■ 『政策海外ネットワーク"PRANJ"レポート』 第12回目
「当事者としての安全保障」
加瀬みき :アメリカン・エンタープライズ政策研究所 客員研究員 集団的自衛権、あるいはミサイル防衛が日本でも専門家の間ばかりでなく一般の人々の間でも話題になるようになった。安全保障を論じることがタブーでなくなったのはおおいに歓迎すべきである。戦後安全保障にまつわる理論や西側の方針は技術の発展と対ソ連また同盟国間の心理の読み会いとのからみで展開してきたが、防衛体制は核となるアメリカとの関係の上になりたっているのは日本もヨーロッパ諸国も同様である。法律論、技術論に焦点があたる中、欧米の歴史からアメリカとの関わり方を問うてみたい。
日本は自国の防衛をヨーロッパ以上に完全にアメリカに頼ってきた。確かに自衛隊は世界の軍隊の中でも有数な装備を備えているが、いざという時はアメリカが共に防衛してくれることを前提としている。ましてや核の脅威が迫った場合、アメリカがアメリカの核を日本のために使用することをあまり疑うことも無く当然と受け止めている。
自分を守るという基本的な行動をアメリカという一国だけを信じ任せている。が、日本防衛の為アメリカ人の若者が命を掛ける保障があるのだろうか。あるいは、アメリカが的確な対応をする、例えばむやみに核戦争にエスカレートさせないという保障はどこにあるのか。日本は唯一の被爆国で平和憲法を遵守しているという理由から自国の防衛あるいは核にまつわる戦略に関わらなくてもいいのであろうか。
まず、いざという時、つまり日本が攻撃された場合、アメリカが必ず、それも即時に日本防衛のためのあらゆる手段を取るということを単純に信じていいのだろうか。日米安全保障条約あるいは北大西洋条約機構においてもそのような自動発動的な条項はない。
日本がアメリカへの信頼をよりどころにしているのに比べ、ヨーロッパ諸国は、ヨーロッパ防衛の為アメリカが参戦するか否か、さらに参戦するとして即時に参戦するか第二次世界大戦のようにヨーロッパが瓦礫の山になってから参戦するのか、またはいざとなればチキンアウト、つまり臆病風がふいて横を向くのではないか等とさまざまな疑念を抱いてきた。
そしてアメリカを必ずしも信用できないという一抹の不安を前提にアメリカの行動を確実にすべくあらゆる手段を取ってきたのである。ヨーロッパの疑念には理由がある。第一次、第二次世界大戦の経験、そしてアメリカのアイソレーショニストという伝統を踏まえただけではない。1956年のスエズ動乱は、イギリスとフランスにアメリカが必ずしも同盟国を支援しないことを身をもって体験させた。
翌年1957年のソ連のスプートニク飛行成功でアメリカ本土が弾道ミサイルの脅威にさらされるようになったことから、パリやボンのためにシカゴやニューヨークを犠牲にしないのでは、という不安が加わった。ドゴールは1962年のキューバ危機の際、戦わず結局ソ連と交渉したアメリカを見ていっそう不安を抱いたという話もある。ベルリンの市長であったブラントは、壁の建設に抵抗しなかったアメリカに大きな不
信感を抱いた。
不安の解消はまず「人質」をとることからはじまる。つまり米軍をヨーロッパに駐留させることによりヨーロッパが攻撃されれば自動的に米軍、つまりアメリカも攻撃される状況をつくったのである。であるからこそ経済的負担やさらには戦略兵器の進歩とともにアメリカ本土からモスクワを攻撃できるようになっても米軍の駐屯を求め続けた。
アメリカがニクソン時代のマンスフィールト法案のごとく米軍撤退を対ヨーロッパ戦略において強力な交渉札として使ったことからも在ヨーロッパ米軍の重みが理解できる。ベトナム戦争に伴い在欧米軍の数も質も軽くなるに従い、ヨーロッパはアメリカのヨーロッパ防衛に対するコミットメントに不安を膨らませたのである。
さらにイギリス、フランスは、スエズ動乱、スプートニクの経験から大きな経済的負担そしてその結果各方面で緊縮を迫られたにもかかわらず、あえて夫々独自の核戦力を持つことを選択した。独自の核を持つのは国の威信のためだけではない。また自国だけでソ連と戦える戦力をもつことでもない。小さな核戦力であろうとソ連に対し抑止力となる。と同時にアメリカに対する脅威にもなる。
イギリスあるいはフランスが核を使用せざるをえなければ、アメリカは確実に参戦さらには核を使用せざるを得なくなるからである。いくら核を使用したのがフランスであってもソ連はフランスのみに報復することはなく、必ずアメリカが巻きこまれるという計算である。特にフランスは、アメリカが都市を避け軍事施設を標的とする戦略に移行してもあくまでも都市を目標とすることによりいっそう抑止力を向上させ、それが失敗した場合ソ連が確実に報復することを狙ったのである。
参戦しないのではという不安の逆が、参戦した場合、その戦略はヨーロッパ諸国の利益にかなったものかという危惧である。例えばソ連とアメリカは大陸間弾道ミサイル、戦略核を使用せず、中、短距離ミサイルを使用することにより、それぞれ自国を聖域にし、ヨーロッパのみが戦場になるのではないか。
あるいは通常兵器では劣勢なアメリカがむやみに核を使用するのではないか、逆に通常兵器から核へ、また戦域核から戦略核へのエスカレートが遅れその間にヨーロッパは崩壊するのではないか、同時に通常兵器から核兵器に重点を移すと経済負担は減るものの核戦争以外の選択がなくなるという心配もあった。こういった各種の懸念を少しでも解消するため、アメリカの防衛戦略が世界情勢や技術革新とともに展開するにつけ、ヨーロッパ諸国はそこに深く関わることを選択した。
特にソ連との戦争が起これば最前線であるにもかかわらず、条約により核保有を制限された西ドイツは、確実に自国が戦場と化すにも拘わらずイギリスやフランスのように核という保障を得ることもできなかった。
この西ドイツを巡るジレンマを改善することを大きな目的に設立されたNATOのNuclear
Planning Group(核計画グループ)を通し、ヨーロッパ諸国は防衛・核戦略、兵器開発・配備に深く関わっていく。さらには米ソ間交渉であった核兵器制限・削減交渉にも間接的に影響を与える。アメリカの次世代兵器開発、米ソ間交渉に含める兵器の種類という一見アメリカ独自の政策と思われる事項も、兵器を選択することはまさにヨーロッパ防衛戦略を左右するとし、ヨーロッパとの意見調整を余儀なくした。
戦略策定に参画するばかりでなく、実際の武器、特に核使用に関してもヨーロッパとアメリカの間に仕組みが編み出された。ヨーロッパ諸国に配備された核兵器の使用をそのホスト国のみの判断で使用することが無いと同時にアメリカ独自の判断のみで使用されることも無いよう編み出されたのがdual
keyという仕組みである。
ミサイルはホスト国の所有、弾頭はアメリカ所有とすることにより、両者の合意がなければ発射されない工夫である。さらには核使用を迫られた場合、NATOとしてあるいはアメリカと米軍基地を抱える国との間でどのような事前協議の過程をとるか検討され各種の了解も儲けられた。
いわゆる純粋な自国の防衛、さらには集団的自衛権の行使、ミサイル防衛、いずれにしてもアメリカとの行動を前提としている以上、日本が戦略策定や意志決定にいかに関わるかということを考えるのは法律、技術論と同じく、あるいはそれ以上に重要である。自分の運命を左右する行動に予めどれだけ自国が係り、行動をコントロールできるかという根本的な問題である。
日本は自国の防衛に関しあまりにも能天気ですごしてきた。アメリカの核の傘と言っても実際にどのような状況で、どのように、どの種類の兵器を使うのか。事前協議の仕組みは?ミサイル防衛と言ってもそもそも日本独自で精密な情報を得る手段を持たないからにはアメリカの得る情報を共有し分析する仕組みをいかに確保するか。防衛ミサイル発射の判断や実行の決断はどのように行うのか。
ミサイル防衛と関連しABM条約の批准が議論されるが、
国際法の解釈のみならずそこにまつわるさまざまな論点――防衛力の度合いとファースト・ストライクの有効性等――に参画することにより自国の利益にかなった最善の判断ができるか。ヨーロッパは、戦略策定、意志決定過程への参画、各種の安全弁の仕組みの構築、戦略の土台となる防衛理論の組み立て等に関与してきた。現在のミサイル防衛の議論もその歴史の土台の上になりたっている。が、過去に積極的な参画者としての役割を果たしてきていない日本には、憲法、技術という論点以上にこれまで未知であった責任ある当事者としての係り方を考える必要がある。
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