| ■ 『政策海外ネットワーク"PRANJ"レポート』 第15回目 「日本の外資対策 ―「日米フィルム紛争」を振り返って―」 菱川摩貴 :デューイ・バレンタイン法律事務所日本情報室長 財務省の調べによると、2000年度の日本の対内直接投資は、過去最大で3兆1251億円、前年度比30 .3%増だったという。一方、今年の通商白書によると、近年確かに対日直接投資は急増しているものの、その規模は対米直接投資のわずか20分の1。国内総固定資本形成に占める対内直接投資の割合も日本は0.3%と、世界平均11.1%をはるかに下回っているそうだ。なぜ、日本の対内直接投資水準は国際的に低いのか。その理由を考えるにあたって「日米フィルム紛争」を再考してみたい。 <「日米フイルム紛争」とは> まず「日米フイルム紛争」とは何か。それは1990年半ば、日米両政府が日本の写真フィルム・印画紙市場に影響を与えた日本政府の措置をめぐって対決し、世界貿易機関(WTO)による審理まで行き着いた案件だ。具体的に、WTOの紛争処理手続きに基づき設置された紛争処理小委員会(WTOパネル)では、日本政府が写真フィルム・印画紙市場の国内流通システムを再編成、輸入品のアクセスを阻み、国内製品と競争する機会を制限、関税と貿易に関する一般協定(GATT)に基づく日本政府の義務を怠ったかどうかが審理された。欧州連合(EU)も米政府の主張を支持する立場から紛争処理手続きに参加。米政府とEUはこれまで外資参入をことごとく制限してきた日本の規制や、民間企業間の取決め、構造問題などに挑戦できるユニークな機会と見たのである。 「日米フィルム戦争」「日米フィルム摩擦」と騒がれた同ケースは、1997年12月、WTOパネルがその中間報告書で米政府側の主張を退けたことから、日本では「日本側完全勝訴」として終結したと解釈されている。「米側の不当な要求をWTOが却下、日本政府してやったり」といった受け取られ方が日本では一般的だったのではないか。 フィルム業界に特化した問題、または、関係企業である富士フイルム社とコダック社の争いに過ぎないという見方も多かった。しかし実際、同ケースを通して浮き彫りになったのは、1960年代以降、国内産業、特に製造業の国際競争力の強化・維持のため、外資進出を阻止しようと日本政府が策定した措置、いわゆる「自由化対策(Liberalization Countermeasures)」だったのだ。 「自由化対策(Liberalization Countermeasures)」 自由化対策が打ち出された背景には、1964年4月、日本がOECD(経済協力開発機構)の正式加盟国となり、資本取引の自由化を推進する義務を国際社会に負うことになった点がある。日本は、それまで外資法に基づき厳しく規制していた対日直接投資を自由化するよう迫られることになったのだ。当時政府の最大の懸念は、日本へ進出した外資が、競争力で劣る国内企業に及ぼす影響だった。特に国内製造業への影響を危惧した通産省は1966年6月、資本自由化問題について同省の基本的スタンスを発表。資本自由化は避けられないとしながらも、日本に進出する外資に対抗するための施策?「自由化対策(Liberalization Countermeasures)」?の必要性を説いた。 同省による自由化対策の基本方針は 1)外資による過度の業界支配を極力さけるよう配慮2)対内直接投資の自由化は業界の競争力に応じて段階的計画的に実施 3)各業界の実状に応じて自由化の目標年次を定めて自由化前に業界の体制整備と体質改善を促進、 という三点だった。 さらにその基本方針に沿って通産省では外資の対日進出の影響を含めた実態調査を業種別に実施。経団連や各業界団体とも討議、意見調整を重ね、1967年4月、「外資の進出に伴う混乱を防止するための対策」「国内産業を外資と同等の条件に立たせるための条件の整備」「国内産業を競争力のある産業に育成するための助成」を柱とした具体的な資本自由化対策を提案した。その中には例えば、外資による経営支配を防止するために必要な資金の融資、債務保証、政府金融機関の活用や、各企業が安定株主対策を進めやすくする措置が含まれた。国内企業間の協力体制も必要とされた。また国内産業の競争力向上のために業種別の構造改善改善ビジョンの策定と推進、業界団体の強化や産業界と金融界の連携体制の整備なども盛り込まれた。 最終的な対日直接投資に関する政府の方針は、外資審議会での議論を経て、「対内直接投資等の自由化について」としてまとめられ、1967年6月6日閣議決定された。その内容は通産省の基本的スタンスに則ったもので、資本自由化を具体的に進める上での枠組みやスケジュールを示した「自由化措置(LiberalizationMeasures)」のほか、「わが国企業の競争力を強化し、外資のかく乱的行動を防止する対策」である「自由化対策(Liberalization Countermeasures)」も含まれていた。 「自由化措置」では、対日直接投資が日本経済の長期的発展に果たす役割を認めながらも、競争力の面で多くの国内産業が外国企業に劣る点を指摘。個々の企業の外資比率を100%まで自動認可する業種が「多いことを今すぐ期待するのは実際問題として難しい」とし、1971年を目標に段階的に自由化をすすめていくとした。 一方、「自由化対策」については、その基本を(1)外資の進出に伴う混乱の防止、(2)競争条件の基盤整備、(3)国内企業の競争力強化、の3点に絞った。具体的には、外資による優越的な地位の乱用、乗っ取りや身売りを防止するための法制整備のほか、国内企業の技術開発力強化、自己資本の充実、長期金利の引き下げなどといった面で、「民間の努力を誘導、補完する」政府の役割が強調された。国内企業の競争力強化策では、政府が税制、金融面で「支援、誘導する」措置をとるほか、中小企業や近代化の遅れが目立つ流通部門の支援策を講じるといった内容も盛り込まれた。 この閣議決定を基本路線に、第一次資本自由化が1967年7月1日実施され、その後も資本自由化は、第二次(1969年3月1日)、第三次(1970年9月1日)、第四次(1971年8月4日)、第五次(1973年5月1日)と段階的に進められた。フィルム業界については、前述した1967年6月6日の「閣議決定」をもとに、日本の流通システム再編成、販売促進規制、大型店舗規制といった形で具体的な「自由化対策」が講じられた。 米政府がWTOに持ち込んだ「日米フィルム紛争」では、「自由化対策」が実行された模様を克明に記す膨大な資料が、日本語の文献を中心に提出された。もちろん「自由化対策」はフィルム業界だけに限らず、自動車、家電、コンピューターなど広範な業種に及んだ。OECDの加盟国として対内直接投資を推進する義務を負いながらも、日本政府はその範囲と有効性を制限する「自由化対策」をとったのだ。 もしフィルム案件で、米政府がWTOで勝訴していれば、自由化対策の影響を受けたフィルム以外の業種についても、その障壁問題がWTOの場で問われただろう。WTOには、「自由化対策」時代に出来上がった日本の規制や民間企業間の取り決めなどを明確に規定するルールがないため、米国、そして米国の主張を支持したEUの試みは失敗に終わったのだ。「日米フィルム紛争」以降、「自由化対策」で築かれたような日本の規制にチャレンジする米政府の試みは弱まった。今後、同様のスケールで米政府が日本の市場開放を試みることはないかもしれない。一方、米ビジネス界の熱い視線は、日本を飛び越え、ほかのアジア諸国へと向けられている。日本は「日米フィルム紛争」で「勝訴」したかもしれないが、長期的に見て日本が真の勝利者だったかどうかはいまだ明かではない。 <構造改革推進力として期待される外資> 外資を日本経済または日本企業の「かく乱要因」とみなしていた日本政府は、近年日本経済の低迷が続く中、「経済を活性し得る有効な手段」として外資に期待を寄せるようになった。自由化対策の作成・実施に中心的役割を果たした通産省、現在の経済産業省が、「構造改革推進のための対内直接投資の積極的活用」を唱えている今年の通商白書が、外資に対する最近の日本の政策転換を見事に映し出している。もともと自由化対策などとらず、外資を積極的に導入していれば、現在日本経済が抱える構造問題もなかった、またはここまで深刻化していなかったのではと思わざる得ない。自由化対策があまりに効果的だったため、政策転換しても外資が入ってこないというのが現状だろう。 一方、対日直接投資が促進されるようになった近年でも、米国と比較すると、日本政府、特に地方政府レベルで十分な外資誘致努力が行われているとは思えない。1980年代不景気にみまわれ、リストラが吹き荒れた米国では、住民の雇用創出を目指して各州知事が海外に直接赴き、外国企業に投資を呼びかけた。米国州知事協会の調べによると、1989年だけで全米50州中、41州の州知事が35ヶ国に足を運び、誘致に励んだという。 州によっては外資誘致に、税制、金融上の優遇措置も用意した。リストラではじき出された労働者を、州政府が積極的に誘致した外資が吸収していったのである。こうした各州政府の努力とドル安も追い風になって、1985年、年間230億ドルだった外資の直接投資額は1989年には700億ドルを超え、1990年代末までに外資は年間500万人の雇用(1997年)、国民総生産の6%(1997年)を創出するに至った。 今や米国では州知事が自分の誘致した外資の名前を挙げ、創出した雇用者数を住民に宣伝する姿がよく見受けられる。同様の姿が日本の県知事や市長にも頻繁に見うけられる日がくるだろうか。逆にそのときこそ、日本の対内直接投資が世界レベルにようやく追いついたといえるときなのかもしれない。(C) 2001 Policy Research & Analysis Network All Rights Reserved 無断転載を禁じます。 |