| アメリカの視点への疑問 (2001年9月24日投稿) 平石 貴寛 (ワシントンコア
プロジェクトマネージャー)
今回のテロ報道については、米国政府の立場にたったものがほとんどで、「ビンラディンが犯人」と決めつけた報道・意見がほとんどである点に大きな疑問を覚えます。事件の衝撃的な映像と米国のリーダーシップの前に、今回の米国の対応を疑問視する声はあまりあがっていないようですが、「ビンラディンが犯行に関与したという証拠があるのか?又それが米国によって提示されたか?」という点に盲目的になるべきではないと思います。報道によると、米国市民の多くは報復に賛成であるとのことですが、一方で、テロの被害者のご家族の中には、「報復などしても、血で血を洗うだけであり、止めて欲しい」といった意見が聞かれるのも事実です。にも関わらず、こうした意見はあまり表にでてきません。米国政府としても、米国市民が報復措置を冷静に見つめなおす機会を与えないまま、報復=戦争に突入する意向であるとみえ、米国政府やマスコミにより情報操作があるといった意見がでるのも理解できる気がします。
米国政府の対応も、今回のテロを「民主主義・世界平和への挑戦」とし、「正義」を大義名分に報復するという一致団結ぶりは一見すると素晴らしいものに見えますが、議会では報復措置についてほとんど議論されていないようであり、客観的にみるとさまざまな疑問点が残ります。たとえビンラディンおよびイスラム過激派による犯行であったとしても、それは「民主主義への挑戦」ではなく「アメリカのパワー支配への反抗」であり、今回のテロを「民主主義・世界平和への挑戦」などとするのは、単なるアメリカの奢りではないでしょうか。米国政府のいう「報復対象国の罪のない人々に被害が及んでも行う報復活動」についても、テロ同然の行為といえるのではないかと思われます。ラディンによる犯行なのであるのならば、その証拠を提出し、国際的な後ろ盾をベースにラディンを捕まえることに全力をあげるべきです。テロ直後からの無差別的報復措置の表明、米国議会の一致団結ぶりなどを見ると、「米国政府としては戦争がしたくて仕方がなかった」と思われても仕方がありません。
米国の報復表明は、世界の動向を米国の政策中心に分析する政策サイドの方にとっては「一致団結した米国の政策で当たり前」なのでしょうが、世界の動向を経済活動を中心に考え、国家政策も国家の経済的運営策の一環とする経済アナリストなどは「報復して得をするのは誰か?」といった見方をし、報復して得をするのは米国であると指摘する方が多いようです。米国が報復にでると、民間レベルでは傷を負う市民が増えるほか、一時的な景気後退、リストラ、精神的な不安感の増加といったマイナス要因がありますが、政府については「報復=戦争は、米国が再び世界をパワーで牛耳ることができる最高の機会」であり、報復は「長期の戦争での兵器在庫の減少と、軍需産業を中心とした景気上昇を狙える絶好の機会」となります。さらに、米国は、報復=戦争により中東の力関係を再び仕切り直せるどころか、世界全体をパワーで制覇することで再び世界中のマネーを米国に還流させることが可能となるのです。また、国益という面では、米国が中東で戦争を起こすことは、イスラエルの国益にかなっているという見方もあります。戦争によってしか領土の拡張ができず、和平交渉では必ず領土縮小を求められてきたイスラエルにとっては、今回の報復=戦争で対イスラムといった姿勢から米国と共闘し、戦争に勝利すると再び領土を拡張してユダヤ国家の再建を目指す事ができるのです。
こうした点から、一部のアナリストの中には、今回のテロを「米国の自作自演」「米国とイスラエルの謀略」と位置付ける方もいるようです。これらの説は推測に過ぎず証拠はありませんし、私としても個人的な意見を述べられるほどの分析力はないのですが、今回のテロには非常にグレーな部分が多いことから、米国がビンラディンによる犯行であったという証拠を提出しない限り、こうした説にも耳を貸さざるを得ません。
さて、日本政府についても、米国の報復支援を打ち出し、「顔の見える支援」を行えるような対応を行っているようですが、「ビンラディンが犯行に関わった」という証拠がない以上、米国の報復政策を積極的に支援するのは非常に危険であると思います。日本は、世界の大国の主張に流されるのではなく、日本独自の中東問和平解決策を探るべきであるのではないでしょうか。個人的に、鳥越俊太郎氏の「宗教色のない日本こそが中東和平解決のイニシアチブをとるべき」という意見に共感を覚えますので、下記に引用させてもらいます。
<引用:ほぼ日刊イトイ新聞「あのくさこればい」第578回>
http://www.1101.com/torigoe/2001-09-15.html
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