PRANJワークショップ記録 

    「政策産業とそのメカニズム」 座談会 (つづき)

上野真城子 (アーバン・インスティチュート 研究員)
渡部恒雄(国際戦略問題研究所 日本部 主任研究員)
渡邉聡(アメリカン・インスティテュート・フォー・リサーチ 主席研究員)
和田絵里香(国際経済研究所 客員研究員)
池原麻里子(国会TVワシントン代表)
中林美恵子(アメリカ議会予算委員会 勤務)
一色良太(トヨタ自動車勤務、国際経済研究所 客員研究員)
司会 村上博美(経済戦略研究所 研究員)

2002年1月17日 CSIS戦略国際問題研究所 (ワシントンDC)


村上:非常に示唆に富むスピーチありがとうございました。私も同じように感じていまして、日本の方々にも政策産業の重要性を説いてもなかなか理解して頂けません。「それの何が重要なの?」という感覚があります。それはやはり説明の仕方に問題があるのか、何が重要な問題なのかきちんと説明できていないように思えるのですね。そこで、議会予算委員会で働いていらっしゃる中林さんに、議会予算局、CBOがどう重要なのか、どのようにアメリカの政策に重要な役割を果たしているのかを噛み砕いて説明して頂けますか。
 
 
中林:私はアメリカ議会の予算委員会で仕事をしています。私から見て、委員会というものは議員たちが所属しているもので、私たちはその下でスタッフとして働いています。法案を提出する時に委員会で委員が法案を作りますが、法案を作るときにどうしてもベースとなる経済の成長見通しやいろんなプログラムのスコアリングなどをキープしているのが、CBO議会予算局なのです。大統領側の方は必ず偏って大統領側の数字を出してきますので、必ずしも中立ではありません。そこで大統領府が民主党になろうが共和党になろうが、議会側が法律を作る上でどうしても頼りになるのがCBOの数字なわけです。今は大統領府は共和党ですから、私は共和党側の仕事をしているので、大統領府の数字を使いたかったりするのですが、たまたまジェホー上院議員の共和党離党で民主党が上院では優勢勢力になり、彼らはCBOを当然使いたがっています。その辺りで民主党と共和党の政策論争と数字の競争というものが出てきます。

それでそこの競争が新聞などを通じて、国民にも伝わりますので、一方的な数字ではなく政策競争をするための一つの数字、基礎をCBOは与えてくれているといった感じがします。大統領府に対して、こういう法案を出したいのだがこれは幾らかかるのだろうというPre-estimate(予測)みたいなことはCBOはしてくれないのです。ところが議会が法律を作りますので、法律を作ったら作ったで垂れ流して終わりということではなく、この法律は幾らのコストがかかるのかと、議会が出すもの全てをCBOはスクリーニングするわけです。そのCBOからの数字を持ってきて予算委員会はOKであるとかOKではないとか、またはこれは法律にひっかかるので、もう一度、例えばpay as you goのようなルールを使うということを決めます。またはもし60票の上院で賛成があればパスをしても良いとか良くないなど、それなりにプロセスは色々あるのですが、やはり基本となることはCBOがどういうスコアリングをするのかということです。表に数字を出す前に、委員会とCBOの間で即座に数字をやりとりします。
 
また今、共和党も大統領も共和党側なのですが、やはり、ミッチ・ダニエルズが今OMBのトップであり、議会側で財政に保守的なリーダーがいますと話しがうまくいかないことがあるわけです。共和党同士であっても同じです。それで私たちは比較的にCBOから数字が来ており、ミッチ・ダニエルズはなかなか話をしてくれません。どうして最期の数字がこうなるのかという説明を出さなかったりして、意外と共和党同士でも上手くいかない部分もあるようです。特に経済刺激策 の問題など、あまりお金を使いたくはないのですが大統領側は下院でファーストトラックを通そうとして、かなり餅を配ることなどを内側でやっていまして、そうするとこっちもこれこれ出さなければいけない、となりましていろんな細かい部分で違いが生じて来ます。そのため全体を見ようとする議会側からすれば、やはり『中立的』な、自分達が手足として使える『専門集団』があるということは非常に有り難いことなのですね。それ無しでは、今やっている予算委員会の仕事にしても、予算を作るということ自体にしても、予算決議を作る時点でもうまくいかないと思います。  

上野:政策形成に誰が関与するのか、というところでいろんな意味のメカニズムが関わっています。アメリカの場合はそれが少しあり過ぎ、うるさすぎる、とも言われます。確かにそういう面があり、無駄になっているなと思えるところがあります。三権分立、特に二権の分立の費用は相当大きいとと思います。ただ、財政再建の過程、特に今回の黒字化の過程を見る時に、必ずしも一つの、いわばマクロの政策とか法律、一つの金融政策、一つの減税が効いて、黒字化したということでは全く内と思います。また、民主党が又は共和党が出した法律、どっちが正しいかったかどうかというよりは、もっと複合しもっと厳密になった、小さな法律のこの部分の幾らを削るか削れないか、福祉改革の福祉を5年にするのか3年にするのか、共和党から出てきた依存の排除、自助努力、自律の理念と福祉の必要をどうバランスさせるのかということも含めて、多様な議論の中で一つ一つのミクロの政策が決められてきています。それはもの凄い時間と頭脳がエネルギーがかけられて声が沢山あがってくるわけです。お配りした図表は、福祉改革の中での十代のシングルマザーの問題に関してどういう法律をつくることが良いのか、高校に赤ちゃんのための保育所を作ればよいのか、そういう細かいレベルでの法律についての公聴会に出てくる声のリストです。リベラルのシンクタンクやアドボカシー・グループなど、様々な声が出てくるわけで、それを調整詩合意することは凄く時間がかかることです。それでもそういういろいろな声と頭脳があることがとても大事なのです。

議会予算局などは非常に客観的な分析をして情報を出してくるわけです。それでも実は誤算間違いだらけなのですが(笑)。しかしそれでもひとつではなく、別の見方と分析をすること、分析が出てくることが大事なのです。多元的な分析が出て来るシステムと組織をつくっていかなければならないのです。日本のように裏でみえないところでの根回し取引をして、はいこれで決まり、出来ましたというシステムは効率的にみえても間違いがあったときにはこれを修正するのは容易でなく、結局政策が有効に働かない、結局間に合わないことになります。そうではなく、科学的な分析を効率的に行いながら、それをベースにしてどういうチョイスがあるのかということを議論していかなければならないわけです。それは大変な仕事ですが、政策産業は同時にもの凄くエキサイティングな仕事です。政策研究を通じて社会を変えることが出来るかもしれないのですから。私たちのようなリサーチャーの課題は山のようにあります。それで問題はお金で、それをやる、リサーチャーが食べられて研究できるお金がないということです。


中林:日本では小泉総理も竹中大臣も政策評価なりCBOをつくることなりにそれ程積極的ではない、ということをおっしゃりましたが、私も見ていて、例えば財政均衡ですとか財政のプライオリティーを変えるということに関しては、国民の意図などが選挙を通して出てこないと、なかなか政治家というものは変えられないと思います。もう一つは、財政についてずっと考えてきたようなリーダーシップをとる人たちが上にいて、両方から動かないとなかなか物事が進まないわけです。その場合日本であったならば、誰がそういうことをずっと見てきていてリーダーシップをとれるのでしょうか?また政策評価はもっと難しく、アメリカでも成功しているとは全然思わないのです。この間も行政府から政策評価のレポートが来ましたが、それを実際にどのように料理して、誰が評価をして、実行できなかった分に関しては誰が罰をうけるのかということで、結局議会の歳出委員会が、実行出来なかったらカットするということをしない限りは、誰も言ったことを実践するインセンティブが無い訳です。毎年1年ごとの予算なのでとてもそれを実行する余裕などもありません。このようにアメリカでも上手くいっていない状況なので何とも言えないことなのですが、日本で例えば評価を行なっていくことを考えますと、出来なかったということの見返りは誰が行なっていくのか、その辺りをオーガナイズするため、国民の意図とか気分が盛り上がるだけではなく、かなり知識のあるリーダーシップが無いと出来ないわけです。日本にそんな人はいるのでしょうか?
 
上野:私は政治リーダーシップと政策リーダーシップというものがあると思います。政策リーダーシップは本当に優れた政策アナリストが沢山出てこなければ出来ないでしょう。今のところは、本当にいなくて数えるほどであると思いますが、ゼロではないと思います。

中林:竹中さんが大臣になられたときには、経済諮問会議は初めて財政の長期を見る部署になったわけですよね。今までは単年度しか見ていなくて、長期はどうなるかなど責任を持って見ているところはいなかったわけです。

上野:多分小泉総理は内閣府の中の経済諮問会議というものがトップの政策の優先性を決められるところだと考えたわけですよね。経済諮問会議というものは民間からも優れた人材が入って、一応財務省の予算案を見渡すことが出来るということになっているわけでしょうが、今回の予算形成の中で経済諮問会議がどれだけ力を持てるのかということは非常に疑問です。小泉総理自体に予算形成力が持てるのか、結局自民党を説得出来なければどこまで変えられるのか。またもっといえば内閣府をつくっての今回の行政改革は、財務省の予算形成権限に対して政治家の力を強めることをひとつの意図として内閣の強化ということを狙ったといえますが、ここでの問題は、内閣と与党との関係から、民間を入れた経済諮問会議の力というものがどれ程の影響力を持てるのかです。内閣と省庁、国会政党との分権に大きな矛盾のある日本の場合、内閣の強化はデモクラシーにとって危険でもあるし、もしかしたらあまり意味が無いかもしれません。ただ私が言いたいのは、経済諮問会議が持てる政策リーダーシップというものは非常に弱いということです。バックアップする頭脳が無く、持続性が弱いわけですから。予算もろくに付いていないという話もありますし。諮問会議こそCBOにあたるような組織的なものが必要です。一人、二人の優秀なエコノミストが短期的な関りで処理できる問題ではありません。

現在私のいるアーバン・インスティテュートのトップはロバート・ライシャワーですが彼は2期予算局局長を勤めています。私が今日本で総合開発機構(NIRA)との協同で行なっている研究プロジェクトは、ルドルフ・ペナーという、これも元議会予算局局長をいれています。このプロジェクトを通して実は、日本にCBOが出来ないだろうかということを考えたいと思っているのですが、まあ無理でしょうか。これをつくれなかったら本当に日本に将来はないと思うのですが、どうやって理解してもらったらよいのか。皆さんにも是非考えていただきたいのです。それが出来たら皆さん、就職できるかもしれませんよ(笑)。

本当に卑近なことを言ってみれば、政策研究をして下さいと私は本当に言いたいのですが、ただ政策研究をしても行き場が無い。食べていかれるところが無いというのが現状です。政策研究の「市場」がないからです。政策研究を学ぶこと、考えること、政策分析力をつけることが大事ですが、それと同時にその能力を受け入れる産業の器をつくっていかなければなりません。今の日本の民間シンクタンクと大学というものが数少ない公共政策分析者の受け皿ですが、それも不況で限られてきていますし、前にもいいましたが、こういった組織で政策研究や評価が出来るのか疑問です。

        
 

渡部:私は上野さんと違う結論です。まず「CBOありき」というものが可笑しな話でして、歴史や国家により違うのだから、CBOが無ければ日本の政策形成が始まらないということはおかしいです。アメリカのケースを見ても、CBOが出来たきっかけというものがあるはずで、CBOが出来る前も国家を運営していたわけです。どうしてCBOが出来たのか、というところを見なければいけないと思います。私は安全保障政策をやっておりますので、その観点から見ますと、一つのきっかけはベトナム戦争で負けたことだと思います。この当時は議会側に予算的にも軍事的にも戦略問題が分かる人がいなかったわけです。それで元フォード社長もやっていたマクナマラ国防長官が上手に軍の利益と自分の政府の利益で理論化してしまったので、議会側は何も言えなくて追認するだけだったのです。その戦略的設定が正しかったかと言えばそうではなく、その反省から国防予算を見ることが出来るような組織を議会にもってきましょうということで、議会予算統制法が成立し、CBOも予算委員会も出来たわけです。その前には何があったかと言えば、上院ではFinance Committee(財政委員会)、下院ではWays and means Committee(歳入委員会)というものがあり、歳出は別のAppropriation Committeeと分かれていたわけです。この問題は双方向的に予算付けが出来ないわけです。そのため、双方向的に見て予算付け出来るところを作りましょう。ただ委員会だけをつくってもディスカッションする根拠となる数字が分からなければ困る。国防予算なども、総合的情報が必要で、国防総省と軍だけに任せておくと向こうの勝手になる。そういうきっかけで、CBOが生まれたわけですよね。

もう一つ、CSISの今の所長ジョン・ハムレーは非常におもしろいキャリアをもっています。つい最近までクリントン政権で国防副長官をやっていまして、その前は議会スタッフ、CBOスタッフ、その後国防総省に入り、国防総省では予算畑を歩み、最終的には国防次官で国防予算の最終責任者を見る役割をして、その後国防副長官をしています。ハムレーにすれば議会も軍も、シビリアンも分かっているという流れが出来ているのですが、こんな流れが出来たのは1970年以降です。そういう意味できっかけというものが大事で、日本にも出来ない訳は無いのです。でも日本でも出来るためには余程の意識が無いとだめなわけです。今日本の経済は大変なことになっていますが、これはいいきっかけとなるかもしれません。ただ日本に説得する場合に、CBOが無ければだめだという話では、答えは同じかもしれないが、説得力として弱いような気がします。話の筋として私が上野さんに賛成しているのは、あくまでも予算案を決めているのは日本政府ですが、それと全く別の筋から評価したりするところが欠けているということですよね。しかも日本の場合は議院内閣制の問題もあり、議会と政府が近い関係にある。また議会には独立したスタッフが極めて少ない。そのところをどう対処するのか、という話ですよね。一頃民主党には日本版GAO,会計検査院というCBOのように政策の内容も含め、リサーチし予算への意見を勧告するものをつくろうとする意見がありました。日本版GAOをやろうとする動きは民主党内にはありました。以前PRANJミーティングで、国会図書館の田辺さんが日本版GAOが潰れた理由として議院内閣制にはそぐわないのではということを挙げておりましたが、実際には上手くやれるはずですよね。私は、上野さんの言っていることの意識は共有しますが、話の持っていき方とか説明というものは間口が広くてもよいのかな、というのが私の意見です。
 
上野:それはよく分かります。民主党の議員が政策メッセという会議で政策の提言をしていた時に、GAOについては「やってみたい」という話があったのですけれども、やはりGAOかCBOかという議論はまずいかなとは思っています。ただ、モデルを出すのが一つの刺激になるだろう、その辺りを非常にクリアにすれば突破できるのでは、というような意味で言っています。

渡部:一点突破ということですね。分かりやすい構図を作る、と。

上野:「議会制ではできない」という話はいくらでもできる。ではどこで突破するかということでCBOを取ったのですけれども、GAOでもいいだろうと思います。ただ、やはり民主党の政治家の側に、本当に必要なものは何かという所の認識が足りないというのが私の印象です。
 

和田:なぜ日本に政策市場がないかというと、やはり政権交代がないからだと思うのです。野党が与党にとって脅威になり、自民党がしていることに対して太刀打ちできて、自民党も「下手をすれば倒される」と思えばきちんとした政策を作っていかなくてはならないし、政策が悪かったが為に選挙で落ちてしまうようなことがあれば、やはり政策市場というものができてきたのではないかと思います。

問題は、これからは政府や政策のあり方というものが変わっていくだろうということです。日本の経済がずっと右肩上がりで良かった時は、結局政府のすることは富の再配分でよかった。そして「いいもの」を分けているだけであれば、自分の所に入ってくるかあなたの所に入っていくかの違いだけですから皆それ程文句は言わないし、向こうの方が多く取ったな、という話で済んだのですが、これからは負担を配分していかなくてはならない。そうなると、自分の所に押し付けてくれるな、向こうに行きなさい、となる。そういう意味で、これからは政府のあり方自体が変わってくると思うのです。特に日本が老齢化社会になっていき、しかも人口が少なくなっていくということで、税収が少なくなっているのにそれにお世話になる人がどんどん増えていくわけですから、今までの政策というものとは質から何から全て違ってきてしまう。

政策を作る力を蓄積してこなかったというのはとても残念なことですけれども、今までの日本にはそれだけの需要もなかったし供給することもなかった。経済の理論で言えばそこに市場ができないのは当たり前なわけです。ただ日本というのは順応することに長けているし、例えば経済の分野でも学者の方はたくさんいますし、問題はそれをどういうふうに上手く政策の方に使っていくかだと思うのです。先程おっしゃっていましたが、結局政策をやって食べていければいいわけですよね。でも竹中大臣を見ていてもそうなのですが、ずっと学者をされていた方に「政治家としての手腕を発揮しろ」と言うこと自体に無理があると思うのです。ですから、伊藤隆敏先生なども財務省に入ったり出たりしていますけれども、ポリティカル・アポインティ(政治任命)のような制度を作ることも大切ではないかと思います。そしてもっと見える所にそういう人達を入れていって、彼らがどういう仕事をしたかということをきちんと見ることができて、その人達が辞めた時に戻る所が一橋大学と慶應大学だけでなく、他の所にも入っていけるような、人材が流れていくシステム、アメリカのリボルビング・ドアはよく引き合いに出されますけれども、そういったものが必要ではないかと思います。また一方で役所の中を見れば、入った時からキャリアだ、ノンキャリだと言って、どこのトラックに乗るかで35、40才くらいになれば先まで見えてしまうという方達に、「政策を作れ」ということ自体にも無理がある。やはり自分の身分を保障するためには事なかれ主義になり、いい政策を持っていたとしてもそれによって事を荒立てて自分のキャリアを棒に振ような人はいないと思うのです。ですからそういうものがない所で、上から圧力をかけるのと一緒に下からの変化も促進できるように、いいことをしたらそれが報われるシステムを作っていくことが必要ではないかと思います。

上野:そこで独立のシンクタンクを、という話になるわけですが、日本では当分できないわけです。

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文責 木下史子氏  (ありがとうございました)

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