| ■ PRANJ同時多発テ最終レポート
NY・ワシントンDCより (2001年11月27日JMM掲載) PRANJ(政策海外ネットワーク)
からJMMへのレポートは今回を持って終了とさせていただ
きます。ワシントンDCを拠点としたPRANJから、日本にいる皆様に「政策」につい
て問題提起を行ってきました。皆様からの厳しいご意見やご質問等参考にさせて頂き、
PRANJメンバー一同大変感謝しております。
尚、今後ともホームページ(http://pranj.org)にて広域の分野について議論を続け
ていきますので、引き続き皆様のご意見・ご質問等 pranj@pranj.org
へ送付してい
ただければと思います。私達が日本にいる一人一人に問いたいのは、現在日本が直面
しているいろいろな挑戦に対して、どういう選択をしていくのかということです。
外交や経済政策を始めとして日本がグローバルな視点と水準、国際競争力を併せ持つ
ものになるよう、「政策」市場を作り上げることの重要さを説いてきました。日本の
外――諸外国の大学、研究機関、民間企業、公共機関、NGOやNPO、あるいは国
際機関――で多数働いている私たちのような日本人ができることをこれからも全力で
推進していく所存です。日本人がとり得る選択肢を増やすために、バーチャルシンク
タンクという試みをこれからも続けていきます。
▼INDEX▼
■ PRANJテロ関連最終レポート NY・ワシントンDCより
■ 岩田健太郎 :ニューヨーク市ベスイスラエルメディカルセンター感染症科臨床フェロー
■ 安井明彦 :富士総合研究所ニューヨーク事務所 主事研究員
■ 池原麻里子 :C−NET(国会TV)ワシントン事務所 代表
■ 渡部恒雄 :CSIS戦略国際問題研究所 日本部主任研究員
■ 村上博美 :ESI経済戦略研究所 研究員
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■ 岩田健太郎 :ニューヨーク市ベスイスラエルメディカルセンター感染症科
臨床フェロー
「炭疽菌その後」
「10月29日以降、炭疽菌の患者さんは一切出ていません。」
と先週とある講演で言った舌先も乾かぬうちでした。コネチカットで94歳の女性が
吸入炭疽症で亡くなる、という事件がおきたのです。
11月は取材攻勢こそあったものの、医師や患者さんからの問い合わせはぐっと減っ
ていました。救急室もようやく炭疽菌の扱いに慣れてきたので、夜中に電話で呼び出
されて「これこれこういう患者がいるんだけどシプロを投与すべきだろうか。検査を
した方がいいだろうか」的な質問をされることもなくなって来ました。無関係な白い
粉をばら撒く愉快犯やパニックになって病院に駆け込む人も少なくなり、3週間以上
も新たな患者は出ず、事態は落ち着きを見せ始めたころでした。
そこに来てコネチカットの事件です。
新しい患者が出たことそのものについては私に特に驚きはありませんでした。今回の
炭疽菌事件について、当初から私は飛行機ハイジャックおよびその墜落に関係ある者
たちとの関与については否定的でした。今でもそれには否定的な見解を持っています。
しかし、犯人が誰であれ、まだ逮捕されていないのは事実です。犯人が野放しな限り、
再び炭疽菌の入った郵便物が配布される可能性はあると考えるのが普通でしょう。
また、前にもちょっと触れましたが炭疽菌は比較的扱いの容易な細菌で、入手するの
も難しくはありません。そこで懸念されるのは模倣犯の出現です。いろいろな人がい
ろいろな目的で人を殺してやろう、というけしからんことを考えています。炭疽菌が
人々を恐怖に陥れることが分かった以上、似たような行動に出る者が出現してもおか
しくありません。テロリスト、過激派、カルト系宗教団体。名前は何とでも付けられ
ましょうが。
しかし、コネチカット州オックスフォードは人口2000人弱の町だといいます。そ
こに住む、およそテロのターゲットになりそうにない老婦人が犠牲になったことに、
感染症科関係者は驚きを隠せませんでした。疑わしい郵便物も現在のところ見つかっ
ていません。
自然感染、という可能性もあります。確かに炭疽菌による病気は米国では大変珍しく、
フロリダで患者が出るまでは30年間で(文献により人数が異なりますが)3人とか
5人という患者数です。しかし、逆に珍しい病気だからこそ医師も鑑別疾患に入れる
ことなく、誤診の可能性も高くなります。診断のつかぬまま抗生剤を出していたらな
んとなく治癒してしまった、理由のわからぬまま死亡してしまい、うやむやになった、
いわゆるunderdiagnosis であったことも過去には多いと思うのです。
現在は患者さんすら「自分は炭疽菌に感染しているのでは」と疑うようなご時世です
から、見逃しはかなりされにくくなっています。この94歳のおばあさんはもしかし
たら何かの動物を介して自然感染をしたのかもしれない、このご時世で普段だったら
疑わなかったものを医師がpick upしただけなのかもしれない。これは例外的な、
isolated case なのかもしれない。
「かもしれない」のオンパレードです。分からないことはたくさんあります。ニュー
ヨークで亡くなった病院勤務のベトナム人についてもあれ以来何の進展もなく、感染
経路は謎のままです。犯人についてはFBIが再三あーだこーだという発表をしたにも
かかわらず未だ逮捕に至っていません。次は誰がターゲットになるのか、もうあやふ
やになってきました。
逆に今回の一連の事件で新たに分かったこともあります。従来、吸入炭疽症の死亡率
は治療をしても90%くらい、といわれてきました。70年代の旧ソ連からのデータ
がその根拠になっています。しかし現在見つかった吸入炭疽症の患者数は11人、
死亡数が5人(コネチカットのケースも含め)。死亡率は50%以下であることが分
かってきました。人工呼吸器や輸液の技術など、現代医療の進歩がその大きな原因で
はないかと考えられます。早めに治療すれば治癒率も高いことが示唆されています。
鼻水鼻詰まりやのどの痛みがあれば炭疽菌である可能性は低いらしい、というデータ
も出てきました。もっともこれらの症状は炭疽菌感染がないことの保障にはなりませ
んが。レントゲン写真では肺炎の像はない、と従来信じられてきましたが、これが間
違いであることも分かりました。逆に縦隔の拡大像、という古典的な所見はほとんど
の患者さんに認められ、診断に有用であることも分かりました。
感謝祭も終わり、冬がやってきました。炭疽菌と区別のしにくい疾患、インフルエン
ザのシーズンです。私と炭疽菌との取っ組み合いもしばらく続きそうです。
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■ 安井明彦 :富士総合研究所ニューヨーク事務所 主事研究員
「All Politics is Local」
テロによって折からの景気減速に加速がかかったアメリカでは、景気刺激策の立案が
急がれています。しかし、審議中の法案には個別利益を対象としたさまざまな条項が
含まれており、その経済効果を疑問視する声が少なくありません。槍玉にあがってい
るのは、バッファロー飼育業者やカリフラワー農家に対する補助金、鉄道拡充に対す
る優遇税制などです。
ただし、アメリカでは、個別利益の擁護が一概に否定されているわけではありません。
今春、私が参加した講演会で、印象深いやりとりがありました。当時、上院で一人の
共和党議員が離党し、多数党が共和党から民主党に移るという騒ぎがありました。講
演会では、この議員がカットされそうだった地元酪農家への補助金の存続を訴えてい
たことから、「補助金を支持する政党に所属する」として、自分の一票を「売り」に
出したのではないかという意見がでました。これに対して、裏切られた側の共和党議
員スタッフが、「上院議員は各州の代表であり、われわれはこの仕事を誇りに思って
いる。上院議員の票は決して「売り」になどでない。同議員は立派な仕事をしており
尊敬している」と言い切ったのです。
地元・支持者の重視が国益を損ねるならば、これは有害といわざるを得ません。一方
で、地元・支持者を無視してばかりでは、自分が落選の憂き目にあうだけでなく、国
政への支持を損ねる危険性もありますし、国の進路を取り違えるかもしれません。各
議員は、地元・支持者を重視しながらも、国益との関連を常に考え、場合によっては
地元・支持者と議論し、マクロな利益への支持を作り上げなければならないのです。
アメリカには"All Politics is Local"という言葉がありますが、この言葉を愛用し
たのが70〜80年代に下院議長をつとめたオニール議員です。今春出版された彼の
伝記には、彼がベトナム反戦に転じた経緯が記されています。オニール議員は最初戦
争を支持していましたが、地元(マサチューセッツ)の学生を中心に反戦運動が盛り
上がり、彼らと議論を戦わせるうちに考えが変わり、議会での反戦運動のリーダー格
に転じることになったというのです。All Politics is Localというのは、地方選に
落選した若きオニールに、これも政治家だった父親が贈った助言だそうですが、見か
けよりも重い意味合いが含まれているように思えます。
さて、多少の個別利益向け対策が含まれるのは政治的現実として理解すべきとしても、
最終的に重要なのは、本筋の景気対策(減税+失業対策)が実現されることです。先
週1週間、議会は感謝祭の休暇をとり、議員は地元へ帰りました。地元の声を吸い上
げた議員が戻ってきた今週から12月にかけて、議会の審議はいよいよ佳境を迎えま
す。
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■ 池原麻里子 :C―NET(国会TV)ワシントン事務所 代表
「テロ対策と公民権」
ブッシュ政権は一連のテロ対策として外国人テロ容疑者を無期限に拘留したり、容疑
者と弁護士の会話を盗聴したり、非公開の特別軍事法廷で容疑者を裁くことにしまし
た。またFBIは嫌疑を明らかにせず、5000人あまりのアラブ系の男性から事情
聴取をしようとしています。その為、米国では公民権やプライバシーの侵害を懸念し
た批判の声も上がっています。
■ "USA Patriot Act"
まず9月11日のテロ事件発生の5日後にFBIの電話盗聴やインターネットのモニ
ターを実施し易くし、テロ容疑者を無期限で拘留できるその名も"USA
PatriotAct"
(アメリカ愛国法)という法案が議会に上程されました。一部の議員が司法省の多大
な権限拡張を懸念した為、一部の条項は議会が延長しない場合、2005年に消滅す
る時限立法となりました。例えば従来、FBIは特定の電話番号を盗聴する許可を裁
判所から得ていましたが、今度の修正で特定の容疑者が使用する電話全てを盗聴する
許可を得ることができます。また捜査に係わっているそれぞれの裁判所から捜査状を
得なくても、1つの裁判所から入手した捜査状で全米で捜査ができるようになりまし
た。以上は2005年までの時限立法となっています。このように一部条項が緩和さ
れた法案は10月24日、下院357対66、25日に上院98対1と圧倒的多数で
可決され、26日にブッシュ大統領が署名し発効しました。
USA Patriot Actでは容疑者が捜査のずっと後まで、通告されない"black
bag"捜査も
認められており、公民権団体はこれが一番、濫用されそうな権限であると懸念してい
ます。また司法省は外国人テロ容疑者を7日間、拘留でき、その後は告訴するか、国
外追放することができますが、国外追放しない場合には半年毎に国家安保上のリスク
であると証明すれば、無限に拘留できることになっています。
本法の問題条項についてはやがて最高裁判所まで争うようなケースが発生するかも知
れませんが、今回は議会での議論が不十分で裁判所が法解釈に利用する"legislative
history "が整っておらず、
歴史的に裁判所は戦争時には議会の決断を尊重してきて
いるので、司法側の権力濫用があった場合でもそれに反論するのは難しそうです。
■容疑者と弁護士の会話盗聴
10月26日に上記USA Patriot Actが立法した直後、アッシュクロフト司法長官は
通常のプロセスであるパブリック・コメントを求めることもなく、拘留されている容
疑者と弁護士との会話の盗聴を承認しました。米国憲法第6修正条項は弁護士を得る
権利を認めており、容疑者や囚人と弁護士の会話は盗聴の対象外になっていましたが、
司法省は弁護士がテロ容疑者からの伝言を仲間のテロリストに伝える恐れがあるとい
う理由でこのような異例の対応をしました。
全米刑事弁護士連盟代表は「そもそも弁護士はクライアントとの会話を部外者には漏
らさないという職業上の義務があり、この前提条件に基づいてクライアントと話せな
いのであれば、クライアントは憲法第6修正条項の権限がないのも同然である」と今
回の司法省の措置を批判しています。司法省は容疑者と弁護士には盗聴していること
を通達するし、盗聴した情報はテロ防止のみに利用すると言っています。しかし、政
府に盗聴されているのが判かっていたら容疑者は弁護士に正直に事実関係を伝えない
かもしれず、弁護士が有効に弁護をできなくなる恐れもあります。この為、全米最大
の弁護士団体、アメリカ法曹協会は司法省の新ルールを懸念する声明文を出しました。
■特別軍事法廷
ホワイトハウスと司法省は国際テロリストをどう罰するかを数週間、検討してきた結
果、11月13日、ブッシュ大統領は国際テロリストは非公開の軍事法廷で裁くとい
う大統領令を発令しました。これで国防長官が判決をくだすパネルを任命し、有罪判
決の為に必要な証拠の基準も決め、素早い判決が可能になります。パネルの2/3の
賛同で有罪となりますが、パネルの人数、資格は確定されていません。ブッシュ大統
領と国防長官だけがその判決を覆すことができます。
今回のような非公開の軍事法廷は第二次大戦時以来のことです。当時ルーズベルト
大統領は米国内でサボタージュを試みたナチ8名中、6名を死刑に処しました。一部
の法律学者は国連安保理事会が設置する国際法廷で裁くべきだと主張していましたが、
国際法廷では死刑を認めていないし、アメリカに対する戦争行為は自国の軍事法廷で
裁くべきだという保守派弁護士の意見が通りました。これに対し、公正な法手続きを
保証していないという理由からスペインは容疑者の移送を拒否するとアメリカに通告。
死刑制度を廃止した他の欧州諸国もアメリカへの身柄引き渡しを拒否する可能性があ
ります。
さて、11月20日、ブッシュ大統領は司法省本部を元司法長官のロバート・ケネデ
ィー・ビルと命名。これはブッシュ政権はケネディーがあらゆる法的手段と活用して
マフィアと戦ったことを今回のテロとの戦いの模範として讃えてきたことを象徴した
動きです。これに対してロバート・ケネディーの娘、ケリー・ケネディー・クオモは
娘に対して「今の司法省はあなたの祖父が受け入れるような姿ではない。」と警告し、
「他国が軍事裁判で米国民を裁いた時には批判してきたのに、今回のような一連のテ
ロ対策が司法上最善のプロセスか熟慮すべきだ。」と批判しました。
アメリカン・エンタープライズ研究所の政治研究家ノーマン・オーンスタインはブッ
シュ大統領が初年度に獲得した権限はルーズベルト大統領が第二次大戦時に得た権限
以上のものであると指摘しています。"Extraordinary times require
extraordinary
measures"
ということでアメリカ国民も身の安全を守る為には多少、プライバシーが
侵害されてもやむをえないとブッシュ大統領のテロ対策を支持しています。しかし、
緊急事態ということで与えられた政府の権限が恒久的になる可能性が高いことも念頭
に置く必要があります。
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■ 渡部恒雄 :CSIS 戦略国際問題研究所
日本部主任研究員
「友人の国土安全保障局入りについて」
感謝祭の休暇を迎え、例年通り大変静かになった私の勤務先CSISから、私の友人の一
人が退職し、ブッシュ政権入りしました。彼の名はフランク・シルフォといい、現在
までCSIS戦略国際問題研究所の国際組織犯罪プロジェクトのディレクターで上級政策
アナリストの職にありました。彼は、大量破壊兵器を使ったテロ対策に様々なプログ
ラムを運営し、CSISのテロ専門家の中でも、最も若く精力的に活動してきた男で、今
回は9月11日以降、新設された国土安全保障局のトム・リッジ長官の特別補佐官お
よび渉外部門のアドバイザーとしての急遽の政権入りです。
トム・リッジ国土安全保障局長官は元ペンシルバニア州知事であり、ブッシュ大統領
の親友で、自国内でのテロ対策のために、新設された部署のトップに就任しました。
この新しい国土安全保障局はアメリカの地続きの国境からのテロリストの脅威に包括
的に対応する役割、およびCIA、FBI、国防総省などの複数にまたがる情報の集積と共
有という任務を与えられています。つまり、官僚機構の縦割りゆえに、対応が遅くな
る恐れのある国内のテロ対策への調整役を期待され発足しました。しかし、炭疽菌テ
ロの対応が後手後手にまわるなど、現時点では批判も大きく、組識のスタッフの拡充
がなければ、その機能は難しいのではないかともいわれている部署です。
それゆえ、最近になって、シルフォに加え、リチャード・ファルケンラスというハー
バード大のケネディースクールの生物・化学兵器のテロ専門家、およびエド・マクナ
リーという司法省の経験を持つ法律家の国土安全保障局入りは、俄然注目されること
になりました。今後、この部署がどのようにアメリカのテロ対策の中で機能していく
かは、まだまだ未知数ですが、このケースは、政策本位の思い切った人材登用という
アメリカの大統領政治の強みの部分で、アメリカと同様に、官僚制の縦割りの克服が
鍵となるであろう今後の日本のテロ対策のためには、参考になる部分でしょう。
フランクと私の付き合いは、彼がオウムのサリン事件以来日本に興味を持ち、積極
的に日本の関係者との付き合いをしてきたため、私も日本専門家として一緒に仕事を
する機会に恵まれました。オウムのサリン事件を大変良く研究し、日本の関係者とも
頻繁に意見交換をしていましたし、コンピューターのY2K問題(2000年問題)で
は、日本の政府関係者だけでなく、金融などの日本のビジネス界に対して、早い段階
からY2Kの危険性に関しての啓蒙に努めました。その後、サイバーテロの危険性を
訴え、日本の政府OBやビジネス界との意見交換を行ったり、生物テロに対しても早
くから警鐘を鳴らしてきました。日本にもチャンネルのあるこの専門家の政権入りは、
日本にとってはいいニュースでしょう。
最近、元オウム真理教の信者がNTTコミュニケーションズの契約社員として、
みずほファイナンシャルグループの情報を盗んだとして逮捕された事件があったよう
ですが、オウムのようなテロリストグループのサイバー化は、フランクなら、要注意
事項として警告を発するであろう事件です。そもそもオウム真理教が名前を変えるだ
けで、依然として活動をしている事実といい、日本の国内テロ対策は、益々重要性を
増していることは間違いありません。
ところで、このフランクというのは、まだ30代半ばの若さです。彼に限らず、非
常に若く有能な人間が、アメリカ政府には、政治任命として多く採用されています。
その人材育成プールの一つが、ワシントンのシンクタンクを中心とする政策コミュニ
ティーの存在です。やる気のある有能な人材を育て、かつ実戦で鍛え上げるアメリカ
の政策コミュニティーを目の当たりにしていると、根本的な制度が異なっている日本
でも、そのエッセンスを何とか学べないものかと、日々実感することになります。
ワシントンでは、若い専門家達が次へのステップを狙って、本当によく勉強していま
す。これは、日本のカウンターパートにあたる官僚が遊んでいるというわけではあり
ません。話をきくと、実質の勤務時間は日本の官僚のほうが、遥かに忙しく殺人的な
スケジュールをこなしているのですが、アメリカでは構造上、個人が実際の政策立案
にそのエネルギーの多くを費やすことができるのに比べ、日本では官僚がゼネラリス
トで、すべての問題に関ることが建前のため、頻繁に所属部署が代わり、個人が特定
の政策立案に費やす時間は大きく制限されているのが実態のようです。例えばフラン
クのように、テロの専門家はその知識だけを買われて政権入りし、その任を解かれれ
ば、政権から離れるという構造になっているのです。
それでは日本の政策立案能力を高めるためには、どのようにしていくべきなのでし
ょうか。今後日本がより政策に時間をかける社会体制を作っていくための私見を、以
下に述べてまとめとします。この問題意識こそが、PRANJの問題意識と重なる部分で
もあります。
政権党の政治家が、政府官僚以外からの政策オプションを確保するためにも、野党が
現実的な政策代替案を立案できるようにするためにも、政府の官僚機構とは別に政党、
国会議員、および国会の委員会のスタッフ機能の拡充が必要です。国会議員と委員会
のスタッフを拡充することで、政府官僚を、国会議員への情報提供と国会での質疑案
の作成の束縛から開放することにもなります。この大前提として、常態的な政権交代
が必要となります。
国会が政府とは別に政策情報、政策立案能力が必要になれば、そこに情報を流通させ
るための政策マーケットが出現し、独立シンクタンク、ロビー団体、コンサルタント
会社などが出現し、一つの政策コミュニティーが形作られるでしょう。そのような多
元的な情報や政策案の中で競争が生まれ、日本の国家としての政策能力が向上してい
くでしょう。その意味で、有権者である日本人一人一人の行動や意識が、今後の日本
の政策立案能力の鍵を握っているといっても過言ではありません。
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■ 村上博美 :ESI経済戦略研究所 研究員
「独立のシンクタンク」
残念ながらテロ関連ニュースにすっかりかき消されてしまいましたが、今年はサンフ
ランシスコ講和条約締結50周年記念ということもあり、全米でそれに関連したイベ
ントや会議がいくつか行われました。先日、私の所属する研究所主宰で「日米関係:
過去・現在・未来」と題したフォーラムを開催しました。炭疽菌騒ぎで前の週から開
催場所の下院議員会館が閉鎖されており、前日の午後になって「明日も引き続き閉鎖」
との連絡を受け、急遽市内のホテルに場所を変更するなど直前まで混乱が続きました
がどうにか開催にこぎつけました。
なぜ開催にこだわったかと言うと、9月11日以降ワシントン市内のフォーラムや日
米財界人会議などが軒並みキャンセルされる中、「ここでキャンセルするのは簡単だ。
私達までテロに屈してはいけない」という所長を含めたスタッフの意地と、多忙を極
めるスピーカー・パネリスト達の予定を再度合わせることがほとんど不可能であった
ためです。幸運にも、フォーリー元駐日大使や、アジア太平洋外交委員長ジム・リー
チ下院議員[注:アメリカ議会では委員会の長が最も政策に関して大きな権威を持つ]
がスピーカーとして参加するなど、パネリストもMITのリチャード・サミュエル教授、
アリゾナ大のマイケル・シャーラー教授、ブルッキングス研究所のエド・リンカーン
研究員など日本専門家重鎮達の豪華メンバーとなり、観客も150人ほどが参加する
など日本関係のフォーラムにしては珍しく立ち見まで出るほど大盛況となりました。
フォーラムは、近年アメリカで公開された公文書を元にして過去40年の日米関係史
を新しく塗り替えようと試みたプロジェクトの一環として行いました。つまり、公文
書の公開で新事実が判明し、今まで定説だった歴史解釈がどのように変更されるかを
テーマに、過去1年半に渡って7人の学者や専門家に論文の執筆を依頼しました。そ
の発表の場となったのがフォーラムです。来年の春には論文集の出版を予定していま
す。今回はいろいろな方から「大変よかった、大満足」という評価を頂きました。そ
れはやはり、ある特定の団体の利益を代表する内容ではなく、広く社会全体の利益を
追求する形のプロジェクトだったためでしょう。
今回のプロジェクトは日米友好基金(米国政府系財団)が主旨に賛同して資金援助を
してくれたお陰で、社会全体の資産となるような有益なプロジェクトを遂行すること
ができました。日本の方達からよく質問を受けるのですが、日本には「独立」のシン
クタンクは存在しません。「独立」とは何を意味するかというと、他ならない資金の
出所です。
例えば民間銀行系/証券系の総合研究所等は、名前からも明らかなように営利企業で
ある親会社から資金がでており、クライアントの意向に反するレポートや研究は行わ
れていません。私達が働く「独立」で「NPO(非営利)」のシンクタンクでは、
「独立性」を保つために、資金は特定の企業や団体からもらうことを極力避け、薄く
広く沢山の団体からもらうようにし,研究内容への干渉を防いでいます。
特にプロジェクトで出版することになれば、資金提供企業や団体の名前を出すことに
なりますが、そこで特定の企業・団体名が明記されると、読み手はうさんくさく感じ
るでしょうし、色眼鏡で研究結果を見られるからです。そうなってしまうと、もはや
シンクタンクではなく、コンサルティング会社かロビーイング団体になります。では、
政府系のシンクタンクなら独立なのかというとそうではないでしょう。例えば省庁直
轄/関連の研究所ですが、社会全体の利益というより所属省の利益や出資団体の利益を
反映しているといえるでしょう。
日本に「独立」のシンクタンクがないというのは、社会全体の利益から物事を考える、
政策を形成する機関がないということです。政策研究とは、地道なデータ分析と評価
という作業ですから人件費(研究員の支援・育成)に莫大なお金がかかります。読者
の皆様に注意して頂きたいのは、現在出されている政策議論が全てだと頭から信用し
てはいけないことです。
つまり、現在政策を議論している人達は、特定の業界団体からお金をもらって政策を
考えている人達ですから、一部の人達の利益を代表する政策しかでてきません。例え
ば、医療制度改革ですが、現在の日本の公的保険制度が世界でも社会効率が非常に高
い(税金負担が少ない)と言われているのに、改革派(善玉)対守旧派(悪玉)とい
う構図でしか議論されていません。実際、アメリカの例(しかも都合のよい情報だけ)
をとって民間医療保険導入を提唱しているのは日本や日本に進出している米国の営利
企業ですし、権限の縮小を嫌う厚生省や、医療の自由度を失う医師会は民間導入に反
対しています。
よく見てみると、アメリカの民間保険導入は財政(税金)負担軽減や治療選択肢の拡
大という意味では完全に失敗しています。全体の医療費は増大し、増えた分はそのま
ま民間保険会社の利益となり、税負担は減るどころか増えました。日本が米国の例の
うち最も参考となるのは、65歳以上の「全員を対象」にしている「公的保険制度」
であるメディケアです。
メディケアも医療費(財政負担)を抑制する目的で民間保険を一部試験的に導入しま
したが、「行きたい病院に行けない」「民間保険に加入したくても拒絶された」とい
う患者の不満が大きく、財政負担も増大したと同時に保険会社の利益を上昇させまし
た。そこで政府が「患者をより好みしてはいけない」等の規制を強化した結果、民間
保険はその多くがメディケアから撤退しました。
日本の議論に戻ると、社会全体の利益、つまり国民の視点で「米国で既に失敗が明ら
かになった、医療の制限や税負担が増える制度をなぜ導入しなければいけないのか」
と発言する人は皆無です。現在でている政策議論を今までのように足して2や3で割
っても、社会全体にとっての最良の政策とは程遠いものになることは確かでしょう。
つまり、政策案を出せる既存の団体・機関が内輪で「うまみ」の配分を多少変えるだ
けで、「痛み」は政策案の出せない国民全体に回ってくるのです。
一昔前、日本人は生活の基本的要素である水と安全保障はタダだと思っている、と
批判されました。今日、ミネラルウォーターの売上げや同時多発テロ後一般市民が炭
疽菌対策に防毒マスク購入に走ったことを見るまでもなく、水も安全保障もタダと思
う日本人は遥かに少なくなったでしょう。しかし、未だもう一つの生活の基本的要素
である、政策(形成)についてはコストがかかることを理解してくださる方は少ない
ようです。日本に「独立」のシンクタンクを作らない限り、(利益団体からお金がで
ている)偏りが是正されない政策議論の中で、その場の情勢と利益団体の力関係で決
まってしまうという現在の政策は、社会全体(大多数の国民)にとっての利益という
観点からかけ離れていくのは無理もないことでしょう。
そういう意味で、日本に真の独立のシンクタンクを作ることが何よりも重要だという
ことと、そのためのお金をつけるということは非常に現実的なことです。PRANJは将
来日本で独立のシンクタンクとなることを目指しています。PRANJメンバーの上野真
城子氏が提唱しているように、新規事業予算の1%を政府以外の第三者機関に政策評
価という形で割り振ることをすれば、そこに産業ができ、「政策」市場ができるので
す。例えば、10月26日に決定した補正予算の雇用対策費が5千5百億円というこ
とは、その1%の55億円を「雇用対策が雇用創出にどの程度貢献したか数量的に
評価するため」の予算として振り分けることです。
定量的な分析の積み重ねが政策形成の資産となり、日本が取り得る選択肢を広げるこ
とにもつながります。ワシントンで比較的大きいシンクタンクであるアメリカンエン
タープライズ政策研究所でさえ年間20億円の予算で運営していることを考慮すれば、
労働政策の評価だけで単純計算すれば2つの「独立の」シンクタンクができることに
なります。
今後上記のような政策評価のための予算がついたり、NPOに対する税制上の優遇策が
実施されることで資金繰りが改善され、政府以外の独立系の非営利シンクタンクに活
躍の場が与えられる日がくることは近いと考えています。その機会がくるまでの準備
段階として人材やアイディア(皆様からのご意見)をバーチャルシンクタンクである
PRANJにプールし、可能な限り政策に関する問題提起を継続していきたいと考えてい
ます。ご関心のある方は下記のPRANJニュースレター購読登録をして頂ければと思い
ます。「日本に是非独立のシンクタンクを」という私達のメッセージを少しでも理解
して頂けたら、半年に渡るJMMへのレポートの成果といえるのではないでしょうか。
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