場合その防衛の為にアメリカがどのような兵器を使うか、日本政府との間の協議をいかにするかrule of engagementをいかに決めるか。あるいは米中間で戦争が起きれば日本が参戦しなくとも大きな影響を受けるわけですが、では沖縄に配備されている物資を使用するにあたり日本政府との協議手続きは、そこからの兵器使用に関する協議はいかにするか。こういったことを当事者として考えるための参考です。

 ところで欧米と日米の関係ですが、大きな意味での西側同盟ということでは無関係ではいられません。米ソの中距離核ミサイル交渉の行方は、中距離核を配備した西ヨーロッパのみならず、日米同盟のあり方にも大きな影響を及ぼすものでした。この時日本外交の中では例外的ですが、アメリカの決断に影響を及ぼすべく行動を取っています。現在の力関係を考えてみても、ソ連と欧米の関係はソ連と中国関係に影響を与えています。そしてソ連、中国のアメリカとの関係は日本に影響を与えます。つまりアメリカが他の国や地域といかに係わるかは日本に影響を与えます。

 またこういった問題に国民がみな興味や知識を持つべきだとはもちろん考えていません。どこの国でもそんなことはありえません。政治や官僚組織のリーダーの覚悟を問うたつもりです。例えば西ドイツの蔵相、国防相、首相を経験したシュミットは福田首相を経済人として高く評価しています。 が、 同首相の日本の安全保障に関して「知りたくない、協議したくない」という態度には愕然としたそうです。おっしゃる「そのような政策あるいは戦略は、日本政府の「当事者」によって真剣に検討され、また米国の当事者と議論や交渉を重ねてきた歴史的産物」には疑問を抱きます。

外交関係者によると、アメリカから出てきた提案に反対するあるいは違う提案をしてみるというのは考えられなかったそうです。また貿易交渉でもアメリカ側によると日本は橋本さんが出るまでノーと言ったことがなかったそうです。責任あるリーダーや官僚がまったくいないと言っているわけではありません。先の中距離ミサイルの例では本当に例外的であまり知られていませんが、首相と外務官僚が活発に関与し、日本の国益を守り更には中距離核ミサイル全廃という世界的な偉業にも貢献しています。

 日本は確かに全てをアメリカ任せにしているわけではありません。また日本がアメリカと行動をともにするというのはもちろん日本がそれを選択してということで、何でも自動的にアメリカについていくということを言っているわけではありません。自国の防衛、集団的自衛権の行使、ミサイル防衛、いずれにしてもアメリカとの行動を前提としているというのは、言葉足らずだったと思いますが、現在行われているこれらの議論のベースはアメリカとの行動・協力を論じている、そして将来を現実的に考えてみてもアメリカ抜きの行動は現状考えられないということです。

 自衛隊は他国の軍と比しても非常に装備が整っており、優秀な、高い訓練を受けた人材の集団です。例えば日本近海においてアメリカの海軍は日本に大きく依存しています。その限りにおいて、自衛隊に対するアメリカの信頼性はアーミテージ・ナイレポートが理想とする英米関係に匹敵するほど高いものです。日本防衛に関し、日米が補完関係にあるのは自衛隊のレベルの高さを証明すると同時に周辺国に安心感も与えています。日本が行動するときはあくまでも日米安保の枠で行動する――これはアジア諸国にとって日本が暴発しない保証でもあります。

 さらにあらゆる判断と行動の前提となっている情報という面から考えてみると、日本は独自の諜報のオペレーション(スパイ衛星、人)を行っていません。ヨーロッパも束になってもアメリカのような情報収集はできません。HUMINT(人的情報活動)においてイギリスがある程度の実力、そして旧東ヨーロッパ諸国についてはドイツがわずかながら貢献できるようです。日本もヨーロッパも敵(あるいはその可能性)の存在、ましてや動きを知るのはほぼ全面的にアメリカに頼っているわけです。余談ですが、今欧米の間で激しい戦いが繰り広げられているのはeconomic intelligence (経済、技術に関する情報)です。例えばソニーが今どのような技術を開発しているかをいかに早く掴み、他の欧米諸国から隠すかという戦いです。この分野では欧米間で協力どころか仁義無き戦いが繰り広げられているそうです。

 


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