日本のシンクタンク
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「CSISでのインターンの経験から:日本のシンクタンクを考える」 山崎 知巳 (経済産業省 産業技術環境局 技術振興課 課長補佐)
*以下に示す考えは全くの個人的な見解であり、筆者の属する組織を代表するものではないことを断っておく。
1.はじめに 「どのようにしたらパッチワークでなくグランドデザインの政策を描けるようになるのか。」、「社会科学と政策形成との架け橋となる政策研究を活発化できないか。」、「オープンな議論が各所で行われそれが政策形成に反映されることが政策の実効性を高める上で重要ではないか。」、「米国のシンクタンクの現状はどのようか。そこに何らかのヒントを見い出せないか。」と考えている方は産学官分野を問わず多いし、私もその一人だ。私自身はそもそも米国大学院で教えているアカデミックな理論がどのように政策形成に反映されているのかを知りたいとの気持ちでDCのシンクタンクでのインターンを指向した。短い期間ではあるがCSISに身を置かせてもらうことになったのだから、そこで何らかのヒントが得られればと考えていた。 私が初めて出席した2月のPRANJワークショップにおいて、当日のテーマである日本経済の議論を超えてディスカッションしている最中、一人のメンバーの発したこの一言が政策研究のあり方について考えるきっかけとなった。「それにしてもこのような議論をしていて一体どこに反映されるのだろう?」 PRANJはバーチャルシンクタンクとしての機能を持っているとのことなので、「ここで議論していることが日本の政策形成プロセスに一体どうやって反映されるのだろうか」という主旨の発言だと思うが、米国シンクタンクでのインターンの経験を踏まえ、この問いかけについて以下のとおり考える。
2.日米のシンクタンク 現在、日本では政策研究を専門とする学部・大学院が相次いで創設され、民間の研究機関でも政策研究が活発に行われるようになってきており、こうした機関が理論と現実の橋渡しをする役割を担っていくのではないかとの期待がある。これまで霞ヶ関が日本の実質的な政策形成を行っているが、このような動きはセクショナリズムに陥りがちの政策に対する批判という意味合いの現れあるのだろう。また、政治レベルの政策決定に影響を及ぼすという点で、党の政策調査会を始め、大学教授や財界幹部で構成される首相直属の諮問会議などの組織もシンクタンクだということになるかもしれない。一方、米国では政府または議会の政策形成に影響力を有するシンクタンクがDCにひしめきあって、それぞれの個性と強みを持って政策形成に影響力を発しうる。このようなシンクタンクは研究者と政策決定者の間の溝を埋める役割を果たしている。経済学者、政治学者、軍事専門家を始めとするスペシャリスト集団が社会科学的な思考に基づいてまた比較的時間をかけて政策を提言し、それを政策決定者が活用していくという点において大きな存在意義があると考える。米国において政策決定者とは政府、議会であり、政府関係者、議会・議員スタッフや議員との討議を通じ、彼ら彼女らがシンクタンクでの議論の主体または情報の受け手となって政策形成への影響力を行使しうる。もちろん、ミーティングのみならずセミナーや出版物を通じて政策決定者に及ぼす影響も大きいと思われる。
ところで、日本のシンクタンクと米国のそれとの本質的な違いは何か。これまでこのような比較研究は十分になされているが、あえて私なりに重要な2点を挙げると次のとおりである。日本のシンクタンクと呼ばれる機関が大方非独立であるのに対し、共和党系、民主党系、超党派という党派の違いはあるが、米国シンクタンクの資金源は様々な寄付金であり、少なくとも寄付者からは独立していることが多いため、政策提言が寄付者の意向に縛られることはあまりない(独立性)。そして何よりも、米国のシンクタンクが2大政党間の政権交代によるポリティカル・アポインティー(政治的任命者、政権交代があると閣僚のみならず各省の幹部クラスら約3000名が入れ替わると言われる)を受け入れるバッファーとなっていること、米国は議会の政策形成における影響力が強いことにも起因するが、発信された情報が政策形成に携わる人に幅広く十分な関心を持って受け取られているかどうかという点だ(受け手の有無)。もちろん日本にもシンクタンクと呼ばれる機関はあるが、仮にどんなにいい議論をし、どんなに質の高い政策提言を行っても、政策形成に携わる人が受け取られなければ影響力は限定される。
3.CSISの特徴と政策形成に対する影響力 では、私が在籍するCSISの特徴はどのような点にあるか。具体的にどのように政策形成への影響力を発揮しているか。CSISの年次報告によると、総予算1600万ドル(2000年)のうち資金源は企業、財団からの寄付金が8割方を占めている。寄付者が独自のプログラムを設定する場合はあるが、資金源が多様であるため、単一の寄付者の意向が政策提言に色濃く反映されるということはない。そういう意味でCSISとしての意見を自由に言える環境にあると言える。ちなみに、私の属するジャパン・チェアはトヨタのファンドにより20年ほど前にCSIS内に設立されたが、トヨタの意向が調査研究の方向を左右するわけではない。また、シンクタンクがポリティカル・アポインティーのバッファーであるとの点については、所長は前国防副長官のジョン・ハムレ、上級副所長は前国防次官補代理のカート・キャンベルであり、前々所長は現米国通商代表部代表のロバート・ゼーリックである。回数は限られるが、私の参加したCSIS主催のセミナーでも所長、上級副所長が多くの場合主催者側として出席し、参加者らと活発な意見交換を行っている。こうしてCSISの幹部職に就く人たちは急な意志決定を要する立場ではないため、CSISの在籍期間中に一歩政権から距離を置いたところから多少余裕をもって大所高所の議論をすることができるのだと考えられる。また、CSISは「議会スタッフ・ワーキング・グループ」を定期的に編成し、議員スタッフとともに討議、調査を重ねていくことにより、議会に影響力を与えることになる。
もう少し具体的に私の経験をいくつか述べてみたい。私の中で一番印象に残っているのは歴代6人の通商代表部代表を集めたセミナーだ。ここでは、通商代表部代表としての経験を各人が話しそれについて議論するわけだが、日本ではまず歴代の大臣が何人も集まってオープンの場で議論するということは考えられない。元米国通商部代表カーラ・ヒルズをアドバイザリー・ボードの共同議長、同ウィリアム・ブロックを国際評議会のメンバーとしてCSISに取り込んでいる関係もあるのかもしれないが、これだけの人たちが勢揃いして議論できる場を設定できること自体大変なことだ。そして米国政府関係者、議員スタッフが情報の受け手として参加しているし、また、メディア、他のシンクタンク、各国大使館、企業も参加している。もちろん、情報収集に来ている者もいるが、このような場で過去30年の経験から現在、将来の政策形成に活かしていこうという雰囲気がある。 もう一つ通商関係に関連して、CSISには国際財政経済プログラムがあり、本プログラムのディレクターに以前インタビューしたことがある。3月初旬ブッシュ大統領が鉄鋼関税の引き上げを発表した後で米国鉄鋼業界の代表者とのミーティングが私のインタビューの当日あったそうだが、このようなことは日本では政府関係者がやることというのが一般的であろう。 CSISでの経験とは異なるが、DCに所在するシンクタンクの一つ、国際経済研究所(Institute for International Economics: IIE)の上級研究員から聞くところによると、客員研究員ハワード・ローゼンは現在上院でTrade Promotion Actとともに審議中のTrade Adjustment Assistance (TAA)の法案作成過程で何人かの議員とともに法案作成に携わり、相当な貢献をしてきたと聞いた。実際、TAAに携わってきた上院議員もIIEの講演で同氏の貢献を称えている。 さらに、ブッシュ大統領の東アジア訪問に当たり、CSISのみならず他のシンクタンクにおいてもその意義や期待させる成果など議論するためのセミナーを開催し、帰国後には成果を評価するための集まりを開く。大統領といえども自分たち国民の意見の代表者であり、堂々とオープンに議論していること自体、政府にいる私にとって驚くに値することだ。日本ではマス・メディアが専門家に聞いて記事にして終わりそうなものだが、米国では政策研究に携わる多くのシンクタンクの研究者から様々な見方が示される。 加えて、日米韓三極の安保に関する会議が行われた際には、国家安全保障会議の現メンバーであるマイケル・グリーンをゲスト・スピーカーとして迎えるとともに、米国国務省・国防省の現役官僚が参画する。 私のこれらいくつかの経験から言えることは、CSISまたその他のシンクタンクの活動は政府のやっていることとほとんど変わらない、もちろん意志決定をするのは政府・議会だが、政策分析・情報発信により政府をサポートしている、または、政府と一体となって仕事をしているということだ。
4.米国シンクタンクの存立条件 ところで、日本で米国型のシンクタンク(独立かつ受け手のあるシンクタンク)を作ることが必要だとの議論がよくなされるが、仮にそのような試みを具現化しようとした場合、どのような障壁を乗り越えなければならないか。まず、米国のシンクタンクが成立する米国の政治、社会の枠組みを検証する必要がある。
1)独立性 米国では1960年代以降相次いでシンクタンクが設立されてきたが、非営利・独立の組織が活動するための税制の恩典が受けられるなど環境整備ができていたということであろう。日本でも1998年4月に議員立法により特定非営利法人促進法(NPO法)が制定された。これまで主務官庁の承認を受ける必要があり、実質的に関係省庁からの独立が難しかった公益法人とは別のタイプの法人であるNPOが活動しやすい環境が整った。ただし、日本のNPOは神戸大震災のボランティア活動の評価を踏まえてつくられた経緯もあり、米国と比べてNPOの活動内容が狭く、米国的なシンクタンクがNPO法の対象となるかどうかは疑問だ。米国のシンクタンクは税制面の恩典を受ける制度が整備されており、シンクタンクの活動をサポートしている。また、財務面の独立について、米国のシンクタンクはその収入源を財団、企業、個人などに頼っており、政府からの支援を受けていることは少ないと見受けられる。中でも財団の存在が米国のシンクタンクを独立なら占める観点から重要な意義があるのだと思う。成功者の慈善団体としてカーネギー財団、フォード財団など数多くの財団が存在し、こうした財団がシンクタンクの政策研究の独立性をサポートしている。他方日本においても笹川財団を始めとしてこのような財団はもちろん存在するが、数、規模の面で極めて限定的である。 つまり、日本では法的な側面、財務面において、なかなか独立性を確保できるNPOが成立しにくい環境にあるということになろう。
2)受け手 米国のシンクタンクについて「レヴォルビング・ドア」がその特徴の一つとして挙げられるが、これはシンクタンク上層部の人材が政権交代に伴い出入りすることを指しており、政権交代と人材の流動性を前提としている。したがって、米国のシンクタンクで議論している人は実際にポリティカル・アポインティーとして政権入りし政策形成に携わった経験があり、また、将来携わる可能性が大きい人達であり、そういう人材が議論の担い手または情報の受け手となり次の政権入りに備えている。つまり、現在の政府関係者に加えて将来の潜在的な政策決定者も受け手となっている点は注目に値する。これが米国のシンクタンクの活動を効果的なものにしている一つの要因であろう。また、米国ではベトナム戦争での経験(大統領の暴走を抑制する必要)を踏まえ議会の意志決定に及ぼす力が強くなっている。立法を見てもほとんどが議員立法により行われるため、議会が政策形成の大きな役割を担っており、議会側としてもシンクタンクでの議論、情報提供を必要とし、議員・議会スタッフや議員が議論の担い手または情報の受け手となっている。 ひるがえって日本政府の現状を見ると、政策形成の場である霞ヶ関には新しい動きはあるもののポリティカル・アポインティーはごく限られているため、政策形成がほぼ同じ人の手により行われる。逆に言えば、霞ヶ関以外で政策形成に携わることはほとんどないし、また、仮に政策形成に影響を及ぼしうる政策提言がシンクタンクからあったとしても、これまで霞ヶ関ではどの程度そのような提言を真摯に受け止めてきたか疑問が残る。また、日本では議員立法は少なく政府立法がほとんどである。政治レベルではそもそも日本と米国では議院内閣制と大統領制という違いがあり、政権に入っていなくとも国会議員は国会議員としてのステータスは変わらないし、野党にいても選挙で当選しないケースを除けば、再就職を心配する必要はない。また、仮に政権交代があるとして野党が次期の政権を目指し政策をブラッシュアップするため備えるシンクタンクができる可能性はあるが、戦後90年代の一時期を除いて政権交代がない。日本において現状のままシンクタンクをつくっても米国ほどの需要があるとは思えない。
以上の2点に加え、日米シンクタンクの相違点を上げると次のとおりである。
3)オープンな議論ができる環境 米国社会について言えば、オープンな議論を容認し、受け手は間違った意志決定をしないためにも、官僚、学者、財界人の幅広い意見を聞き、批判があればあえて受け入れる度量のある国民性あるいは社会があると思う。寛容さというよりもそれが民主主義の基本ということなのかもしれない。このようなオープンさは、国として合理的な意志決定を促すものであり、米国シンクタンクの存立理由の重要な一つとなっていると考えられる。他方、日本では変化しつつあるが歴史的文化的な理由からオープンな議論が難しい環境は未だに存在する。 そもそもオープンな議論ができる環境云々以前に、政府について日米間の考え方の相違があると思う。米国では政府は国民が自分たちのために作った、統治を委託している、国民が政府を変えられる、国民が政府に責任を持つというコンセプトがある。これに対し我が国の政府には歴史的に「愚かな民には知らしむなかれ」という考え方が存在したことは否めない。このような政府そのものに対する考え方の差異の存在は、我が国において仮に米国型シンクタンクを創設したとしてもどの程度それらに期待できるかという疑問を生じさせるものである。 また、我が国では伝統的にボトムアップの意思決定方式を採用してきており、政策が安定する反面、ダイナミックな政策変更の可能性は低い。一方、米国では、例えば予算を見ると、2002年2月議会に提出された大統領府予算案は軍事費の10%程度の伸びを認める代わりに、他の予算項目はほぼ一律に前年同に抑制するといったように、政策変更が柔軟に行われる。民主、共和両党間で政権交代が起こる場合にはその傾向は顕著だ。その時代の要請に即したダイナミックな政策変更を行う場合に、その科学的論拠を求め、オープンに議論することで、政府が専制的にならない仕組みとしている。科学的論拠を与えオープンな議論を提供する場がシンクタンクなのであろう。
4)実績 米国では最古のシンクタンクであるブルッキングス研究所が85年ほど前に設立され、また、多くのシンクタンクは60年代に設立されていることを踏まえれば、かなりの実績が積まれており、シンクタンクに対するクレディビリティをつくってきていると考えられる。他方、日本は政策研究の場の必要性が声高になったのは90年代になってからで、政策研究の実績もこれからというところにある。
5.現実的なアプローチ とはいえ、社会科学的に政策を構築し、グランドデザインを描き、多様の政策オプションを提示し、オープンな議論の場を提供し、…といった政策研究の場が日本にあればよりダイナミックな政策形成が行われる可能性が開かれるかもしれないという希望は捨てたくない。ではどうしたらそのような展望が見えてくるか。既に述べたとおり日米間の政治・社会システムの違いがあることをまず認識する必要があろう。日本で上記キーワード(下線部)に変更があれば、日本での米国型シンクタンクの設立に期待を持てるかもしれないが、それに大きな期待を寄せるのは現実的でない。シンクタンクが有する政策研究・情報発信としての機能を重視し、あとは受け手を徐々に増やし少しずつ実績を積み上げていくというアプローチになるかもしれない。ちなみに、米国でシンクタンクが果たしている役割は重要だが、シンクタンクの内部にいる人たちはあくまでも政策分析、情報発信に徹するところと捉え、政府・議会が意志決定を行っていくとのスタンスだと考えているところが興味深い。CSISの総務に相当するところで政策形成への影響について話を聞いてみたところ、”not a matter of influence, but a matter of information”、つまり、特定の影響力を及ぼすことが目的というより情報発信することがシンクタンクの役割であり、セミナー、レポート等を通じ情報発信していくことがタスクであるとのことであった。また、あるディレクタークラスの方に聞いても、「たとえCSISが重要な政策オプションを大統領に提言しても、最後に判断するのは大統領だ」と言っている。要するに顧客に対し情報提供というサービスをするのだと。また、同氏は「日本にも(政策形成に影響を及ぼすという意味で)シンクタンクはいくつもある」と言う。大切なのは政策研究の成果が適切に発信され政策形成に好ましい影響を及ぼす機関の存在である。また、受け手をきちっと巻き込んでおいた上で情報提供していくことが必要ということだ。 元に戻るが、下線部のキーワードに変更が出てくることにあまり期待を置けない場合、Big-bangアプローチによらずともGradualismというアプローチにより、これまでの延長線上で考えて、日本人が得意とする地道な積み上げから少しずつ改善を重ねていくという方法で進めていけばよいのではないだろうか。米国型シンクタンクを作ることが政策議論を活発にしていく上で重要といった形ありきの議論ではなく、まず我が国で今できることは何かという議論を展開する方が現実的ではないかという気がする。通商産業省の通商産業研究所が省庁再編に伴い発展的に改組され、独立行政法人経済産業研究所となって大所高所の政策研究が行われているが、こうした新しい試みは一つのモデルになるのではないか。また、政策研究大学院大学、慶応大学総合政策研究学部などの大学院・学部では、政策研究を研究対象とし、様々なバックグラウンドを持つ教授陣により幅広い分野の政策研究が行われている。こうした組織が実績を積み上げることにより政策研究の場としての評価が高まっていけば、政策形成に与える影響も大きくなっていくのではないだろうか。
もう一つの方法は、ネットワーキングであろう。新しい組織を作ったとしても、ビルを新築・間借りして組織を作るなどコストをかける必要はなく、任意団体・非営利法人という組織で、ネットワークを作る点に重点を置く。シンクタンクとは異なるが、コロンビア大学ビジネススクールにヒュー・パトリック教授がディレクターを務める日本経済経営研究所という組織の事務局を置いており、実際に研究所に属する研究メンバーは自分の所属先が学内外問わず別途あり、そういう専門家を横断的に網羅した構成となっている。この種の横断的な研究所は学内他にもあるし、また、他大学にもあると思う。ネットワーク組織のメリットはコスト面だけでなく、研究メンバーが必要に応じて参画するというフレキシビリティがある。日本でもネットワーキングを目的としたそのような横断的組織が、政策研究分野についても実質的にシンクタンクとして機能するということでもよいのではないかと思う。あとは、そういう組織に政策指向の強い産学メンバーを幅広く募ることと実際に政策形成携わる官僚をインヴォルブすることが実質的なシンクタンクとして機能するという点で重要なのではないだろうか。(1999年に設立された政策分析ネットワークはそれに相当するのかもしれない。)
6.おわりに 念のため、米国型シンクタンクは礼賛すべきで日本でも同じ様なシンクタンクを作るべきだと言っているわけではない。米国でもシンクタンクに対する批判があることは留意しておかなければならない。シンクタンクは一般的に中立性を維持する努力をしているが、共和党政権の場合に共和党系のシンクタンクには政府からの多く予算がつきやすいという、シンクタンクが政治化される恐れがあるとの批判もある。本論で言いたいことは政策を社会科学的に構築する、オープンな議論を行うことによりより合理的な政策を形成していくという政策形成のあり方についての話だ。
最初の問いかけに戻るが、このように考えてくるとDCに拠点を置く専門家から構成されるPRANJというのはネットワーキングを目的とした横断的組織と考えられる。まだPRANJ自体は設立後新しいが頻繁にセミナーが開催され、相当数のウェブサイトへのアクセスがあると聞く。日本で政策形成に携わる霞ヶ関から来られているDC住在の方々も積極的に参画しているようである。ただ、現実問題としてPRANJにおいて科学的な政策研究が行われているか、政策研究が成果物として流通しているかという点で、直接的な政策形成への影響力というのは簡単ではないだろう。多様なメンバーの存在と着実な政策研究の実績の積み重ねが将来につながっていくのだろう。また、PRANJに限らず、日本国内に設立されるの実際的な政策研究を専門とする官学の組織、インディペンデントなネットワーク組織が、実績の積み重ねで本物のシンクタンクに育っていく期待が持てるのではないかと考える。 最後になるが、CSISにて多くのご助言をいただくとともにご指導いただいたウィリアム・ブリア部長、渡部恒雄主任研究員他ジャパンチェアの方々、我が国でのシンクタンクを考えるに当たり的確なご助言をいただいた上野真城子、上山信一両氏、また、私のインターン期間中にお世話になったDC在住の皆様には、この場を借りて心からお礼を申し上げたい。 著者紹介: 山崎 知巳氏 Yamazaki, Tomomi |
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