田中外相と国益

村上龍編集長からの質問

田中外相の「発言」のリークが続いています。田中真紀子女史の外務大臣としての資質と、外務省の閉鎖性の双方が問われているわけですが、結果的に、日本国民にとって不利益が生じています。最大の不利益は、海外の不信感でしょう。

  1. 日本国の外相と個人的に話したことがメディアにリークされる。
  2. 外相の意見が日本国の外交政策と一致しない場合がある。

わたしは個人的に、田中女史に外務省を改革して欲しいという気もちと、このままでは海外の不信感がさらに増大してしまう、という不安感の二つを合わせ持っています。海外からの信頼を回復するためには今後どのようなことが必要なのでしょうか?

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 渡部恒雄 CSIS 戦略国際問題研究所 日本部主任研究員

前回コメントしたとおり、私自身、田中真紀子氏の外交政策を行う実力に関しては大きな疑問符がありますので、もし、私が小泉首相からアドバイスを求められた場合は、機密費問題における外務官僚の明確な責任を示す人事異動と引き換えに、田中外相の他の大臣職への横滑りなどを含めた外相交代を進言します。

しかし小泉首相としては、それは政治的に難しいから、なんとか田中外相にアドバイスをしてくれといってくるでしょう。そうであるならば、小泉首相が必ずなすべきことはこの1点ですから、それだけはやってくださいといいます。それは、田中外相と二人の時間を作り、日米安保体制の堅持やアメリカのミサイル防衛政策への距離の置き方(近すぎず・遠すぎずが基本だと思います。だから今までは、「支持」ではなく「理解」という言葉を使ってきたわけです。)、中国への対応、北朝鮮への日米韓の協力体制など、一度いい加減な発言をすると、とりかえしがつかないような日本の基本となる外交政策で合意点を確認し、外相がそこから逸脱するような発言をする場合は、更迭するという断固たる首相の覚悟を伝えることです。

村上さんのご指摘のとおり、田中真紀子外相と外務省のバトルの中で、外務省の機密費問題のけじめと、日本の外交面での信用という、二つの相反する課題で、国民は悩んでいると思います。(話が複雑になるので、鈴木宗男議員の外務省のロシア関係の人事介入問題には触れません)

  1. 田中外相に外務省を改革して欲しい。
  2. という希望ですが、まずは機密費問題における外務省の責任を明確にすることは、大事なことでしょう。誰かが明確に責任をとる必要があります。ただし、現在の田中外相の考えている人事異動の規模にもよりますが、あまりにも外務省全体の人事をずたずたにしてしまうと、当面の間、まともな外交政策を続行するには難しいほどのダメージを日本に与える恐れがあります。例えば、現在まで次期事務次官といわれていた、現在の外務省の事務方ナンバー2の加藤良三外務審議官は、アメリカからも、アジアからも、広い人脈と信頼を得ている極めて有能な外交官です。今のごたごたで、このような有能な人物を今の日本が生かすことができないようでは、大きな国益の損失となるでしょう。

    もちろん、長期的にみれば、些細な人事よりも、抜本的な改革が必要だという声もでてくるでしょう。しかし、現実を見れば、田中外相に続く大臣が同じような志を持ちつづけないかぎり、一時の人事は元に戻ってしまうというのが、私の読みです。つまり、大臣となった政治家が、官僚内部の人事に介入して改革を迫るという構図は、問題提起としてはいいですが、それだけでは基本的な問題の解決にはならないのです。今回の田中外相の行動を見ている限り、前回に弁護士の加藤さんが、ハンセン病氏の問題で指摘していた、水戸黄門的な解決にしかならない可能性があります。つまり一人の正義感の強い権力者が、その場の不条理を指摘し短期的な解決はみるが、その問題の根底にある構造的な問題にまでは至らないということです。

    日本の大臣の任期の短さや、彼女の属する自民党自体の性格を考えると、後継の大臣は決して抜本的な構造的解決には乗り気でないでしょうし、そもそも自民党自体が、現在問題となっている構造の一部なわけです。そもそも、機密費問題が発覚した際に、ほとんど目に見える処罰を行わなかった河野洋平前大臣の政治的責任が大きく問われないのはなぜでしょうか?(それは、彼が自民党の次期総裁候補からはずされたことで、責任をとったとされているからでしょう。でもこれは自民党の身内だけの話しですよね。)その意味では、田中外相としても、そのような制限の中で精一杯、人事権を行使し世論に訴えかけることが、最大限の対応なのだということは理解できます。でも、そうであれば、田中外相の人事介入は、結局のところ外務省にとっては機構改革要求ではなく、いっときの嵐で、むしろ外交面での機能低下だけを引き起こして、また旧態に戻るというのが関の山でしょう。

    例えば、機密費の問題で国民にとって本当に必要なことは、外務次官の首よりは、外務省や内閣官房の機密費の会計に対して、国会か司法の下に独立した外部監査が導入されることです。その際には、国家機密保持上の問題がでてきますから、機密保持上の法整備も必要になってくるでしょう。そのような機構改革のほうが、外務次官の首よりは、はるかに国民の役に立つはずなのですが、あまり、そのような意見を新聞等で目にしません。田中外相が本当に設定すべきゴールは、むしろ、こっちだと思います。もちろん人事権を握っているからこそ、そのような改革もできるので、まずは人事権を行使して官僚を怖がらせることも、目標さえしっかりしていれば、大事なことなのですが…。

    ところで、大臣と官僚の関係は、どうあるべきかという点については、本人の体験をもとに書かれた極めて優れた本があります。それは岩波新書からでている菅直人著の「大臣」です。これは国民必読の書だと思っています。一読をお勧めします。我々日本国民は、一度は祭り上げた菅氏を、些細な個人的スキャンダルで結果的には見捨て、自民党政権を継続させ、その結果続いている問題に文句を言いつづけています。できれば、今回の小泉政権ではその轍を踏んで欲しくはありません。(誤解のないようにお断りしておきますが、私は民主党員ではありません。例えば、自民党の故梶山静六氏著の「破壊と創造」(講談社)も同じようにお勧めの必読本です。)

  3. 外相の意見が日本国の外交政策と一致しない場合がある

繰り返しますが、この問題は、特に、小泉首相と田中外相との外交政策の一致がポイントとなるでしょう。例えば、小泉首相が公にしている集団的自衛権の行使や、靖国公式参拝などに関して、田中外相からの意見はまったく聞こえてこないわけですが、おそらく、その政策観には相当の開きがあるはずです。いずれにせよ、そのあたりの責任をかぶるのは最終的には小泉首相ですから、後は、小泉首相の判断ということになるでしょう。(と書いているうちに田中外相から靖国参拝に関して小泉首相に自重をもとめる発言が飛び出しました。双方とも承知のうえの発言ならOKですが、そうでないなら、一刻もはやく二人で意見をすり合わせるべきです)

それから、現時点で田中外相がすぐにでも、やれることがあります。それは、現時点で日本の信頼性を損なっているのは、田中外相が発言を変えたり、一度発言したことを否定したりしていることです。ただし、このようなことは、新任の大臣には結構よくあることなので(外国でも)、今後、ある時期以降は、発言のブレの幅を狭めていき、小泉首相との外交政策の方向性を一致させていくことです。田中外相は一般の人気は十分獲得していますから、今後は、外交政策に関しては人気取りに走る必要はないはずです。ですから小泉首相は田中外相に対し、世間受けは外務省の機構改革で確保し、その他の外交政策においては、慎重な態度をとるように釘をさしておくべきでしょう。おそらくそうなっても、彼女の人気は落ちないと思います。逆にもし今後もブレの大きい発言をし続けるようでしたら、田中外相の究極の目標は、国民の幸福ではなく、自分の人気とりだということが明らかですから、田中氏には大臣の資格はないということで、小泉首相も更迭に踏み切るべきです。

ところで、田中外相は、主婦感覚を売りにしているようなので、主婦感覚をもとに、彼女が訴えかけやすい外交政策説明のヒントを与えたいと思います。中台緊張、北朝鮮など多少の波乱要因があっても、現在のアジアにおける平和こそが、各国の貿易関係を促進し、まがりなりにもアジア各国に豊かな生活をもたらしています。このあたりは、内乱や国際紛争が続き貧困を撲滅できないアフリカ諸国やバルカン半島などと比べれば、明らかなことです。例えば、紛争やそれに近い状態になれば、現在のような活発な物の行き来は遮断され、日本の国民生活に不可欠な、中東からの石油も安定して供給されません。最近、中国からのしいたけ、ねぎ、いぐさに対して日本が輸入制限をしたことをみてもわかるとおり、日本の食料は多くを輸入に頼っており、食料品の輸入も打撃をうけ、結果的に値段が高騰します。つまり、現在のアジアの平和が失われるということは、食料品や生活必需品の物価を上げ、庶民の生活を苦しくします。その平和の最も基礎になっているのが、米軍のアジアにおける存在であり、それを可能にしているのが、日米安保条約という取り決めです。たとえ、アメリカの姿が傲慢にみえようが、主婦が自らの生活を守るためには、日本の日米安保への支持が、もっとも、安定的で確実なのです。しかも、アメリカは、日本製品を最も気前よく買ってくれる最上のお得意さんでもあります。一時の「うっぷん」に駆られて、外務大臣が日米安保を脅かすような不安定な発言をすることは、結果的には、日本の主婦の生活を脅かすことになるのです。

最後に、田中外相に対してではなく、それを判断する有権者へのアドバイスを最後に付け加えます。

最終的に日本が諸外国の信頼を得るには、日本人が、自国の政策として何をしたいかを、きちんと議論し決めておくことです。国を二分するような議論があってもいいはずですし、その過程が外から見えれば、そして、民主的かつ冷静な議論がされていれば、長期的には、国際的に評価されるはずです。実は日本では、この部分が大きく欠けているため、極端な官僚依存体質になり、現在の問題の原因になっているのだと思います。

外交に限らず日本の抱える多くの問題は、官僚個人の資質の問題ではなく、官僚と政治家と国民の関係にあると私は考えてますし、最近伝え聞く、「外で貴族の暮らしをしている外務官僚」といった妬み的な国民感情は、ずれていると思います。常識で考えればわかることですが、日本と他の国の経済力の違いを考えれば、外務官僚でなくても、例えば一般サラリーマンの駐在員でも、外国での暮らしは飛躍的に向上します。むしろ問題は、日本のそのような経済的な強さを、日本国内の生活向上に転化することに失敗してきた現状にあるのでしょう。これは外務官僚の責任ではありませんよね?むしろ、いままで長期にわたり政権を担当していた自民党の政治家側にあるのではないでしょうか?ですから、自民党の枠組みの中で改革を唱えている小泉首相、田中外相は、国民のために改革を続けようと思うなら、今後ある時期に、国民をとるのか、自民党をとるのかという大きな政治的決断をしなくてはならないと思います。小泉首相、田中外相は、その際には国民をとる覚悟がありそうだからこそ、国民は大きな支持を与えているのだということを忘れてはいけないでしょう。

国民も、「アメリカにへつらう態度がいやだ」とか「偉そうにしている官僚は嫌いだ」という感情的発想ではなく、「自分達の利益のためには、どのような対米関係をとればいいのか?」「官僚を国民の利益のために働かせるにはどうしたらいいのか?」という考え方をしたほうがいいでしょう。結局のところ、最後に損害は、自分達に降り掛かってくるのですから。


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