■ 『政策海外ネットワーク"PRANJ"レポート』  第16回目
   「ワシントンのインターン事情

  村上博美  :経済戦略研究所(ESI) 研究員

ワシントンは夏休みになると,全米からやってくるインターンが街にあふれる時期になる.上院、下院議員の下で働く学生や,官公庁で働く学生,そしてシンクタンクやNGOでもインターンが多い.インターン制度とは,大学生や大学院生が「(ほとんど)タダ働き」して職場経験を積むという制度である.ここでは就労ビザの問題がないので(給料をもらわないので),外国人もアメリカ人と同じように応募できる.アメリカ人学生だと国防省といった機密性の高い政府機関でもインターンができる.しかし,国防省となるとインターンでもセキュリティチェックが厳しく,インターン採用となるまで数ヶ月個人調査に時間がかかることもめずらしくない.

有名とはいえ,NPO(非営利団体)という形態をとるシンクタンクは経済事情がいいとはいえない.受け入れ先の機関にとっては,安価な労働力が確保できるというメリットがあると同時に,学生にとっては,インターンとして経験した職種を自分の履歴書に書き加えることができるというメリットがある.有名なシンクタンクに働くと就職に有利になるので,タダ働きだというのに競争が熾烈なところも多い.更に,仕事ができたり気に入られたりするとポジションが空いた時に紹介してもらえたり,推薦状も書いてもらえるということもある.もちろん,インターンにもいろいろあり,コピー取りだけというものもあるので,学生も吟味してインターン先を探さなければいけない.

私の働く経済戦略研究所でも今年の夏は5人のインターンがいる.国籍はインドネシア,インド,ウクライナ,そしてアメリカと外国人が比較的多い.3人は大学院在学中で2人は学部生だ.それぞれコンピューターと机と椅子がついたブースが与えられ,研究員についてリサーチのサポートを行う.彼らは与えられたリサーチプロジェクトさえしっかりやっていれば比較的自由にワシントン市内で開催されている他の研究所のフォーラムに参加できる.

個人的な経験で恐縮ですが,私の例をご紹介しましょう.実は大学院で国際関係論を専攻する傍ら,戦略国際問題研究所のズビグニュー・ブレジンスキー氏の元で1年強「タダ働き」をしたことがある.電話応対やコピー取りといった雑用が全くなかった反面,レポートの内容だけで判断されるのでプレッシャーのかかる仕事であった.カーター政権で大統領安全保障補佐官だったブレジンスキー氏はアメリカのメディアに発表されない視点や情報を貪欲に吸収したいといい,当時多い時で7人ほどいた「助手」に世界各国の言語で書かれた記事・論文を集めるよう指示した.彼らは中国,ドイツ・EU,ロシア・東欧,中東というようにそれぞれ別の地域を担当していた.毎週金曜日の午後1時までにそのウィークリーレポートを提出するのだが,私は朝鮮半島と日本の外交・政治問題を担当しており,学業の傍ら新聞雑誌・レポートを読み漁り,氏が興味を示すような記事を67件ほど拾い集めた.忙しい人なので,補足や説明も含めて毎回10ページ以内に押さえた.彼が特に好んだものは,軍事関係の分析記事とGeopoliticsに関する論文だ.FBISというアメリカ政府関係の翻訳サービスでは,主要な月刊誌やいくつかの新聞記事が英語に翻訳された記事を検索することができる(もちろん有料).

次の週の火曜日くらいには,ウィークリーレポートの点数がつけられて採点票が手元に戻ってくる.ブレジンスキー氏が自分にとって,(1)面白かった,(2)普通,(3)面白くなかった,という単純な採点.最初の頃は助手仲間で採点に一喜一憂し,お互い慰めあったりしたものだ.あまりに3ばかりだと,タダ働きとはいえ「クビ」にされてしまうからだ.最高点を取ったのは19981127日の週のレポートだ.8項目のうち「1」が7つ並んで,「2」は一つ.[very good report. ZB]のコメント入りである.これは江沢民の日本訪問時であったことで興味が大きかったのかもしれない.後にも先にもこれだけの高い割合で「1」をもらったのはこのレポートだけだ.

当時月に一回ほど,皆を集めてブレジンスキー氏とのブラウンバッグランチミーティングが行われた.(ブラウンバッグとはランチの入った紙袋のことで,各自お弁当もちより会議とでも言うのだろうか.)タダ働きの助手達へのサービスだ.「考える時間をあげるために質問の説明を長くするけれど..」 と始まると,お腹が減っているのに皆緊張してランチものどを通らなくなってしまう状態だった.彼は話している最中にメモをとられるのを特に嫌う人だったが,背筋をピーンと伸ばし緊張感を保ちながら,いつも質問がなくなるまで丁寧に議論してくれた.どちらかというと,「若い人がどんなことを考えているのか知りたい」という様子があり,エネルギッシュで,誰に対してもプロフェッショナルな態度で対応してくれるのがとてもうれしかったことを覚えている.

逆に私がインターンを指導する立場になってわかったことは,指導する方も決して楽ではないということだ.レポートの書き方等基本的なことを教え込むのは骨が折れる.無給である上にワシントンまでの旅行費用,インターン期間のアパート代や生活費を自前で払っている彼らにとって『有意義で楽しかった』と言う印象を残さなければいけない.それゆえあまり厳しく怒ることもできない.それでも指導するのは,仕事上の義務という理由だけでなく,かつて私が得た貴重な経験を後進の若い人にも味わってほしいという願いがあるからだ.

研究者にしごかれレポートの書き方を叩き込まれた彼らはちょっと大人になって,来週くらいには一夏いたインターンたちも学校へ戻っていく.私の経験からも夏のインターンが,将来の職種を考えるいい機会となるであろうことは想像がつく.日本にもこのような制度が定着すれば,学生にとっても見識を広められ経験も積めるということでいいのではないだろうか.

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