| 日本とアメリカでの認識のずれ (2001年9月25日JMM掲載) ■ 渡部恒雄 :CSIS 戦略国際問題研究所 日本部主任研究員 前回の私のリポートへ様々なご意見をいただきましたが、その際に、今回のテロをどう理解するかという点に関して、日本国内とアメリカ国内での認識のずれ(日本人とアメリカ人ではなく)があると感じましたので、今回はそのあたりを中心に報告します。 まず、今回のテロに対するアメリカの対処が、「戦争」「報復」というレトリックで語られているため、事態の複雑さがあまり理解されておらず、かなりの日本の人が今回のテロへの対応も、アメリカが「相も変わらず」自国中心主義で、圧倒的な軍事力を背景に弱い者いじめをしているという印象を拭い切れていないのではないでしょうか。だからこそ、今までのベトナム戦争や湾岸戦争の時と同じようなトーンの、日本の対米軍事協力への慎重論がまだ根強く残っているような気がします。 今回のアメリカへのテロ行為はこれまでの人類の歴史で使われてきた、国家対国家の「戦争」の概念とは違うものです。ブッシュ大統領は、事態の深刻さを自国民や同盟国に理解してもらい、危機感と団結力を高める目的で、戦争という言葉を使っているようですが、アメリカの専門家の中には今回の軍事行動は「戦争」ではなく、「反国際テロのキャンペーン」と呼ぶべきだという声があります。私も後者に賛成です。日本人の多くは戦争という言葉にアレルギーを持っているので、戦争という言葉を使わないとやや気が楽になるかもしれません。でも実は、国家同士の戦争ではないからこそ今回の事態は深刻なのです。 まず現在のアメリカの立場ですが、他の「国家」に対して圧倒的に優位な軍事力を保持していることは確かです。しかしその圧倒的な軍事力も今回のような国境を超えたネットワークを持つ「非国家」勢力には、あまり効き目がないようです。ウサマ・ビン・ラディン率いるアル・カーイダのようなテロ組識に関していえば、アメリカの現在の立場は、見かけよりもずっと脆弱な立場にあります。もし相手が国家であれば、領土や国民をどこかに隠すことはできずアメリカの空爆の脅威にさらすことになります。しかも、国家の指導者というものは、どんな独裁者であろうが、結局のところ自国の経営をしなくてはならないので、いやでも他国との利害関係を無視できません。例えば、現時点で親タリバーンのパキスタンのムシャラフ大統領が、国内的には自分の政治生命を危うくするような強硬な反対があるにもかかわらず、アメリカに対してある程度協力しているのも、自国の経済発展への希望やアメリカとの戦争で失う自国民の生命や財産などの国家としての利害関係があるからです。 しかし、アル・カーイダのような非国家のテロリスト組識が相手では、圧倒的な軍事力の効果はあまりなく、例えば単純に大規模な空爆をおこなった場合でも、真の目標の破壊は難しく、民間人の副次的な被害(いわゆるコーラテラル・ダメージ)だけが増えて、問題の解決にはなりません。国際的なテロリスト組識にとっては、一国の人民や経済が大きな被害を受けたからといって大きなダメージはありません。むしろ攻撃した側が、国際的な非難をまねき、自らの政治的なリスクだけを大きくすることになります。 かといって、テロリスト組識を特定して攻撃、逮捕するために陸上兵力を送りこむには、アフガニスタンの山岳の多い地形を考えると、泥沼に足を突っ込み、かつてのソ連軍やベトナム戦争の二の舞になる大きなリスクがあります。そこで、大規模な陸上兵力ではなく、特殊部隊を送りこむという選択がありますが、これも、イラン人質救出作戦のときのように、失敗したときのリスクも大きく、かなり難しいようです。 現在、アメリカ軍は、そのあたりの手段を組み合わせて、どう効果的に対応するかということに知恵を絞っているのだと思います。アメリカ軍は歴史上はじめて、アメリカ本土を攻撃する能力を持つ「非国家」勢力と対峙しているのです。湾岸戦争のようなわかりやすい圧倒的な勝利は望むべくないことは、ブッシュ大統領もすでに国民へのメッセージとして発しています。 ではアメリカは、今回の軍事力行使で何をしたいのでしょうか?多くの専門家が指摘するのは、今後の世界で、今回のような大規模なテロ行為を抑止するために、テロリストのネットワークを壊滅させる措置です。そしてその過程で、国際的な対テロ防止のための強力なネットワークづくりをすることです。そのようなゴールを達成するためには、世界各国の水も漏らさぬ協力が不可欠です。ブッシュ大統領の発言に、「世界はアメリカにつくか、テロリストにつくのか、決めなくてはならない」といった脅しに近い発言がありますが、これには一理あって、国際的なテロ組識の撲滅態勢には抜け穴があってはいけないからです。 例えば、すでにウサマ・ビン・ラディンは、敵に跡をつけられないように、馬に乗って山岳地帯に入り、すでにアフガニスタンを脱出してチェチェンにいるという噂まで流れています。つまりもぐら叩きのように、抜け穴が多ければ多いほど、テロ組識の完全撲滅は難しいわけです。そこで、例えば国境閉鎖などの軍事力、警察力に加えて、財政基盤を押え込む金融面での協力や、情報交換面での国家間の密接な協力などが重要事項となってくるわけです。このような目標は、すでにブッシュ大統領が発言しているように時間がかかります。しかも、歴史に前例がないために、見通しというものがまったくつきません。 今回のアメリカの作戦にある程度希望があるとすれば、直接の相手であるテロ組識は国家ではありませんが、対テロの国際協力態勢を築くことのできる主体はあくまでも国家であり、この国家を協力させるためには、まだまだアメリカの軍事力の優位性は有効であるということです。ですから、現時点でアメリカがアフガニスタンのタリバーン勢力に対して軍事力の展開を準備しているからといって、アフガニスタンを徹底的に破壊して復讐の溜飲を下げるといった単純なマッチョな図式だけを考えると事の本質を見逃します。そもそも、ソ連の侵攻とそれに引き続く内戦で徹底的に荒廃しているアフガニスタンで、空爆する目標物などは、クリントン政権が行ったように化学兵器工場やゲリラの訓練施設ぐらいしかありません。しかし、このようなアメリカの圧倒的な軍事力の圧力を利用して、周辺諸国による対テロの包囲網をつくることは可能です。 今回のケースではほとんどの国家は、アメリカの作戦に協力することには大きな利益を共有しています。まず、中国やロシアなどは、国内にイスラム原理主義の反政府勢力に苦しんでいますから当然ながら協力します。さらに現在のように自由にモノと人と情報が行き来する世界経済から恩恵をうけている国々にとって、今回のような大規模な国際テロが続発する状況というのは、経済的に命取りであるということです。 今回のテロだけで、すでにアメリカの消費意欲をそぎ、大恐慌以来の株価の下落を招き、景気を悪化させ、国際貿易に大きなダメージを与えています。国を豊かにして力をつけたいと考えている国家にとっては、決して歓迎できる事態ではありません。そのあたりに、今回、中国やリビア等、それまで決してアメリカと関係のよくなかった国家が、アメリカを支持している理由の一つがあるように思えます。国家にとっては、自国の利益に密接に関ってくる話です。まして、人命の価値がより強く尊重される民主主義国家では、テロによって受ける国民の精神的な被害はより大きくなるわけで、今回、NATOやG8諸国が極めて素早くアメリカへの支持を表明しました。 ですから日本も、在日米軍やアメリカの核の傘にかなりの部分、自国の防衛を依存しているという点を抜きにしても、アメリカの対テロリストキャンペーンに参加することに大きな利益を持つはずです。ましてや、日本の場合、アメリカに対する特別な軍事上の依存関係がありますから、当然のことながら、利害で動く国際関係の常識からいえば、日本がアメリカへの協力をためらうということは、理屈の上では有り得ないわけです。 今回の事態に対する日本の対応策に関して、議論がどこまで現実に即した真剣なものかは、次の質問に対する回答につきます。「日本が今回の米国の作戦に積極的に協力しないという選択(自衛隊を派遣しておきながら、憲法解釈等の条件でその協力内容を限定することも含む)を取ったとして、日本が将来今回のアメリカと同じような規模の国際テロの被害にあったとき、どのような対応をするつもりか?」というものです。 答えを単純化すれば、(A) 報復する、(B) テロリストを逮捕する、(C) どちらもしない、であり、(A) の答えには3つのオプションがあります。(A1) 自国の軍事力だけで報復する。(A2) 同盟国のアメリカ軍と協力して報復する。(A3) アメリカ軍に報復してもらう。(B) 報復はしないが、テロリストを逮捕し、国際的な司法の場で解決する。(C) 報復や逮捕をあきらめ、非暴力による世界平和へのメッセージを世界の良心に訴えて、次なるテロを抑止する。 もし、あなたが(A2)・(A3) のオプションを考えているようでしたら、今回、日本がアメリカの軍事行動を支援せずに、自分が被害にあったときにだけにアメリカの協力を求めるのは虫が好すぎるでしょう。そもそもアメリカが日米安保体制に期待していることは、アメリカの重要な市場である東アジアの安定にあります。テロというのは国家の侵略行為ではありませんから、国民に大量の犠牲はでても、すぐに日本の独立が脅かされることではないでしょうし、アメリカは湾岸戦争の時のイラクのクウェート侵攻とは違った対応を見せるでしょう。 しかも、アメリカ国民がテロの被害にあった際に協力もしない国のテロの報復にあえて肩入れして、戦争の危機を冒してまで地域を不安定化する必要も無いわけです。ちなみに誤解している人も多いようなので敢えていいますが、アメリカ人だって戦争は嫌いですし、不必要な戦闘を避けたいと考えています。 (A1)を考えているのであれば、日本の領土以外での大規模な軍事活動ですから、憲法9条の理念から大きく外れますし、集団的自衛権の行使などとは比べ物にならないほど、周辺諸国の不安定化を招きます。そもそも、現実には日本はそのような軍事能力を保持していません。(B)が最も妥当な解決策のように思えますが、テロリストを逮捕するには、よほど緻密な国際ネットワークを作らなくはいけませんから、対テロリストの国際的協力態勢ができていなくてはいけません。これもネットワーク作りに協力せずに、ただ乗りは無理でしょう。(C)を考えている人は、具体的な方策を教えて下さい。私には、現在の国際環境の中で自国民を危険に晒さずに、このゴールにたどり着く道が、まったくもって思い付きません。 私は日本が戦争になるのはいやですから、今回のような新しい国際環境の出現には最大限に対応して、とにかく現在の国際間のバランスを崩さないような努力を払います。その為にも、不安定な東アジアの国際環境を安定させている要である日米安保体制の維持に全力をあげます。それから、日本人が国際テロの犠牲になるのもいやですし、今回のような大規模なテロ活動は、国家間の戦争への火種にもなりますから、国際的なテロ撲滅キャンペーンに参加して反テロのネットワーク構築に最大限の努力をします。もし、これが成功すれば(B)の選択肢がとれます。もしそのネットワークづくりに失敗したとしても、 日米が緊密な同盟関係を維持していれば、 最悪でも(A2)の選択肢をとることができます。重要なことは、このような報復の選択肢が取れるという環境であれば、相手が報復を恐れるがゆえにテロの抑止になります。 先を見通していえば、日本が現在のところ、アメリカと利害を切実に共有する二つのゴール、東アジア地域の安定と対国際テロネットワークの構築、これが達成されないときこそ、本当に日本人が忌み嫌う戦争の恐怖が日本に降りかかってくるでしょう。 (C) 2001 Policy Research & Analysis Network All Rights Reserved 無断転載を禁じます。 |