同時多発テロに関連して

  報復は何をもたらすのか (2001年9月25日投稿)

神谷 弘樹  21歳 大学生

まず、今回の事件について、あまりにも多くの人が、自分の論理で語りすぎていて、他人の気持ちを思いやる余裕が欠けているように思います。

 今回の事件を「民間人に対する無差別テロ」と考えるべきではないと思います。イスラム過激派の側から考えれば、すでにアメリカからの攻撃を受けているわけですから、これは戦争行為であり、善良な米国民を大量に殺害するのは決して特別なことではありません。50年以上前に、日本に大空襲があったのと同じと捉えてはどうでしょうか。

 このように捉えると、「これは民主主義に対する挑戦である」という見方も変わってきます。イスラム過激派にとっては、これまでアメリカやユダヤ人が行ってきた横暴に対する反撃を意図したのであって、ヨーロッパや日本を必ずしも直接の敵と見ていないことが考えられます。

 ここで、「アメリカ・ユダヤ人の横暴」とは、例えばイラクのクウェート侵攻に対する厳しさとは逆に、イスラエルのパレスチナ侵攻を黙認したことや、ケニア大使館爆破の報復として、巡航ミサイルを用いてスーダンとアフガニスタンの善良な民間人を殺害したこと、パレスチナの自爆テロに対抗してイスラエル軍が合法的に暗殺活動を開始したことなどが挙げられます。いずれも、ユダヤ人だけが必ずしも悪いわけではありませんが、イスラムの人々が反発するのに十分な出来事であったと思います。

 また、報道ではあたかもタリバンを敵であるかのような論調が多いように見受けられますが、仮に客人であるオサマ・ビン・ラディンが犯人であるという証拠があったとしても、タリバンを罰するべきではありません。たしかに、タリバンは西欧のような女性の権利は認めていません。バーミヤンの石仏も壊してしまいました。しかし、彼らはそれまで長く続いていたアフガニスタンの戦国時代を統一し、国内に平和をもたらした団体であり、この点は評価すべきであると思います。権利や自由よりも、まずは戦いがなくなること、命が大切であることは言うまでもありません。また、このような「抑圧的な政権」の問題の解決に対して武力以外の解決法もあります。次に述べる食糧援助もその一つです。

 アフガニスタンでは飢餓が続いています。国際援助が十分ではない場合、彼らは数100万人という単位で死んでいく可能性があります。このような状況で、外部から戦争を仕掛けることに私は反対ですが、仮に戦争を開始する場合、たとえ敵であっても食糧援助は継続かつ増量さえすべきであると考えます。敵を兵糧攻めにして自然に大虐殺を行う意思がないのであれば。


 最後に、何故私が報復に反対であるのかを述べます。この事件に対して先に述べたような捉え方をすれば、この事件は「テロという手段 対 民主主義」では無く、「イスラム過激派 対 アメリカ・ユダヤ」である可能性が高いこと、また、この戦争に勝ち目は無いことがその主な理由です。

 まず、「テロの根絶」という言葉に違和感を感じているのは私だけではないはずです。地下鉄サリン事件も1つのテロであり、それと今回の事件は関係がありません。これは世の中から窃盗事件をなくそう、といっているようなもので、武力を持って根絶できる種類の犯罪など無いことは明らかです。これはイスラム過激派に対する戦いであることをもっと明確にすべきではないでしょうか。

 そして、湾岸戦争ではイラク軍を国境まで押し戻せば勝利でしたが、今回は報復、つまり復讐なのです。勝つということがない、勝ち目のない戦争なのです。アメリカが報復攻撃をした場合、攻撃を受けた人はアメリカ本土に反撃を加えようと思うのは明らかで、支援をした日本国内も例外ではありません。世界中が戦場になりうるのです。また、オサマ・ビン・ラディンを暗殺する以外の方法、例えばタリバンと戦う場合、アフガニスタンは山岳地形ですから、究極的には地上戦を行うか、核兵器を使用するくらいしか方法はありません。地上戦では多くの人が命を失うことになるでしょう。タリバンとの地上戦を行うのであれば、民間人と軍人をどうやって区別するのか、全員と戦うつもりなのか、民間人を殺害してしまった場合、イスラム諸国からの反発も予想されることから、現実的に見て報復攻撃は混乱を生むだけであると私は考えます。

 私は、ブッシュが報復を宣言せざるを得ない状況についても理解はしていますが、これまでの報復に関する行動は単なる外交カードにとどめてほしいと思っています。また、日本はアメリカとアフガニスタンの間に立てる位置にいます。この立場をもう少し平和に役立てるとともに、食糧援助にも力をいれてほしいと思います。食糧援助は平和につながることを私は確信しています。