同時多発テロに関連して

 問題はその具体策と日本の対応、更にはアメリカの対応 (2001年9月24日転載)

 愛知和男:元環境庁長官/元防衛庁長官

アメリカの対応から先に論じてみますと、先ずブッシュ大統領が今回のテロは戦争だ定義した事に私は違和感を感じます。戦争は国と国との間の争いですが今回の出来事では相手は国ではありません。また攻撃を受けたのはアメリカという国だという認識でいいのかどうか疑問を感じます。攻撃されたのはまさに人間なのであって国ではないのではないか。

  最近議論の俎上に上り始めている人間安全保障という概念、つまり安全保障を論ずる際に従来の国家安全保障という発想から脱して人間安全保障という視点からの安全保障諭が必要ではないかという議論がこの事件をきっかけにして活発化する必要があるのではないかと思われます。つまりナショナル セキュリテイからヒューマン セキュリテイへの発想の発展です。にもかかわらずアメリカの対応は従来からの発想から脱していないように思えてなりません。ブッシュ大統領のコメントのみならずあらゆる場面で出てくるセリフは アメリカ、アメリカ、アメリカ です。これでいいのかと言う疑問を感じてなりません。

 今回のテロ事件の犯人探しや再発防止に世界各国がアメリカに協力するのはアメリカのためだけでは無いはずです。まさに人間の安全が保障されるような世界にするために各国が協力するということが大義でなければなりません。

  このように考えるならば日本の対応も明確だと思います。 まず最初から討議に参加することです。アメリカが対応策を決め、それをもとに日本に要請してきた事にどのように対応するかではなく、はじめから議論に参加していなければなりません。  イギリスのブレア首相やフランスのミッテラン大統領が早速ワシントンを訪問するようですが小泉首相も直ちに訪米してアメリカとともに対応策立案に参加すべきだと思います。

  小泉首相はようやく訪米の意思を固めて重い腰を上げ始めたようですが、いかにも遅い。またアメリカに伝えるといわれている支援策なるものも 苦労の跡が見られるものの国際社会からみるといかにも小さい。またふたたびTOO LATE,TOO LITTLE との批判を受ける可能性があります。

  アメリカが戦争と定義してアフガニスタンに攻撃するようなことになれば、再びアメリカはベトナム戦争のような泥沼にのめり込んでしまう事になりはしないかと恐れます。 

今回のテロ攻撃はアメリカが攻撃されたというより国際秩序が攻撃されたと理解すればこのテロに対応するには集団安全保障の概念によることになります。アメリカが攻撃されたという理解に立てば集団自衛権の問題になります。

  今回のテロではアメリカ人のみならず日本人も、解っているだけで24人が犠牲になっているし世界多数の国民が犠牲になっているのだから、アメリカだけの問題ではないはずです。 アメリカが攻撃されたのではないとの認識が重要だと思います。

  それにしても5千数百人にのぼる死者、行方不明者について国籍別の発表がないのは奇異に感じます。発表されていても報道されないだけなのかどうか。集団安全保障の概念のなかで日本はなにができるかについては緻密な議論は充分熟しているとは思えませんが、私は現行憲法のもとでもほとんど制限なく何でも出来るし、すべきであると思います。異論はあるとは思いますが。 ところで、私が首相だったら、躊躇する事無く、無理やりにでもブッシュ大統領に会いに行きこう言うでしょう。

  「今回のテロはアメリカだけに対するテロではなく国際秩序に対するテロである。従ってこれに対処するには、集団安全保障の概念、即ち国際社会の治安の維持、言い換えれば警察行為として対処すべきだ。従って正にこれは本質的に国連の場で処理すべき問題なのだ。国連憲章にも謳ってある通り、力の行使が必要ならば国連軍をもってこれにあたるべき課題なのだ。しかし現実には国連軍は創設されていない。したがって止むをえず、多国籍軍のような言わば、義勇軍で対処するしか無いのが現実であるのは充分認識している。したがって我が国としてもこれに参加する意思があることをはっきり申しあげておく。しかし本来の姿 つまり国連軍を一刻も早く創設してこのような事態に対処する事が出来るようにすべきだという主張を 我が国は今後強く主張していくつもいりである。アメリカ特に共和党政権はこの考え方に消極的だと思うが 我が国としては国際社会にこの主張をねばり強くし続けるつもりである。」

  アメリカが今回のテロ事件について異常なほどアメリカを強調しているのは、アメリカの国民感情としては理解するものの、政権にあるものの思惑は国連主導型になる事を恐れているからでしょう。伝統的にアメリカは国連が嫌いなのです。アメリカがやりたいように自由にやれなくなることが嫌なのです。正にこの点にアメリカの驕り、傲慢さがあるということではないでしょうか。 例えばWTOの首脳会議がデモで大混乱したのはアメリカの傲慢さにたいする抵抗感の現れでしょうし最近の事では、何年もかかって多くの人々の必死の努力でようやく合意にこぎつけた京都議定書からの一方的な離脱宣言など、アメリカの傲慢さの現れ以外のなにものでも無いと思います。 アメリカが今回の不幸なテロ事件で、世界へ向かう自らの姿勢への反省なしに対処すれば、世界は大混乱に陥るにちがいありません。

  同盟国たる日本はアメリカたいしてこの点を指摘をすべきなのだと思います。しかし日本の現状は、とてもとてもこんなことを言える状態ではありません。 日本としての急務は アメリカに対して堂々と胸をはって主張すべきことは主張する事が出来る国内体制を、あらゆる面で可及的速やかに整えることだと思います。

  尚、蛇足ながら、テロに関する私のコメントはアメリカに厳しいものになりましたが、若い頃、アメリカで何年か過ごしており、また10月下旬からハーバード大学からの招聘を受諾して客員研究員としてしばらく滞米する予定になっています。私はアメリカ大好き人間と言う点では人後に落ちないと自負しておりますので、念のため。

 


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