■ 『政策海外ネットワーク"PRANJ"レポート』 第21回目
「いま、なぜミサイル防衛か:課題の本質を問う」
池上雅子: ストックホルム大学アジア太平洋研究所所長・準教授
長期的な視点から今回のテロを考えた場合、その「新しい脅威」に対してどう対処していく
かが議論されなければなりません。それを踏まえると日本やアメリカの安全保障政策
の大きな柱であるミサイル防衛構想に関する議論はさけて通れない問題です。今回は
スウェーデンからの視点でそのミサイル防衛問題をレポートします。
<はじめに>
9月11日の世界貿易センターと国防総省に対する凄惨なテロ攻撃が発生した後、ス
ウェーデンのテレビでは公安警察関係者が「民間航空の安全すら確保できないのに、
ミサイル防衛開発に巨額の投資をするのは理解し難い」とコメントしていた。
この視点は実はミサイル防衛開発問題の本質を突いている。かねてより、弾道ミサイ
ル防衛(BMD)開発に反対する米国内外の専門家の批判の主な論拠のひとつは、いわ
ゆるRogueStates(ならず者国家)からのミサイル攻撃脅威に対抗してBMDを開発する
というけれども、ならず者たちが攻撃を仕掛けるとすれば、「送り主明記」の弾道
ミサイルなどでなく、大都市の只中でスーツケースに仕掛けた小型大量破壊兵器を炸
裂させるといったテロ攻撃である、という議論であった。今回のテロ攻撃で、この懸
念は遂に現実のものとなった。米国内でも今後国防予算の配分で、テロ対策への予算
が増え、BMD開発予算が相対的に制約されるということがあるかもしれない。しか
し、
ミサイル防衛問題は、ならず者国家からの脅威に限定されるわけではない。
<米国のミサイル防衛開発推進の動機>
米国はかねてより、BMD開発推進の根拠は、弾道ミサイルの拡散とならず者国家から
のミサイル脅威であると説明している。日本の場合ミサイル脅威観は1998年の北
朝鮮によるテポドン試射で俄かに高まったが(日本の場合、1993年5月に北朝鮮
が日本海に向けてノドン・ミサイル(射程1500−2000 km)を試射した段階
で日本のほぼ全域が北朝鮮のミサイル脅威下におかれたというのが専門家の認識だっ
たが、日本人全体がミサイル脅威を強く認識したのは、基本的にアラスカなど米国本
土を射程に入れるテポドンの1998年の試射後であったという事実は、それ自体興
味深い課題である。)、米国の場合は1991年の湾岸戦争でイラクがスカッドミサ
イルを使用し、しかも大量破壊兵器を搭載するかもしれないという脅威体験が原点と
なっている。これによって、冷戦終結で一度は萎みかけた弾道ミサイル防衛構想を、
ソビエトからの対大陸間弾道ミサイル(ICBM)防衛構想としてのSDIから地域紛
争・戦域ミサイル対応型に実質的に縮小再編成したのがBMDである。
この変化の本質は、冷戦中の相互確証破壊(MAD)に根差した核抑止論理が通用しな
いファクターや状況が出現したという認識に基づく。世界に大規模な軍事力を展開す
る米国にとっては、自国の海外展開軍隊を弾道ミサイルという基本的に防衛不可能な
脅威に曝すことを意味する。米国の為政者にとってそれは、海外における紛争で米軍
の犠牲者を出すことにますます批判を強める米国世論に鑑みて、ミサイル脅威に対す
る何らかの防衛手段を講じない限り、海外に大規模な軍事力展開を維持し続け難いと
いうことを意味する。また本土へのミサイル脅威が米国の戦略外交の自律性を妨げる
ことも受け入れ難い。端的にいえば、米国の(殆ど独走的な)ミサイル防衛開発推進
は、米国軍事力の世界展開戦略の本質的問題に関わるのである。話を極端に単純化す
れば、米軍に犠牲者を出したり、ホスト国との間で厄介な基地問題を生ずるような軍
隊の海外展開よりは、ミサイル防衛その他の高度兵器システムの遠隔操作で地域紛争
問題を済ませられればそれに超したことがない、というのが米国為政者の本音であろう。
<ミサイル防衛の本質的課題>
しかし、ミサイル防衛開発の問題点は、「ならず者国家のミサイル脅威への対抗」と
いう米国の公式説明に真っ向から挑戦する形で展開して、図らずもその本質を露呈し
た。すなわち、BMD構想に最も激しく抵抗するのは、ならず者国家などではなく
(彼
らには国際テロという最強の武器がある)、中国・ロシアであり、欧州も批判を強め
ている。特にロシアとの間でBMD問題が、対弾道ミサイル防衛制限条約(ABM)抵触・
撤廃問題をめぐって紛糾しているのは象徴的である。
すなわち、ミサイル防衛開発の本質的根拠は、 冷戦型のMADに基づく核抑止戦略の有
効性がいまや低減しつつあるという問題状況である。ならず者国家のミサイル脅威
は、
この問題状況の主要な顕われだが、その全てではない。冷戦後、米国の圧倒的な核戦
力に対して、ロシアの核戦力は相対的に低減する一方であり、中国のそれはまだ遥か
に脆弱であって、到底MAD 戦略が成り立つ状況にはない。
欧州の場合、冷戦終結(特にINF中距離核戦力全廃条約)でせっかく核ミサイルの脅
威
から解放されたのに、BMDが再び核軍拡競争を触発するのではないか、またBMD配備で
米国の拡大核抑止戦略(いわゆる核の傘)が変容し、欧州防衛へのコミットメントが
低減するのではないかという懸念が、 米国のBMD開発推進に対する批判に繋がってい
る。
スウェーデンはNATOに組みさず、直接的に米国の核の傘の恩恵に与かる立場にない
が、
やはり米国の拡大核抑止戦略の変容や新たな核軍拡競争が欧州全体の安全保障を不安
定化させるかもしれないという懸念が強い。要するにBMD構想は、冷戦型の核抑止戦
略の有効性の低減という問題に対応して出てきたが、それを推進することが更にその
核抑止戦略の変容を迫るという相乗作用が生じている。これで、「ならず者国家のミ
サイル脅威対抗」 のBMD開発に対して、ロシア・中国・欧州などが批判するという、
いわばねじれ現象の説明がつく。
<日本にとっての課題>
日本はテポドン効果に押される形で、それまでの慎重姿勢を翻し、海上配備型上層シ
ステム(NTWD)研究開発で米国に協力することを決定した。このNTWD日米協力問題は
現在も研究開発費用の負担や技術的有効性など様々な問題に直面して、必ずしも潤滑
に進行しているわけではない。
日本は米国のBMD開発に「細くて長い」関与をする様相だが、具体的にどのような形
での関与か、いまだに未知数の部分は大きい。現段階でひとつ明らかな点は、日本の
BMD開発への関与が、北朝鮮のミサイル脅威云々という問題に留まらないということ
である。私見では、むしろ日本側に突きつけられたもっと深刻な問題は、BMDの開発
配備が米国の拡大核抑止戦略や将来の極東における米軍の展開にどのようなインパク
トを与えるのか、という点である。
核の傘は非常に sensitiveな問題で、米国も表立って議論をしたがらず、大抵は
「BMD開発配備と核の傘は相互補完的な関係にある」
という一見もっともらしい議論
で片づけられる。確かに、片や地域紛争における戦域ミサイル脅威、片や戦略核兵器
への対応という守備範囲のすみわけはある。核の傘が有効でない状況でこそBMDの効
用がある、という議論も同様のロジックである。しかし、抑止というものは基本的に
極めて心理的なロジックであって、両者の相関関係はさほど単純ではない。この問題
については本論では立ち入らないが、理論的仮説的には懸念すべき点も多い。逆に、
ミサイル防衛を上手く利用すれば、核兵器国の核軍縮に寧ろプラスに作用する可能性
も、少なくとも理論的にはありえる。ミサイル防衛は、その使用法によって、核軍拡
競争を増長もし得るし、逆に核軍縮推進の道具にもなりえる。
少なくとも日本としてはBMD開発が、核抑止戦略の変容から生じ、しかもその変化を
一層助長するという長大な歴史的変化の一環である、という点を明確に認識すること
が大切である。
具体的には、MADに代わる相互確証安全(MAS:M.Krepon,H.StimsonCenter)をどう構
想するのか、大量破壊兵器の軍縮・管理をどう進めていくのか、などの関連問題を
BMD開発と併行して熟慮してゆく姿勢が求められる。また、将来NTWDが開発され、日
本が配備を決定した場合、そのシステムを効果的に運用するためには日米間で指揮
統制・通信情報システムの高度な相互運用が求められ、それは当然憲法の「集団的自
衛権」問題にも抵触することになる。いずれにしろ、日本側は長期的な視野に立って
この問題に対応することが重要である。
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