同時多発テロに関連して

 渡部氏からの回答 (2001年10月2日JMM掲載)

 ■ 渡部 恒雄  :CSIS 戦略国際問題研究所  主任研究員

現在までの私の2回のリポートに様々なご意見、質問をいただきましたので、それにお答えする形で、3回目のリポートを書きます。質問は大量、多岐にわたっているので、それぞれいただいた質問にすべてお答えできませんが、できるだけ多くの質問の内容に沿って、説明するつもりです。まず、最初に私自身の議論の基本的スタンスを確認しておきます。私の議論は、日本の政府と国会が何をするべきかの政策提言、あるいはその参考としての分析です。したがって、第一の優先順位(プライオリティー)は、日本国民の生存、安定、繁栄です。日本の生き残りを優先するためなら、道義に反することを何をやってもいいといっているわけではありませんが、現実の国際関係の中では、自国の生き残りを優先するために、他の問題の優先順位を落とさなくてはいけないという状況もでてきます。

ちなみに現在までのところ、国際常識や国際法を逸脱するような議論はしていないつもりです。上記のようなスタンスをとる根拠は、現在の世界が基本的にアナーキー(無政府状態)であるということです。これは国際関係の理解の基礎なので確認しておきます。つまり、現在の世界では、いわゆる世界政府というものが存在せず、統治に関して正統性(legitimacy)を持つ最高の権力が国家主権(sovereignty)というものに止まっています。日本語の「主権」だと意味が通じないのですが、英語のsovereignというのは、「最上の」という意味です。 世界には国家主権以上の力はないのですから、国家間の問題を解決する際には、国家主権同士が決めた条約や国際規約など国際法のルールに基づいて、決定するようなシステムになっています。

しかし、国家あるいは国家の統治下にない非国家勢力を、そのようなルールに従わせるためには強制力が必要です。国家には警察と軍隊という暴力機構による強制力が、主権の正統性の下に認められているわけですが、国家を超えるものには、そのような正統性をもった機構はありません。つまり、国家間の関係は、基本的には群雄割拠の無政府状態ということになります。(日本には「軍事力はないのだから、司法力を発揮するしかない」というご意見をいただきましたが、強制力(軍事力)の裏打ちのない司法力というものは、国際、国内ともに機能しません。国内でも裁判を行うためには、容疑者を裁判所にまで連れてくる強制力(警察機能)が必要ですよね。)そこで様々な国際関係の理論や仕組みが考えられているのですが、現在もっとも広く認められているのが国際連合という国際機関で、あくまでも国家間の合意に基づき、国際法の約束に基づいて、世界政府もどきの行動もします。

しかし、正統性という面でも、実質的な効力という点でも、いまだに国家主権を超えるものではありません。国連軍というものは存在しますが、あくまでも、諸国が軍を出し合っているだけの存在で、国連自身が直接、命令、管理しているわけではありません。そこで、現在の国際間の安定は、どこで保たれているのかという理解のためには、力の強い国家同士のバランスがとれて安定している勢力均衡論(バランスオブパワー)や、世界の中で飛びぬけて力の強い国家が世界の安定のための公共財を提供して安定を図っているとする覇権安定論(hegemonic stability)などの見方があります。私自身もこのような理論の助けにより、現在の世界の安定は、飛びぬけて力の強いアメリカという覇権国家が、世界の主要地域に軍事力の前方展開をして、いわゆる「世界の警察官」として世界の安定に貢献しており、他の諸国もそれに利益をみいだし、現在のところ、その安定に深刻な挑戦をつきつけようという国家は出現していないという理解をしています。ただし、アメリカの覇権国としての役割は正統性に基づいたものではありませんから、これに対する批判や挑戦もできますし、アメリカ自身もいい加減に疲れたと思えば、その役割をやめることも可能なわけです。

ただし、現時点ではアメリカ自身が、安定した世界の市場から大きな利益を得ており、世界の安定に大きな国益を持っていますし、多くの国家がこのアメリカの力と役割に対して共通の利益を持っているわけです。私が今回のアメリカの対テロキャンペーンと報復措置に協力するべきだという根拠の一つは、アメリカの覇権が崩れるときが、まがりなりにも安定している現在の国際間のバランスを大きく崩し、現在の世界をさらに混乱に陥れ、より多くの人々が苦しむことになるという判断があるからです。おそらく、アメリカに協力している諸国のリーダー達も同じ理解ではないでしょうか。

現在の国際社会は沢山の矛盾を抱えています。貧富の差は極端に大きく、先進国の国際環境が安定しているだけに、後進国、とくにアフガニスタンのように大国の思惑に翻弄され、内戦が続き、経済的にも最貧国である「失敗国家」の惨状は目を覆うばかりです。しかし、現在、アメリカの報復に脅える現在のアフガニスタンの状況が、アメリカや他の国のリーダーの理解の外かといえば、そうではないでしょう。ご指摘のとおり、今回のCNN が煽る報道やアメリカ中心の報道に対する批判は私も賛成です。

しかし、アメリカの新聞等の活字メディアでは、アフガニスタンの惨状や、アメリカが対ソ連政策のためにタリバーン勢力を援助したことなどの、政策的矛盾は、広く議論されています。(余談ですが、これは田中真紀子外相が、テレビではスター扱いされ、活字メディアでは批判されていたことと似ています。結局、日本国民は無能な外相を更迭する機会を逃し、そのつけを今払っています。)世界を覆う悲惨な事実に目をつぶってはいけませんが、それと同時に、現実的にアメリカの覇権安定が崩れたときに起こりうる、現在よりもさらに混乱した世界情勢も想定しなくてはなりません。

それからこれも再度確認しておきますが、アメリカ、特にブッシュ政権は、日本で考えられているほど、頭に血が上り冷静さを欠いているわけではありません。これもメディアの罪の一つだと思いますが、一部の人達から寄せられた「アメリカが、怒りに駆られ、大量の罪のないアフガニスタン人を空爆して復讐をとげる」という構図は、現在アメリカが遂行しようとしている、国際的な幅広い協力によるテロネットワークの撲滅というミッションとは相反します。

特にアメリカは、先進民主主義国家からの国際世論と国内のリベラル勢力を無視した行動はできないはずです。ここ数日のアメリカの政権上層部は、初期に使った語気の強いレトリックから、より現実的な対応を求めるものに大きく変化しています。例えば、9月27日には、ブッシュ政権で最もタカ派のウォルフォビッツ国防副長官ですら、ビンラディンとそれを擁護するアフガニスタンの勢力への軍事攻撃は今すぐの話ではないし、現在は彼らの所在がどこかという情報活動を強化することが大事であるというコメントをしています。

ただし、アメリカがラディン逮捕やテロ組識壊滅のために軍事行動を行うことで、例えば、特殊部隊の作戦やテロ訓練施設の爆撃などで、関係のない民間人の犠牲が予測できるため、それに対しても全て反対という立場の方もいるかと思いますので、これにも私はあえて逃げずに反論します。アナーキーな世界を安定させる際には誰かが現実的な立場にたって、汚い仕事(ダーティージョブ)をしなくてはなりません。これまで、ダーティージョブも含めたアメリカの軍事行動による安定的な国際関係に利益を受けている日本が、その部分にまで道義的な理由で反対するには、かなりの覚悟が必要です。

もし本気でアメリカを動かそうと思うなら、日米安保解消やアメリカ市場を失うぐらいの覚悟は必要でしょう。当然のことながら、日本経済が世界経済から外れ、アメリカ軍が日本から撤退すれば、その影響は日本だけのものではなく、世界とアジアの国際環境は混乱に陥るでしょう。そうなったときに、失われる人命と富は、今回予想されるアメリカの軍事行動の副次的被害を上回ると予想できます。日本がそのような覚悟なしに、アメリカに忠告しても、あまりにも偽善的な発言として嘲笑か怒りをかうだけでアメリカは動かないでしょう。

もしアメリカが必要以上の暴力行為を行うことが明白に予想できる際には、(例えば核の使用とか)日本は相当の覚悟をもって賛成か反対かの判断を下さねばならない状況が来るかもしれません。状況によりますが、国際的な支持を失ったアメリカの行動には覚悟を持って反対すべきですが、日本の生存に関る状況では、あえてダーティージョブにも、つきあう覚悟も要ります。その際にはNATO諸国との連携が鍵になるでしょうが、いずれにせよ、現時点でアメリカとの緊密な協力関係を築いておかないことには、反対意見も影響力を持ちません。ヨーロッパ諸国は、そのぐらいの覚悟はしてアメリカにつきあっているはずです。

テロ組識ネットワークの壊滅のイメージが湧かないという意見をいただきましたが、ラディンのグループに関していえば、ネットワークの中心であるラディン氏自身を探しだし、逮捕することと同時に、世界各国に散らばる彼の組識と資金源を探知し、これらを遮断、壊滅させるということです。そして、当然ながら、そのような行動はアメリカの主権の範囲を超えていますから、国際法的にも現実的にも、世界各国の協
力がいるわけです。現在、アメリカは、ビンラディンに関する情報を多数持つ4ヶ国のうち、中国、ロシアとの協力関係を強化し、パキスタンの一部協力を得、現在イランにもアプローチしています。またラディンのグループの資金源を絶つために多くの国に協力を要請していますし、日本も協力を約束しています。

この件に関して、アメリカと世界の諸国の国益は一致しているからこそ、協力関係ができているのです。テロの抑止に関してご意見をいただきましたが、核の抑止体制にしても、実際のところ、どこまで実際に抑止効果が機能していたのかという疑問は常に専門家の間でもあります。核に関して、抑止という手段にたよる実際の理由は、それ以外に手段がないからというのが実態でしょう。ブッシュ政権のミサイル防衛推進の一つの根拠は、相互確証破壊によってお互いの国に照準を定めておいて抑止するというのは道徳的には不健全だから、ミサイル防衛システムで核抑止をするというものでした。

しかし、ミサイル防衛にともなうロシアとの ABM条約の廃棄により、むしろそれまでの安定した抑止体系を崩すという反論もでてきたわけです。今回のような非国家勢力による大規模なテロが現実のものになる前には、アメリカを含め民主主義国家は、テロに対し抑止というよりは犯罪防止というスタンスだったのだと思います。それを国家間の抑止という概念にするには、テロ行為の主体が国益に則って行動し、失うものを恐れる国家という存在でなくてはいけません。その意味で、ご指摘があったように、ブッシュ大統領がテロ攻撃を受けた直後に、戦争という国家対国家の用語を強調し、テロリストだけでなくそれを匿う国家を報復の対象にいれて、国家間の問題に仕立てたあげたかったということは、そのとおりでしょう。

戦争、特に国家からの攻撃に対する国家からの反撃は、国際法で認められているものだからです。しかし事態が進むにつれ、この問題が国家対国家で片付く問題ではないという認識が進み、戦争というレトリックはトーンダウンしていったのではないでしょうか。少なくとも現時点で、ブッシュ政権は、現在の軍事オペレーションを対テロリズムの戦争とはいっても、アフガニスタン(あるいはイラク)との戦争という認
識も言葉づかいもありません。今後のテロの抑止あるいは防止には、今回のテロがどのような形で解決するかにかかっていると思います。

少なくとも、国家による報復行為の可能性が低まれば、テロリストやテロ支援国家にとって、テロを行うための心理的なハードルは下がるといっていいでしょう。といって今回のケースでは、アフガニスタンのタリバーン勢力に報復措置をとることが、ビンラディンの次なるテロ行為への抑止として有効なのかはわかりません。したがって、アメリカは単純な軍事的報復よりは、主犯の逮捕やネットワークや金融手段の遮断という犯罪防止的なアプローチを重視しているのでしょう。

最後に確認しますが、政策論は、現実に対してどのような対応をするかという答えを出さねばなりません。そのために、これまでの経過、現状の分析、今後の展開の見通しに加えて、実際に政策を決定する政策当事者が負うであろう結果責任も十分に考慮しなくてはなりません。歴史を振り返れば、道徳的にはきわめて立派な動機が結果的には惨澹たる結果に終わったり(例、国際連盟)、利己的な理由から始めたものが、結果的に公共の利益にかなう結果を残すということも(例、冷戦による平和)、国際、国内政治を問わずよくあることです。

ですから、政策論の場合は、道徳的要素はある程度までは考慮すべき要件ではあっても、それ自体が政策のゴールではない、という厳しい現実もある程度理解していただきたいと思います。それから、今回はテロの主体がイスラム原理主義者ということで、イスラム教対キリスト教の文明の衝突や、現在までの人類の文明自体を見直そうという議論が多くでています。そのような議論は、実際に我々の今後の生き方や、長期的な政策策定には参考になるでしょうが、すぐに答えの要求される現実の政策論にはそぐわないものです。例えば、現在進行中のパレスチナとイスラエルの停戦努力のように、パレスチナ解放機構を含むイスラム国家の多くは、イスラム原理主義のテロを文明の衝突戦争に拡大させないように、現実的な努力を行っています。アメリカの現在までの中東政策の失敗は責められるべきでしょうが、なぜか日本人から多く寄せられるパレスチナ問題とイスラム原理主義のテロを直結させる議論は短絡的であり(無関係とはいいませんが)、むしろ現実的解決を目指すパレスチナや穏健なイスラム国家の利益とは一致しない迷惑な話だと思います。



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