PRANJワークショップ記録 

    「日本と中東政策」
   保守党 小池百合子衆議院議員

2002年1月2日 CSIS戦略国際問題研究所 (ワシントンDC)

小池:新年明けましておめでとうございます。
それではまず最近のことで、(2001年)12月19日から約1週間、エジプトを経由してイスラエル、パレスチナへ行って参りましたので、そのご報告から始めます。その時の写真を今ご覧いただいていますが、故小渕首相との写真は96年の1月、パレスチナ暫定自治政府の国会、人民評議会の選挙監視団に関連して現地に行った時のスナップです。私は現在、日本アラブ協会の顧問を務めており、以前は事務局長でもありました。アラブ協会ではアラビア語を教えてもいまして、この機関紙の中にも「私の原点」という記事もありますので、これもまたご覧下されば結構かと思います。

 保守党
 小池百合子氏


中東の他、私は中央アジアとの関係も築きつつあり、これまでのソビエトからCIS諸国(独立国家共同体)として、独立時からイスラムの観点で非常に注目をしていました。ロシアの専門家も、あの地域は独特で分からないといいます。むしろイスラムの観点から見た方が面白いだろうと思いまして。実際にあの地域を勉強している人達は数少ないことから、中央アジア研究所をたち上げました。研究所と言っても名前は立派なのですけれども、NPO(非営利団体)ですので、持ち出しが多くて大変です。次世代の研究者を育てたいという意味で、ネットワークを利用した一種のバーチャル研究所なんです。設立三年目です。自分で作って、自分で理事長をやってます(笑)。日本の場合は地域研究が十分ではないし、特に中央アジアは今回のアフガニスタンに関連して、非常に大きな役割を果たした地域です。一言で言うと中央アジアは、これまでモスクワを向いていた、ソ連のパートであったのが、途中から上海ファイブを通じて北京とお友達になった。それが今度のアフガンの問題で、アメリカが中国と中央アジアの結びつきにガ−ンとくさびを打ったと私は思います。そしてカザフとウズベキスタンが米軍に対して基地を提供しました。多分各国の国家予算の2倍から3倍くらいをドカンと注ぎ込まれることになるのでしょう。今後、中央アジアはワシントンを向いて動くのでしょう。アフガニスタン問題で最大の地政学的な変化を示したのは中央アジア諸国です。

本題のパレスチナ情勢です。現地でアラファト議長に会いに行くまでには大体4回ぐらい検問があります。イスラエルは冗談の通じない国なので、検問所でお茶目な事をすると、全く表情を変えないイスラエルの若い兵士がズドンとお見舞いしてくれるでしょう。検問を通過する度にお腹に力を入れます。防弾車は4cmぐらいの強化ガラスで、ボディも分厚い鉄板が入っていますから、非常に重く、走りも遅い。イスラエル側を運転する時はイスラエル人の運転手ですが、パレスチナの自治区に入るときには日本大使館のフィリピン人職員を運転手に替えます。まずガザに行きました。ガザは今回激しい空爆を受けました。三機しかないヘリコプターが全部やられてしまいました。ヘリポートそのものと、警察学校とその付帯施設としての病院、海軍基地などです。海軍といっても戦艦も持っていませんが、とにかく基地をやられました。爆撃はつねに夜中に行われます。空襲と海からの砲撃の両面からです。これらの爆撃はアラファトに対し、‘Mind your own business’というイスラエルからの強いメッセージです。窮地に直面すると、アラファトはアラブ諸国の支援を求め、ヘリコプターでしょっちゅう外へ行くんですね。イスラエルは「まずあなたの問題でしょ」と指摘し、「あちこち行かないで、腰を据えてやれ」というメッセージなんです。それにしても爆撃は本当にかなりひどいもので、ちょっとそれはやりすぎではないかと、私は思いました。ガザの後、4箇所の検問を越え、ラマッラという所でアラファト議長と会いました。そこはパレスチナ自治政府の議長府、Presidential Houseになっております。入り口には世界の報道陣が三脚を立ててじっと待っているんです。ある意味では議長府は世界のメディア、カメラによって守られているようなものです。

日本アラブ協会について一言申し上げておきますと、主なメンバーに中曽根さんや赤城宗徳さんなど、保守系の政治家が関係して立ち上げた任意団体の組織です。しいていえば民族派と第三世界の民族主義とが結びついたかたちです。パレスチナと日本の関係には主に二つあって、一種の右というか民族主義からのアプローチと、左派、赤軍との関係になります。右と左ではっきりと分かれているのはおもしろいかもしれません。日本アラブ協会の場合は、オスロ合意以前など、パレスチナが世界から承認も何も受けていない頃、日本との公式な接点がない。そこで協会が黒子役としてアラファトさんの訪日実現などで間接的にバックアップして、受け皿役をしてきました。そういった役割を私自身も担ってもう20年くらいになります。

シャロン首相は今回の爆撃直前にワシントンに来て、一応爆撃の予告、通達をしていったと思います。アメリカにおける同時多発テロのやり方を、そのまま我が国で踏襲して何が悪いと、かなり開き直っている部分があります。ネタニヤフ元首相も同じ論理です。ちなみにネタニヤフ首相の後が労働党のバラク氏で、そして今のシャロン氏が首相になったわけです。このネタニヤフ氏はまた政界に戻ってくる人物でしょう。今、あなたはどういう立場かと聞くと、I’m on vacation(休暇中)との答が
返ってきましたし、また戻りうる人材です。強硬派で知られるネタニヤフ氏以上に強硬派がシャロン氏という位置付けですが、エルサレムで会ったネタニエフ氏の口からは非常に強硬な言葉がポンポンと出てくる。なぜこの人が世界のメディアで受けるのかが良く分かりました。たとえば彼は突然、「不動産投資で勝つには三つのLがある」「それはLocation, Location, Location」だと言うんです。続けて「テロに勝つコツには三つのWがある」それは「Win, Win, Win」だと言うんですよね。サウンドバイトというか、メディア受けはばっちりです。とにかく勝つんだと、攻撃に重きを置いていることが良く分かります。その彼の言葉に×2をすれば、シャロンが今やっている事が分かる。いずれにせよイスラエル側は強気で攻撃的です。

イスラエル側はあくまでテロには強硬に対応する、それからオスロ合意の中の合意事項を無視してsettlement(入植地)を今もどんどんと増やす2つの策を強行しています。イスラエル人入植者には入植へのインセンティブも色々用意されてはいますが、税の恩恵よりも、襲われるかも知れないとの不安のほうが強くて、入植地の住居には空きが目立つようになりました。領土がすべてのイスラエルは、入植の事実を積み上げて、交渉事のカードにするわけで、パレスチナ側のあちこちに入植地を創っています。それは素晴らしい住宅で、すぐ隣のパレスチナの本当に貧しいバラックとは大違いです。特にガザの方に行けば失業率が70%ですが、私は80%でもおかしくないなと思っています。男達も昼間から道路のはじっこにただただ佇むしかない。石を投げるぐらいしかやる事がないという状況ですね。ちなみに日本の雇用政策もますます厳しさをましていきます。ガザと日本とを一緒にはできませんが、テーマは共通している。

危険といわれるガザに防弾ガラスの車で入りますと、おかしな話ですけれども、私はかえって気が緩んでしまい、窓を開けて手を振ったりします。防弾ガラスをあければ何の意味もないんですが。彼らは非常に日本人が好きですね。皆やる事もなく、ぼやーっとしているところに、我々が通ると手を振り返してくれたりして。やはり私はパレスチナにおいて日本が役割を果たす事は、実はたくさんある。雇用政策もそのひとつです。また国づくりのノウハウ、たとえば戦後の安本(経済安定本部・後の経済企画庁)などのシステムの導入もひとつです。安本は成熟しすぎた日本には不要です。もっとも別の意味で、新たな安本が必要かもしれません。戦後の荒廃から日本を復興へと導いた安本のノウハウを導入するのもアイデアです。

パレスチナ支援について、パレスチナ問題=エルサレム問題ですから、宗教そのものの問題もあり、日本は関わりにくい。余り関係ないからかえっていいという考えは甘いですね。基本的にはエルサレム問題までいかないと根本的解決にはならない。エルサレムを首都としたいパレスチナはこの点を譲ることはできず、アラファトは頑なにならざるをえないですね。もし譲っていい加減な処理をすれば、アラファトは後ろから鉄砲を撃たれます。ですからこれがなかなかできないと。ジニ特使(アメリカの中東特使)が今こちらに戻られていますが、その辺りの橋渡しは基本的にはアメリカになるのではないか。日本は復興支援はできるけれども、和平そのものとなると。別に可能性を捨てているわけではないのですが、現実はそうだということです。日本はアラブ側は動かせてもイスラエル側となると、なかなか疑問だと思います。肝心のアラファトさんですが、私自身とはすごく長い付き合いで、オカールといういつも被っている頭巾を取った姿を見てしまったこともあります。それぐらい親しくお
付き合いさせて頂いているのですが、今回は心なしか寂しそうな、これまでにはない疲れた表情を見せていた。歳のせいだけではありませんね。目が少し白内障気味でしたね。私が座っている側からはよく見えなかったんですけれども、ソファーの角をぎゅっと握っているんですよね。何でかなと思ったら、手の震えをとめるためだった。時々唇も震える。以前乗っていた飛行機が墜落したかで、九死に一生を得た時の後遺症だという説と、パーキンソン病だという説と色々あるのですが。10年、20年前と違って体力が落ちるのは否めないとしても、眼からの力が落ちていましたね。ネタニヤフ氏はアラファトを交渉相手にはしないと言っていたけれども、ではどうするのか。私はイスラエルの考えは二本立てだと思います。一つは、アラファト氏に対して、「あなたは相手にしないよ」と言い、アラファトに危機感を抱かせ、ハマス等に対してもっとシビアな策をとらせる。それはそれで良しと。また一方で、アラファトをいい加減に見限って、本当に替えてしまうという事。この二本立てですね。アラファト外しの場合、交代要員としてはアブー・マアゼンというPLO事務局長あたりでしょうか。でも彼もかなり歳をとっていますが、まずイスラエル側はこの人を念頭に置いていると思います。オスロ合意へ至るまでの交渉相手でしたし。その他にも若手もいましたが、皆、暗殺されてしまって。いい人材に限って、暗殺される。またアラファト自身、自らを守るために後継者を育てなかったこともあいまって、なかなか代替がいないのも現実なのですね。
 

              
またネタニヤフ氏は、アラファトを相手にせずとも、話のできる相手はいる。混乱することはないと断言していました。いつまで今の治安が保てるか、いったんことが起きると、また混乱し、同じ騒ぎが繰り返される。で、更に激しい報復になる悪循環です。アメリカはやれる所までやらせておけ、疲れ果てるまでという論もあります。当分、様子見をして、お互いがタオルを投げてきた時にようやく動くほうが得策という考えです。次の一発が、どういう形で、どれくらいの規模になるか次第でしょうね。

武装組織として知られるハマスは観光大臣暗殺にも関ったとされていますが、一方で慈善団体でもあるんです。組織のなかに、戦闘部隊と、福祉や食糧配給などの慈善事業部隊があります。PLO出身のアラファト議長を中心にパレスチナの暫定自治政府は国際組織や各国からの拠出金で運営をされています。だけどそれは十分ではない。また幹部による汚職もある。一方、ハマスは湾岸諸国のお金持ちとか、パレスチナ人などからの寄付や義援金を集め、自治政府とは別の特別の財源を持っているんですね。この特別財源はある部分は武闘組織の方にも流れるけれども、慈善事業にも活用されています。今回、アメリカのFBIがテロ支援防止のためにハマスを含む7団体・個人の資金の凍結指令を出しました。日本も外為法の運用でこれを実施しました。私は前回のアル・カーイダの場合とハマスはちょっと違う。ハマスを追い詰めれば、益々困るのはパレスチナの貧しい人達であって、何ら解決にはつながらないと違和感を覚えています。

立ち寄ったエジプトで、私はアラブの国連であるアラブ連盟の事務総長を務めるアムル・ムーサという前外務大臣にもお会いしてきました。パレスチナ自治政府に対してアラブ各国から拠出させている要である、アラブ連盟の事務総長なのですが、彼にお金の流れをできるだけ自治政府宛一本に絞ることを提案してきました。自治政府による慈善活動、福祉分野が不十分だから、その分ハマスの人気が高まりますよね。貧しい人たちの面倒を見てくれるわけですから。

イスラム団体は基本的に大変キメが細かいんです。私は阪神大震災のど真ん中にいましたが、被災現場から、まずは小学校などの緊急避難所でしのいだ後、自宅へ戻れる人は戻る、家を失った人は仮設住宅に移ったりします。数十、数百単位で並ぶ仮設住宅では自治会のような新しいコミュニティーができます。そういう所で活躍するのは実は宗教団体と共産党ですね。特に共産党は、あの時、あの中で、支持率を伸ばしましたが、組織するノウハウがあるからなんですね。オルグというか。皆が知らないうちに、実は共産党関係の自治会長があちこちで生まれたりして。役所仕事というのは、たとえば被災直後、役所は不公平が生じるからと物資が全部に行き渡る量に達しないと、なかなか動かない。当時、芦屋の市役所に行ったら、地下駐車場に暖房用のカーペットが高く積んでありました。寒いさなか、早く皆が避難している小学校に配ったらどうだと言うと、「まだ全員に行き渡りませんので、もう少しためてから」と言うんで頭にきたのを覚えています。行政はいざという時には全く非効率なんですね。かたや山口組はおむすびとバナナを全部セットにして袋に入れて配ったそうです。行政主導では炊出しでも、おにぎりのライン、バナナのラインと別々で、並び直さないといけない。山口組は全部パッケージで、すごく貰う側の心理を考えている。ハマスと山口組を同類にしたりするわけではありませんし、共産党や宗教団体を一緒にするのではありませんが、とにかくキメが細かいという共通点があります。一人一人の住民の顔を見てやっていますから、人気が高いんです。その辺の所をパレスチナ自治政府ももう少し学ぶ必要があります。自治政府と言っても、これまで鉄砲かつい
でゲリラ戦をやっていた人達ばかりですから、ゲリラには強くとも、行政に強いわけではない。この辺がパレスチナの問題ですし、それは直接彼らにも言っています。
 
イスラエルからも学ぶべきところがあります。48年のイスラエル建国の際にはNY,Londonで働いていた人、ユダヤ人の彼らが、これまでの自分の生活を捨てて世界中からイスラエルを目指した訳です。各自の得意な分野を生かし、行政にも携わった。一方で、アラブ各国の行政がどうやって動いているかと言うと、パレスチナ人の力によるところが大きいんですね。No.1の大臣の席はその国の王族が座りますが、すぐ下のいわゆる事務次官クラスはパレスチナ人ばっかりです。行政は彼らが実質的に動かしている。だからそれらの行政のプロがパレスチナに戻るようになれば、違うんですが。むしろ自分が戻って、もっと仲間が戻れる状況を作るぞといったくらいの気概をパレスチナ人に持って欲しい。サウジの何とか省のNo.2に安住するよりも、パレスチナに戻って「俺がやる」くらいの迫力を持ってほしい。ここがパレスチナとイスラエ
ルのすごく現実的な、そして大きな違いだと思います。イスラエルは良かれ悪しかれ、まず国を作った。「シオンの丘に帰ろう」という思想、シオニズムが何千年も生き続けて国を確保した。パレスチナにはイズムが欠けている。
 
 
先に首都エルサレムの問題を指摘しましたが、私自身は首都問題は一旦双方が棚上げして、パレスチナは暫定の首都としてガザでも、ラマッラでもいいから、まずは国家を創ってしまえ、独立国家を創るべきと考えます。9月11日以降の色々な動きのなかで、ブッシュ大統領が国連の総会でパレスチナ国家の容認について、初めて言及しました。英国のブレア首相もほぼ同じような趣旨を口にした。極めつけはBBCの放送で、シャロン首相までが「我が国の治安が守れるとならば」との条件付であっても、パレスチナ国家について初めて語ったんです。治安が守られていないから「ダメ」と強調したかったのでしょうが、これまでには考えられない事態です。すごいチャンスです。エルサレムという世界で特殊な町を国連の統治下にするか、1/3ぐらいずつに分割し、宗教別に統治するか、幾つかの方法があります。まずはエルサレム問題を双方が棚上げし、パレスチナの国家を樹立させることです。

近隣諸国では、エジプトでもほとんどの民衆レベルは反イスラエル、反アメリカです。ムバラク大統領などの為政者レベルは、アメリカの対テロ作戦に意義は申し立ててはいない。今回一番驚くのはリビアの動きですね。あのリビアがすごく良い子にしている。かつてカダフィが自分の家が空爆され、子供もなくしました。経済封鎖による疲弊、辛さも身にしみて分かっています。対欧米の協調路線を敷いています。先だってもカダフィの次男でリビアのサッカー協会会長のサーディーがワールドカップがらみで来日しまして、会ったんです。父親から帝王学を学ぶというか、息子のために仕事、舞台を作ろうする良き父親というか。リビアは欧米との協調路線というよりも、むしろアフリカ雄になろうといった方向性を感じますね。

再びエジプトについてですが、民衆レベルは反イスラエル、反米が長年浸透しています。サダトが急にハンドルを切って、77年に自らがイスラエルの議会クネセットに乗り込み、演説をしました。しかし、その代償として、観閲式の際に、テロリストに真正面から撃たれたのです。暗殺を指令したのが、ウサマ・ビン・ラディンのNo.2、No.3と言われるエジプト人医師アイマン・ザワヒリです。カイロ大学卒業ですから、私の同窓生になってしまいますが。サダトはリーダーとして素晴らしい決断をしましたが、その代償はあまりにも大きかった。その決断にまだ多くの国民がついてきていない。

カイロ大学では留学生を除くエジプト学生の必修科目にカウミーヤという時間がありました。カウミーヤはナショナリズムの意味で2時間ぐらいの授業でした。ナセル革命にあい前後する歴史、スエズ運河を巡る列強の歴史などですね。その頃の欧米というか、米は当時はあまり存在感がないから、欧州列強と植民地の関係、辛さ、屈辱とそれを打ち破る栄光を学ぶ授業です。小、中、高とあらゆるレベルにおいて、エジプトの子供たちは学校でも、家庭でもイスラエルとアメリカが兄弟、親子のような関係であり、この二つが諸悪の根源だと教えられるんです。サダト大統領の大転換以来、時間が経つにも関らず、いまだに民衆レベルは反米、反イスラエルで反応してしまい、拳を振り上げるということです。パキスタンも、インドネシアなどもそうじゃないですか。日中韓の教科書問題ではありませんが、中東、イスラム諸国の教科書問題といったところです。教科書とはコーラン、バイブル、ユダヤのタルムード、トーラーですよ。

 
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文責  小池  政則氏 (ありがとうございました)

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