小泉首相訪米

小泉首相のワシントン訪問について (2001年7月17日JMM掲載)

===質問:村上龍============================================================

Q:P006
日米首脳会議が終わりました。ワシントンの受け止め方はどうだったのでしょうか?

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 ■ 辰巳由紀    :ヘンリー・L スティムソンセンター 研究員

 当地の主な新聞の論調などを見ていると、可もなく不可もなく無事に終った、というところでしょうか。首脳会談の直前には、クライド・プレストウィッツ氏が「経済のアジェンダを最優先にすべきだ」という趣旨の論説をワシントン・ポスト氏に掲載され、首脳会談後のニューヨーク・タイムズ紙インターネット版には日本からの論説が載っていましたが。

 不幸だったのは、総理の訪米とチェイニー副大統領の入院が重なってしまい、国内の関心が専らそちらに行ってしまったことだと思います。ただ、これは今回の首脳会談に対する注目度が低かったからではなく、大統領に万が一の事態が生じた場合に大統領の職務を代行することに定められている副大統領の健康状態の問題の方が米国民にとっては当然、関心が高い問題であるからです。

 そもそも、今回のサミットは、確かに、経済・安保両方の分野において宣言が出されはしましたが、基本的には2人のリーダーの顔合わせの意味合いが高かったことを考えれば、小人数会合を制限時間を超過して続けたというのは良いサインでしょう。米側の、小泉総理が進めようとしている国内改革に対する関心の高さと、それを支持しようとする基本的な姿勢が現れていると思います。

 むしろ、こちらから見ていて問題だなと思ったのは、特に京都議定書やミサイル防衛についてだと思いますが、新聞報道で得た情報のみに頼って、野党各党が「米への追随だ」という尚早な判断を下しているような感じがあることです。特に、京都議定書の問題では、米国とその他の国の立場の違いを小さくするために日本が双方に働きかけを続ける事は、全く「米国追随」ではありません。むしろ、見解の相違がある部分について、お互いにどれほど前向きに議論を続け、生産的な解決策を見出していけるかが、今後の日米関係にとって大事になってくるのであって、そこのところを無視して「agree to disagree」 があるべき姿であるかのようなコメントが野党側に目立ったのが気になりました。

            ヘンリー・L スティムソンセンター 研究員:辰巳由紀

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 ■ 渡部恒雄    :CSIS 戦略国際問題研究所 日本部主任研究員

 日米首脳会談の受け止め方ですが、まずは成功というのが、ワシントンの専門家の大方の見方です。ただし、メディアでは、首脳会談と同時に、チェイニー副大統領が不整脈で入院したり、その直後に起こった沖縄でのレイプ事件をめぐっての容疑者受け渡しにを巡っての日米の一連の問題が大きく取り上げられたため、首脳会談の成功の雰囲気はある程度消しとんでしまいました。

これは、日本国内でも同様ではないでしょうか?ただしメディア的にはともかく、実際には、日米首脳会談は、首脳同士の極めて良好な関係と、日米の共通する利害を確認できたわけですし、同時期に発生した米兵の沖縄のレイプ事件においても、米国が容疑者を起訴前の日本の警察へ引き渡したことも、このような実績がものをいっている部分はあると思います。

日米の利害の一致ですが、日本の一刻も早い景気回復が、両国首脳の最優先の課題であることは間違いありません。小泉首相にとっては、自らの存在意義でもある経済構造改革へのアメリカの支持を得ておくことは、国内には非常に大きな追い風であり、ブッシュ氏にとっても日本の経済構造改革により、米国企業の日本市場へのアクセスが増え、さらに長期的には景気回復に繋がっていけば、今後の景気に翳りがみえるアメリカの有権者や産業界に大きくアピールできます。しかも今回は、小泉首相が、アメリカが離脱を表明している京都議定書に関して、日本はアメリカ抜きの批准はしないと約束したわけで、これはEUと日本がアメリカ抜きの批准をして、孤立化することを恐れるブッシュ政権には何よりの得点といえます。

その意味では、双方にとって益のあったwin−winな会議であったと思います。ただし、日本にとって、経済構造改革についてアメリカの支持を得たことは、プラスであるとともに、国際的にも後には引けない課題にしてしまったわけですから、その重大さは、理解されなくてはいけません。しかし、そのぐらいのリスクを取らなければ、小泉首相が提唱しているような改革はできないでしょうし、成功すれば、やはりこのサミットの歴史的意義が評価されるはずです。したがって、これから、ますます小泉首相の経済構造改革案の中身と実行が、内外ともに、厳しく問われていくことになりそうです。

            CSIS 戦略国際問題研究所 日本部主任研究員:渡部恒雄
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 ■ 村上博美    :ESI 経済戦略研究所 研究員

 米国メディアが多くカバーしたのは京都議定書の小泉発言でした。前回の森元首相訪米の時は日本が経済問題に真剣に取り組むということが多く報道されましたが、今回は本来の経済アジェンダよりも京都議定書の件が注目を浴びたようです。

 しかし、経済専門家の間では小泉首相が提唱する改革が、1997年の橋本内閣が行おうとした財政改革で経済が失速した二の舞になるのではないかという懸念を表明する人が多数います。例えば、オリエンタル・エコノミスト誌のリチャード・キャッツ氏は『小泉首相は正しいことをしようとしているのだが,順番を間違えている』とファイナンシャルタイムズへ出しましたし、ウォール・ストリート・ジャーナル誌でもポール・クルーグマンらの財政カットは今すべきでなはい、という反論を多く載せています。小泉首相の改革路線は賛成だが、公約である財政カットに執着すると、不況に陥った日本経済に更に痛手を与える。つまり、順番を間違えると取り返しのつかないことになるという注意を呼びかけているのです。

 つまり、当初は不良債権の解決をプライオリティに持ってきたはずなのに、いつのまにか財政がトップアジェンダに踊り出ているように見えます。不良債権と財政カットは別のことですから、改革として一握りにすることは危険です。政治的に決めた約束を達成するために、本来の経済回復を遅らせてしまう、ということです。

キャッツ氏は更に、小泉首相は前任者の不良債権処理プランを継承しており、95兆円にものぼると言われる不良債権のうち12兆7千億円を解決しようとしているに過ぎないと言っています。しかも、ただでさえ不良債権問題は銀行への公的資金注入や、失業者手当てなど財政支出がかさむことが予想され、減税(企業に対するものではなく個人所得の減税)が選択肢として考慮されてもいいはずなのにそこで財政カットを行うことは自爆行為だというのです。

構造改革という大手術をするのに、小泉首相の国内政治力を保つための政治的思惑から、財政カットに固守することは傷口をむやみに大きくし、日本経済の回復が結果的に遅れると述べています。

 ブルッキングス研究所のエドワード・リンカーン氏も論調としては似ています。構造改革を進めると同時に財政支出(又は減税)及び金融緩和を絶妙なタイミングで進めることが必要だと述べていました。

彼はまた最近の『選択』(6月2日号)にも執筆していますが、郵貯を民営化してメガバンクを作るより郵貯自体を廃止した方がいいと述べています。ビッグバンの元々の主旨は日本経済があまりにも間接金融(つまり銀行のローン)に依存しすぎているゆえ脆弱性が高く、それを債券/株式へ分散するようなシステムに移行させることでした。

ここで、間接金融を助長するような郵貯メガバンクの誕生はその主旨に反するということです。更に、郵貯の資産運用能力に疑問があるということも述べています。今までは、運用損失は税金で埋めてきたのですが、突然独自に資金を運用するといっても資産運用の経験もスキルもなく市場原理が理解できない官僚が果たして国民の巨大な資産を運用できるのかは疑問だいうことです。また、郵貯を民営化した場合の郵便局内での郵便業務と銀行業務を完全に分けきれないと(場所の使用代が安すぎたり、職員が両方の業務を行う場合など)、政府から補助金を受けながら他の民間銀行と競争することと同じことになります。小泉首相が提唱する郵貯民営化はもっと根本的なところでの議論が必要なのではないでしょうか。

                    ESI 経済戦略研究所 研究員:村上博美

 


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