■ 『政策海外ネットワーク"PRANJ"レポート』 第14回目
「アメリカにおけるバウチャー制度と日本への意味合い」
渡邉聡
:アメリカン・インスティチューツ・フォー・リサーチ 研究員公共政策の分野で最近バウチャー(voucher)という言葉をよく耳にする。バウチャーは行政機関が住民に福祉や教育等の行政サービスを提供する際に、競争原理を導入できる制度として注目を浴びている。例えば行政機関が各家庭にバウチャーを配った場合を想定してみよう。どこの施設でそれを使うかの判断は各家庭にゆだねられ、個人による選択の自由が与えられる。一方、各施設の方は「顧客」である家庭に選んでもらわなければ補助金がもらえないわけだから、必死にアピールし「営業努力」をする。こうして教育や福祉といった公共財の市場にも自由競争が導入できるというシナリオだ。
バウチャー制度は日本の行政サービスではあまりなじみはないが、アメリカの行政サービス分野では既に幅広く取り入れられている。例えば農務省(Department
of Agriculture)が運営する低所得家庭を対象としたフード・スタンプ・プログラム
(Food Stamp Program)がその一例と言える。フード・スタンプは、酒やたばこ、ペットフード、ビタミン剤、あるいはレストランでの食事等には使用出来ないが、フード・スタンプを使用して買い物をした際の消費税が免除される。フード・スタンプを利用する家庭はできるだけ安い店で買い物をするだろうし、スーパー側も「フード・スタンプ使用できます」といった張り紙を店頭にだし、顧客を獲得しようと努力する。ここでもバウチャーの本質である個人による自由な選択とバウチャーを受け取る側の競争が維持されているわけだ。
現在の教育バウチャー・モデルの基礎となる概念は、シカゴ大学の経済者でノーベル経済学者でもあるミルトン・フリードマンによるものである。フリードマンが教育分野における自由競争原理の導入を唱えてからおよそ半世紀、さまざまな問題を抱えながらもアメリカにおける教育バウチャー制度は、少しずつ形を変えながら現実性をおびたものとなりつつある。その背景にあるのは今日のアメリカの特に都市部における公立校に対する苛立ちであり、現行教育システムに不信感を抱く親たちの不満である。教育バウチャーを導入することにより、低所得家庭の子供達にも教育レベルの高い私立校に通学する機会を提供し、また公私立校間における生徒の獲得競争の中で、公立校の建直しをはかろうとする苦肉の策とも言える。
しかしながら教育バウチャー制度は「アメリカで成功したから日本でも成功するはずだ」と言えるものではない。なぜならそれはアメリカ社会における問題を解決する手段として捻出されたものであり、日本が形だけを取り入れただけでは本質的な効果は期待できないからである。日本における経済、社会問題と照らし合わせながら独自の解決策を編み出すことが、日本でのバウチャー導入を成功させる鍵となるだろう。
教育バウチャー制度を導入する際の最大の壁の一つが、今日における学校教育の役割に対する「個人の意見」と「社会としての意見」の間のジレンマがあげられる。多様化する現代社会の中で、全く異なった教育価値を持つ家庭の親や子供たちが異なった教育投資をすることは、それらの個人の選択によるものである。しかしながら経済的な理由によってその個人による自由な選択が達成されていないのであれば、それは選択の機会が平等に与えられていないことを意味する。
日本における教育バウチャー制度の最善のシナリオは、各個人が自ら望む学校や教育投資を選択し、それにより「学ぶ意欲」と「やる気」を取り戻し、自分達の意志でそれぞれの興味や好奇心を追求するようになることではないだろうか。
教育バウチャーの意図するものはまさにこの個人への自由な教育投資の機会の提供であり、自由競争によって鍛えぬかれた学校教育システムの構築なのである。またこうした機会を提供できるのがバウチャーだろう。
最後に日本でのIT(情報技術)人材の育成を目的としたバウチャーの導入について個人的な見解を付言すれば、バウチャーの導入に筆者は賛成である。しかしその際バウチャーを利用して講習を受ける側の援助は言うまでもなく、バウチャーを受講者から受け取ってサービスを提供する側へのインフラや設備補助も不可欠となるであろう。
ここで特に重要なのは、バウチャー生徒を受け入れるIT専修学校への規制はできるだけ最小限にすることが望ましいということである。なぜなら筆者を含む多くの経済学者達が注目するバウチャーのメリットは、自由競争による教育産業の活性化とサービス提供側の生産効率の向上なのである。つまりそれはバウチャーを利用する受講者がサービスの提供者を自由に選択できる機会の創造であると同時に、選ばれる側であるIT専修学校が受講者の獲得競争の中でより質の高い講習サービスを提供し続けうるマーケット・システムの構築なのである。そういったマーケット・システムの中で、民間のIT専修学校は受講者(バウチャー利用者)に選ばれるために常に新しい商品やカリキュラムを開発し、また継続的な人材や設備投資をするようになるだろう。また受講者は学校間における競争によって常に磨かれたユニークな講習を選択できるであろう。
ところがバウチャー制度の導入をきっかけに専修学校によるIT講習の内容を制限してしまえば、「どの学校へ行っても同じサービス」を受けるシステムとなってしまい、バウチャーが意図する個人による教育機会の選択と自由競争によって生み出される多様性を失わせてしまうことになってしまう。つまりサービス提供者側による商品の売り込み競争がなくなってしまうわけで、これではどれをとっても同じサービス
を受けるものになってしまい、受講者にとっても専修学校側にとっても全くインセンティブのない人材養成システムになりかねない。
これからの日本が長期的なIT人材の育成を志すのであれば、自由な「選択」と「競争」を十分に働かせ、教える側と教えられる側の両者の能力と意欲を同時に高めていくインセンティブが必要なのである。もしバウチャーを利用する側の「自由な選択」とサービスを提供する側の「競争」のどちらかが欠けてしまえば、バウチャーの魅力と効果は半減してしまう。そして実は真の意味でのバウチャーとは呼べなくなってしまうのである。
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