同時多発テロに関連して

 『自衛隊派遣について』 (2001年10月7日JMM投稿)

中山 元太郎  (国家公務員)

私は国家公務員ですが、テロ対策には携わっていません。以下の文章は、一国民として、また、政治に関心を持ちつつ政治学を勉強した後で法律の勉強をした人間としての文章です。憲法上の位置付けをしっかり議論することもなく、なし崩し的にアメリカ軍を支援するために自衛隊を派遣することを目的とした法律が制定されようとしていることに不安を覚え、少しでも自分のできることをと思い投稿します。整理されない長文になってしまい、申し訳ありませんがよろしくご笑納ください。以下本文です。

アメリカの犯人捜索(報復)に協力すべきか、ということですが、まず、非軍事的な犯人特定及び捜索さらには犯人の封じ込めについては最大限の協力すべきであると考えます。これは、単純に捜査上の互助活動の範疇でしょう。

それでは、アメリカによる軍事的な行動についてはどうか、ということですが、理念的に結論を言えば、「日本国の自衛のために必要な範囲内で」、かつ、「直接積極的に他国領において武力を用いない範囲内で」協力すべきであると考えます。 なぜなら、ビンラディン一派がやったと仮定して、犯行動機は明かされていませんが、これまでの発言と今回の行動から考えて、今後日本に対してテロを行う危険性は十分にあります。そうである以上、日本にとって基本的には関係ない問題である、という態度をとることはフェアでないし、アメリカ及びイギリス、オーストラリアとの信頼関係を傷つけることにもなると考えます。また、今後日本に対するビンラディン一派によるテロが起きた場合について、アメリカ等の援助も期待できないでしょう。したがって、ビンラディン一派がテロに決定的な影響を行使したことが示されれば、自衛隊の派遣も含め、できる限りの協力は行うべきである、と考えています。ただし、あくまで「日本国の自衛のため」「直接積極的に武力を用いない」限度で協力すべきであると考えています。

さて、それでは、順番に説明します。まず、政府与党が行おうとしているアメリカ後方支援法への評価から入るのが議論しやすいと思います。結論的には、今のままでは賛成できない、と言わざるを得ません。
なぜなら、日本として主体的にと言いつつ、結局「国際社会が一丸となってテロに対峙しようとしているのに日本だけが何もしなくて良いのか。」とか「湾岸戦争のときは大金を出したのに評価されなかった。その轍を踏むわけには行かない。だから、同盟国としてアメリカの報復に積極的に協力する」という外務省らしい議論と「日本人も殺されたから」という感情論の2つからアメリカ支援を行う、という議論しか聞こえてこないためです。しかし、私はなぜ、何のためにアメリカの軍事行動に協力するのか、ということについてしっかり整理をせず、なんとなく国際社会がこぞって対処しようとしているのだから、とか、同盟国としてという理由や、まして日本人が殺されているのだから、という理由で自衛隊を派遣してはならないと考えます。特に、戦闘行為の行われる蓋然性の高いパキスタンにそんないいかげんな理屈で自衛隊を派遣する、というのは今後に大きな禍根を残すと考えます。

まず、国際社会を理由にするのであれば、やはり具体的な国連決議を求めるべきでしょう。そして、国連軍又は国連から委託を受けた軍隊への協力、ということであれば問題はないと考えます。しかし、残念ながら今のところそうはなっていません。

次に、アメリカがやられたから、というのであればこれは完全にこれまでの日本国の立場を逸脱します。アメリカの外交方針に基本的に賛成できる、というのでもない限り、こう言っては何ですがテロ程度への自衛にまで全て付き合う必要はないはずです。

また、日本人も殺されたではないか、というのは、日本の行った侵略行為も含め、古今東西どれだけ多くの戦争が相手国における国民の安全確保を理由として行われたかを考えれば、言ってはいけない発言だと思います。国外での邦人の安全確保については少なくとも自衛隊という軍事組織を国権の発動として使用しない、というのは超えてはいけない則だと思います。


私は、そんな馬鹿な理屈を立てるまでもなく、日本の自衛のため、ビンラディン一派の行動を抑える必要がある、と考えるのですが、なぜかそういう議論にはなりません。集団的自衛権の発動であって憲法違反、という議論になるのもアメリカの自衛を手伝う、という発想だからだと思います。日米安全保障条約を結んでいることからして、まさか

日本の自衛のためにアメリカ軍に自衛隊が協力することが違憲であるとはならないと思うのですが、そのような議論は聞こえてきません。日本の自衛、という整理でないため、「軍事行動と一体ではない」とかなんとか訳のわからない議論が行われています。

これは、この期に及んでも国会周辺での検問も行われず、国会の門にはそれぞれ機動隊員がヘルメットもかぶらず数人立っているだけという危機感のなさとつながっていると思います。結局、日本国内の安全にとっての危機である、という発想が現内閣にないのではないか、と思ってしまいます。(ちなみに、しょっちゅう閣僚と国会議員が一堂に会していることだし、首相以下主だった閣僚が殺されたときの危機管理の手順が決まっているわけでもないので、20人ほどの決死隊がいれば日本の中枢部を長期間混乱に陥れるのは比較的容易であると考えます。先日も国会周辺を歩いていて愕然としたものです。)本気で日本にとっての危機ではない、ただ、アメリカがやられたからやりかえす、という問題である、もしくはアメリカの経済を狙われるのは日本にとっても危機だから程度のことであれば、クェートと異なり自ら対処する能力のあるアメリカに任せてしまえばよいはずです。まあ、お付き合いとしてそれなりの精神的な支援と金銭的な援助を行えばよいでしょう。

私は、日本がアメリカと同盟関係を結んでいる以上、残念ながらビンラディン側からみて攻撃を行い、混乱を生じさせるべき対象に十分入ってくると考えます。なにせ、犯行声明も出していないので何を目的としたのかは類推するしかありませんが、資本主義をとる富裕な国家の経済を混乱させ、あわよくばイスラム社会との泥沼の紛争に引き込もうとしている、というのが一番ありえる考え方なのではないでしょうか。そうであるとすれば、今回のテロでアメリカが攻めてこなければ、さらなるテロを仕掛けてくる可能性が高く、その対象として危機意識の薄い日本を狙うことは十分ありえると思います。ましてや、少しでもアメリカの軍事行動にお付き合いをするのであれば、たとえそれが資産凍結だけであったとしても攻撃を受ける危険性があります。

逆に、ビンラディン一派によるテロの危険を避けるためにはビンラディン一派によるテロを黙認し、かつ、アメリカに対してもテロに屈した形になってでもイスラム社会にもっと配慮するよう求めるしかないでしょう。それは、道義的にも、また、日本の現在置かれた状況からもできないことであると考えます。たとえ主張が正しかったとしても、テロという手法に応じてその主張を認めることはあってはならないし、資本主義を放棄するわけにも行きません。

したがって、長期的にはアメリカとイスラム社会の関係改善に努めるにしても、とりあえずはビンラディン一派によるテロ攻撃の危険は甘んじて受け入れ、国内的にもテロ防止やテロが起こった場合の危機管理対策をとりつつ、危険回避に向けた国際的な取り組みに協力する必要があります。そして、危険を抑えるためにはとりあえずはビンラディン一派に人的物的なダメージを与えるとともに、ビンラディン一派を保護することが危険な賭けであることを周辺諸国政府に示さなければならないと考えます。

もちろん、それでテロが根絶するわけではありませんが、まずは対処療法としてそこから始めざるを得ないのではないでしょうか。その上で、経済的な面も含め、テロを起こす根本的な問題に対処していく必要があるでしょう。以上の理由で、私は、まさに日本の領土内における安全を確保するためにアメリカの軍事行動に協力する、という考え方に立つべきであると思っています。

賛成できない、と言いながら、結局現在の政府与党と同じではないか、と思われそうですが、結論が同じであったとしても、やはり、理論上の整理を行い、自衛隊の行動に歯止めをかけておかなければならないと考えています。したがって、日本国内の安全が脅かされる危険性が高いことから、日本国の自衛のために、ビンラディン一派を抑えるアメリカの軍事行動に協力する、ということを明確にしておくべきであると考えます。現在の政府与党の議論は、集団的自衛権に関する神学論争を避けようとして、結果として自衛隊の行動に関する歯止めがしっかりかけられていないことになっています。それは危険であり、自衛隊は何のために存在し、どういう目的で活動を行うのかについて、しっかり整理しておく必要があります。

また、日本の対応という観点からの歯止めに加え、アメリカに対しても軍事行動を起こすにあたってできるだけの手順を踏むよう求めるべきでしょう。どうやらアメリカが自主的に教えてくれるらしいですが、本来、アメリカに対して日本国政府に対する一定の情報提供か国連安保理決議かどちらかを求めることは必要だったと思います。

なにせ、犯行声明のないテロ、というものに関して軍事行動を行う、ということについては従来の国際法や条約で全く想定しておらず、今回のアメリカの行動はある意味今後の対テロ軍事行動に関するルールになっていく可能性があります。被害国のアメリカが言っているから、というだけで軍事行動を認めていたのでは、戦前の関東軍が行った張
作霖爆殺事件のような自作自演による軍事行動を止めようがありません。したがって、できれば安保理決議、そうでなくても一定の情報提供と一定期間経過後の情報公開をアメリカに求めることは民主主義を機能させる大前提としての法治国家という共通の土台を持つ同盟国としてあるべき姿なのではないでしょうか。

さて、最後に、日本の自衛のためにも必要であり、かつ、ビンラディン一派が関与していたことについて相当蓋然性が高いということが示されたと仮定した上で考えてみたいと思います。この際は日本の自衛のための米軍への協力について散々議論した上で定められた周辺事態法の範囲内で検討すれば良いと思います。

私は、具体的支援としては、物資の輸送と洋上又はアメリカの現地ベースキャンプにおける医療活動に限れば良いと考えます。これで十分ものの役にはたつはずです。なにせ、ヨーロッパ側からの物資の輸送はイスラム圏を通過する以上危険を伴うでしょうから、日本が自衛隊を活用して海賊や一部イスラム国家の存在する地域を通過させて物資を運搬することはかなりの貢献になります。

これに対して、国連軍が設立されていない以上、他国領で敵を積極的にたたくことは憲法違反になると考えます。だからこそ、周辺事態法等において、自衛隊員の行動に強い制限が加えられているのでしょう。
しかし、そのような制限をつけて自衛隊員を他国領内に送り込むことは自衛隊員に犠牲を強いるようなものであり、かつ、アメリカ軍にとっても迷惑なことです。物資輸送等なら、自衛隊の従来から行ってきている訓練の応用で対応可能であり、自衛隊員がその能力で危険回避を行うことができると考えます。また、なし崩し的に積極的な軍事行動が認められるような事態を避ける意味でも陸上展開は最小限とすべきです。

軍事行動がテロに対する根治策でないことも承知していますし、イランとの橋渡しや周辺国への経済援助等実効性のある日本独自の非軍事の対米協力方法があるじゃないか、という反論もあると思います。当然、根本的な解決策を探るべきだし、外交的な協力も行うべきです。

しかし、ここでアメリカ軍に対して、金銭支出以外の直接的な協力を行わなければ、ビンラディン一派の攻撃を他人事であると考えているか、アメリカ軍を傭兵扱いしているか、どちらかであるとみなされます。少なくとも私がアメリカ人であればそう受け止めざるを得ないと思います。湾岸戦争で評価されなかった理由は、日本がイラクの侵略に対して主体的に悪であると捉えているように見えない、お金を出して自分たちは安全地帯にいるのでは同盟国とは考えられない、ということだったのではないでしょうか。
価値観を共有していること、したがって、積極的に自らの問題として捉えて解決しなければならないという危機意識をもっていることを示すためには、目に見える形でみんなが嫌がる直接的な行動も行わざるを得ないと考えます。

なお、編集長の発言に反論するようで恐縮ですが、日本が法治国家である以上、法律で協力を行うための制度を準備した上で、アメリカと随時必要な協力について協議することになると考えます。どんなに急いでも法律を国会で議論し始めてから施行まで1月はかかります。したがって、御用聞きをしてから国会審議をして法律を制定し、その出来上がった法律を踏まえてもう一度アメリカと協議して協力する、ということはナンセンスです。協力を行うためには、前もって法律を整備することは必要になります。どういった考え方に基づき、協力を行うのか、又は協力を行わないのか、しっかり議論する必要もあり、法律を作ることとして議論すること自体は健全であると考えます。

なお、経費については、アメリカの行動がわからない以上どのような協力が求められるかも不明であり、なんとも予想できません。